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番外編
◆番外編:イリスが寝ている間に夫が隣で自慰をしていると気づいた話- ①
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ヴェルディア公領の冬は長い。
積雪よりも、厳しいのは風の冷たさである。凍てつくような日々が増えれば、自ずと人々が室内にいる時間は増える。
そのヴェルディアを治めるのは、ヴァンデンブルク公爵家。若い次期当主の屋敷には、備え付けの暖炉に加えて新しい暖房機器が導入されている。彼の妻が、温暖なウィントロープ出身のために追加で準備されたものである。
そうしてよく温まった寝室で、妻のイリスは少し緊張した面持ちで、ベッドに座っていた。
しばらくすると彼女の夫、ノアが寝室に入ってくる。彼は、ふぁ、と気の抜けたあくびをしてから、イリスの姿を目に入れるとぱっと表情を明るくした。
二人は夕食をともにしたし、そのあと執務室で少し仕事をしてから、二人でのんびりと、ノアは読書、イリスは刺繍をしていた。
寝支度をする間離れていただけなので、顔を合わせただけでそう嬉しそうにする必要はないはずだが、ノアは機嫌が良さそうにイリスの元に駆け寄ってきて、彼女を抱きしめた。そしてすぐ、少しだけ身体を離して首をかしげた。
「……甘い匂いがする?」
「髪に新しい香油をつけたの」
「へぇ、いい香りだ。流行りそうだね。私も好きだな」
ノアがすん、と鼻を鳴らす。
流行りそうという感想は、寝室に甘い香りをつけてきた妻に向ける言葉として素晴らしいものではない。
好きだと言うから、まぁいいだろうか。
イリスは少し拗ねた気持ちになったが、何も言わずにノアの手を握った。出端をくじかれてもここで尻込みしている場合ではない。イリスには、今日夫に言わなければならないことがある。
ノアが手を握り返して、空いている手で、イリスの髪をさらりとすくった。
その髪の先に唇を落として、じっとイリスを見つめてから、髪を離してイリスの頬に触れる。そのまま彼は遠慮なく距離を詰め、ベッドに膝をついて、イリスに口付けた。
軽く触れて、離れる。
このあと彼は、目を合わせて微笑んでから、角度を変えてまた口付けを繰り返すはずだ。それがもっと深いものになって、イリスが思わず鼻にかかった声を漏らすと、口付けは貪るように激しくなっていく。
イリスは実際にそうだった昨日の夜を思い出して、落ち着かない気持ちになった。ノアがもう一度唇を重ねる前に、彼の身体を手で軽く押し返した。
イリスが少しでも拒否する姿勢を示せば、ノアはそれ以上イリスに触れようとしない。今日もこの先に進もうとはしないはずだ。イリスの予想したとおり、ノアは動きを止めた。
イリスは夫と心から愛し合っていると認識している今でも、彼はまだイリスに遠慮していると思うことがある。
なんでも考えが顔に出ると思っていた夫が、実のところずっと奥のほうにある本音を巧妙に隠してーーもしかしたら隠していると本人も気づかない状態でーーいるということに気づく程度には、イリスは夫と時間をともにしてきたし、その間彼を理解しようと努めてきたつもりだ。
特に閨でのことは、ノアが満足していないことははっきり分かっている。そしてそれを彼がイリスに言うつもりがないということも。
「ノア」
「うん」
「少し話があるわ。……私たちの夫婦の時間について」
ノアが目を見開いた。
イリスがノアもベッドに座るように促すと、ノアはイリスの横に腰掛けた。
申し訳なさそうな顔をして、イリスのことを見る。
「えっと、ごめん、負担になっていたことに気づかなくて……確かに最近少し頻繁だったと思うから気をつけるよ。毎回断るのも負担だよね? 何か合図を決めておこうか」
