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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【30】銀狼は蒼兎の道標をたどる

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 ブリーの数式は少しもずれることなく、オルハン帝国の宮殿の正門へとみんなを転送した。
 見上げるほど巨大な宮殿の鉄扉の門は固く閉ざされている。しかし、それをものともしないのが、この面々だ。

「いくぞ」

 ノクトが聖剣をかかげれば、その右に立つシルヴァと左に立つカルマンにダスクが同時に剣を抜き放つ。エドゥアルドもその鉄の塊のような大剣を背から降ろし構えた。
 そこにスノゥの歌声とトントンというステップが、アーテルに、ジョーヌ、ザリア達も連動し、歌い踊り、彼らに“強化”を付与する。
 思わずナーニャが「え? やり過ぎじゃない?」とつぶやいたが。

 ノクトの聖剣が黄金の光を放つ。父親と同じくシルヴァの剣から銀色の閃光がほとばしり、真っ直ぐ門へと。そこにカルマンの紅蓮の炎とダスクが放ったかまいたちが重なる。
 さらにエドゥアルドは「でいやっ!」との声とともに振り下ろされた大剣が放ったのはバリバリという雷撃だ。
 すべての力が重なり門を直撃する。発せられる太陽が落ちたか? と思われる閃光に爆音に暴風。

「まったく、この脳筋ども!」

 ナーニャが叫び、モースが「相変わらずの腕白ぶりよのぉ」と子供の微笑ましいイタズラを見たかのようにホウホウと笑う。グルムが相変わらず生真面目な真四角な結界を展開した。そこに飛んできた王宮の鉄扉の片側がゴンとぶつかって地面に落ちる。
 その名も壮麗門とよばれるオルハン帝国の正門は無残な有様となった。巨大な門扉どころか大岩を重ねた門柱も、分厚い城壁の一部も崩れている。

「これは、これは見事なものだな。勇者とその息子達がいれば、国崩しの魔導砲もいらぬか」

 カカカと獅子帝王デイサインが笑う。崩れた門から“堂々”と中へとはいれば、そこは宮殿正面の広大な前庭がある。閲兵式となればそこに帝国軍の頭にターバンを巻いた兵士達がずらりと居並ぶ場だ。
 その庭をしばらく悠々と進んでいた一行であるが、敵襲を知らせる銅鑼が鳴り響いて、駆けてきた兵士達が大宮殿を前に隊列を組んで待ち構える。その数は数百、いや千はあるかもしれない。

「ここはワシに任せてくれ」

 ずいとデイサインは前に出る。彼は腰の剣には手をかけずに、腕を組んで“咆哮”した。

「ワシはノーマン大帝、デイサインである! 我が孫を迎えにきた! 道を開けよ!」

 “獅子帝王の威圧”。全盛期には目の前の兵士千人が卒倒したなどという伝説もある。実際、最前列の者達は泡を拭いて目を回し、後ろの者達も意識はあるが腰を抜かしている。
 「わあ、ザリアのお歌よりすごい」と末っ子兎が無邪気に喜ぶ。その横のロッシが「いや、君のお歌も結構に怖いからね」と苦笑する。
 倒れ伏した兵士達の間を彼らは進んで宮殿の中へとはいった。

 奥へと進ませまいと飛び出してきた新手が次々と襲い掛かってくるが、シルヴァ達の敵ではない。
 スノゥにアーテル、ジョーヌにザリアのまっ白なムチがうなって、彼らを吹っ飛ばす。それをかいくぐった強者達は、幸運と言うべきか不運というべきか? 
 勇者とその息子達の剣に打ち倒されたのは名誉といえよう。エドゥアルドの大剣に飛ばされて天井に頭が食い込んだものは、生きていれば儲けものだろう。ロッシのレイピアに急所を突かれてうずくまる者は、傷が浅い分だけマシといえた。
 そして「神々の名を唱えて悔い改めなさい」と良い笑顔でロッドを振り下ろすグルム。被った鉄兜がめこっとあり得ない形にへこんだのは、見なかったことにしようと、ナーニャがそっと目を反らした。

