ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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ワガママ王子はゴーケツ大王なんか絶対に好きになってやらないんだからね!【アーテル編】

【9】今度は僕が果たし合い? 

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「綺麗なだけのお前など、大王の番に相応しいとあたしは認めない! このカザーク族の勇敢な戦士チャィアーはお前に果たし合いを申し込む!」

 頭に羽根飾りのバンドをつけ、美しい刺繍のチュニックを着込んだ大山猫族の女戦士が叫ぶのに、アーテルはこの頃クセになりつつある、遠い目になる。



 なんでこうなった? 



 ここはルースの北、シビエの荒野。季節は北国の短い夏の真っ盛り、青々としたコケにところどころ生えるベリーや青草をはむ、ゆったりとしたトナカイの群。
 なんでアーテルがここに来ることになったか? というと、遊学中とはいえエドゥアルドはルースの大王。いままでも転送陣の日帰りで執務を片付けていたが、どうしても夏の視察にルースに十日ほど帰らねばならなくなった。
 アーテルとしては毎日のように求婚してくる虎がいなくなって、しばらくせいせいすると思ったのだが。

 なぜかアーテルも同行することになっていた。

 理由はある。十日間の視察の最後にノアツン国への表敬訪問が含まれていたからだ。ならばノアツン国の代表は大公たるスノゥのはずなのだが、アーテルが“代行”としてこれを務めることになった。
 これもあの嫉妬深い父のノクトが、ルース国の大王とはいえ、若い男とスノゥを二人きり……でもない随行も護衛の騎士もいるのだが、ともかく自分のそばから母を離したくない……なんてわけだ。
 だからって自分の息子を“生け贄”にすることないだろう! とアーテルは内心で毒づいた。
 王宮の転送陣の間まで見送りにきたノクトとスノゥに対して、エドゥアルドが。

「アーテル公子の御身はこちらが大切にお預かりするのでご安心を。もちろん指一本触れませんとも」

 と豪快に笑ったのに対して、父のこめかみがひくひくしていたのでよしとしよう。母のスノゥのほうは相変わらず苦笑していたけれど。
 そんなこんなで転送陣でやってきたリース国。

 王宮での滞在は短く国内用の転送陣にてすぐに跳んだのは、このシビエだった。
 北のグロースター領とはまた違う、緑のコケとところどころベリーや見知らぬ草花が生えている雄大な大地。それに初めてみるトナカイの群に、気の乗らなかった旅行とはいえ、アーテルがきょろきょろあちこちを見て回っていたところ。
 いきなりやってきた大山猫の女戦士に果たし合いを申し込まれた。

 それが今、ここ。

「チャィアー、お前なにをやっている!」

 カザークの各部族長から報告を受けていたエドゥアルドがこの騒ぎを聞きつけて、さすがに慌てた様子でやってくる。アーテルのほうはといえばサンドリゥムからついてきた護衛騎士二人が、迫る女戦士の前に自分をかばって前に立とうとするのを視線だけで制する。
 そして、エドゥアルドにも「ここはさがれ」と彼女に命じるのを「いいえ、構いません」と声をかける。

「なぜ、この僕に彼女が“手合わせ”を申し込んだのかそれを知りたい」

 “果たし合い”ではなくアーテルは“手合わせ”とあえて言い違える。チャィアーが「違う!」と叫ぶがエドゥアルドのほうもまた。

「そうだチャィアー。なぜアーテル公子に“手合わせ”など申し込んだ?」

 と話を合わせてくる。チャィアーはエドゥアルドの意図はわからないのだろう。不満げな顔だ。
 とはいえ、これは果たし合いの“決闘”ではなく手合わせの“試合”を申し込んだ形でなければならない。
 大王の側近であるカザーク族がサンドリゥムの王族であるグロースター大公家の公子に“決闘”を挑んだなど十分に国際問題だからだ。

「それで、そこのお嬢さんレディはルースの大王陛下のことが好きなの?」
「す、好きなど、おそれおおい!」

 若い女戦士はとたん真っ赤になってさけぶ。

「あたしは、ただお前が大王ハーンの番に相応しいか、皆を代表して見極めたいだけだ!」

 ハーンとはカザーク族の総族長を示す言葉だ。その称号を捧げられるほど、エドゥアルドは彼らから信頼と尊敬を持たれている。

「カザーク族は男も女も戦うものだ。ただ綺麗なだけの飾りなどハーンには相応しくない!」

 この騒ぎに周りにはカザーク族の者達が集まってきていた。そのなかにはエドゥアルドに報告していた各部族長の姿も。
 アーテルを見る彼らの目は敵意とまではいかなかったが、皆、厳しかった。
 なるほど彼らの目からすればアーテルは“最弱”の兎族の姿だ。この視察ではマントも被ることなくその黒い耳をさらしていた。
 あちこちから奇異なものでも見るような目を向けられていた。さらには初めて見る黒い兎が彼らの尊敬するハーンの想い人などときけば、生まれながらの戦士たるカザーク族が反発して当たり前か。
 もっとも目の前の女戦士にはそれにくわえて、エドゥアルドへの恋心があるんだろうけど。

「まず訂正だけど、僕はそこの大王様の番になる気はこれっぽっちもないから、相応しいも相応しくないもないんだけど」
「なあっ! 貴様、ハーンに名誉ある求愛をされている身でありながら、それを断るというのか!」

