きつねのこはかえりたくない

小目出鯛太郎

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空の宮

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 祭りの賑やかさというものは、夜中の屋台の撤収と共にあっという間に無くなってしまうことをチャイロは知った。

 結局誰も境内にいる山神の存在に気がつくことも無く、仰々しく祀られた祭壇の方を拝んでお祭りは終わってしまうのだろう。


 誰も、何もいない空っぽの祭壇を。


 白や紫や金やら銀の糸で織られた御神幕の奥に向かって人々は祈って、貢物をして満足気に帰って行くのをチャイロは見ていた。


 なんて寂しいことだろう。

 もし自分がいっぱい働いた後に感謝されたとしても、他所に向かって礼を言われたとしたら、満足出来るだろうか。
 神様になるとそんな些細な事はきにしないのだろうか。

 チャイロはいらいらとして指を噛みたくなった。

 視線をずらす。


 白木や緋塗りの三方の上には色々なお供えが積み上がっている。
 



 あれって誰が食べるんだろう?

 チャイロの意識は山神の存在を忘れてお供えに釘付けになった。

 なんと後で分け与えて配ってくれるという。



 この身体になってから、狐の時の倍もお腹がすいてしまう。日に三度も、間食もいれれば四回も五回も食事をしている。
 そのうち主人やらせつまで齧ってしまわないだろうかとチャイロはほんの少し、不安になった。

 しかも前は何を食べられるのか匂いと経験から分かったのに、この身体は匂いに敏感な時もあれば、まるで分からない時もあった。


 腐った魚か肉のような匂いがどこからか漂う時もあれば、良く熟した甘い果物の香りが鼻先をくすぐる時もある。

 しかしなんといっても一番良い香りは主人の香りで、袖口や襟のあわさいに顔を突っこんですんすんといつまでもその香りを堪能していたくなる。しまいには夢見心地で舐め回したくなってしまう。
 大概はその前に襟首をちょいとつままれて引き剥がされて、ぷらんとぶら下げられたまま残念な気持ちになるのだ。


 らせつもなかなかに良い香りがした。
 前に、自然の世界には無いような匂いだと思ったけれど胸がすっとする薄荷のような清涼な香りがらせつからは漂った。

 朝一番か、五月の新緑の木立の間を駆け巡る風のような爽やかさだ。


 山神は…。


 チャイロはぶるりと身体を震わせた。


 ホオノキのようなほんわりと甘い香りがするかと思えば、食べ頃を逃して腐ってしまった肉のような、濡れた落ち葉が積み重なったようなむっとする息苦しさに包まれるような気がした。

 せっかく明るく広い世界に旅立とうとしているのに、泥臭い穴蔵に閉じ込められるような感じがして、チャイロは再度身体を震わせる。


 主人の手を握っていたり、側にぴたりと張り付いていれば恐れも何も感じることなく心穏やかでいられるのに、目が何故か山神を探して見てしまう。


 そして目が合うと、恐ろしく気詰まりだった。

 チャイロはぷるぷると震えて両手で顔を覆った。

『どうしてこっちを見るんだ!?』


 自分も山神を見つめたことを棚にあげて、チャイロは顔を覆ったままうめいた。

 
「…話がしたい」

 声が聞こえてきたが、自分に話かけられたとは思わずチャイロは立ち尽くしたままだった。

 話すことなど何も無い気がした。

 チャイロの中身は空っぽだった。


 誰かに言いたかった言葉は、前の体と共になくなってしまった。

 ただ虚しさに似たぽっかりと空いた空間を埋めたいかのようにチャイロは何かに齧りつきたくなるのだ。


 横を向いても振り返っても主人の姿は見えない。

 正面には静かに山神が佇んでいる。
 風もないのに黒雲のように何かが流れて行く。

 伸ばされた節ばった手に、チャイロの細い手首は捕らえられた。

 見おろされ、見上げる。


 月もなく風もなく、音もない。
 静かな世界にふたりきりだった。



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