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【37】魔女の嵐の後始末、ちょっとペテン入り
しおりを挟むラルランド魔法王国、国王ロラルド王は、マルヴァール帝国皇帝ヴォルドワンへの譲位書にあっさりと署名した。
魔女がその精神を乗っ取った聖女の扇動による一度目の叛乱で処刑寸前まで行き、ここでまた二度目の叛乱でも命を脅かされた。三百年の太平のぬるま湯の中で、ただ玉座に座っているだけでよかった彼としては、もう王などこりごりだ……と署名のあとにもらした言葉が本音らしい。
まがりなりにも一国の王としてそれはどうなのか?ではあるのだが、王太子のトラトリオ王子にしても、父が退位したあとは大公の爵位と暮らすのに不自由がない領地が保証され、自分がそれを受け継げるときいて、反対もせずに安堵した表情だった。こちらも国一つ背負う気概などないのは、あきらかだった。
唯一大反対の声をあげそうな王妃ナチルダだが、こちらもリシェリードが前世を思い出して覚醒した、本当は魔女だった聖女との婚約破棄騒動。あのときにリシェリードに一喝されて、つきものがおちている。自分が生んだ息子であるリシェリードを王位につけるという野望がなくなった今、彼女は慈善活動に力を入れており、その後も慈悲の大公妃として名を残すことになるが……それは後のこと。
そしてラルランドの貴族達だが。そのほとんどが二度の叛乱に荷担し、監獄塔送りとなっていた。これは魔女に惑わされたためと彼らは解放され、皇帝とその将来の皇妃予定?のリシェリードの慈悲に感謝した。
が、邸宅に帰った彼らに待ち受けていた次なる通達は、ラルランド王の退位に伴っての、その爵位と領地を返上せよという、皇帝の命令であった。
ロラルド王が退位したあと大公の地位と領土を帝国から与えられると聞いた一部の大貴族は、自分達の爵位と領土も帝国が保証して当然と抗議する者もいた。しかし、魔女に惑わされたとはいえ、叛乱は叛乱。それも二度もの蜂起に皇帝陛下は命と財産はとらぬとあなたがたの言う“慈悲”を示された。
今回の爵位と領地の返上は、ラルランドの国とあなたがたの仕える王が退位されるのだから、“当然”のことと……。
これ以上、慈悲深き陛下になにを望まれる?と帝国側に返されて、彼らはすごすごと引き下がるしかなかった。帝国軍を前に三度の叛乱を起こす気概があるものなど、誰もいなかった。
影では、帝国軍を率いてきたリシェリードを「あれこそがラルランドを滅ぼす魔女だったのだ」とか「国をまるごと帝国に売った大ペテン師」などと罵る声があったが、リシェリードは全く気にしなかった。
王族や貴族なんてどうでもいい。民の暮らしが無事ならば。
実際、一度目の叛乱も王宮のみでのこと。リシェリードのぶち壊した処刑台からの、王都の広場の混乱はあれど翌日の王都は何事もなかったかのように平穏だった。
二度目にしてもそうだ。魔女が占拠したのは王宮のみで、その支配は短くまた帝国軍の侵攻も王都へと一直線で、ラルランド側の抵抗もまったくなかった。国土のどこにも被害はない。
民衆からすれば王様が皇帝陛下に変わったところで、その暮らしはいつもどおり。寝て起きて食べて働いて、祝祭に笑いあう、そんな日々が続けばいいだけのことだ。
主の変わったラルランド王国……いや、帝国領となった公国。その宮殿のバルコニーからリシェリードは戦火に包まれることもなかった街並みと、広がる豊かな緑の大地を眺めた。
ヴォルドワンはラルランドの名を消さずに、公国してその名を残した。帝国に併合されようとも、ラルランドの民がその誇りをもてるようにと。また、帝国民に対しても、併合したラルランドは帝国と同格であると皇帝が示したともいえた。
とはいえ、表向きは平和的な併合といえどラルランドの民を敗北した民と見る者達はいるだろう。三百年の断絶も、なかなかに埋められない心の溝ではある。それは上に立つ者達がなんとかしなければならないことだ。
“皇妃”であるリシェリードももちろん二つの民の間を取り持つつもりだ。
「リシェリ」
声をかけられて振り返る。今日のヴォルドワンは黒貂の縁取りの豪奢な深い蒼のマントをまとっていた。皇帝の正装だ。
「うん、行く」
リシェリードもまた銀狐の縁取りの白いマントをまとっていた。皇妃の正装というか、男の皇妃など歴代、誰一人としていなかったために、特別につくられた正装だ。
