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【8】夢の迷宮 その1
しおりを挟む入りこんだウーサーの夢の中。
そこは森の中だった。
ああ、これは初めて出会った森だ。
多くの魔獣に追われる少年は、それでも果敢に反撃する。召喚したコカトリスに邪術師達が逆に引きされて少年ウーサーも、もはや……というときに、銀色の流星がコカトリスの首を飛ばした。
そして、少年は目を見開く。暗い森の中、それでも白く淡く輝いてみえる銀色の髪、自分を見る湖の瞳。肖像画で見たそのままの伝説のエルフ。
凜々しくも勇ましく気高くそして……。
────世の中で一番美しいものだ。
少年は思った。
キラキラとすべてが輝いて見える。これがウーサーが初めて見た自分かと、アルマティは苦笑する。
九百歳を超えたエルフだというのに、彼の目をとおした自分はまるで朝露に濡れた、咲き初めの白百合のよう。どうにも照れくさい気持ちになるが、ああ、それも少年の心を感じ取っているからか……と思う。
その人といるとそわそわと落ち着かないのに、ずっと一緒にいたいと願う。
それが初恋というものだった。
そして……。
細いエルフの腕……とは失礼な……と思うが、ふわりと抱きあげられた感覚はまるで羽のようだと思った。そして、夜の足場の悪いはずの森の中をまるで風のように駆ける。
少年はその腕の中でよい匂いがすると思った。いままでかいだことのないような、花の香りがすると……。
やれやれ、まったくかなり美化されているとアルマティは思う。自分は人の女のように香水などつけていないのに。
どこまで美化すればいいのやら。
そして、己の背中を撫でる手の感触とともにいわれた言葉。
「今は泣け」
その声はしっかりと男性なのに、歌う様に甘くそして慈雨のように少年の心に染みいった。
父国王と母王妃は折り重なるようにして玉座の間で亡くなった。その死を悼む暇もなく、ウーサーは騎士達に守られて、王宮の隠し通路から脱出した。その隠し通路の入り口にたどりつく前にも、自分を守るために、ひとり、またひとりと騎士達は倒れていった。
その彼らを振り返ることも出来なかった。
「殿下はお逃げを!」
「我らのことなど気にせず、早く!」
血だらけになりながら笑顔で「ご無事に、しばしのおさらばにございます」と隠し通路の扉を閉めた、王宮騎士団長。
その彼らの想いを胸に、生きなければと追っ手の魔物達と戦った。
それでも、もうダメか……と思ったときに現れたのは、始祖王アーサーの話とともに憬れた盟友であるエルフ。
肖像画で見た金色の髪の姿よりも、何倍も輝く銀の星のようだった。
そして、そんな人が泣いていいのだと……“許して”くれた。
「父を亡くし、母を亡くし、親しい者達を亡くし、お前は一人残されたのだ。今は存分に嘆いても許される。見ているのはこの森の木々と私ぐらいのものだ」
思う存分嘆いていいのだと、そのエルフの言葉にウーサーは、初めて自分は悲しいのだと気付く事が出来た。父も母も親しかった騎士達も、みんなみんな逝ってしまった。
声をあげて泣き続ける自分の背を、エルフの手が優しく撫で続けてくれる。
そして思う。
自分はひとりになった。
だけどひとりではない。
だって、このエルフがいてくれる。泣いていいといってくれた、この輝ける星のような存在が。
そう、俺は一度目はあなたの姿に恋をして。
すぐの二度目に、あなたのその優しさにまた恋をしたのだ。
ウーサーの心の声がアルマティのなかに響いた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
森の中の光景は続く、夜の森にたき火を灯して、二人、一つの毛布にくるまるようにして。
始祖アーサー王の伝説を寝物語にねだれば、「もう何回語らせた?」とあきれながらも銀の弓の弦をはじいて、柔らかに語り歌うエルフ。それにウーサーは目を細めて、いつしか眠りにつく。
銀の弓の音はきらめく星のようで、そして歌う声は訪れる優しい夜のように優しい。
まったくよく飽きないな……といいながらも、毎夜、毎夜、歌ってくれるエルフ。
この存在とこの声があれぱたった二人きりの森の夜も、なにも怖くなかった。
景色は移り変わる、夜の森から、今度は昼間の街道を二人で歩く。
放浪の旅のあいだ、逃亡者として安住の地などない果てのない道を歩きながら、それでも少年の心が、行く街道の見上げる青空のように希望に満ちていたのは、隣で様々なことを語ってくれるエルフがいたからだ。その千年の知識で見た、聞いた、様々なことを。遠い昔の神々の伝承から、今は失われた浮島の魔法王国のことまで。
そして、少年は道ばたに咲くヒヤシンスの花を一つ摘んで、アルマティに差し出す。
「はい、アルマティ」
「私にか?」
「うん、あなたのように美しいから」
「そういうことは、お前がもう少し大きくなってから、姫君にいってやれ」
「なら、ずっとアルマティにいうよ。アルマティは綺麗だから花が似合うって」
「さて、私はエルフだが、男だからな。花が似合うといわれても嬉しくはないのだが」
そういいながら、銀の髪のエルフはその花を受け取ってくれた。青いヒヤシンスをじつと眺めて「ふむ」といったあと、その花が消えたのに、ウーサーが目をパチパチとさせる。
「どこやったの?」
「魔法倉庫のなかだ」
「とっておいてくれるんだ!」
「こんな道ばたでは、活ける花瓶もないだろうが」
瞳を輝かせる少年にそっけなく答えた。なのにウーサーは「ありがとう」という。
「礼をいわれるような事はしていないぞ」
「いいや、アルマティはたくさんたくさん、俺にいつもくれているからさ、だから、今の花はそのお礼」
「これからもたくさん贈るね」と笑う子供を、あのとき分からずアルマティは、きょとんとするばかりだったが。
ここはウーサーの夢の……心の世界だ。
彼の心の声が伝わる。
俺の知らない、いろんなことを教えてくれる、アルマティ。
いつも、一緒にいてくれる、アルマティ。
俺がねだるだけ仕方ないな……なんて顔をしなから、夜はアーサー王のお話を語り歌ってくれる。
大好きだ。
今は、アルマティみたいに綺麗な花しか贈れないけど……。
いつか、もっと。
「花しか……ではない。花で十分だったのだ」
アルマティはつぶやく。
そして、ウーサーの夢の中なのに、いや、だからなのか。彼に贈られた最初のヒヤシンスが、そして、色とりどりの花が、アルマティの周りにふわりと浮かぶ。
白百合にスズラン、白のヒナギクは可愛すぎないか? と文句を言ってやった。そういえば、デイジーは青も贈られたか。ネモフィラに、ローズマリー、わすれな草。
あれが自分に贈る花は、すべて白か青だった。そして薔薇は絶対に贈らない。
のちにウーサーは貴婦人達には決まって薔薇の花を贈るようになる。その薔薇も従者が選んだものという……ウーサーに焦がれる女性達からすれば、周知の事実だったようだが。
王は“公平な礼として”女達に薔薇の花を贈る。
そして、アルマティには自ら選んだ、とりどりの花を……。
アルマティは夢のなか、浮かんでいる白に、青の花をたどる。
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