こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 闘技場であれば、あまりの力の差に一瞬で終わる見世物になっただろう。戦いとも呼べない、獲物が弱すぎて前座にもならないような興行に客がいれば石を投げたかもしれない。

 だが、見る者の誰一人いない部屋の中で、クルスは懸命に抗った。

 ドレスについていた花の飾りがまた一つ床に落ちた。

 男の手は薄紙でも扱うように簡単にドレスの生地を引き裂く。


 白い足がむき出しになる。


 男の手を振り払い、後ずさり、身をよじり、クルスは藻掻く。右の手を掴まれれば身体は左に逃げようとする。腰を掴まれれば身を寄せられないように前へと足を踏み出す。
 少しでも手が緩まれば、開いている隙間へと身をよじる。

 そうしている間に結われた髪はほどけ、白と桃色のふわっとしたドレスは、元の形を失い場末の酒場の踊り子が身に着ける衣装よりも酷い形になっていた。

 
 男の手が止まった。


 ドレスが裂かれた正面から見れば、顔だちがどんなに優し気でも胸は平らで、ほっそりしていても腰や足も肉の付き方が女とは違う。


「…お前、男か」

「そうだ!僕は男だ!だから、やめろ!!」

 クルスは全く気が付いていなかった。確かに扉の傍にいたはずなのに、何故か部屋の奥に立っている。男がわざと隙を作りながら、右へ左へと追い込み、クルスが上手くかわせていると思わせながら巧妙に誘導した。


 クルスのすぐ後ろに真珠のように白く艷やかな寝具をかけた広い寝台があった。
 逃げようのない場所へ追い込まれていた。

 
 男のいやらしい演出は見事に成功したと言わざるを得なかった。

 追い詰められた姿は男の小さな悪戯心を満足させ、くやしさに震える肩と同じ感情をやどしてなおも睨もうとする瞳が雄の嗜虐芯を煽り立てる。
 男にとっては相手の性別など、どうでも良かった。

 どんな姿でも、どんな姿になっても抗い続ける限り愉しむことができる。

 こういう相手は跪かせ、額を地につけさせて頭を踏んでも心に逆らう炎を消しはしない。
 犬のように這わせ服従の姿勢のまま、自分の雄をしゃぶらせ、怒りと屈辱に満ちた眼差しで睨ませ、その最中に噛まれでもしたらどんなに心が昂るだろう。

「だから?俺はお前が男でも女でもどちらでもかまわない…さぁ」

 あらがえ、あらがえ、息尽きるまで抗え、寝台の上に獲物を突き倒し、その腕を捕らえ、抗う身体を押えこみ肌を噛み、舐めて、手を滑らせた。

「…かわいそうに。あれがないのか」
 そう言った声はひとかけの憐憫と隠しようのない優越感に満ちていた。



「この身体、切られる前に抱いたか?それとも抱かれたか?」


 その問いにクルスが答えるはずもない。クルスは女を知らなかった。
 誰か身近な少女に、あるいは年上の女性に淡い想いを寄せる間もなく、男の機能を奪われた。


 だが、この身体は武器商人のアディムに触れられる前に男を知っている。



 外が雨でも雪でも、生活のために人が死ねば歌わねばならなかった。
 王に長く使えた妻も子も無い老騎士の墓の前で、死者に捧げる鎮魂歌を歌い、そこに居合わせるはずの無い人に出会った。土砂降りの雨の中で。
「私の天使がいた」
 そう言ってクルスを抱きしめたのが王だった。

 
 私の天使、私の十字架、私の半身と呼ばれても、クルスは困惑した。

 恐れ多い。

 だが貴人の心が癒されるなら、慰められるのならばと歌を捧げた。
 歌だけでは王のかつえとかわきは満たされなかった。
 王は無理矢理クルスの身体を開いた。
 王はクルスの身体を貫き、奥深く抱かれる喜びを覚えるまで離さなかった。


 使者のために魂の安息や救済を願い、聖句を呟いた口で、卑猥ひわいな言葉で囁き、淫らに哀願する事を強制された。ただ一人愛されたなら、耐えられたかもしれなかった。

 王の好色の性は、少年一人を踏み躙るだけでは治らなかった。

 後宮には沢山の女性がすでにおり、クルスに毒や刃物を贈る者まで現れた。
 王は少年の不安を笑い、少しばかり身を案じてくれたが後宮を変えてはくれなかった。

 
 権力で人の身体も将来もほしいままにし、常に全ての愛の中心に、誰かの愛情の頂点に立っていなければ王は満たされないのだとクルスは悟った。


 姉に王の子が宿ったと告げられた時、クルスの心の中に密かにあった花首は静かに落ちた。実る事がないと知ったからか、王の気まぐれな愛に疲れてしまったからか、クルスの心も渇いていった。
 ただ渇いてひび割れた心で静かに歌を捧げた。

 王は身体が成長するとその声が失われる事をどこからか知り、典医に命じて少年の身体から男たる部分を切り取った。そこに少年の意思も同意もなく、犬か猫のように去勢され、クルスの心は壊れた。



 そんな事をどうして告げる必要があるだろうか。
 クルスは重い肉体の下に組み伏せられたまま、ただ相手を睨みつけた。
 
 
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