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【62】伝説の勇者と魔法剣士

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 監獄塔を降りるまでは邪魔は無かった。

 ただし本宮へと入れば、知らせを受けた近衛騎士達が駆けつけてきた。ぐるりと周りを遠巻きに囲まれて、歩みを止めることがなかったダンダレイスの足が止まる。アルファードも横に並ぶ。
 場所は効果バツグンなことに、歴代勇者にユキノジョウの肖像画を望む、王宮の黄金の階段の大ホールだ。
 次々に駆けつける近衛達は、ダンダレイスと並ぶアルファードの姿に目を見開き、次に左右に曲線を描く別れた階段の上、踊り場に並ぶ肖像画と視線を行き来させて見比べている。

「き、貴殿はダンダレイス殿下ではありませぬか?」

 勇気ある一人がいささか裏返った声で訊ねる。監獄塔の貴賓室から出て来て、この髪色なのだから誰だってわかる。
 わかるが、“あまりにそっくりな顔”に信じられないのだろう。
 まして、横に伝説の魔法騎士ときてる……と近衛騎士らしからぬ動揺した声に、アルファードは内心でほくそ笑む。

 とりあえず、初手の“ハッタリ”は成功だ。

「そうだ」

 と、ダンダレイスは認めた。とたん近衛騎士達はざわりとざわめき警戒の色を濃くする。その腰の剣に手をかけて一歩踏み出す者もいる。
 嘘などつく必要はないし、この男に“伝説の勇者の演技”なんて器用なことは出来ないだろう。
 アルファードは一歩前に出た者に呼応するように、自分も一歩前へと出た。

「私はアルファード・フリィデリック・サーペント三世だ。“魔王討伐”による神の“恩寵”を受けて人の姿に戻ることが出来た」

 “魔王討伐”そして“恩寵”。その言葉に周りを囲む近衛達は息を呑んだ。アルファードの姿はそのまま、後ろにいるダンダレイスが魔王を倒したこと。そして、神もまたそれを認めていることの証だった。
 近衛騎士達はダンダレイスとアルファードを囲んだまま動けなくなった。ダンダレイスが再び歩き出し彼らの囲みを抜けようとした、そのとき。

「なにをしている! その“叛逆者”達を捕らえよ!」

 近衛達を押しのけて、現れたのはローマンだ。アルファードは「ほう? 叛逆者?」と訊ねる。

「宰相命に逆らい監獄塔を抜け出てきたことこそ、なによりもその印!」

 「その二人を捕らえよ!」とローマンが指さし叫んでも、近衛の者達は戸惑った表情のまま動けないでいる。「なにをしている! これは上官としての命令だぞ!」との言葉に、一部の若い騎士達が揺らぐ表情を見せたが。そこにアルファードの「諸君!」という声が重なる。

「主君に忠義を尽くすのか騎士道という“盲信”に囚われているならば遠慮なく、魔王と共に戦った我ら戦友に剣を向けるがよい」

 共に戦ったと……との言葉で揺らいでいた若者達はそれ以上動けなくなったが、アルファードはさらに言葉を続ける。

「しかし、騎士とは同時に己の心の正義に恥じることなく、勇気ある行動を起こせるものだと思うがな。たとえそれが上官の命令であろうとも間違っているならば、その間違いを正すことこそ忠義の心ではないのかね?」
「私は、私の心に誓って、恥じ入ることなどしてはいない。今は国の危急の時だ。我が歩みを阻むというならば、遠慮なく立ち向かってくるとよい」

 ダンダレイスの言葉がそれに続く。モップ頭あらため、すっきり頭の勇者がいうと迫力は何十倍だ。やはり悲しいかな外見は強力な武器となる。
 実際、近衛達は誰も動けない。ローマンだけが「お前達がその叛逆者を捕らえぬというならば、“あの方”のために私が!」と右手で剣を引き抜く。
 “あの方”と? ひっかかったが、今は彼の身体全体をおおう黒いもやをなんとかするのが先だろう。

「レイス適当に相手をしてくれ。多少のかすり傷なら治せるし祓わねばならん」

 「わかった」と彼はこたえて、腰の剣を抜く。監獄塔に放り込まれたきに、剣は取り上げられたのだが、出張神zonが「これも持っていきなさい」と渡してくれたのだ。ここまで至れり尽くせりなら、ちょいちょいと、この国を騒がせている“黒幕”を神様パワーでなんとかしてくれと思うが、そこは人間がどうにかしないといけないらしい。まったく神様の線引きというのはわからん。
 ローマンの右手の剣をダンダレイスもまた片手で受けとめる。必死の形相でぎりぎりとローマンは押しているが、ダンダレイスはびくともしない。馬鹿力でこの男に敵うものなんていないだろう。

 アルファードもまた腰のレイピアを抜き放つが、それは攻撃のためではない。ダンダレイスの留めているローマンの足下に切っ先を向けて、空中でペンのようにその先を動かせば、彼の足下に浮かびあがったのは光の魔法紋章だ。

「な、何を、うわああっ!」

 足下からまぶしい光に照らされて彼はもがき苦しむ。光る床から逃れようとする身体は、紋章から湧き上がった光のリボンに包まれ、手足が囚われる。
 彼の身体から、ぶわりと黒い霧のようなものが抜け出て、それをダンダレイスの光を帯びた剣が一刀両断すれば、たちまち霧散する。

 「副団長!」と床に崩れ落ちたローマンの身体を近衛団員達が駆け寄って抱き起こす。すぐに目を開いた彼は、目の前に立って見おろすダンダレイスに向かい両膝をついて頭を垂れる。それは自らが罪人だと認める仕草だ。

「私は、私がしたことを覚えております。“あの方”の指示のもと、宰相閣下共々、私は副団長の権限を乱用してあなたを陥れようとした。
 い、いや“あの方”はもう生きているはずがない! ならばあの者一体……!?」

 彼は軽く混乱している風につぶやき、そして頭を垂れていた顔をあげて、ダンダレイスを見た。

「ダンダレイス殿下、宰相と公爵夫人と聖女はすでにあの者の手の内に! 別宮にて“拘束”されている陛下のお命も危のうございます!」

 “陛下”“拘束”との言葉に近衛達が大きくざわめく。「まさか宰相夫妻が……」「叛逆」との声が聞こえる。
 ダンダレイスは静かにうなずき、口を開く。

「陛下をお救いしなければならない」

 そのとき、宮殿の外が急に騒がしくなった。





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