気遣いの方向が頓珍漢だ。イリスは首を横に振った。
「違うわ。頻度のことは気にしなくていいから」
「え? じゃあ……痛いことをしてしまった?」
イリスはまた首を横に振る。ノアは困惑した顔をしている。
「違うの。私は、その……」
イリスは続く言葉を口にするのを躊躇ったが、話さなければならない。ノアの手を握って、隣にいる彼にだけ聞こえる小さな声で続けた。
ノアの指がぴくりと反応する。
「いつも、いいわ。不満なんてない。満足していないのは貴方のほうでしょう」
「え?」
「昨日……それに別の日にも、貴方、灯りを消したあとに、その……ひとりで、しているときがあるでしょう」
思わず言葉が詰まってしまう。それでもなんとか思い切って告げると、ノアは息を呑んだ。
昨日、愛し合ったあと、イリスが身体を清めて横になり、うとうとし出した頃に、ノアが落ち着かない様子で寝返りを打った。しばらくそれは続いて、もぞもぞと寝具が動くのを感じた。
それ以前にも彼には寝付くのに時間がかかる日があることに気づいていたし、夜につい考え事をして落ち込んでしまうことがあるというのも聞いている。たまにノアが眠りかけたイリスの手を握ることがあった。小さな声で、彼女の名前を呼ぶことも。
名前を呼ばれるときに毎回彼が自慰をしているとは思わないのだが、少なくとも昨日は間違いなかった。
少し浅くなった呼吸が聞こえてきて、そのうちそれにわずかな水音が混じる。掠れた余裕のない声で、ノアが囁くようにイリスの名前を呼んだのだ。
驚いて、何も言えなかった。昨日は二度彼の熱を受け止めて、お腹の奥にまだじんわり違和感が残るほど激しくされたところだった。イリスはぐったりして眠りに入るところだったのだが、すっかり目が覚めてしまった。
直近のノアの行動を思い返して、少し前の夜にも、多分同じようなことをしていた気がする、と思い至った。
イリスは彼と愛し合う時間に満足していたが、ノアはそうではない。それに気づいたこと、そしてそれを夫がイリスに言わずに一人で解決しようとしていたことに、イリスは寂しさと、不満を抱いたのだった。
イリスの告白に対し、ノアの顔は蒼白になったが、そのあと真っ赤になった。彼はうわぁ、と情けない声を出してから両手で顔を押さえて俯いた。
「……ごめん。もう二度としないと約束する。不快な気持ちにさせてすまない」
指の隙間からノアがイリスを見る。
「本当にごめん。汚れた手で寝ている君に触ったことはないよ。そういう問題じゃないだろうけど、一応言っておくね」
イリスは顔を顰めた。
「謝罪してほしくてこんな話をしてるわけじゃないのよ! そうじゃなくて、満足していないなら一人で解決せずにできることがないか私に話すべきじゃないかしら。二人の問題でしょう」
「満足はしてるよ」
「言葉と行動が一致していませんけど? 満足していないから、貴方は、私を抱いたあとにわざわざ一人で処理するわけでしょう」
「いや、それは……」
ノアは口を開いてから、気まずそうに目を逸らした。何かを考え込むように目を閉じる。葛藤している様子で唸っているが、イリスはそうやってノアが思っていることを話してくれないのが不満だ。
ただ、今日は文句を言うためにこの時間をとったわけではない。イリスはイリスなりに考えて、覚悟を決めてきたつもりだ。
イリスはノアの太ももにそっと手を添えた。恥ずかしくて心臓が飛び出そうだが、こうすることは昨日のうちに決めたのだ。
「毎回必ず付き合えるかは分からないけれど……次の日の公務が午後からの日なら、少しくらい寝坊したって構わないわ……例えば明日のように。今日は、貴方の気が済むまでしましょう」
