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27. 愛しい人 ※

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ユリウス王太子と別れ、城の敷地から屋敷まで馬車に揺られながら、エリーナは深刻そうな顔をして俯いていた。先ほど言われたことを思い出しているのかもしれない。

(だから会わせるの嫌だったんだ)

もっと強く反対すれば良かっただろうか。でも、エリーナが実の兄と話したいという気持ちを無視して、強制的に引き離すのは違う気がする。顔を合わせた上で、エリーナが傷つかないようにうまく立ち回らないといけなかった。

ユリウス王太子がエリーナに浴びせた言葉には悪意しかなかった。それにそぐわない表情と穏やかな声で、ただ傷つけるために発せられた言葉は隣で聞いているだけでも心が傷つくものだ。

(あの人がエリーナをどう思ってるか知ってたのに……)

分かっていたのに防げなかったことに無力感と罪悪感を感じる。エリーナは、窓の外にじっと目を向けている。カーテンが閉まっていて景色を見ることができないのに、気付いてないみたいだ。
俺は隣に座るエリーナの手に自分の手を重ねて問いかけた。

「エリーナ、大丈夫か?殿下に言われたこと思い出してる?……気にしなくていいって言ってやりたいけど、忘れるのは難しいよな」

エリーナははっとした顔をして、俺のことを見て安心したように微笑んだ。小さく首を横に振る。

「ううん、大丈夫だよ。ありがとう。最後の機会だったかもしれないのに、お兄様の話をちゃんと聞けなかったなと思って少し後悔してるの。ひどいことを言うから、話をちゃんと聞く前に言い返しちゃった。……私、今度はちゃんと怒ったよ」
「……!」

意外なことを言われて、驚いてしまった。エリーナはただ傷ついていたわけではなくて、ユリウスに寄り添えなかったことを気にしている。

自分を守るために言い返すことができ、その上、俺が『傷つけられた時に簡単に人を許すな』と釘を刺したことまでちゃんと覚えていて、俺のことを気にするほどの余裕がある。
以前は人から強い言葉で責められると、小さな子どもみたいに呆然として、ただただ泣いていたのに。

「……あんた、変わったよな」
「えっ、それは、……いい意味?悪い意味?」

エリーナは不安げだった。変わったと思ったら、変わってないのかもしれない。つい頬が緩んだ。

「もちろんいい意味だよ。そういうとこは変わってないのか?」
「だって……」
「あんたが自分のために怒れるようになってよかった。その上ユリウス王太子のことも気遣えるってことは、気持ちに余裕ができたんだな」
「そう、かな……」

エリーナはずっと自分のために怒ることができず、人に傷つくことを言われるとただそれを受け入れて、自分のことを責めて泣いている傾向があった。
エリーナは悪くないことでも、泣きながらごめんなさいと謝って、もっと自分を傷つける。その上、そんな状態でも自分より人のことを気にすることまであり、エリーナ自身を大切にするという発想がなかったはずだ。

「そうだよ」

すごくいいことだし、そうであってほしいと思っていたのに、俺は身勝手に寂しさを感じていた。エリーナが俺の知らないところで大きく変わっていて、もう俺の慰めは必要とせず、自分で立ち上がることができることを、どこか心から喜べていない。

"迷惑をかけるから"と俺を遠ざけていた時とは違い、今後は本当に必要なくなったという事実にショックを受けているみたいだ。

(あー……まずい、よくない思考になってる)

最近自分がエリーナに依存している気がする。前は仕事から戻って顔を見ると癒される程度だったのに、執着や所有欲に似た健全じゃない感情を抱き始めている。エリーナを弱いままでいさせたいという危うい思考が湧いてくる気配を感じて、自己嫌悪で胸が痛くなった。

エリーナは少しだけ考える素振りを見せ、それから少し照れたように笑った。

「……だとしたら、テオが私のために怒ってくれて、お話ししてる時も何かあったら助けてくれるって分かってたからじゃないかな。あれだけ言われてもお兄様のことは怖がらずに話せたよ。私が自分のために怒れるようになったのも、余裕ができたのも、テオがずっと私に優しかったからだと思う」
「……」

