こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 少年がアディムの家に帰ろうと言ったので、アディムは心底安堵した。もし少年がその怪我と姿のまま、まだ闘技場に残ると言えば殴って気絶させて連れ帰るしかないと思っていたからだ。

 
 視界の隅で寝台の天蓋が風もないのに揺らいだ。
 アディムは天蓋の布を外し、カーテンを外し、机からテーブルクロスを取る。何をするか察した少年は破かれたドレスから花を留めてあったピンを抜いたり、布を捩って紐を作った。

 アディムは大きい方の天蓋を頭に被り、頭巾とマントらしく見えるように皺を整える。クロスはカーテンを折って素肌に巻き、ひだを綺麗に作って紐とピンで留めテーブルクロスを頭から被ると目だけ出すように結んだ。
 
 そうして手早く身支度を整えると、アディムは歩けますかい?と手を差し伸べた。
 アディムは少年の身体を天蓋のマントの中に引き入れるようにして、気遣いながら部屋を出た。

 外では試合が行われているのか歓声と怒声が響き、幸に通路に人影はない。

 天蓋のいかにも高級そうな艶と色のせいで、お忍びの貴人とその連れのようにはたからも見えたのか、人の多い入り口辺りに近づいても二人に声をかける者は誰もいなかった。

 アディムはすぐに馬車を拾うと、少年を押し込め、少年を椅子に座らせるなり馬車の床に突っ伏した。ほっとして体の力が抜ける。口付けを受けて口内の切れた痛みはあまりない。しかし蹴られた背も腹も鼻も痛かった。だがなにより心が苦しかった。

 行先を告げると馬車は人波を別けて走り出す。

「…ズオルトは人に群がれるのを嫌って、ほとんど中を歩き回ることがないのに」


「…僕は相当運が悪かったってことだね…」

 
 ズオルトはクルスの膝を掻き抱いた。
「あたしがもっと気をつけていれば…。ぼっちゃんに何万回謝ったって済む事じゃないが、許してもらえるとも思っちゃいねぇですが、申し訳なくて…。あんな奴に…。あんなやつに…」
 
 クルスは無言だった。ただぼんやりと座って放心しているように見えた。


 店ではない、アディムの住居に馬車は到着し、手を引いて休める場所へと案内する。奴隷に湯の用意をさせている間に、アディムはしまってある物を取りに行った。天蓋のマントを脱ぎ捨て、黒い襤褸の姿のまま厳重に鍵をかけた金庫の中から小さな壺を取り出す。腹腸が煮えくり帰りそうだが、ズオルトが倒した竜から採られたという肝だった。
 怪しげだが効果は抜群で、小さな傷などたちどころに癒やしてしまう。


 奴隷に蜂蜜と飲み物も命じると、アディムはすぐに少年のいる部屋に戻った。
 奴隷が急いだ様子で蜂蜜と冷たい茶を運んでくる。
「さ、ぼっちゃん。もう一回お薬を飲んで」

 銀の匙にたっぷりとすくった黒いどろどろを見て、クルスはうぇ、と顔をしかめた。
「先にアディムが舐めなよ。ひどい顔だよ…身体だって痛いんだろ?」

「あたしの顔のまずさは生まれつきですよ。さ、ぼっちゃんが先です。先じゃなきゃいけません」
 さぁ、その後に蜂蜜もありますからね、とアディムは匙を舐めさせる。

 クルスに蜂蜜と茶を勧めると、アディムは匙に残った黒いものをちゅぱっと舐めた。
「ねぇアディム、この黒いのは塗っても効くの?」
「勿論ですとも、どこか痛いところが?」

 少年は頭に被っていたテーブルクロスを取っていたが、ピンを抜き、紐も外し、身体を覆っていた衣服替わりのカーテンを床に落とした。
 
 裸のまま、アディムに歩み寄る。

 アディムは後ずさる。

 壁際まで後退り、もう下がれなくなった。

 少年の身体がアディムの腕の中に沈んだ。黒い襤褸切れとなった服と、白い肌が重なる。
 ねぇ、アディム、身体の奥が痛いんだ。指が届かない場所が痛い。アディムが塗ってくれる?汚れているから嫌?嫌だって言わないよね?

 少年の両手がアディムの身体をまさぐり、布を押し上げる半勃ちになった部分に触れる。
「ぼ、ぼっちゃん、こんな…駄目ですあぁちゃんと傷を癒さないと。こんな事をあたしにしちゃぁいけません」

 駄目と言いながら、アディムは陰茎へのゆるゆるとした愛撫を避けれずに受けた。
 期待、しているのに避けれるはずがない。
 欲しいのに、逃げれるはずがない。

「…アディムが全部掻き出してきれいにして…」
 僕を好きだと言って、と白い腕が伸びてくる、唇が近づく。
 ズオルトに抱かれて喜んだこの身体の記憶を全部塗り替えて、小さな声が囁く。

 アディムは黒い襤褸を脱ぎ落とす。だぶついた肉も見にくい欲望や嫉妬も全部何処かに落としたいと思いながら、白い裸体にむしゃぶりついた。

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