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業の国
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どんな顔を思い浮かべたのか、頬を染め夢見るようになったが、一瞬のうちに我を取りもどし、男の手の内に白い兜を乗せた。
「だめだ、いかなきゃ」
震える声が残される。
男は変わらずあの何もない場所で白い化物を抱えていた。顔の半分は白いものに覆われている。静かに眠っているように見えた。
男は兜も被ったままだった。
馬鹿な事を言った、と男は思った。とうの昔に諦めた願いなのに、捨てたようで心の奥底にその思いが燻っているのだ。
美しい顔、お前はどんな顔を思い浮かべたのだ…男は化物の姿を抱えたまま目を閉じた。
クルスは振り返った。アディムが来る気配がない。まだ興行主とやらに捕まっているのだろうか。樵と掏児の事を調べるのは難しい事なのだろうか。
「さ、この部屋だ。どうぞ」
親切に案内をしてくれた男が扉を開けて、中に入るようにと促す。
最初に使った貴人の待合室よりも更に広く、優雅な造りになっていた。
背後で扉が閉まる。
「あんた、日曜の闘技場を見れないって言ってたけど、何曜に来てるんだい?」
案内だけではなかったのか、黒い額当ての男が部屋にいて話を続ける。もしかしたらアディムが来るまで心配していてくれるのかもしれないとクルスは何の疑問も感じずに答えた。
それほど男の顔つきは世話焼きで人懐こい感じがした。
「月曜の午後と、火曜日は来れたらどちらかです」
「ええ!?そんなつまらない戦いしか見た事がないのか、そんな曜日に戦う奴らはさぁ本戦にどれほども残らない弱い奴ばかりだぜ。だから俺を見ても驚きゃしないんだな」
クルスはまじまじと相手を見つめた。
確かに背が高く、体つきは逞しいがさっき見た小山のようなズオルトの姿と比べると熊と狼ほども違う気がする。
それに言っては何だが、月曜火曜に戦いに出る者も決して弱いわけではない。
「闘技場で戦っていらっしゃるんですか?」
「あー本当に俺の顔を知らないんだな?」
男は役者のように顔に手をあてて、軽く仰け反った。役者ぶった気障な仕草だった。
「まぁ、いいや。その方が楽しめるから。さっきの女共を見ただろう?ああいうのばかり連れて来られて飽きてたんだよな。少しは毛色の違うのを連れて来いと言ってあったんだが今日はどうやら当たりのようだ。身体の具合の方はこれからたっぷり確かめてやる」
クルスは一瞬何を言われたのか理解できなかった。楽しめる?毛色の違う?身体の具合!?
娼婦と間違われていると思いクルスは叫んだ。
「娼婦じゃありません」
「なおいい」
男の手が素早くクルスの上からベールのついた帽子を奪い取る。
「良い感じじゃないか」
ひゅうと口笛を吹いて、男はクルスの左腕を掴んだ。
クルスは掴まれた自分の左手に向けて、右手の平を合わせるように強く叩いた。ぱちんと自身の手を打ち合わせる音と同時に、少し手首をひねって男が掴む指の間から自分の腕を引き抜いた。
劇場で酔客に絡まれた時に習った、クルスが知るほとんど唯一の護身術だった。
そのまま身を翻し、ドアノブを掴んだ。捩じっても押しても、ドアノブは動かず、扉も開かない。
「俺の手から逃げるなんて、ますます良いな。顔も気にいった。さぁほらもう一度逃げ出してみろよ」
また同じように手を掴まれ、クルスは憤慨した。馬鹿にされているような気がした。
だが手を合わせることも、手首をひねることもできなかった。
強く強く掴まれて、クルスはうっと呻いた。
「良い子にしないから痛い目に遭うんだぜ。綺麗な肌だ、すぐに舐めて気持ち良くしてやる」
背後からのしかかるように抱えられ、髪を結われたせいで露わになっていた首筋に舌を這わされた。
扉に押し付けられて、男の手がドレスを掴んだ。どこをどう引いたのか前身ごろが裂けた。男の手が脇の下から寄せるように押し揉んだのでクルスの平らな胸に少女のような薄いふくらみが生じた。
「胸はないのか、小さいと敏感だと言うし…」
クルスは暴れた。力の限り暴れた。
