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“元”魔王が他のヤツとの結婚を許してくれません!……いや、勇者もしたくないけど
第15話 甘くて苦い恋人 その二
しおりを挟む月明かりの隠れ里の領主の館。その大広間には、着飾った魔界の諸侯に貴族達が集っていた。美も強さの基準とされ、着道楽な彼らのこと、その一族独有の様々な様式の衣装のきらびやかさは、まるで宝石が動いているかのようだ。
百年は魔界にとっても“ながらく久しぶり”であって、月明かり隠れ里の夜会をみんな楽しみにしていた。そこで出される美酒はもちろん、美形揃いの魔界中でも一、二を争うと言われる、前魔王であるアスタロークの姿を久々に見られることもだ。
一、二と言ったが、その彼と肩を並べると言われているのは、常にぐるぐる眼鏡をかけている機工師ハーガンティで、その素顔を滅多に見ることが出来ないうえに、さらにクセ者揃いの諸侯の中では、とびきりの変わり者と有名なので、こちらは鑑賞対象外とされている。
それに今宵はそのアスタロークだけではなく、彼らの目当ては。
「まさか、魔界で勇者を見ることが出来るとは」
「領主殿がずいぶんと気に入ってそばに置いていると」
「今回の魔界と人界の和睦も言いだしたのはその勇者だとか。余分な争いごとが無くなるのは良いことですけど。百年も生きない人間共との口約束など、いつまで続くやら」
「大層な美貌という話だが、さて百年も生きない短命種がどこまで見られるものやら」
ヴァンダリスを良く知る諸侯達はともかく、他の貴族達のささやき声はいささか……いや、かなり冷ややかでもあった。
彼らは人界との和平に反対ではない。が、懐疑的でもあり、また人間を魔族よりなに一つ優れたことのない短命種だと軽蔑していた。
当然それが勇者であってもだ。それに魔王と勇者の戦いは、諸侯ではない彼らにとっては所詮よそ事であった。
諸侯は絶大なる力を持つが、魔王となる運命でもある。勇者に倒され必ず死ぬ魔王などより、自分の小さな領地を守ってなにごともなく過ごす方がいい。
貴族達に「臆病者どもが」と氷のような声で告げたのは、今日は深い青のドレスに身を包んだ女将軍のウァプラだ。膨らみのないスカートの付け根まで入った切れ込みからのぞく、白い足が相変わらすまぶしいが、そちらに視線を向けるような魔族の男はあまりいない。この女将軍の恐ろしい苛烈さをよく知っているからだ。
「戦いのひとつも知らぬ者が勝手なことをほざく。お前達がこれから会うのは、二人もの勇者を退けた前魔王と、その魔王を倒した勇者だぞ」
彼女の言葉にあれこれささやきあっていた貴族達は、気まずげに押し黙る。それを「まあまあ」といつものようになだめたのは薬長のロノウェだ。今日の彼女は白に近い淡い水色の古代風のドレスに、亜麻色の髪には水色の小花を花束として両耳の上に飾っている。あいかわらず年齢不詳の永遠の乙女のような清らかな笑顔で。
「戦えないのはわたくしも同じよ。百年前の魔王選びでは戦力除外でしたし」
「ロノウェは貴重な薬の作り手だ。魔王とならずとも、多くの魔族の病を癒してきただろう?」
誰にも苛烈な態度の女将軍は、この薬長にだけは甘い。互いに同じ年頃の幼なじみというのもあるが。その氷のような眼差しも、春の日差しのような彼女の微笑みのまえには溶けるようである。
「魔王として戦えないのだもの。諸侯の一人としてそれぐらいの貢献はしなくてはね。他の貴族の方々だって“それなり”にお働きになっているのだし」
見た目穏やかで薬長らしく誰にでも柔らかく接し、その傷を癒す彼女であるが、実のところ結構に意地悪なところがある。戦いなど魔王に任せて、自分の領地が無事であればよいと“それなり”の働きさえもしてない貴族達は、きまずく目を反らす。
「ま、坊主の姿を見りゃ、勝手なこと言ってる連中だってなにも言えなくなるさ」