 今回、帰還の転送があるナーニャとモースは魔力温存のため攻撃魔法は使わない方針だ。つまりはすべては物理で叩きのめす。

「いや~痛快、痛快、これほど快適な進軍は初めであるぞ」
「まこと、年寄りにはよい散歩にございますな」

 カカカとデイサインが笑い、モースが微笑む。あたりは派手な破壊音と兵士達の阿鼻叫喚の声が響いているが、二人にとってはそよ風ほどにしか感じていないのだろう。
 だって、大帝と大賢者だもの。

 表の宮殿を抜けると、広い中庭があり黄金の門が見えた。その向こうが後宮。プルプァがいるのはそこに違いない。
 中庭にはこれまたずらりと兵士達が居並んでいた。表の惨状はわかっているのだろう。その顔には一様に悲壮な決意があった。たとえ肉の盾となろうとも、この場所を死守するという。
 死を覚悟した相手となると手間取るか? と予想されたが。

「ザリアのお歌を聴いてね!」

 その緊迫感に相応しくない朗らかな声が響いた。ロッシが小声で「やりすぎないようにね」とかわいい伴侶にささやいたが、さて「うん、みんなに涙を流してスッキリしてもらうだけだよ!」と短いお耳の兎はにっこり微笑む。

 そして、響く天へと届くような透き通った歌声。

 とたん、中庭は野太いおいおいという嗚咽を漏らす男達が死屍累々という。阿鼻叫喚の地獄と化した。「我が妻よ! 浮気してすまん! つい出来心で!」「王宮の兵士だと、酒場の酒代を踏み倒したのは私です! 神よ!」「隣の同僚の財布から銀貨をちょろまかしました!」「なんだと! どうりでおかしいと……だが俺もお前が隠していた酒を全部飲んでやった!」となんだか、聞き捨てならないような、どうでもいいような懺悔の言葉があちこちから聞こえる。

「これはワシの一喝よりもすさまじいな。我に返ったあとが恐ろしい」

 デイサインがつぶやく。そして大神官グルムは「悔い改め神々に祈りなさい。反省する者を神々は見捨てません」と号泣する兵士達に説法しながら歩く。「ありがたい」「神々はまだ我々をお救いくださる!」と神官様を拝む兵士達。

「……その大神官様、さっきまであなた達のお仲間に、同じ言葉で頭に丸太じゃない……ロッド振り下ろしていたのよ……」

 と後ろからついていくナーニャがぼそりと小声でつぶやく。



 後宮へとはいると今度は兵士達ではなく、あちこちの物陰から暗器が飛んできた。アサシン達の襲撃だ。
 それもスノゥ達が長い耳を動かし、風を斬り飛んでくる音を拾って、すべてをムチでうち払う。そして兎達がひたりと見据えた方向へと駆けた狼達に黒犬が、物陰に隠れていたアサシンを剣やレイピアで切り捨てる。反応が遅れたエドゥアルドが「さすがに素早いな」と苦笑する。

「筋肉ばっかりつけているからだよ。弟子のカルマンのほうが素早いじゃない」
「ま、追いかけっこには俺は向かないな」

 アーテルにそう返しながら、話す自分達のわき、柱のかげから短剣を振りかざしたアサシンの喉首を伸ばした片手でがっと掴む。ごきりと鈍い音がしてその身体は床へと崩れ落ちた。

「こうして待ってりゃ相手のほうが飛びこんでくる」

 ニカリと笑うエドゥアルドだ。

 後宮は迷路のように作りになっているが、先頭をいくシルヴァは迷うことなく駆けた。
 白百合の花の匂いに導かれて。
 愛しい蒼兎が自分を必死に呼んでいるかのようだった。
 シルヴァ、シルヴァ……早く来て……。