「ほら、もっと声を出せ、通路にまでよく響くように。あんたの声すごく良い、もっと泣かせてやる」
クルスは扉を前に押さえつけれたまま逃げることもできなかった。
「だめだ、いかなきゃ」
震える声が残される。
男は変わらずあの何もない場所で白い化物を抱えていた。顔の半分は白いものに覆われている。静かに眠っているように見えた。
男は兜も被ったままだった。
馬鹿な事を言った、と男は思った。とうの昔に諦めた願いなのに、捨てたようで心の奥底にその思いが燻っているのだ。
美しい顔、お前はどんな顔を思い浮かべたのだ…男は化物の姿を抱えたまま目を閉じた。
クルスは振り返った。アディムが来る気配がない。まだ興行主とやらに捕まっているのだろうか。樵と掏児の事を調べるのは難しい事なのだろうか。
「さ、この部屋だ。どうぞ」
親切に案内をしてくれた男が扉を開けて、中に入るようにと促す。
最初に使った貴人の待合室よりも更に広く、優雅な造りになっていた。
背後で扉が閉まる。
「あんた、日曜の闘技場を見れないって言ってたけど、何曜に来てるんだい?」
案内だけではなかったのか、黒い額当ての男が部屋にいて話を続ける。もしかしたらアディムが来るまで心配していてくれるのかもしれないとクルスは何の疑問も感じずに答えた。
それほど男の顔つきは世話焼きで人懐こい感じがした。
「月曜の午後と、火曜日は来れたらどちらかです」
「ええ!?そんなつまらない戦いしか見た事がないのか、そんな曜日に戦う奴らはさぁ本戦にどれほども残らない弱い奴ばかりだぜ。だから俺を見ても驚きゃしないんだな」
クルスはまじまじと相手を見つめた。
確かに背が高く、体つきは逞しいがさっき見た小山のようなズオルトの姿と比べると熊と狼ほども違う気がする。
それに言っては何だが、月曜火曜に戦いに出る者も決して弱いわけではない。
「闘技場で戦っていらっしゃるんですか?」
「あー本当に俺の顔を知らないんだな?」
男は役者のように顔に手をあてて、軽く仰け反った。役者ぶった気障な仕草だった。
「まぁ、いいや。その方が楽しめるから。さっきの女共を見ただろう?ああいうのばかり連れて来られて飽きてたんだよな。少しは毛色の違うのを連れて来いと言ってあったんだが今日はどうやら当たりのようだ。身体の具合の方はこれからたっぷり確かめてやる」
クルスは一瞬何を言われたのか理解できなかった。楽しめる?毛色の違う?身体の具合!?
娼婦と間違われていると思いクルスは叫んだ。
「娼婦じゃありません」
「なおいい」
男の手が素早くクルスの上からベールのついた帽子を奪い取る。
「良い感じじゃないか」
ひゅうと口笛を吹いて、男はクルスの左腕を掴んだ。
クルスは掴まれた自分の左手に向けて、右手の平を合わせるように強く叩いた。ぱちんと自身の手を打ち合わせる音と同時に、少し手首をひねって男が掴む指の間から自分の腕を引き抜いた。
劇場で酔客に絡まれた時に習った、クルスが知るほとんど唯一の護身術だった。
そのまま身を翻し、ドアノブを掴んだ。捩じっても押しても、ドアノブは動かず、扉も開かない。
「俺の手から逃げるなんて、ますます良いな。顔も気にいった。さぁほらもう一度逃げ出してみろよ」
また同じように手を掴まれ、クルスは憤慨した。馬鹿にされているような気がした。
だが手を合わせることも、手首をひねることもできなかった。
強く強く掴まれて、クルスはうっと呻いた。
「良い子にしないから痛い目に遭うんだぜ。綺麗な肌だ、すぐに舐めて気持ち良くしてやる」
背後からのしかかるように抱えられ、髪を結われたせいで露わになっていた首筋に舌を這わされた。
扉に押し付けられて、男の手がドレスを掴んだ。どこをどう引いたのか前身ごろが裂けた。男の手が脇の下から寄せるように押し揉んだのでクルスの平らな胸に少女のような薄いふくらみが生じた。
「胸はないのか、小さいと敏感だと言うし…」
クルスは暴れた。力の限り暴れた。
「ほら、もっと声を出せ、通路にまでよく響くように。あんたの声すごく良い、もっと泣かせてやる」
クルスは扉を前に押さえつけれたまま逃げることもできなかった。
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