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きなこ
しおりを挟むごりごりごり。ごりごりごりごり。
チャイロは手を止めてちらりと横を見た。
チャイロの横では山神が大きなすり鉢を足の間に入れて炒り豆をすり潰している。
おはぎにまぶすきな粉を作るためだ。
目が合いそうになって、さっと顔をそらしわざとらしくすんすんと鼻を鳴らした。
主人の背後からなら物も言えたが、この状態では目が合うのも恐ろしい気がした。
髪は黒く長く、肌は日に焼けたよりもっと黒い。口がよく熟れたアケビのような紫色で…チャイロはまたぱっと目を反らした。ちょっと見ては目を反らし、また素知らぬふりをして、興味など微塵もありませんよと云うふうにそっぽをむく。視界のはしに見えたすりこぎを持つ手の鋭い爪先までが黒い。
相手の着ている服も黒いので、頭の先からきなこをふりかけたら夜空のようになるだろうなとチャイロは悪戯を考えたが、やめておくことにした。
食べ物を粗末にしてはいけないのだ。
チャイロは少し小さいすり鉢で、ずりずりと砂糖と炒り胡麻をすり潰していた。
香ばしいかおりがする。
いつもならばそれはらせつが行うことなのに、なんでお客さんがきな粉ををすっているのだろうと思いながら、チャイロはすりこぎを握る手に力を込めた。
もち米が蒸し上がったら、主人があんと胡麻ときなこのおはぎをこしらえてくれる。
ヤマボウシの実もすてきだけれど、大皿にどんと盛られたおはぎのことを考えるとチャイロはたちまち幸せな気分になった。
ここに来てから一度も食べる物に困った事がない。
食べ物は主人の食にあわせて、それらは米・麦・あわ・きび・豆の五穀が多くチャイロもこの身体になってからは美味しく頂いている。
あんなぱさぱさでぼうぼうとした草をなんで人間は有難がって食べるのかと思っていたのが嘘のようだ。
「良い香りがする」
低い声でそう言われ、チャイロはとりあえずうん、と相槌をうった。
「こういうものが好きなのか」
こういうものが、きな粉のみを指すのなら間違いだ。きな粉のついた餅や団子は確かに美味しいけれど、すり胡麻も胡麻味噌も捨てがたく、あんもずんだも美味しいのである。
一回だけ食べた黄色いあんはほろほろと口のなかで淡雪のように溶けていきチャイロは夢見心地になった。
好きかと言われれば主人の瞳のようなあの黄身あんが一番好ましい…。
「ごしゅじんさまが作るものならなんでも好き…」
チャイロは食欲に対して限りなく正直だった。
チャイロの言葉を聞いた山神は表情も感情もないようなむっつりとした様子で淡々と豆をすり潰した。
山神がチャイロ座る方を向きさえしなければ、広がった筆先のように濃いまつげやその奥の山葡萄のように濃い紫の瞳がみえた。
「クロ…ではなくむらさき…あれ?」
チャイロの忘れたと思っていた苦い記憶の中に、色か容姿か何かが残っていた。
山に咲くハシリドコロやクロユリの花より黒く、夜空みたいに綺麗だねぇと言った覚えがあった。…はじめて会った時に綺麗だねとチャイロから声をかけたような気がする。真っ黒な瞳と毛皮に。
…ただどきどきと胸を高鳴らせて話しかけたけれど、その時チャイロの冴えない外見を鼻で笑われたような気がする。
チャイロは手元に視線を落とした。
言いつけられた作業はまだ終わっていない。
何か前の事を思い出したけれど、そんな思い出なんかいらないやと、黒い胡麻粒をふさいだ気分ごとずりずりとすり潰しはじめた。
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