男の服ではあるが、多少……いや大分、衿元のレースが多いとか、裾が膝丈あたりまで長いうえにこれまたレースでふんわりとして、ドレスのようだ……とか思わないでもないが。
とはいえ正装に身を包んで儀式に臨むのも、皇妃の務めである。
差し出されるヴォルドワンの手に、手を重ねて、そして二人で歩き出す。
今日はヴォルドワンのラルランド公国、大公としての戴冠式だ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ラルランド王国を併合し、譲位を受けるにあたってヴォルドワンが出した条件は一つ。
王都にまで進軍して、事実上の占領状態で今さら戴冠の条件もなにもないのだが、これは皇帝としてではなく、一人の男としてリシェリードに対するわがままだ。
「あなたが俺の皇妃になるのが先だ」
と。
リシェリードとしても否やはない。ラルランド併合というより、カイの救出にあたり、お前の皇妃になるとはっきり宣言したのだから。
なら、皇妃になると署名一つで済むかと思ったら、そうはいかなかった。
「あなたを皇妃に迎えるのに、そんな簡単な有様では皇帝たる俺が軽く扱ったと周囲が見る。貴族達になにを言われようとあなたは気にしないというだろうが、俺が我慢ならない」
そんなわけで帝都での盛大な儀式となった。ラルランドでの皇帝の戴冠式の日程もあるからと、突貫工事でとてもつくられたとは思えない、豪奢な白いドレスではない……白い正装に身を包んだリシェリードの姿に、なぜかオドンが花嫁の父よろしく涙ぐんでいたとか。
本当の父である大公となったロラルドは挙式の行われた聖堂内にいたらしいが、どこにいたのかリシェリードにはわからなかった。どこまでも影が薄い父だ。
そのあとも最初にこの帝都にやってきたことを思い出す凱旋パレードならぬ、ご成婚パレードに笑顔で手を振った。そのあとは帝宮にての晩餐会に夜会と……。
終わる頃には疲れ果ててベッドに沈むように寝た。初夜?なんてあるわけない。
なにしろ、その翌日に今度はラルランド公国となった、その宮殿に転移しての戴冠式なのだ。
本来は帝国皇帝が公国を併合する戴冠式のみだったところに、結婚式をねじ込んだゆえの日程だった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
そして、魔女との戦いから荒れていた玉座の間はすっかり補修され整えられ、この晴れの日を待っていた。
玉座の前に立つ皇帝ヴォルドワンの隣に、リシェリードも皇妃として立つ。大神殿より亡くなった大神官長オゴロワスの地位が未だ空位ゆえ、代理の神官長が赤い小さなクッションの上に載せられた、これまた小さな王冠を持ってくる。
初代魔法王リシェリードより代々伝わる王冠だ。
王冠が小さいのは暴君と魔女の圧政に苦しんだ民を労るため、王宮にため込まれた財宝をほとんど、その人々の救済に使ったためだ。
リシェリードが王と望まれ、いざ戴冠となったとき王冠がないとなった。別になくても構わないだろうというリシェリードに対して、王様に王冠がないと!と民達が騒ぎだした。みんなが必死になってかき集めた銀と小さな宝石をちりばめ、その当時の細工師が工夫して創り上げた小さな王冠。
それを見たリシェリードは感激して、今後、国がどれほど豊かになろうとも、王はこの王冠を被り続けることと、言葉を残した。
神官の持つクッションからヴォルドワンが両手でその王冠を取り上げる。彼が自分の手でその頭上に王冠を載せるのだ。立派な皇帝陛下にちょこんとした小さな冠は少し滑稽だな……とリシェリードは内心でくすりと笑ったが。
「え?」
リシェリードが思わず小さな声をあげたのは仕方ない。
ヴォルドワンは自分の手にもったその小さな冠を、リシェリードの頭に載せたのだ。玉座の間に集った人々もざわめく。
そこにヴォルドワンの朗々とした声が響く。
「いまこの時をもって、ラルランド公国を帝国へと迎え入れる。同時に、公国領は皇妃領として受け継がれていくものとする」
やられた!とヴォルドワンにその片手を捧げ持たれながら、リシェリードは思った。
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