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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】
【29】蒼兎は銀狼を求めて鳴く
しおりを挟むナーニャの「それを割り出すのにどれぐらいかかる?」との質問にブリーは「半刻ほどお時間をいただけますか?」と答えた。「半刻で割り出すか……」とモースがうなり、ナーニャが引きつった顔となったが、とにかく転移の時間は三刻後と決まった。
短時間の作戦のためにあちらに乗り込むのは小数精鋭と決まった。とはいえ、その面子は万の軍に勝るとも劣らぬものだ。
シルヴァは当然であるが、そこに伝説の勇者たるノクトに、四英傑の一人である双舞剣のスノゥ。
他の四英傑である炎の魔法使いナーニャに、大賢者モース。そして、もちろん今や押しも押されぬ大神官となったグルムも加わった。「わたくしも久々にロッドの腕が鳴ります!」とロッドとというより熊族の体型に合わせた、丸太のようなそれをぶんぶん振りまわしていた。結界や癒しを得意とする神官だが、実は戦える武道家なのは知られていない。本人曰く「言葉でくり返し告げてもおわかりにならぬ相手には、時に聖なる説得【物理】も必要です」とにっこりしたとか。
さらに先ほど名乗りをあげたスノゥの子供達にその伴侶。ルースの大王に商都ガトラムルの首領まで加われば、これはもうちょっとした西大陸同盟軍といってよいだろう。
そこに。
「もちろんワシも行くといったのだから行くぞ」
ノーマンの大帝デイサインも告げる。久々に腰に大剣を帯びてだ。
「髪も髭もまっ白なこのナリではあるが、まだまだ小童どもを一喝して、吹き飛ばすぐらいのことは出来る」
「もう止めませんが十分にお気をつけて」
ヴィヴィアーヌがそれでも心配げにいう。
老骨に鞭打って孫を助けにいくという無茶に、彼女は最初引き留めたのだが。
「目の前で可愛い孫がオルハンごときにかっ攫われたのだぞ、大帝自ら出陣してスルタンの小僧を怒鳴りつけてやらねば示しがつかん」
との頑固さに最後は折れて「くれぐれもご無理はなさらないように」といったのだった。
「歴戦の方々の戦いには、戦を知らぬわたくしが出る幕など出来ませんが、ここでみなさまをお待ちしておりますわ」
そのヴィヴィアーヌの言葉にデイサインだけでなく、すべての者達がうなずいたのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
なにか石を投げつけられて、気がついたら見たこともないお城の中にいた。モザイク模様のタイルが壁や床にびっしりと貼り付けられて、東方風の甘い香の香りが漂っている。
そして頭に布を巻いたこれも異国風の長衣の兵士達。
だけどプルプァはそれを本で見て知っていた。
オルハン帝国の衣装だ。
そして兵士達に囲まれて長い通路を歩く。鍵のかけられた黄金の扉をくぐると、今度は頭からベールを被り口許を布で隠した衣をまとった女達に囲まれた。
小部屋へと連れてこられて、彼女達が自分の盛装を脱がせるのに、プルプァは逆らうことはなかった。
「プルプァ様には残念ながら戦う力はありません」
ジョーヌに教えられた。無駄な抵抗をすることは、その身も危うくすると。
「万が一の場合はよく周りを見て、まず御身のお命を守ることを第一としてください。そして“機会”をうかがい。その“お力”を使うのですよ」
盛装を脱がされて着せかけられたのは薄物のガウン一枚。ほどこされた花や鳥の刺繍は豪奢であるが、赤い布地は薄く肌がすけて見えるほどだった。あの地下でやり手婆に着せられていたものに似ている。
それだけでプルプァは不快になる気持ちを押し殺した。自分が閉じこめられていた場所がなんだったのか、プルプァはもうわかっている。
色々なことを学びプルプァの世界が広がったの見計らって、シルヴァが教えてくれたのだ。自分がいたあの地下がどんな場所だったのか。言葉を選んで、いつものように丁寧に。
