【完結】極道聖女

志麻友紀

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【7】神様の言う通り……なんて気に入らねぇ

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 聖女の背中に白百合の印があるように、聖者の背中には鬼神が背負う炎がある。
 ジョウはスインにそう聞いてはいた。
 だが、背中の“印”はどう見ても、火傷のあとだった。
 炎を巨大な焼きごてで押したような、鮮血のような紅い跡が背中いっぱいに広がっている。
 それは命に関わるほどの大怪我だったことがうかがえる。

「八歳のときに家が火事になった。家族全員が焼け死んで、俺だけが奇跡的に助かったそうだ」

 シグアンの口調はどこかよそ事のようだった。実際、八歳までの記憶は、家族のことも含めて綺麗さっぱりないと本人は続けた。

「私はその地の神殿の施療院で一週間ほど高熱を出して寝込んだ。目覚めたときには背中の火傷は炎のあとを残したように治癒し、目の色も髪の色も変わっていた」

 シグアンははそのまま大神殿に迎え入れられたという。

「じゃあ、歴代の聖者も背中に火傷のあとを負っていたのか?」
「いや、私ほどに激しい“聖痕”のあとは最初の聖者と私だけだそうだ」

 他の聖者はそもそも背中の大半ではなく、一部に炎の様な形の痣がでる程度だったという。聖者としての力が“覚醒”すれば赤みがかった瞳になるのは変わらないにしろ。
 さらには初代聖者もまた、老人のような白い髪としていたという。

「私の場合は生死を彷徨うほどの火傷を負った精神の負荷のせいだろうと医者に言われた」

 最初の聖者がどこから現れたのか、彼がどこの生まれなのか、いまだ謎のままだ……とシグアンは語った。
 ただ、彼だけが蝕と呼ばれる存在を倒す力を持っていたこと。
 背中に炎のような火傷の跡を背負い、この世界の人々にはない赤みがかった瞳に老人のようなまっ白な髪の毛をしていたと。

「それで聖女も黒髪黒目か?」

 そんなもの日本人じゃなくても、自分の世界にはごまんといると思うが。

「いや、歴代の聖女は背中に白百合の形の痣が浮かびあがるだけだ。西方にしろ東方にしろ、黒髪はいるが、瞳の色はいくら濃くとも緑や青の色だ」

 つまり聖者様の赤目と同じように、黒髪黒目はこの世界でジョウひとりってことか。だが“聖女”を呼ぶのに、なんで異世界からヤクザの男を呼んだのか、そこらへんオルテナ女神様とやらに直接会えたならば、やはり膝詰め談判したいところだ。

「美しいな」

 言われてなんのことか一瞬わからなかった。シグアンの視線の先が自分の背に向いていることに気付く。
 白百合に囲まれた微笑む観音を。

「そりゃどうも。これは火傷でも自然な痣でもねえ、入れ墨だけどな」
「入れ墨?」

 首を傾げるシグアンに、この世界にはないのかと思う。最初の神官どもの反応を見れば、無いのは分かっていたが。

「肌に墨を入れるんだ。顔料だよ。つまりは人工物だ。これが聖女様の印って間違っていると思わねぇか?」

 「オマケに俺は男だぜ」とジョウはわざとらしくニイッと悪い笑みを浮かべる。悪女のツラだ、なんて言った奴は蹴っ飛ばしてやったが。
 この美人にだったら、騙されてケツの穴の毛まで抜かれてもイイって奴もいますぜ、なんてふざけたこと言った舎弟がいたが、そりゃどんなヘンタイだ! 
 さて、偽聖女と断じられて、一番に困るのは実のところジョウだ。何も知らない世界で放り出されるどころか、ペテン師として牢屋に放り込まれる可能性だってある。
 しかし、それがどうした!? という思いもある。聖女扱いはいまだ納得していないし、放り出されたところで生まれながらの極道は伊達じゃない。どこでも生き抜いてやる自信はある。
 で、赤みを帯びた薄い唇の両端をつり上げて、横にいる男の顔を見あげてやる。百八十はある自分よりガタイも背丈もあるから目線が自然、上になるのがシャクに触るが。
 シグアンは淡々とジョウに己の出自を語った無表情のまま、じっとこちらを見ていた。薄くもなく厚くも無い、ちょうど良い大きさの男らしい唇が開く。

「美しいな」
「は?」

 今度は背中の入れ墨ではなく、己の顔を真っ直ぐ見て告げられた、低いバリトンにジョウは声をあげた。自分の声は男としては高くもなく低くもないテノールってところだ。

「お前の顔だ。初めて見たときから美しいと思った」
「女顔だって言いてぇのか?」

 とたん声にドスがきいて低くなったのは、ガキの頃からのコンプレックスだからだ。母親譲りの己の顔は断じて嫌いじゃないが、その代わり自分を女と馬鹿にしてきた奴は、すべてぶちのめしてきた。
 だったら、女みたいにちゃらちゃら髪を伸ばさずに切れってか? そんな風に猿みたいにキィキイほざく奴らの神経を逆なでするために【ワザ】と伸ばしているのだ。
 さらさらヤマトナデシコよろしくの黒髪の生白いのに、頭を踏んづけられるのはどんな気分だ? と。

「美しいものに男も女も関係はない。私は顔立ちの美しさだけではなく、その黒い瞳に宿る強い意思の光も美しいと言っている。お前の心は真っ直ぐだな」
「……そりゃどうも」

 顔は綺麗な自覚はある。しかし、極道に真っ直ぐだって? いや、こちとらの性根は捻れまくって螺旋のトルネードコースターかましているぐらいなんだが。

「それにお前は聖女だ。たしかにお前は【荒神】となった私を鎮めたのだからな」

 蝕を倒したあとの聖者は鬼神の力の暴走で【荒神】と呼ばれる状態になる。
 聖者のみが蝕を倒せるように、聖女のみがその【荒神】の昂ぶりを鎮めることが出来る。
 ジョウはスインにそう教えられた。

「それに私は一目見て、お前が聖女であるとわかった」

 そういえば歴代の聖者達は、聖女を見て『違う』とつぶやいたと伝わっていると聞いた。
 こいつは自分を見ていきなり『おジョウ』と呼びかけたわけだが。
 【おジョウ】それはジョウにとって忌まわしき呼び名だ。
 一体誰だ!? 自分のことを【白百合のおジョウ様】なんて呼び始めた奴は! 
 一気に怒りと恥辱がこみ上げてきて、シグアンが自分に対しては『違う』とは言わなかった……その泡ぶくのように浮かんだ疑問はすぐに頭からすっとんだ。
 代わりに「はっ」と馬鹿にするように鼻で笑い。

「それが神様の定めたことだからか? 面白くねぇな」
「面白くない?」
「だってそうだろう? 神様のお告げだからって、あんたは聖者やってるのか? 俺も異世界から突然呼ばれて聖女様だって? なんでやらなきゃなんないんだ?」

 そこがジョウの気に入らないところだ。
 自分は極道だ。それも死ぬ前は一つ組を率いていた。
 それが神様が言ったからって、己が納得もしてないのに従うなどスジが通らない。
 己の生き様は己で決める。
 たとえそれが、この異世界で生きて行くための、一番楽な手段だとしてもだ。




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