俺はエリーナの顔をまじまじと見てしまって、背もたれに頭をつけて長く息を吐いた。

「はぁー……」
「えっ、な、何?!なにかいけないこと言った?」
「いや……違う……ちょっと自分が情けなくて消えたくなってる」
「な、なんで?消えないで。消えたらやだ」

エリーナは俺の手をぎゅっと握った。

(欲しい時に欲しい言葉を言うのやめてくれ。依存したくなる)

俺はゆっくり身体を戻してエリーナを見た。ほとんど言わせたようなものなのに、それでも嬉しいと思ってしまうあたり人間が小さい。エリーナと一緒にいると、自分が実は器の小さい人間だったと気付く瞬間がたくさんあって、自分に苛立つ。

「消えないよ」
「そう……?私、何か言われたくないこと言っちゃった?ごめんね」

なんで今の話でそう思うのか理解できず呆れてしまう。

「……あんた、自分が悪いかどうか分からない時にすぐに謝る癖改めたほうがいいんじゃないか?つけ込まれても知らないよ」

ぐっと顔を近付けると、エリーナは反射的に目を閉じた。ちょっと脅かしてやろうと思っただけで何をするつもりでもなかったのに、無防備にいつまでも目を閉じている顔を見ていると、本当にキスしてやろうかという気持ちになる。

(って言い訳して、俺がキスしたいだけだな)

頬に触れてもエリーナは目を開けない。少し顔を近付けて、軽く唇が触れても、握った手をぴく、と小さく反応させただけだった。ゆっくり離れると、エリーナはようやく目を開けた。

「……あ」

俺の顔を見て、なにか思い出したような顔をする。それから申し訳なさそうに眉を下げた。

「……?」
「ご、ごめんなさい。私がたくさん魔力を使ったから、また瞳が戻っちゃった?人に会う前になんとかなるかな」

俺はエリーナがそれを心配していることが頭から抜けていて、一瞬なんの話か分からずまじまじと見てしまった。

瞳の色は高位の魔法師が魔力を供給した証にはなるけれど、それだけだ。国王陛下の意向に沿う行動をしているかどうかはそこで判断するものではない、という話を俺はまだエリーナにしていない。

エリーナは俺がエリーナに触るのは目の色が戻った時と信じているみたいだが、そうじゃない時の方が多い。信頼してくれているのに、騙していたことに対してひどい罪悪感が湧き上がる。嘘をつき続けるのもそろそろ潮時だろうと判断して、エリーナにちゃんと説明することにした。

「……エリーナ、そのことだけど……そう躍起になって色を保とうとしなくて大丈夫だ。そんなことしなくても陛下の呼び出しはないよ」
「えっ、そうなの?!」
「ああ、あまり気にしなくていい」
「そう、なんだ。よかったぁ……」

明らかにほっとされたことに少し傷付くが、完全に自業自得なので甘んじてその痛みを受け入れることにする。それよりもエリーナが、安心するだけで俺に非難の目を向けないことが気になった。

「責めないのか?」
「え?」
「……この話、本当はもっと早くできたんだ」
「目安になるから気にしてくれてたんでしょ。負担になるのはテオなのに、責めるわけないよ。調べてくれてありがとう」

エリーナは全く俺を疑うことなく、純粋にお礼を言った。また罪悪感で胸が痛む。俺は嘘を吐くこともあるし、自分に都合が悪いことを言わないこともある。そんなに俺のことを信じなくていい。

(新しく調べたことじゃなくて元々知ってたんだけど、……そこまでは言わなくていいか)

実のところ、エリーナに軽蔑した目を向けられる心の準備ができてない。俺は心が狭い上に小心者でもあるようで、自分のことが嫌いになりそうだ。

「俺は負担じゃない。大変なのはあんただけだよ」
「私も大変じゃないよ。だって……」

エリーナは首を横に振った。ちら、と俺の方を見て何か言いかけ、はっとした顔をしてから慌てたように付け足した。

「な、慣れてるから!毎日してたことだし全然平気!」
「……」

エリーナは明らかに自分の発言に対して動揺していた。それから落ち込んだ様子で目を伏せた。

「この話、おしまいにして……ごめんね。瞳のこと教えてくれてありがとう」

第三王女のエリーナが毎日男を部屋に連れ込んでいる、というのは王都にあまりいなかった俺でさえ噂で知っていたことだ。結婚初日にエリーナは噂を否定しなかったし、アーロンや騎士団長にも聞いた。ユリウス王太子からも同じような話をされている。そして本人から改めてそれが事実だと言われたのに、"慣れている"という発言に信憑性がないと感じてしまう。俺がエリーナに都合の良い幻想を抱いているのだろうか。