「本当は、君にこんなことは教えたくはなかった。無邪気な子供のままでいて欲しいと思うのは、私のワガママだな」
「シルヴァがプルプァを大切にしてくれているのはわかってる。でも教えてくれてありがとう」
二人はその夜も寝台の中で寄り添って眠りについた。
着替えが終わると女達にまた囲まれて、連れて行かれたのは、豪奢な黄金の寝台がある部屋。天蓋の柱には東方風竜などの幻想の生物や牡丹の花が彫り込まれて、すべてが金泥によって輝いていた。
女達と兵士達が去ると入れ替わりに現れたのは、兵士達と同じく頭に布を巻き、金襴の衣装身を包んだ男。頭には大山羊族を現す大きな角。それは黒くねじくれていた。
「兎族は男でも孕むと聞いていたが、しかし男を抱けるか? と思うたが、この顔ならば問題ない」
男はいきなりそういった。プルプァは訊ねた。
「あなたは誰ですか?」
「余はオルハン帝国のスルタン、イッザド一世である。喜べ、お前は偉大なる帝国の次のスルタンの胎に選ばれたのだ。余の子胤を受けて孕め」
そう男はいって、ギラギラと宝石が輝く指輪だらけの指を、プルプァに伸ばしてきた。プルプァはとっさにフェロモンを男に浴びせかけたが、男は口許にあざけりの笑みを浮かべて、うす衣のガウンに包まれた腕を強く掴んだ。その痛みにプルプァは顔をしかめる。
「無駄だ。純血種の俺には麝香猫の遊び女から引き継いだ力は通用しない! 大人しく余の情けを受けることだな!」
そのまま寝台へと乱暴に放り込まれて、男がのしかかってくる。プルプァの左の耳元でちりりとピアスが鳴る。
銀の白百合にラベンダー色の大粒の真珠がはめ込まれた、今日の誕生日にシルヴァが贈ってくれたもの。それを見てイッザドが顔をしかめる。
「他国の名残などすべて取り去るように女どもに命じておいたのに、まだこんな余分なものを付けていたのか」
そして乱暴にピアスを掴んで引っぱって、プルプァの耳からそれを引きちぎろうとした。痛みにプルプァは顔をゆがめながら感じたのは恐怖ではなく、怒りだ。
「それはシルヴァからのプルプァへの贈り物! 触らないで!」
「うわっ!」
男の大柄の身体は吹き飛んで寝台の下へと転がった。
「な! 余の玉体を吹き飛ばすとは! 最弱の兎ごときがどんな術を使った!」
跳ね起きたイッザドがその残虐性を露わにした怒りの形相で、寝台にいるプルプァに拳を振り下ろす。がそれはガン! と見えない壁に跳ね飛ばされた。
「なんだ! この結界は! 解け! 解け!」
ガンガンと拳でたたき続けるがそれはびくともしない。「俺の剣を寄こせ!」とイッザドが叫び、駆けつけた小姓から宝石だらけの黄金の剣をうばいとって鞘から引き抜く。膝を抱えてうずくまるプルプァが傷つくことなどまったく考えていない勢いで、剣をまたガンガンガンと振り下ろす。
しかし、プルプァの身体を包みこむように展開た、半球の結界にヒビ一つ入らない。ぜい……と肩で息をしたイッザドの元へ「大変です」とやってきた宦官が、両膝をついて頭を垂れる。
「なにごとだ! 今は取込み中だ! 俺の邪魔をするな!」
「申し訳ありません。しかし、表よりたったいま“敵襲”があったと」
「どこの誰だ? まだ俺がスルタンに相応しくないなどとほざく、逆臣共が残っていたのか? あらかた殺したと思ったのに!」
「いいえ、いいえ、叛逆者などではありません。これは敵襲だと申し上げております。
かのサンドリゥムの騎士団長シルヴァに、勇者ノクトに双舞剣のスノゥだけでなく、すべての四英傑に、ルースの大王に、商都ガトラムルの黒犬首領。
さらにはノーマンの金獅子の大帝までが、表の王宮の門に現れたと」
「なんだと!」とわめく耳障りな男の声に、プルプァは膝を抱えてうずくまりながら、心の中で叫んだ。
シルヴァ、来てくれた!
プルプァはここだよ。
早く迎えにきて!
愛しい銀狼だけが自分に触れていいのだと……。
蒼兎は自分を守るために張り巡らせた卵のような結界のなかで震えた。
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