【完結】デカい腹抱えて勇者から逃走中!

志麻友紀

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でかい腹抱えて勇者から逃走中!

【5】異世界からもう一人

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 恋人同士となった二人だが、その関係は公には伏せられていた。
 発情期ヒートが来てアルファがオメガのうなじを噛んで、正式に番と認められる。

「大臣達が君にいつまでもヒートが来ない……いや、ヒートが来てからでも発表は遅くないと言い出して」

 ラドリールは一瞬言葉に詰まり、言い直した。その意味をハルは分からず、きょとんと首を傾げた。そんなハルの表情に、ラドリールはかすかに曇らせた表情から一転、いつもの穏やかな微笑みを浮かべる。
 就寝前のハルの部屋。異世界から招かれた賢者ということで、王宮に豪奢な一室を与えられていた。初めは慣れなかった天蓋付きの広いベッドで寝ることにもすっかり慣れた。
 それから、恋人同士になってからのラドリールが額にしてくれるおやすみのキスも。

「よい夢をハル」
「うん、ラドもまた明日」

 自室に戻るラドリールの長身の背をハルは見送る。
 召使いがめくってくれた敷布の中に入り、目を閉じた。上から丁寧にふわふわの羽布団を掛けてくる。温かい。
 恋人同士になったけれど、二人は清い関係のままだった。

『焦ることはない。君にヒートが来るまで待つよ』

 そう言ってくれる優しいラドリールが好きだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「聖女召喚?」
「ああ、ハルと同じく異世界の者だという」

 ハルに与えられた部屋は広い寝室に、これも広い居室。そこでの午後のお茶は執務を終えたラドリールと共に、とるのが習慣となっていた。
 お茶にお菓子を持ってきた召使いにハルは「ありがとう」という。ラドリールは当たり前に出されたお茶を飲む。
 使用人にそんな礼などいらないと、ラドリールに言われたことがあったけれど。
 ハルはきっぱりと言った。

「誰かになにかしてもらったら、お礼を言うのは当たり前だと思う。俺はお礼を言いたいからいいんだよ」

 そんなハルの言葉にラドリールは「ハルがしたいのならば」といつものように優しく微笑んだ。
 で、聖女だ。
 魔王は倒されたけれど、国土の半分は魔界に侵食された。その闇はまだ払われていない。
 浄化のために強い力の聖女がいる。
 異世界からの聖女が。
 召喚には賢者であるハルも立ち合った
 白い神殿に現れたのは、今どきの茶髪の女子高校生だった。顔はとびきり可愛い。クラスで一番の美少女って感じの……じろじろ見ちゃっても仕方ないだろう。ハルだって男なんだし。

「え? なに? ここどこ?」

 女の子は大きな瞳を潤ませた。そういえば、自分だっていきなり知らない世界で、泣きたい気分だったな……とハルは思い出す。
 そこにラドリールがいつもの微笑みを浮かべて歩み寄った。
 王子様然とした彼の姿、そして、レディへの礼として手の甲へと恭しく口づける。彼女の頬が真っ赤に染まるのも、ハルは当たり前だよな……と見ていた。

「僕はこのヴェルテア王国の王太子にして勇者ラドリールだ」
「王子様で勇者!? あ、あのあたし、ミウ。佐藤ミウっていいます!」
「ようこそ、聖女ミウ。僕は君を歓迎するよ」

 異世界から召喚された少女と王子様の出会い。
 それはアニメやマンガでよくある初まり。
 だけど、ハルはそれを欠片も疑いも抱かずにニコニコとみていたのだ。

 だって、自分はラドリールの運命の番で。
 彼は清く正しい勇者なんだから。

 だけど、かすかな不安が胸の奥にあるのはなぜだろう? と。
 このときのハルは分からなかった。


   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 ミウは高校に入ったばかりの十六歳で半袖の夏の制服を着ていた。
 知らない異世界で優しい王子様であるラドリールを彼女が頼るのは、仕方ないことだと思っていた。
 ラドリールも聖女である彼女を大切にしなければならないのも。
 ハルは自分は男で年上で、この世界では先輩でもあるし……とかすかに胸に広がるもやもやを、押し殺した。
 嫉妬なんて、賢者と呼ばれる自分に相応しくない……と。
 それにラドリールと自分は運命の番なのだから。
 昼間はミウにつききりでハルのところに来れなくて、ラドリールは眠る前に必ずハルのところにきて、額におやすみのキスをしてくれた。



 ラドリールは優しい。
 それに正しき勇者だ。
 だから大丈夫と思っていた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇

「聖女の浄化に付きそう?」
「ああ、ミウが慣れない人達ばかりで、怖いと僕についてきて欲しいとせがんでね」

 ラドリールが困ったという顔をするのに、ハルはこのときも、胸に広がるもやもやを呑み込んで、うなずいた。

「わかった、魔物討伐は俺一人でも大丈夫だから」
「すまない、ブラドラをつける」

 ブラドラとはラドリールの腹心の近衛騎士だ。二人の冒険にもいつも供をしてくれた。

「彼がいるなら安心だよ、気を付けて」

 聞き分けの良い子なんて、自分らしくないなと思いながら、それでもハルは無理して微笑んだ。

「私が護衛に付くと申し出たのに、あのワガママ娘は殿下でなければ嫌だとダダをこねて」

 遠征に同行したブラドラが憤るのに、ハルは逆に苦笑するしかなかった。
「殿下はハル様の番だというのに」
 ブラドラは自分達が本当の恋人同士になったことを知っていた。その報告をラドルールから受けたとき、我が事のように喜んでくれた。

「仕方ないよ、大地の完全な浄化は聖女でしか出来ない仕事だ。それにラドリールは節度を保って聖女に接しているからね」

 このときもハルは『大丈夫』とまた自分を言い聞かせた。
 ラドリールは自分の番なのだ。
 だから信じていた。





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