 幾つもの扉をくぐり、最奥だろう部屋へと飛びこむと数十人の影が、シルヴァの前に立ちはだかるのは黒ずくめの装束のアサシン達。
 一人が弓を引き絞っている、矢が放たれるより早く、飛んだ短剣がその喉を突き刺さる。駆けた白い姿は、仰向けに倒れ込むアサシンの喉から、己の短剣引き抜いて、自分に左右から襲い掛かる別のアサシン二人の胸を短剣で貫いていた。

「行け、シルヴァ、その奥の部屋だ」

 ノクトが告げる。さらにスノゥの後ろから襲い掛かろうとしていたアサシン三人を、その聖剣で一気に胴を薙ぎ払い切り捨てていた。他の兄弟達とその頼もしい伴侶も、飛びかかるアサシン達の前に次々と立ちはだかって、シルヴァの道を開いてくれる。
 シルヴァは一直線に駆けて、毒々しい赤と金泥の模様に縁取られた両開きの扉を開いた。
 その銀月の瞳に飛びこんできた光景は、黄金の寝台の上。卵のような透明な結界に包まれてうずくまるプルプァと。
 その結界をたたき割ろうと、剣どころか、もう片方の手に持ったごてごてと宝石だらけの黄金の鞘。それを交互に狂ったように振り下ろす大山羊族の男。

「ええい! この忌々しい結界を解かぬか! 解け!」
「陛下、もう敵軍が後宮まで侵入してきたという知らせが、お逃げを!」
「俺の邪魔をするな!」

 すがる宦官を足蹴にして、このスルタンは目の前の子兎の結界を破ろうと躍起やっきになっていた。暴君に顔面を蹴りつけられて、宦官が鼻血をまき散らしながら床に転がる。シルヴァは派手な金襴の衣に包まれた背に呼びかける。

「プルプァから離れろ。汚い手で触れるな!」
「スルタンたる俺の手が汚いだと!」

 捻れた角の大山羊の男は血走った目で、シルヴァを見る。そして「銀狼。そうかお前が」とニタリと下卑た笑みを浮かべる。

不遜ふそんにも我が息子たる皇子を産む胎を、かすめ盗ろうとした盗人が! この生意気な兎の前でお前を殺せば、こやつも大人しく従うだろう!」

 黄金の柄にギラギラと宝石がついた、オルハンの湾曲した剣をふり下ろす。それをシルヴァは無言で受ける。
 このような愚か者とは交わす言葉もない。ぎりぎりと力任せに剣を押し込んでくる男の肩越し。膝を抱えてうずくまっていたプルプァが顔をあげてこちらを見ていた。
 プルプァの大きな菫の瞳が揺れて、その小さな唇が「シルヴァ」と動く。

「来てくれた……」

 と。

 一合、二合と剣を重ね合わせる。性根はその角のように捻れているが、さすが純血種だけあって剣の腕前はなかなかのものだった。ただし、己の力に奢った慢心だらけの剣筋であったが。

「くそっ! 食らえ!」

 イッザドが暗闇のもやをその捻れた角から発生させる。シルヴァの顔面に向かって浴びせかけた。目潰しなど騎士道に劣る行為だ。
 シルヴァはそれを真正面から受けて、光の波動で振り払った。「なんだと! 俺の闇の力が!」と驚くイッザドの剣をたたき落とした。
 シルヴァの銀の剣が捻れた角の片方をはね飛ばす。「ぎゃあああああああああ!」と耳障りな悲鳴が響く。

「俺の、俺の角がぁああああああああ!」

 床を転げ回る男などに目もくれず、シルヴァは寝台にいるプルプァに歩み寄る。プルプァもまた透明な結界のなかから手を伸ばす。二つの手が重なった瞬間、バリンと結界がはじけた。
 シルヴァは飛びついてきたプルプァをしっかりと抱きしめた。
 白百合の花の香りがいっそう強く広がる。

「お帰り、プルプァ」
「うん、ただいま、シルヴァ」

 プルプァがすりっと、その肩口に頭と長い耳をすりつけた。





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