ノアが目を見開いた。イリスは、この言い方だと誤解されるかもしれないと思い、補足した。
「誤解しないで。無理して言っているわけではなくて、私がそうしてほしくて言っているのよ。抱いてほしいの。今までで一番激し……」
「わー、ちょっと待って! イリス、待って……」
「んっ」
ノアはイリスの話を途中で遮って、彼女に軽く口付けしてイリスの口を塞いだ。そのままイリスの肩に頭をつけて、深呼吸する。
「ちょっと待って」
「また『待って』? 情けないわね」
「……そうだよ。可愛い?」
ノアの絞り出すような声に、イリスは笑いながら答えた。
「そうね。でも魅力的なところも見せて。ベッドの上で貴方が少し怖い顔をするのも嫌いじゃないわ」
ノアは顔を上げて、イリスのことをなんとも言えない顔を見てから、触れるだけのキスをした。彼女の肩を押してベッドに仰向けにすると、足を開かせて下半身が密着するような体勢になる。
「きゃっ!」
挿入する時のように、ぐっと身体が近づいた。イリスは目を丸くしてノアを見た。ノアははぁ、と深く息を吐き、じっとイリスを見つめる。
「あのね……私は、足りないって思っているわけじゃないよ。こうやって、したあとに」
ノアがイリスの片足を上げて、彼女の身体を横向きにした。
「イリスが横を向いて、起きあがろうとするだろう。そのときにね」
彼の手がイリスの太ももの内側に触れた。ノア以外、他人が触れることのない際どい場所だ。
「君のここに、白濁が垂れてくるのが見えるときがある」
イリスの顔がカッと熱くなった。足の間に体液が垂れてくる感触には覚えがあり、それを見られていたということが恥ずかしい。
「満ち足りて、幸せな気分で寝ようと思ってたのに、その光景を思い出しちゃうと、また……」
ノアはイリスのことをうつ伏せにした。
彼女の上に覆い被さって、上から両手を重ねる。体重がかかって重たく、イリスは身動きが取れなくなってしまう。イリスの臀部のあたりに、下半身の触れたところが硬く存在を主張し始めているのが分かった。
それを押し付けられて、イリスはびくっと跳ねた。
「あっ!」
イリスの耳元に、囁き声が響く。
「こうやって、君のことを動けないように閉じ込めて、垂れてこないように塞いで、もっと子種を注ぎたくなる」
布が邪魔で挿入できるわけもないのに、ノアは腰をさらに押し付けた。
「きゃっ……」
「後ろからするのって、動物の交尾みたいで品がないよね。でもそういうことを君にしたいって思ってしまう。押さえつけて、逃げられないようにして、ぐちゃぐちゃに犯したい、って」
ノアの息が耳にかかる。唇がイリスの耳たぶを甘く挟んだ。
「っ……!」
ぎゅっと手を握られる。ノアがはぁ、と深く息を吐いて、身体を起こした。イリスは恥ずかしさと驚きで目に涙が浮かんでしまって、ノアのことを滲んだ視界で捉えた。顔は熱く、心臓はうるさい。信じられないような気持ちで夫を見る。
ノアは困ったように笑った。
「こういうことも考えているから、『私の気が済むまで』は、イリスが想像しているのとは少し違うんじゃないかな。それにいつも気は済んでいるんだよ。満足しても、一緒にいるとまたすぐ触れたくなるだけ」
ノアはうつ伏せのままのイリスの手に、自分の手を重ねた。
「私のことを考えてくれてありがとう。これからは少しずつ、イリスが知らないことも、してもいい?」
イリスは身体を起こして、むくれた顔でノアを睨んだ。
「挿入の体勢にいくつか種類があることくらい知っているわ。そこまで世間知らずじゃありません」
イリスは、ぱちぱちと瞬きを繰り返す夫に近づいて、触れるだけのキスをした。上目遣いで甘えると夫が喜ぶのよ、とはにかみながら話す夫人がいたのだが、多分今のイリスは彼を睨んでしまっている。