 いきどおるチャィアーの叫びをアーテルはさらりと無視する。そしていかにも考えてますとばかりに、唇にひとさし指をあてて。

「でもまあ、勇敢なカザーク族の戦士の名は、我がサンドリゥムにもとどろいています。その女戦士レディと手合わせを申し込まれるなど、大変な名誉。お受けしましょう」

 優雅に胸に片手をあてて、騎士の一礼をチャィアーに向ける。

「ただし条件があります。リース国とサンドリゥムとの“友好”のためにお互いの身を傷つけるのはなし。僕も女の子に怪我させたくないしね」
「あたしを女とあなどるのか!」
「サンドリゥムの騎士は強い女の子相手であっても、レディには敬愛を現すものだよ。

 さて“立ち合い”の条件だけど、僕はこのムチで身を守ります。ただし君の身は傷つけることはない。そして君は武器も持たずに素手で、逃げる僕に触れるだけでいい。それで君の勝ち。
 僕の勝ちはそうだな。君が転んだりお尻を地面についた時点でっていうのはどう?」

「子供のような鬼ごっこだと! 戦士たるあたしを馬鹿にしているのか!」
「おや、お嬢さんは最弱の兎、一匹も捕まえられないと?」
「冗談ではない。お前などたやすく捕まえてみせる!」
「そうなら、せいぜい、足をもつれさせて転ばないようにね」
「ど、どこまでも馬鹿にして!」

 キャンキャン吠える……いや、大山猫だから鳴くのか? チャィアーを無視して、アーテルは「さあさあ、みんなで大きく囲みを作って」と周りのカザーク族に呼びかける。

「その囲みの範囲で僕は逃げるから。際限なく逃げられたら、お嬢さんに不利だしね」
「そのお嬢さんという呼び名はよせ!」
「大王様は囲みが出来たら、試合開始の合図をしてくれる?」

 「ああ」と答えるエドゥアルドの口許には、堪えきれない笑みが浮かんでいる。どちらが勝つかなんて、彼にはとっくにわかっているようだ。
 合図とともにチャィアーはアーテルに飛びかかるが、それを“兎らしく”ぴょんとはねてさける。そして、トントンとステップを踏みながら、白いムチをリボンのごとくくるくると綺麗な軌跡を描きながら振りまわし、そしてアーテルが歌い出す。



 可愛いあの子のお耳に花をつけるのはだぁれ? 



 それはこの大陸で言い回しは違えと、だいたい同じ内容の恋歌だ。

「ふざけた歌と踊りなど、どこまでも馬鹿にして!」

 チャィアーはますます激昂して、ムキになってアーテルを追いかけ飛びつく。その動きはまさしく山猫のごとしだが、アーテルはそれをひょいひょいと避けていく。かなりの速度の追いかけっこなのだが、歌う息も乱さずに、駆けながらも優雅にステップを踏み、さらに輪を描くムチの軌跡も美しく。
 逆にアーテルを捕まえようと必死に手を伸ばすチャィアーの動きはまったく滑稽で、周りを囲むカザーク族達も必死に笑いをこらえているものが多かった。それでも笑い声をあげないのは同じ部族の情けというものだろう。
 ついにはぜいぜいと肩で息をしだしたチャィアーにアーテルは振り返り。

「女の子をあんまり汗だくにするのもね。そろそろ終わりにしようか?」
「望む…ところだ! びょ…んぴょん…と…逃げるだけは得意な、この…兎め! 今度こそ…捕まえて……やるっ!」

 飛びかかってくるチャィアーからアーテルは逃げなかった。
 ただ、ムチを地面にむかって振るっただけだ。けして彼女の足下を打つことなく、その前の地面を。

「え?」

 しかし、それだけで彼女の身体は吹き飛んで、苔むす荒野に、したたかに尻を地面についた。

「はい。僕の勝ち。尻餅をついたのだから、君の負け」
「…………あたしの負けだ」

 アーテルがにっこり微笑めば、悔しげな顔をしながらチャィアーは負けを認めた。さすがカザーク族の女戦士は潔い。

「もう一つ訂正だけど」

 アーテルは尻餅をついた彼女に手を伸ばしながら、そう断り。

「ふざけた歌と踊りってのは取り消してほしいな。これは僕が四英傑の一人たる母スノゥから受け継いだ、戦いの歌と踊りなんだ。ノアツンの雪豹族から伝わるね」

 お前の手など借りぬとばかり、チャィアーが自力で立ち上がる。その言葉に彼女が軽く目を見開き。

「それはわかる。お前は……公子はふざけてなどいなかった。いくら、あたしが手を伸ばしても消える。公子はまるで伝説の砂漠に浮かびあがる蜃気楼のようだった。
 約束どおり、あたしの身に触れずにそのムチで、あたしに膝をつかせた。公子は立派な戦士だ」

 膝ではなく尻だけど、そこは彼女の名誉のためにだまっておこうとアーテルは思った。
 そして、そこに「素晴らしい!」との声。それはカザーク族の大山猫や豹、狼族の族長達で。

「チャィアーをさける身のこなしだけで、我らは公子が一流の戦士とわかった」
「それに見事な戦いの歌と踊りだった。これほど優美な戦士を我らは見たことがない」
「さすがは勇者ノクトと四英傑スノゥとの御子よ。我らはあなたを勇敢な一の戦士と認め、さらには大王ハーンの番に相応しいと歓迎する」

 族長達の言葉にあとにまわりを囲むカザーク族の戦士達も一斉に「おう!」「おう!」「おう!」と勝ち鬨のような声をあげて、賛同をしめす。
 それにエドゥアルドが。

「おうよ、俺の将来の嫁さんは強いだろう」

 とれいのごとく豪華に笑う。
 そして、歓声に囲まれながらアーテルはこてんと首をかしげた。





 あれ? これ僕、なんか墓穴ほっちゃった? 







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