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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【28】意外な切り札

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 プルプァの姿が消えた。
 転送石を投げつけたミーリアはすぐさま取り押さえられた別室に連れていかれた。
 鏡の後ろの広間の控えの間にいた者達は、場所を移動して赤の間へと。大帝が大臣達や貴族院の重鎮と会議する部屋だ。

 中央の大きな卓に大陸の地図を広げて、シルヴァが腕にはめた銀のプレスレットを取り出す。そこにはまっている三つの石は真っ赤に染まっていた。それはプルプァの左耳につけているピアスと繋がっている。
 赤い色はプルプァがプレスレットを持つシルヴァより遠く離れている証だ。それも三つすべて赤となれば完全に国外。
 ブレスレットを地図へと向ければ三つの石から赤い光が放たれる。その三つの光は重なって一点を示すはずだった。

 光は予想通り大陸の中央に向かう。西と東に大きく別れながらも、一つの大陸としてあつかわれているのは、その二つを繋ぐ細い陸地。地峡があるからだ。
 その地峡の真ん中に東西の大陸を合わせて広大な領土を持つ、オルハン帝国の帝都スタルブールがある。
 しかし、三つの光はその地峡のあたりをぐるぐると迷走し、一点を指すことはなかった。シルヴァの眉間にしわが寄り、部屋はどういうことだ? とざわりとざわめく。

「おそらくスタルブールの座標は封印されています」

 発言したのは意外にもブリーだ。一気に人々の視線が集まる。昔ならばぴるぴるしていた垂れ耳の茶兎も、いまや七人も子だくさんのカルマンの伴侶だ。動じることなく、続けて口を開いた。

「耳のピアスに仕掛けられた座標追跡の技術は、転移の魔法を応用しものです。ですから、その国の首都防衛の座標封印が発動された場合、座標を確定出来ません」

 プリーには魔法の才能はないが、数式を組み立てる天才的な頭脳がある。彼が自分の趣味としてた星々の軌道計算によって、転送の技術は一気に革新したのだ。
 それこそシルヴァ達が生まれる四十年前は、高位の魔法使いか、その者が魔力を込めた一回切り使い捨ての転送石の技術だった。今や各国の王宮に常設の転送陣があり、昔は数人単位だった転送も数十人単位となった。

 人々が気楽に行き来出来る便利な技術であるが、裏腹に悪用されれば危険なものではある。自由に行き来出来るということは、悪いものだって入ってくるということだ。危険物や違法なものに危険な人物、たとえば麻薬に爆薬、禁輸品に奴隷。人ならば盗賊、暗殺者、武装した敵国の兵士、軍隊。
 だから、転送の座標は暗号化されて双方の合意がなければ出来ないようになっている。また各国の首都に主要施設などには転送陣ともに周辺の座標を封印する装置もまた配置されている。
 戦争状態となれば王宮や要塞を守るために転送装置を封印するとともに、強引な簡易転送など出来ないように座標を封印する結界を張るというわけだ。

「……プルプァを転送石で跳ばすと同時に、帝都を封鎖したのか」

 デイサインのつぶやきに部屋が重苦しい空気に包まれる。これではすぐにはプルプァの救出には迎えないということだ。

「それならば封鎖されていない外へと跳び、そこから中へと入ればいいことです」

 シルヴァがなんでもないことのように言う。それにノクトが「しかし」と口を開く。

「当然こちらの侵入は相手も想定済みだろう。帝国軍の兵士が待ち構えているぞ。こちらもそれなりの武力を率いて行かねばならん。そうなれば戦争だ」
「己の番を取りもどすのに、それが躊躇する理由などにはなりません。純血種の狼の雄は運命と定めた番を地の果てまでも追いかけるもの。
 これがオルハン帝国とサンドリゥムの戦となるというならば、私は騎士団長の地位を返上します。ただ一人でプルプァを助けに参ります」

 それに「まったく生真面目な騎士団長様が……」と苦笑したのがスノウ。

「お前が騎士団長の地位を返上したとしても、お前を団長と慕う騎士団員たちが、そろって辞表を叩きつけて、お前のあとを追っかけるだろうさ。
 それにな。可愛い義理の息子をオルハン帝国なんぞにかっ攫われて、この四英傑のスノゥが黙っていられるかよ。俺だって、息子のお前と殴り込みだ」