「私の髪についている香油は、これから流行るんじゃなくて、もう流行っているのよ。夫を誘惑するならこれだと話すのを聞いたもの。ここまで言わせて手を出さない気? 恥をかかせないで」
積雪よりも、厳しいのは風の冷たさである。凍てつくような日々が増えれば、自ずと人々が室内にいる時間は増える。
そのヴェルディアを治めるのは、ヴァンデンブルク公爵家。若い次期当主の屋敷には、備え付けの暖炉に加えて新しい暖房機器が導入されている。彼の妻が、温暖なウィントロープ出身のために追加で準備されたものである。
そうしてよく温まった寝室で、妻のイリスは少し緊張した面持ちで、ベッドに座っていた。
しばらくすると彼女の夫、ノアが寝室に入ってくる。彼は、ふぁ、と気の抜けたあくびをしてから、イリスの姿を目に入れるとぱっと表情を明るくした。
二人は夕食をともにしたし、そのあと執務室で少し仕事をしてから、二人でのんびりと、ノアは読書、イリスは刺繍をしていた。
寝支度をする間離れていただけなので、顔を合わせただけでそう嬉しそうにする必要はないはずだが、ノアは機嫌が良さそうにイリスの元に駆け寄ってきて、彼女を抱きしめた。そしてすぐ、少しだけ身体を離して首をかしげた。
「……甘い匂いがする?」
「髪に新しい香油をつけたの」
「へぇ、いい香りだ。流行りそうだね。私も好きだな」
ノアがすん、と鼻を鳴らす。
流行りそうという感想は、寝室に甘い香りをつけてきた妻に向ける言葉として素晴らしいものではない。
好きだと言うから、まぁいいだろうか。
イリスは少し拗ねた気持ちになったが、何も言わずにノアの手を握った。出端をくじかれてもここで尻込みしている場合ではない。イリスには、今日夫に言わなければならないことがある。
ノアが手を握り返して、空いている手で、イリスの髪をさらりとすくった。
その髪の先に唇を落として、じっとイリスを見つめてから、髪を離してイリスの頬に触れる。そのまま彼は遠慮なく距離を詰め、ベッドに膝をついて、イリスに口付けた。
軽く触れて、離れる。
このあと彼は、目を合わせて微笑んでから、角度を変えてまた口付けを繰り返すはずだ。それがもっと深いものになって、イリスが思わず鼻にかかった声を漏らすと、口付けは貪るように激しくなっていく。
イリスは実際にそうだった昨日の夜を思い出して、落ち着かない気持ちになった。ノアがもう一度唇を重ねる前に、彼の身体を手で軽く押し返した。
イリスが少しでも拒否する姿勢を示せば、ノアはそれ以上イリスに触れようとしない。今日もこの先に進もうとはしないはずだ。イリスの予想したとおり、ノアは動きを止めた。
イリスは夫と心から愛し合っていると認識している今でも、彼はまだイリスに遠慮していると思うことがある。
なんでも考えが顔に出ると思っていた夫が、実のところずっと奥のほうにある本音を巧妙に隠してーーもしかしたら隠していると本人も気づかない状態でーーいるということに気づく程度には、イリスは夫と時間をともにしてきたし、その間彼を理解しようと努めてきたつもりだ。
特に閨でのことは、ノアが満足していないことははっきり分かっている。そしてそれを彼がイリスに言うつもりがないということも。
「ノア」
「うん」
「少し話があるわ。……私たちの夫婦の時間について」
ノアが目を見開いた。
イリスがノアもベッドに座るように促すと、ノアはイリスの横に腰掛けた。
申し訳なさそうな顔をして、イリスのことを見る。
「えっと、ごめん、負担になっていたことに気づかなくて……確かに最近少し頻繁だったと思うから気をつけるよ。毎回断るのも負担だよね? 何か合図を決めておこうか」
気遣いの方向が頓珍漢だ。イリスは首を横に振った。
