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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【13】星を堕とす

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 剣が弓となったことに、アルパは驚きモモの顔を見たが、それと同時にこくりとうなずいた。その鋼の弦をきりり……と引き絞る。
 矢は必要ない。アルパが弓を引いた瞬間に、銀色の矢が出現した。流星のように放たれる。
 並外れた剛力でも二度三度と引くのが精一杯だろう弦が、空気を切り裂く音を立て続けに立てる。無数の矢が怪鳥に向かう。

 怪鳥もまた対抗するように身体を震わせて、火の弾を飛ばし、大きく回避する。しかし、矢の勢いは相殺されず、突き抜けた銀の光が巨大な姿へと向かう。
 その幾つもの光に貫かれて、怪鳥が天をつんざくような悲鳴をとどろかせる。ゴオッという音ともに、青い炎の竜巻が巨鳥の身体を取り巻き、羽に身体に空いた大穴がみるみる塞がれていく。
 アルパは手を休むことなく剛弓を放ち続けた。巨鳥を取り巻く炎の渦がますます巨大になり、天を突き離れた場所にいるモモ達にもその炎の端が襲いかかるほどだった。が、それはモモの張った強固な結界に阻まれる。

 もはや、怪鳥はその場を動くことも出来ず、自分の身体の修復のために、炎を出し続けるしかない。それもアルパの放ち続ける矢によって、追いつかなくなる。
 天を焦がす勢いで一瞬巨大となつた炎の竜巻はみるみるうちに小さくなっていく。ぼろぼろの翼となった巨鳥は、最後のあがきとばかり、アルパ達へと体当たりしようと急降下してきた。
 モモが小さく詠唱すると、アルパの手にしてた剛弓は元の剣の形を取る。彼は大きく飛び上がると、剣を一閃して怪鳥の首をはねとばした。

 その巨大な身体と首は、白い煙をあげる火山の火口へと堕ちていった。アルパが宙に浮かぶ自分の魔法陣に着地したのを確認して、モモは浮かんでいた魔法陣を、火口から遠く安全な場所へと着地させた。
 そのあいだ火口をじつと見つめていたアルパだったが、モモを振り返り微笑んだ。

「ありがとう、君のおかげであの魔物を倒すことが出来た」
「いえ、あなたの力です。アルパ」

 あの剛弓を引く力があればこそだと、モモが少し離れた彼に歩み寄ろうとしたとき、大地がぐらりと揺れた。よろけたモモをアルパの腕が抱きとめる。

「大丈夫かい?」
「はい、それより……」

 モモは遠く離れた火口を見つめた。ゴゴゴ……という不気味な音と震えはあちらから聞こえている。

「まさか、噴火」
「あの怪鳥の身体を贄にしてしまったか……」

 モモのつぶやきにアルパが拳を握りしめる。
 純血種のカンは外れることはない。二人が同時に大地の変動を予感したならなおさら。

「この山の麓には村がある。そこまで転移して村人に避難の知らせをしなければ」
「いいえ、それでは間に合いません」

 アルパの言葉にモモは首を振る。星の見えない昼でもなお、モモは天の星の動きを読むことが出来る。

「噴火の勢いは山の半分を吹き飛ばすほどです。すぐに溶岩が村を呑み込んでしまうでしょう。それだけでなく、この広大な一帯をすべて、溶岩と灰で覆い尽くしてしまう」

 そうなれば避難したとしても、この土地で暮らす人々の暮らしは成り立たなくなる。痩せた溶岩と灰の大地が復活するには数百年の歳月が……。

「それでも、村人達の命だけでも……君の転移で遠くへ。俺は残していっても構わない」

 アルパの言葉にモモの胸はきゅうっと締め付けられる。勇者として……いや、一人の勇気ある者として人々を助けようとする彼の心に。

「大丈夫です。噴火は止めます」
「モモ……?」

 いぶかしげにこちらを見るアルパに無理をして微笑んでモモは決意する。銀のロッドを握りしめる。

『けして、星よ堕ちよなどと、願ってはならないぞ』

 そう、幼き日に賢者モースに言われた言葉が蘇る。
 そんなことは絶対しないと誓った。
 だけど、今、その力を使おう。
 世界を滅ぼすのではなく、人々を助けるために。

『賢者とはけして、魔法だけにすぐれる者ではない。その知恵で人々を助け導くものじゃ』

 優しい声で大賢者と呼ばれる大先生は言っていたのを思い出す。
 自分が星の賢者だという実感はいまだない。
 それでも、今はその賢者として人々を助ける力を自分が持っているなら。
 モモの小さな唇から流れるような詠唱が紡ぎ出される。それは天へと昇る美しい旋律だった。周りに次々と浮かぶ球体の魔法陣は、くるくるとまるで星のように、彼の周りを回る。
 そしてモモは同時に頭の中で数式を展開し、天道の動きを感じる。母とともに幼き日に計算した、流れ星の動き。
 星とも言えない小さな欠片は毎夜、空から落ちてくる。ただ大地に届く前に、燃えつきてしまう。それがあの一瞬の光。

 モモが今呼び寄せようとしているのは、そんな小さなものではない。本来ならば、この地に落ちることはない遠い空の空間を漂っている岩石。
 それもただの石ではダメだ。大きな氷。大噴火を塞ぎ沈めてしまうほどの、大量の水。
 モモの詠唱に従い、空はみるみるかき曇り、大粒の雨が流れはじめた。モモは濡れるのも構わずに呪文を唱える。が、すぐに頬を濡らす雨の感触が無くなり、うっすらと目を開く。
 アルパが自分のマントをモモの上にかざしてくれていた。彼の穏やかな銀月の瞳を見て、モモはまた目を閉じる。
 なによりもこの人を助けたい。彼の愛する、まだサンドリゥムと名付けられる前の大地に息づく人々を。

「っ……」

 精一杯の魔力で一番近くの氷の塊を引き寄せる。が、それでも距離は遠く、間に合うのか?と思う。いや、間に合わせる。
 モモの白い額に汗が浮かぶ、ロッドを握りしめた指先は冷たくもう感覚はない。
 魔力の消費が激しいのがなんだというのだ。大切な人を助けたい。たとえ、ここで魔力どころか生命力を使い果たしても。
 そのとき、ふわりと自分を包みこむ温かさをモモは感じた。後ろからアルパに抱きしめられている。

「君はひとりじゃない。俺の魔力も君に」

 その言葉通り、触れあったところからアルパの熱い気が流れこんでくる。彼が力を貸してくれる魔力の消費で冷えかけていた、モモの指先に熱が灯る。
 そして握りしめたロッドにそれが伝わり、頂点にあるクリスタルがちりばめられた星が、超新星のようにまばゆく輝いた。

 天へと昇る一筋のまばゆい光。それに導かれるように白い塊がゆっくりと灰色の雲を割って落ちてくる。
 ちょうど火山が爆発したそのときに、巨大な氷の塊が激突する。
 この世の終わりのような轟音が轟き、周囲は霧のような白い蒸気に包まれる。赤い溶岩の光も消えて見えなくなった。
 そして、その霧が晴れたそのときには、崩れた火山口は巨大な湖となっていた。

「よかった……」

 モモはそうつぶやいて意識を失った。




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