そんな二人に声をかけたのは総督ガミジンだ。あいかわらず赤銅色の素肌に、直接ジレをひっかけて、その逞しい胸板と腹筋を見せつけている。頭のターバンにつけられた大きな宝石と火の鳥の羽が揺らめく。
「お前もそう思うだろう? ハーゲンティ?」と呼びかけられて、傍らの大きな卓に盛られた料理をぱくついていた機工師は「ん?」と振りかえる。バラ色に焼かれた肉をもぐもぐとのみ込んでから、口の端にソースをつけたまま、彼は口を開く。
ちなみにこのあいだの人界の夜会と同じく、大魔法使いベローニャと蔵守ザガンの年寄り(というと大魔法使いから火の弾が飛んでくるが……)は欠席で、代理の者が夜会には参加していた。
「ヴァンダリスですか? 彼は人間としても規格外ですからね」
この間の新しく作った聖剣を試したときのことを、諸侯達にハーガンティが軽く話す。「魔導具街の地下実験場が吹っ飛ぶかと思いました」と。
「勇者ってああいうものなのかと、思わず全身くまなく調べてみたいところですけど」
「おいおい、技術者としての好奇心はわかるが、下手なことしたら、アスタロークに八つ裂きにされるぞ」
「あの旦那、嫁のことになると目の色変わるからな」と怖い怖いとばかりガミジンが、わざとらしくブルリと震えてみせる。そのクセ、自分の好奇心は抑えられないようで。
「そういえばウァプラ。あの坊主との手合わせどうなった?」
「……負けた」
女将軍がギロリと提督をにらんでおいて、ふいとすねたように目を反らして言った。「は?」と訊ねたガミジン自身が驚いている。それに「あら」とロノウェ。「わたくしの目には引き分けに見えましたけど」とどうやら彼女もその場にいたらしい。
「あのときアスタロークがあいだに入って“引き分け”にワザとしたのだ。まったく、あの男も小憎らしいことをする」
「そりゃどういうことだ?」とガミジンが訊ねるが、それと同時に大広間の天井までの両開きの扉が開いて、今宵の主役が現れた。
みな、その姿は分かっているはずなのに、夜を切り取ったようなアスタロークの姿に、かなり年かさの夫人さえ頬を染める。黒づくめの威風堂々たる姿。むしろこの男が黒以外の衣をまとったところを見た事がない。彼が現れてからは、魔族において黒を着る者がいなくなったほどだ。
しかし、それよりもなによりも、その横にいる完璧に正反対の存在に、今宵は彼らの目が釘付けとなる。
魔族にはない太陽のような黄金の髪に、蒼天の瞳。隣にいる黒衣の男が夜ならば、彼は白き真昼。光を帯びて見えるのは、けしてまとった豪奢な衣装や宝玉のせいではない。彼自身が輝いているのだ。
本日の衣装もアナベル渾身の一作だった。衿元や袖口のレースは白金を織り込んでキラキラと輝く。その上のジレは白に金糸でツタ模様の刺繍を。上着はいつもの白ではなく、珍しく赤を。それも今宵の宴に饗される葡萄酒に合わせたグラスの中で輝く宝石のような光沢ある布地で。
サークレットも首飾りもそれに合わせて、紅玉にした。まとうのは白い幻獣の毛皮のマント。
自分を見る貴族達を見返すヴァンダリスの態度は、不遜にさえみえる堂々たるものだ。彼の蒼の瞳に見るともなしに見られて、魔界の貴族ともあろう者の大半が、気圧されてさりげに目を反らした。
不遜……と見えるのは、まあ、ちょっと不機嫌なせいである。だまし討ちの様な形で、いつものごとく着飾らされて、夜会に引っぱり出されたのだから。
それと表向き、ふてくされたふりをしているのは、横で自分の手を貴婦人よろしく捧げ持つ、元魔王のせいもある。正確にはそれが羽織っている黒の幻獣のマントだ。
このあいだ人界の湖のほとりで、それを寝床にこいつと裸で抱き合ったのだ。かなり汚れたはずだが、その毛皮のマントは新品のようにピカピカになっていた。
誰が浄化の魔法をかけて綺麗にしたか……なんて、あまり考えたくはない。
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