「違うわ。頻度のことは気にしなくていいから」
「え? じゃあ……痛いことをしてしまった?」
イリスはまた首を横に振る。ノアは困惑した顔をしている。
「違うの。私は、その……」
イリスは続く言葉を口にするのを躊躇ったが、話さなければならない。ノアの手を握って、隣にいる彼にだけ聞こえる小さな声で続けた。
ノアの指がぴくりと反応する。
「いつも、いいわ。不満なんてない。満足していないのは貴方のほうでしょう」
「え?」
「昨日……それに別の日にも、貴方、灯りを消したあとに、その……ひとりで、しているときがあるでしょう」
思わず言葉が詰まってしまう。それでもなんとか思い切って告げると、ノアは息を呑んだ。
昨日、愛し合ったあと、イリスが身体を清めて横になり、うとうとし出した頃に、ノアが落ち着かない様子で寝返りを打った。しばらくそれは続いて、もぞもぞと寝具が動くのを感じた。
それ以前にも彼には寝付くのに時間がかかる日があることに気づいていたし、夜につい考え事をして落ち込んでしまうことがあるというのも聞いている。たまにノアが眠りかけたイリスの手を握ることがあった。小さな声で、彼女の名前を呼ぶことも。
名前を呼ばれるときに毎回彼が自慰をしているとは思わないのだが、少なくとも昨日は間違いなかった。
少し浅くなった呼吸が聞こえてきて、そのうちそれにわずかな水音が混じる。掠れた余裕のない声で、ノアが囁くようにイリスの名前を呼んだのだ。
驚いて、何も言えなかった。昨日は二度彼の熱を受け止めて、お腹の奥にまだじんわり違和感が残るほど激しくされたところだった。イリスはぐったりして眠りに入るところだったのだが、すっかり目が覚めてしまった。
直近のノアの行動を思い返して、少し前の夜にも、多分同じようなことをしていた気がする、と思い至った。
イリスは彼と愛し合う時間に満足していたが、ノアはそうではない。それに気づいたこと、そしてそれを夫がイリスに言わずに一人で解決しようとしていたことに、イリスは寂しさと、不満を抱いたのだった。
イリスの告白に対し、ノアの顔は蒼白になったが、そのあと真っ赤になった。彼はうわぁ、と情けない声を出してから両手で顔を押さえて俯いた。
「……ごめん。もう二度としないと約束する。不快な気持ちにさせてすまない」
指の隙間からノアがイリスを見る。
「本当にごめん。汚れた手で寝ている君に触ったことはないよ。そういう問題じゃないだろうけど、一応言っておくね」
イリスは顔を顰めた。
「謝罪してほしくてこんな話をしてるわけじゃないのよ! そうじゃなくて、満足していないなら一人で解決せずにできることがないか私に話すべきじゃないかしら。二人の問題でしょう」
「満足はしてるよ」
「言葉と行動が一致していませんけど? 満足していないから、貴方は、私を抱いたあとにわざわざ一人で処理するわけでしょう」
「いや、それは……」
ノアは口を開いてから、気まずそうに目を逸らした。何かを考え込むように目を閉じる。葛藤している様子で唸っているが、イリスはそうやってノアが思っていることを話してくれないのが不満だ。
ただ、今日は文句を言うためにこの時間をとったわけではない。イリスはイリスなりに考えて、覚悟を決めてきたつもりだ。
イリスはノアの太ももにそっと手を添えた。恥ずかしくて心臓が飛び出そうだが、こうすることは昨日のうちに決めたのだ。
「毎回必ず付き合えるかは分からないけれど……次の日の公務が午後からの日なら、少しくらい寝坊したって構わないわ……例えば明日のように。今日は、貴方の気が済むまでしましょう」
ノアが目を見開いた。イリスは、この言い方だと誤解されるかもしれないと思い、補足した。
