こがらしはしぬことにした

小目出鯛太郎

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業の国

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 突如鳴り響く早鐘の音に、クルスは飛び上がった。それは闘技場の中ではなく外から聞こえていた。立て続けに鳴らされて、通路にいたものは何事かとざわめきだす。

「王城の鐘がなんだってあんなに鳴らされるんだ?」
「さぁな、何にしろ俺達にできることはねぇな。場所が王城ではなぁ」

 ざわざわと声がする。
 そうだ。普通の者は王城に入る事もできないし中で行われている事を知る事もできない。

 早鐘の音が終わると異変を知らせる半鐘はんしょうせわしなく打ち鳴らされ始めた。人を呼ぶ鳴らし方だった。

 頭の中で鐘を打ち鳴らされ、行き場を無くした音が不快に反響し、頭痛にも目眩にも似たものにクルスは襲われた。王も王城もどうなろうと良かった。でも城には姉がいる。お腹の中には子供がいて不安に思っているだろう。
 
 人を招集するための半鐘はまだ打ち鳴らされている。

 あれが鳴る時は王に何かがあった時、あるいは王に近しい者に何かがあった時…。
「姉さん!」

 クルスは走り出した。幸い闘技場の入り口付近には何台も流しの馬車が止まっている。一番近くの馬車に駆け寄り服の裾から捻り取った銀貨を御者に渡す。
「急いで王城へ」

 馬車はクルスを乗せるなり走り出した。

 王には家族はいない。正式な妃もいない。いるのは多くの愛妾と気に入りの奴隷のような者。王の所有の印を授けられた少年クルスのような…。

 城門で屈辱に感じながら左足に着けられた細い足鎖を見せる。潰された鈴と王の所有の印を刻んだ飾りが揺れる。クルスがずっと王城にいたならば鈴は潰さずにずっと軽やかになり続けていただろう…。
 中に入る事を許されクルスは走る。
 姉の部屋へ。

 姉さえ無事ならば、もう王がどうなろうと構わなかった。

 姉の部屋では両手を握り合わせた侍女が震えていた。「ロォザ様は王のお部屋に…」
 何があったか聞いてもわからないと繰り返す。

 たった一人の姉が無事ならば、もう、本当に王などどうなっても構わないのに、と思い足取りで王の部屋に向かう。もう走ってはいなかった。

「突如お倒れになって…」
 クルスの元へ駆けつけて話す男の顔に見覚えがある。王の身の回りの世話をしている年配の男だ。
「息はありますが気が遠くなられるようで声をかけ続けているのです」

 重い両開きの扉が開けられると、細い歌声が響いた。
 王の寝台の横に跪いて歌う深紅の薔薇ロォザの姿がそこにあった。

「他の者は部屋を出されたのです、どうか王をお助けください」
「お願い歌って」

 あの男も姉も何を言っているのだろうと、煙に包まれたようにクルスは足を進めた。


 広すぎる寝台にぽつんと横たわる男を見た。燃え盛る褐色の太陽だった男は目を閉じて寝ている。うっすらと白い砂を被ったようだ。そのまま砂に埋もれてしまえ。そしてそのままもう目覚める事なく永遠にそこで彫像のように横になり続けていれば良いのにと、クルスは思った。そうならば教会や墓地で歌っていた鎮魂歌を歌う事ができる。

「お願い、歌って」
 姉の目に涙が浮かぶ。
 王がここで旅立てば、姉に待っているのは地獄だろう。何の後ろ盾もなく、もし無事に子供が産まれても、母子共にこの王城で生き延びられるだろうか。
 姉は鎮魂歌ではなく愛の歌を歌う。前はもっと伸びやかな澄んだ声が出たのに、身重で歌うのも、そこに座り続けるのも辛いのだろう。

 クルスは姉を見つめて頷いた。
 
 
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