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でかい腹抱えて勇者から逃走中!
【6】薄っぺらな勇者
しおりを挟むハルは討伐をすみやかに終えて王宮に戻った。しかし、同じ期間で浄化を終えるはずのラドリールとミウはなかなか戻らなかった。
そして彼らが帰還したその日に、ハルはラドリールの居室に呼び出された。そこには深刻な顔のラドリールとその横にぴったりと身体を押しつけて座るミウの姿があった。
「番になった?」
告げられた言葉にハルは呆然としてしまった。
聖女として召喚されたミウは当然オメガであった。その彼女のヒートに当てられてラドリールはうなじを噛んでしまったという。
もちろんそれ以上の関係を結んだという意味だ。
「ご、ごめんなさい! ハル! あたしのせいなの! うっかり抑制剤を飲み忘れて、それで」
ミウが大げさに泣きじゃくる。寝取ったのは自分のほうなのに悲劇のヒロインぶっているようにしか、ハルには見えなかった。
「責任を取らねばならない」
ラウドリールは相変わらず硬い表情だった。
「彼女との婚約を明日にでも公にするつもりだ。もちろん君も遅れての発表となるが、私の側妃として迎え入れるつもりだ」
「側妃? それって愛人って意味?」
「違う! 寵姫などではなく、側妃は王妃と同格に遇される。君の救国の賢者としての立場は変わりない」
そんなの単なる言葉遊びだとハルは思った。いつも優しかったラドリールの言葉が、薄っぺらくひらひらと頭の上を過ぎていく。
「俺のこと運命だってラドリールは言ったよね?」
それでも、そう口にしてしまったのは、彼との幸せな思い出が、すべて幻だと思いたくなかったからだ。
「それは、君にいつまでもヒートが来ないから……」
口にして『しまった! 』という顔をラドリールはした。
ハルは自分の中の初恋が粉々に砕け散る音を聞いた。
とは、ポエムだな笑っちまうと内心思う。……実際にはとても笑えなかったけど。きゅっと唇を引き締めて、一呼吸置いてから言葉を発した。
「側妃になるのは断る。あんたとはこれで終わりだ」
もしこれが召喚された直後だったら、ハルはそれでもラドリールの言葉に頷き、彼にすがりついたかもしれない。
見知らぬ世界で十代の子供が頼れるのは、優しい王子様だけ。
だけど、ハルはその王子様と数々の冒険をした。楽しかったけれど、命がけで、そして助けた人々は若造の自分なんかを賢者様と大切にしてくれて、感謝の言葉をたくさんくれた。
その中で強くなったのだと、ハルは今になって自覚していた。
目の前で呆然とする王子様を頼らなくてもいいほどに。
「残念だ。だが、君の賢者として立場は王宮内では変わらない。これからの暮らしも保障しよう」
真っ直ぐこちらを見るハルに、断られるとさえ思ってなかったのか、ラドリールは気まずげに視線を外しながら言葉を続ける。
召喚のときに初めて見た彼はあんなに輝いて見えていたのに、今は妙にくすんで見えた。
「今後の細かいことはあとで決めよう」とハルはそのまま席を立って部屋を後にした。
元の世界に帰る方法はない。
そう聞かされたとき、ハルは呆然としたものだ。
思わずポロポロと泣きだした自分を抱きしめたのはラドリールだった。
だけど、召喚されたということは、こちらとあちらの道が繋がったということだ。一方通行なんて、道路標識だけの話で実際は逆走できるのだ。
異次元を繋ぐ道には標識なんてそもそもないけど。
「……歴代一と言われた賢者ハル様を舐めるなよ」
そのときすでにハルの決意は固まっていた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
翌日にラドリールとミウの婚約が発表された。
その頃からミウのワガママぶりはさらに加速した。ドレスに宝石にと買いあさり、召使いの態度が気に入らないと、怒鳴り散らしティーカップを投げる始末。
お后教育の教師に注意されれば、いじめられたとラドリールの執務室に飛びこんで泣きじゃくる。それで幾人もの教師が替わっていた。
そんな彼女を甘やかすばかりのラドリールにも、徐々に非難の目が向けられつつあった。
『どうして殿下は運命の番である賢者様じゃなくて、あんなお方を……』
『しいっ!』
ハルとラドリールの仲は公には伏せられていたが、周囲には言わずとも分かるというものだ。
そんな王宮内の不満とは裏腹に大臣以下の高位貴族達は、未来の王妃のご機嫌伺いにと彼女を自らの館の茶会や夜会へと招待、歓待した。
それでハルは大臣達が自分とラドリールの婚約には難色を示した彼らの真意が今さらわかった。彼らにとっては王家の血の存続こそがなによりも大事だったのだ。
ヒートが来ない未成熟なオメガでは、将来が不安だったのだろう。
血統の存続こそ第一。それが王侯貴族だと言えばそれまでだ。
ハルは二人から距離を置いて、冷ややかに見ていたが。
そんななか、事件が起こった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
安全と思っていた王宮で、まさか襲われると思わなかった。
伸びた手に薄暗い小部屋に引き入れられ、ハルは数人の男達に押さえ付けられた。同時に口許に布を押しつけられて、吸い込んだ香にくらくらし意識が朦朧となる。
「ヒートも来てないやせっぽちの男じゃ、そそらないな」
「ミウが全員で突っ込んで裸のまま中庭に放り出しておけばいいって話だ」
聖女を呼び捨てとはずいぶんと親しい間柄なんだと、まとったローブを乱暴に剥ぎ知られながら、ハルは冷静だった。
ただ、意識の混濁はどうしようもない。どうしても魔力のコントールの微妙な加減など出来ない。
────死なない程度でいいか、手足がちぎれたって治癒魔法でくっつくしな。
そもそもこいつらの自業自得だ。
「俺が先だ。お前らが散々ツッコんだ穴なんて、使いたくないからな」
そんな声が遠い意識に聞こえた。どこまでも下品な奴だ。
その瞬間。
ハルは魔力を暴発させた。
それからあとの意識はない。
駆けつけた衛兵が見たものは。
透明な丸い結界に包まれてふわふわ浮かぶ眠るハルと。
周囲でうめく血まみれの男達だった。
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