「誤解しないで。無理して言っているわけではなくて、私がそうしてほしくて言っているのよ。抱いてほしいの。今までで一番激し……」
「わー、ちょっと待って! イリス、待って……」
「んっ」
ノアはイリスの話を途中で遮って、彼女に軽く口付けしてイリスの口を塞いだ。そのままイリスの肩に頭をつけて、深呼吸する。
「ちょっと待って」
「また『待って』? 情けないわね」
「……そうだよ。可愛い?」
ノアの絞り出すような声に、イリスは笑いながら答えた。
「そうね。でも魅力的なところも見せて。ベッドの上で貴方が少し怖い顔をするのも嫌いじゃないわ」
ノアは顔を上げて、イリスのことをなんとも言えない顔を見てから、触れるだけのキスをした。彼女の肩を押してベッドに仰向けにすると、足を開かせて下半身が密着するような体勢になる。
「きゃっ!」
挿入する時のように、ぐっと身体が近づいた。イリスは目を丸くしてノアを見た。ノアははぁ、と深く息を吐き、じっとイリスを見つめる。
「あのね……私は、足りないって思っているわけじゃないよ。こうやって、したあとに」
ノアがイリスの片足を上げて、彼女の身体を横向きにした。
「イリスが横を向いて、起きあがろうとするだろう。そのときにね」
彼の手がイリスの太ももの内側に触れた。ノア以外、他人が触れることのない際どい場所だ。
「君のここに、白濁が垂れてくるのが見えるときがある」
イリスの顔がカッと熱くなった。足の間に体液が垂れてくる感触には覚えがあり、それを見られていたということが恥ずかしい。
「満ち足りて、幸せな気分で寝ようと思ってたのに、その光景を思い出しちゃうと、また……」
ノアはイリスのことをうつ伏せにした。
彼女の上に覆い被さって、上から両手を重ねる。体重がかかって重たく、イリスは身動きが取れなくなってしまう。イリスの臀部のあたりに、下半身の触れたところが硬く存在を主張し始めているのが分かった。
それを押し付けられて、イリスはびくっと跳ねた。
「あっ!」
イリスの耳元に、囁き声が響く。
「こうやって、君のことを動けないように閉じ込めて、垂れてこないように塞いで、もっと子種を注ぎたくなる」
布が邪魔で挿入できるわけもないのに、ノアは腰をさらに押し付けた。
「きゃっ……」
「後ろからするのって、動物の交尾みたいで品がないよね。でもそういうことを君にしたいって思ってしまう。押さえつけて、逃げられないようにして、ぐちゃぐちゃに犯したい、って」
ノアの息が耳にかかる。唇がイリスの耳たぶを甘く挟んだ。
「っ……!」
ぎゅっと手を握られる。ノアがはぁ、と深く息を吐いて、身体を起こした。イリスは恥ずかしさと驚きで目に涙が浮かんでしまって、ノアのことを滲んだ視界で捉えた。顔は熱く、心臓はうるさい。信じられないような気持ちで夫を見る。
ノアは困ったように笑った。
「こういうことも考えているから、『私の気が済むまで』は、イリスが想像しているのとは少し違うんじゃないかな。それにいつも気は済んでいるんだよ。満足しても、一緒にいるとまたすぐ触れたくなるだけ」
ノアはうつ伏せのままのイリスの手に、自分の手を重ねた。
「私のことを考えてくれてありがとう。これからは少しずつ、イリスが知らないことも、してもいい?」
イリスは身体を起こして、むくれた顔でノアを睨んだ。
「挿入の体勢にいくつか種類があることくらい知っているわ。そこまで世間知らずじゃありません」
イリスは、ぱちぱちと瞬きを繰り返す夫に近づいて、触れるだけのキスをした。上目遣いで甘えると夫が喜ぶのよ、とはにかみながら話す夫人がいたのだが、多分今のイリスは彼を睨んでしまっている。
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