精霊のジレンマ

さんが

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タイコの湖

326.生きる希望

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 俺がサージの魔力の残滓に触れている間に、俺の体に何が起こっているかは全く想像出来なかった。

 サージの残滓が俺を連れてきたのは、心の中の世界。

 ヒトの死には2つある。体の死と、心の死。どちらが死んでしまっても、ヒトである俺には死が訪れる。

 俺はアシスで生きる事の意味や価値を見出だせなくなり、生きる為の活力や執着を失ってしまった。心の力が弱くなれば、体内に内包された大量の魔力を抑え込むことも出来なくなる。チュニックは暴走して弾けそうになる俺の体を繋ぎ止めてくれるが、壊れかけた心を癒してはくれない。

 心の崩壊からくる暴走の始まり。だからサージは、俺の極端に片寄った負の思考のスパイラルにブレーキをかけ平常心を取り戻させる為に、心と体を一時的に切り離した。サージの魔力の残滓ではあっても、名持ちの最上位精霊の行使する力は大きい。

 しかしサージの魔力の影響下にあっても、コアの強い感情だけは何の干渉も受けずに、俺の心の中へと侵入してきた。暴走の原因となっている負の感情のスパイラルを断ち切るという強い意思は、俺の心の中で必死な抵抗をみせる。

 そこに、感じたのは呼吸や鼓動といった生命力。生きるという本能にも近い力は、俺が拘った存在意義や理由を必要としない。そして最上位の精霊であっても魔力の集合体であり、理が全てでもある精霊にとっては表現することの出来ない力。

 それが、俺の中にある理という凝り固まった思考から解放してくれる。だから、サージが目の前に現れても平常心を保っていられた。サージが俺を救おうとはした時には、すでに俺はコアに助けられていた。

 サージの姿が消え去り、光に包まれた心の世界から解放されると、徐々に体の感覚が戻ってくる。そして俺の体を締め付けているのが、チュニックでなくコアだと気付かされる。

 細い体なのに力強く、しかし体に触れる感触は柔らかく温かい。そして、俺の口をコアの口が塞いでいる。

 そこからはコアの生命力が流れ込み、生きるという感覚を教えてくれる。このままではコアの生命力を奪い取ってしまうと感じるが、拒否しようとしても体は一切の抵抗が出来ずに硬直している。

 早くなる呼吸と鼓動が、コアに俺の暴走が止まったことを知らせてくれる。俺を強く締め付ける力が緩み、コアは匂いだけを残して崩れ落ちてしまう。

『しっかり受け止めてあげないさいよ』

 ムーアの声で、硬直した体の魔法が解ける。慌てて崩れ落ちるコアを受け止めようとするが、その時にはコアの姿はどこにもない。

「コアは、どこに消えた?」

『クオンが、影の中へと連れていったわよ』

「無事なのか?コアの体は、心は壊れてないのか?」

 コアの存在を感じとることは出来るが、意識のない状態ではコアの感情の声は聞こえてこない。力を使い果たしただけなのか、それとも眠っているだけなのか。ただ、俺の与えた影響は、コアにとっては小さくないことだけは分かる。

『心配しなくても大丈夫よ。ちょっと精神を消耗しただけで、魔力切れに近い感じかしら。時間が経てば、元に戻るわよ。エルフの生命力にも助けられたわね』

 そう言いながら、ムーアは意味深な笑みを浮かべている。

「何か言いたそうだな?ハッキリ言ったらどうだ」

『私たちには出来ないことなんだから、コアを大切にしてあげなさいよ』

 生身のない魔力体の精霊では出来ないことがあるのは分かったが、生身があっても俺の心の中に深く入り込めるだけの相性を持つ者は少ない。

「もうイイよ。その言葉は、出来損ないのウインク精霊からも聞いたさ」

『それで、他には無属性の精霊サージに何を言われたのかしら?』

「“地の力”と“天の理”は一対だから、目の前で起こった出来事だけで判断するなってさ」

 ムーアの言葉に何気なく返事したが、そこで初めて気付く。

「サージが無属性の精霊だって?」

『無属性の壁に魔力を込めていたのがサージなら、最上位の無属性の精霊であるこは確定でしょ。あなたと融合している精霊も、サージの魔力を求めたのよ』

 誰が考えても、当たり前に分かる事が気付けなかった。それでも出来損ないのウインクの精霊という印象が、とうしても拭えずにいる。そして俺の力を増す為には、サージの協力が必要なのだと思うと頭が痛い。

「やっぱり、無属性なんてろくなもんじゃない」
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