 「……勝手に一人で行くな。私も当然行くぞ」とノクトが口を開く。「お、勇者様もお出ましだぞ、シルヴァ」とスノゥが楽しそうに笑う。

「あ~お父様にお母様にシルヴァ兄様もずるい! プルプァの危機なんだから、僕も行く」

 とアーテルが声をあげれば「もちろん、俺も行かせてもらいますぞ、久々で腕が鳴りますな」とぼきぼき指の骨を鳴らすルースの大王エドゥアール。
 カルマンはブリーに「俺もシルヴァ兄貴を助けてくる」といい、ブリーは「行ってらっしゃいませ」という。カルマンが続けて「その間は大人しく座っていろよ。へたに歩いて、なにもないところでスッ転ぶなよ」と続けていたが。
 ジョーヌが「わたくしも行ってまいります」とエリックに告げれば「気をつけて」王太子が返す。その横でダスクが狼族の妻に「私も行ってくる」「行ってらっしゃいませ。どうかご武運を」とやりとりしている。

「僕だって当然行くんだから。お歌披露しちゃうから!」

 とザリア。その“惨状”を予想してか苦笑しながら商都ガトラムルの首領ドゥーチェ ロッシが「私のレイピアの腕も久々に披露しないとね」と続ける。

「さて、サンドリゥムの強者達に、ルースにガトラムル“連合軍”。ここにノーマンが加わらねば恥となろう」

 そういったのはデイサインだ。獅子大帝は「久々の戦の出陣ぞ」とカカカと笑い、すぐにその笑いをおさめてシルヴァを見る。

「しかし、戦となればプルプァを取りもどすのは先となるだろう。それだけオルハン帝国の君主スルタンの手元にいる時間が長引くということだ。わかっておるじゃろうが今のスルタン・イッザドは、ツィーゲと同じ大山羊族の純血種じゃ。
 純血種には精神攻撃は効かぬ」

 七歳で地下へと閉じこめられたプルプァは、祖母であるヴィヴァアーヌから受け継いだ麝香のフェロモンの力を“結界”とすることで、その身を守った。
 しかし、精神攻撃であるその力は純血種には通用しない。シルヴァがプルプァが放った力に惑わされることはなかったように。

 そして、スルタン・イッザドの目当てはプルプァの身体に流れる、その血だ。強引に我がものとし、後継の皇子を産ませることで我が身の皇統の正当性を主張する。
 今、こうしている間にもプルプァはスルタンの閨に放り込まれているかもしれないと。はっきりとは言葉に出さずにデイサインが黙りこむ。

「プルプァは必ず取りもどします」

 シルヴァはその沈黙と入れ替えに口を開く。

「プルプァが私の腕の中で笑ってくれればいい。それだけです」

 高潔な銀の騎士はきっぱりという。たとえプルプァが他の男に穢されようとも、そのようなことが彼の愛を迷わせることなどない。

「そうだ、純血の狼の雄はただ一人に愛を捧げるもの」

 ノクトがかつてスノゥに向かい求愛した言葉をくり返す。

「そのためには地の果てまで駆けるものだ。愛する者をこの腕に抱くために」
「はい、プルプァを必ずこの腕に」

 父の言葉に決意を込めてシルヴァがうなずく。そこに「たしかに座標は空白だけどね」と声をあげたのはナーニャだ。四英傑の一人のかつての天才魔法少女の赤毛の山猫にして、今は魔法研究所所長はさきほどからずっと大陸の地図をにらみつけて、考えこんでいた。

「たしかに転送陣を使っての転送は座標が確定しない以上不可能だわ。だけど“昔ながらの方法”ならば跳ぶことは可能よ」

 ナーニャは横にいる、同じく四英傑の一人大賢者モースを見て「お爺さまも手伝ってくれる?」と訊ねる。「うちの魔法研究所からも“転送”が出来る者達を全員召喚するわ」と。
 昔ながらの方法とは魔法使いによる直接転送だ。モースが「やれやれ隠居した年寄りをこき使うか」と苦笑し「しかし」と白い髭をしごく。

「魔法使いによる直接の転送にしても、正確な座標は必要じゃぞ」

 地図上ではシルヴァのプレスレットから放たれた赤い光がいまださまよい続けている。スノゥがルースに連れ去られたときは、その耳に付けられているピアスから正確な座標が分かったために、その元に転移が出来たが、これでは不可能だ。
 地図があるのだから座標など簡単に割り出せそうだが、転送にはそこに時間が絡むからやっかいなのだ。転送するには今このときの瞬間にあちらとこちらをつなげなければならない。そうしなれば跳んだ瞬間に時空の狭間を永遠にさまようことになる。

「空白の座標を割り出すことは、たしかにわたしたちには不可能だけど、ここに出来る者が一人いるわ」

 ナーニャが見たのは、なんとブリー。そして、ブリーはパチパチと瞬きをして頷いたのだった。

「はい、地上の地図と星図を照らし合わせ、時間さえ指定してくだされば、星の動きを計算して座標を割り出すことは可能です」





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