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気づまり
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さわさわと耳のつけ根の横をこすられても、チャイロはしんなりと塩をふられた大根菜のように主人の身体にへばりついていた。
「どうしたチャイロ。今日は格別に元気がないようだ」
頭のてっぺんから尻尾の先まで髪と毛並みを綺麗に撫でられて整えられても、チャイロは気持ちが沸き立たず、胡座をかいた主人の腿の上にちょんと座り服の合わせ目に顔を当てた。
「息が苦しくて、涙が出るの」
チャイロの瞼に桜の花びらが押し当てられた。花びらよりもしっとりとして温かくて、二枚の花びらの間からもっと赤いものがするりと涙を舐めとった。
「手足に傷もないのに、ずっと苦しいの」
「チャイロのここに、見えない棘が刺さっているんだよ。だからいつまでたっても痛くて苦しい」
主人の手がチャイロの薄い胸をそっと押さえた。
「いつか自然に抜け落ちるかもしれないし、いつまでも痛いままかもしれない。小さな棘でここが割れてしまうこともある…でもお前はちゃんとその苦しみを癒す方法を知っているんだよ」
「どうして私が見つける美しい魂というのはどれもこれもすでに誰かに心奪われているのか一つくらいは私だけを見つめてくれても良いだろうのにね?」
主人の二つ目の言葉はチャイロに話しかけたようには思えず、チャイロは耳先をひくひくと震わせた。
「チャイロ、お前の心を占めているのは私ではないだろう?おまえが真っ先に考えるモノのことをもっと良く見つめてごらん。行って側で見てくるといい。影から隠れて見てもよいだろうし」
なんでそんなこと…?チャイロはふんふんと鼻息を荒くする。
や、山神のことなんて…チャイロは激しく首を振った。
山神のことなんて考えてない、考えてないったらない。首も尻尾もふるふると揺らす。
「ほら、一番に思い浮かんだことがお前の心を占めているものだよ。私に気兼ねも遠慮も嘘もいらないさ。さぁ気になる所へ散歩に行くとでも思って行っておいで」
主人の白い上着を着せられた。それから狐の時も獣人だった時も裸足だったのに、靴を履かされ、紐も主人がきゅっと結んでくれた。
気をつけて行っておいでと玄関から背を優しく押し出され、チャイロは二度も三度も振り返った。
『こんぱく』とやらが定着したらずっと一緒にいようねと言ったのはご主人様なのに良いのかな…?
「寂しくなったらいつでも戻っておいで」
チャイロの心の中の不安を読んだかのように、言って手を振られた。白い手は旗のようだった。
心が迷ったらあれを目印に帰ろう…。帰る場所があるのなら、とチャイロはそろそろと歩き出す。
そしてじきに走り出した。
新しい身体はよろけもつまずきもしなかった。
草むらも葉陰も茂みの間もするりするりと風が吹き抜けるように駆けて、見覚えのある山の木立の中へと進んで行く。葉先が風で揺れて流れ動く様子は銀の波が通り過ぎていくようだった。
何もかも忘れていたと思っていたけれど、体は駆ける事をよく覚えているようだった。
「どうしたチャイロ。今日は格別に元気がないようだ」
頭のてっぺんから尻尾の先まで髪と毛並みを綺麗に撫でられて整えられても、チャイロは気持ちが沸き立たず、胡座をかいた主人の腿の上にちょんと座り服の合わせ目に顔を当てた。
「息が苦しくて、涙が出るの」
チャイロの瞼に桜の花びらが押し当てられた。花びらよりもしっとりとして温かくて、二枚の花びらの間からもっと赤いものがするりと涙を舐めとった。
「手足に傷もないのに、ずっと苦しいの」
「チャイロのここに、見えない棘が刺さっているんだよ。だからいつまでたっても痛くて苦しい」
主人の手がチャイロの薄い胸をそっと押さえた。
「いつか自然に抜け落ちるかもしれないし、いつまでも痛いままかもしれない。小さな棘でここが割れてしまうこともある…でもお前はちゃんとその苦しみを癒す方法を知っているんだよ」
「どうして私が見つける美しい魂というのはどれもこれもすでに誰かに心奪われているのか一つくらいは私だけを見つめてくれても良いだろうのにね?」
主人の二つ目の言葉はチャイロに話しかけたようには思えず、チャイロは耳先をひくひくと震わせた。
「チャイロ、お前の心を占めているのは私ではないだろう?おまえが真っ先に考えるモノのことをもっと良く見つめてごらん。行って側で見てくるといい。影から隠れて見てもよいだろうし」
なんでそんなこと…?チャイロはふんふんと鼻息を荒くする。
や、山神のことなんて…チャイロは激しく首を振った。
山神のことなんて考えてない、考えてないったらない。首も尻尾もふるふると揺らす。
「ほら、一番に思い浮かんだことがお前の心を占めているものだよ。私に気兼ねも遠慮も嘘もいらないさ。さぁ気になる所へ散歩に行くとでも思って行っておいで」
主人の白い上着を着せられた。それから狐の時も獣人だった時も裸足だったのに、靴を履かされ、紐も主人がきゅっと結んでくれた。
気をつけて行っておいでと玄関から背を優しく押し出され、チャイロは二度も三度も振り返った。
『こんぱく』とやらが定着したらずっと一緒にいようねと言ったのはご主人様なのに良いのかな…?
「寂しくなったらいつでも戻っておいで」
チャイロの心の中の不安を読んだかのように、言って手を振られた。白い手は旗のようだった。
心が迷ったらあれを目印に帰ろう…。帰る場所があるのなら、とチャイロはそろそろと歩き出す。
そしてじきに走り出した。
新しい身体はよろけもつまずきもしなかった。
草むらも葉陰も茂みの間もするりするりと風が吹き抜けるように駆けて、見覚えのある山の木立の中へと進んで行く。葉先が風で揺れて流れ動く様子は銀の波が通り過ぎていくようだった。
何もかも忘れていたと思っていたけれど、体は駆ける事をよく覚えているようだった。
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