【完結】デカい腹抱えて勇者から逃走中!

志麻友紀

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でかい腹抱えて勇者から逃走中!

【7】ぶち切れ帰宅




 王宮の一室が大破したというのに、関係者には箝口令が敷かれ事件は無かったことにされた。

「賢者である君の名誉を守るためだ」
「名誉? 男が男にゴーカン未遂されましたなんて、外聞は確かに悪いけどな、俺は全然気にしないぜ。そもそも未遂だし」
「…………」

 ラドリールの執務室。目の前の部屋の主は苦い顔で黙りこむ。

「それより高位貴族の馬鹿息子共が俺を襲ったってほうが問題か? 奴らの罪を公にすれば、民衆が宰相の邸宅に押しかけて暴動が起こりかねない」

 今回の事件の主犯はなんと宰相の息子だったのだ。
 そして、彼が一番重傷だった。
 吹き飛んだ両手両足はくっついて、元通りになったそうだが。
 問題は、粉々になった股間の……ブツだ。
 即座に周囲に漂っている粒子をまとめて再生の創造魔術を駆使すれば復元は可能だ。が、そんな超高等魔法が出来るのは、賢者のみ。
 つまり薬で意識が混濁し、目覚めるまで誰も破れない結界で眠っている賢者ハルのみだった。
 かくて馬鹿息子は大事な自身の息子を失った。
 悲劇なんだが、喜劇なんだか。
 それはともかく。

「奴らはミウに指示されてやったと言っていた」
「君は薬で意識が朦朧としていたのだろう?」
「賢者の俺一人の証言だから証拠にならないと?」

 賢者に力を込めてハルは言った。たった一人だろうと賢者ハルの言葉ならば、この王宮の者や民ならば信じるだろう。
 お后教育もままならない、ワガママ聖女よりだ。

「ミウは悩みを抱えているようだった。君のほうが王妃に相応しいなどと、王宮の心ない者達の言葉に」
「それで俺を男に輪姦させて、裸で王宮の中庭に放り出しておけと、悩み深き聖女様がそうおっしゃったと?」
「彼女は彼らが勝手にやったことだと言っていた。ただ親しい友人に悩みをこぼしただけだと」
「殿下は聖女様のお言葉を信じてらっしゃると?」

 ハルは目の前の男をもう、ラドとは呼ばなくなっていた。殿下と、それが今の二人の距離だ。
 ラドリールは苦しそうに吐きだした。

「ミウは僕の子を身籠もっている」
「…………」

 だから、未来の王妃にして国母の名誉を傷付けることは出来ないと、彼は言いたいのだろう。

「ミウには監視をつける」
「この王宮に俺は居られない」

 事件が伏せられるのはミウを守るためだけではない。高位貴族の馬鹿息子達も守るためなのだ。つまりは宰相も高位貴族もミウの味方で、みんなグルなのだ。
 そんな敵ばかりの場所に、ハルは居られない。

「北の離宮を君に与える」
「今日にでも移る」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 こうしてハルは北の離宮にやってきた。

「まさか、ブラドラまで来るとは思わなかったよ」

 そうラドリールの最側近だったブラドラが、賢者ハルの護衛官としてついてきたのだ。

「殿下は変わられました……」

 彼の短いひと言が全てを現していた。
 王太子は側近にも見捨てられた。
 出立前、気紛れにかけた風の魔法に乗って、ハルの耳にも王宮でのそんなささやき声が聞こえてきた。
 それと同時になんとも馬鹿馬鹿しい話もだ。

『賢者ハルとブラドラは殿下を裏切り、密通していたのよ! 』

 とぺちゃくしゃ話しているのは、すでに王太子妃としてふるまっているミウの居室のサロンからだ。ラドリールは監視を付けるといっていたが、彼女の王宮での派手な暮らしはまったく変わりなかった。
 相づちをうつ彼女の取り巻き達はともかく、そんな流言などサロンの外では、誰も信じないだろう。
 だいたいブラドラにはすでに番がいるというのに。

「マール」

 その魔道士の名をハルは呼んだ。ラドリールの番であり、彼は魔力強いオメガの男子として生まれた、上級魔道士だ。

「これを君に渡しておく。俺の置き土産だ」

 差し出したぶ厚い日記帳をマールは不思議そうに受け取る。

「読んでもよろしいのですか?」
「もちろん、そのために君に渡したのだから」

 開いた瞬間に、マールの顔色が変わる。ページをめくる手が震えているのに、重い物を押しつけちゃったな……とハルは「ゴメン」と口にする。

「本当はこのまま暖炉に放り込んでしまおうと思ったんだ。これが危険な魔法だってわかっている。だけど、このままこれを消してしまうのは……」
「ええ、わかります。これは門外不出のものとして、我が子達に受け継がせます」
「ありがとう、マール」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 離宮へと移り数日だというのに。
 ハルは王宮へと呼び出されていた。
 聖女が大地の“大半”を浄化した。その祝いだという。
 浄化が完了してないのに、中途の式典などまったく滑稽だ。
 それも、賢者に勇者と聖女を祝福して欲しいと。
 王宮内だけでなく王都にもついに漏れだした、不審な噂を払拭するのに、ミウの取り巻きである宰相を筆頭とした高位貴族達は必死なのだ。
 召喚された白い神殿にて、祭壇に立つハルの前に、ラドリールとミウが神妙な顔で並ぶ。

「本当は黙って消えるつもりだったんだけどな」
「ハル?」

 ラドリールがいぶかしげな声をあげる。
 白い杖を掲げればハルの足元に魔法陣が浮かびあがる。

「これだけのことされて、祝福なんか出来るか! ワガママ馬鹿聖女に顔だけがいいクソ勇者王子!」

 「なんですって!」と逆上したミウが手を伸ばすが、バチンと結界に弾かれて「ギャア!」と悲鳴をあげて、無様にひっくり返りラドリールに抱きとめられる。

「俺は元の世界に帰る! 二度とおまえらの顔なんか見るものか!」

 そう宣言して居並ぶ腐った高位貴族達の顔を見渡した。

「ハル! 無茶はよせ! 元の世界には帰れないんだ!」

 ラドリールが叫ぶ。

「勝手に召喚しておいて帰れませんなんて、そっちの都合だよな! 道がありゃ戻れるんだよ!」

 そう莫大な魔力と引き替えならばだ。
 それこそ当代一の賢者が全ての魔力を失うほどの対価と引き替えに。
 それでいい。
 どうせあちらの世界では必要ないのだから。

「ああ、賢者として最後の予言を残してやるよ」

 あちらとこちらの世界がつながり、視界が揺らぐなか、呆然としているラドリールを見て口の両端をつり上げる。

「そこの聖女様が生む子供は黒髪だ。このあいだ、俺をゴーカン未遂してナニを無くした、宰相の馬鹿息子そっくりのな!」

 鑑定魔法をかけりゃわかるのだ。聖女だから誰もしなかっただけのことで。
 最大級の爆弾を落として、ハルはくそったれな世界を去った。





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