(でも、どう考えても慣れてる人間の態度じゃないんだよな)

俺は過去、いつ死ぬか分からないのに市井の女性と関係を持つ気になれなくて、大半の騎士団の男と同じように必要があれば金を使っていた。職業として選び、本当に男に慣れている女と、エリーナの態度は絶対に違う。

「毎日したいんだったら俺は付き合えるよ。ルーティンに戻すか?」
「えっ?!」

これまでエリーナが過去の自分の行いに言及するときは、自虐的でなげやりになっている時だった。どうして急にそんなことを言い出したのか気になる。その上自分の発言で落ち込んでいる。
嫌だと言われたけど、エリーナの考えを探るために少し話題を引っ張ってみようとすると、ぎょっとした顔をして拒絶した。

「し、しないよ!なんて事言うの!もうそんなことしない。必要もないし、好き合ってもないのに……もう、とにかくこの話やめて、お願い」
「……」

エリーナは俺と反対方向を向いてしまった。俺はそんな話題のつもりはなかったのに、急に飛んできた"好き合ってもない"という言葉にダメージを受けていた。エリーナの俺に対する気持ちをはっきり言葉にされたのははじめてだ。
嫌われてないけど好かれてないだろう、とは思っていたけど、言葉にされるとものすごく傷付く。

(毎日好きでもない男を取っ替え引っ替えするのはよくて、なんで俺だけそこが基準になるんだよ?!)

今までは好きでもない男に身体を許していてもなんとも思わなかったけど、今はそうじゃない。つまりエリーナは自分のことを大事にできるようになったということだ。すごく良い傾向だ。

(いいことだけど……強く拒否しすぎだろ)

いつも俺に気を遣いすぎなくらい優しく話すのに、こう言う時だけ拒絶の度合いがすごい。自分の気持ちがささくれ立つのが分かる。

(触っても嫌がらないくせに)

エリーナの身体の前に組まれている手の上に、自分の手を伸ばした。エリーナは驚いた顔をしたけれど、俺が手を繋ぎ、そのまま座席の上に戻しても何も言わない。

エリーナの手に自分の手を上から重ね、5本の指を絡ませてぎゅ、と握った。指を扱くように全体を撫でると、エリーナの肩がびくっと反応する。

「な、何してるの?」
「手を触ってる」
「なんで……?」
「ユリウス殿下の魔力が残ってるから」
「……」

治癒術らしきものを使っていたからその時の名残だろうか、エリーナの肌に見知らぬ魔力を感じる。適当でも理由さえつければエリーナは文句を言わないだろうと思って言っただけで、ユリウス王太子の魔力が残っているからってなんだという話だ。俺以外誰も気にしない。

エリーナは困惑した顔をしているだけで何も言わない。心配性だし、俺が何か意図して行なっているようなことを言ったから、他人の魔力が残っていると困ったことになる、と勘違いしてるんだろう。

多分コーネリアスのこともあったから余計に勘違いしている。コーネリアスは甘ったるい匂いをさせていたから屋敷の人間が気付くかもと言っただけで、魔力の話じゃない。触れないと感知できない程度の魔力が他人の身体に残っていることに気付けるのはそれなりの魔法師だけで、それも、個人を特定するには、その現場を見ているか、特定する相手に何度も治癒術のような魔法をかけてもらったことがないと無理だ。

(言ってやらないけどな)

手の甲の関節部分をひとつずつなぞり、そのまま手の甲をゆびですっとくすぐったり、手のひら同士をあわせで握って、放して、好きなようにしていると、エリーナがぎゅっと目を瞑った。時々何かに耐えるように肩を震わせている。

意図していかがわしいことを想像させるような触り方をしているから、エリーナの反応は謀ったとおりだ。ただ、好きでもない男に手を触られただけで感じるのは大変だなと思う。普段からエリーナの感じやすさを利用して好きにしてるくせに、自分がそれを大変だなと感じてしまうのは笑える。

(小さいな)

エリーナの手は俺の手よりひと回り以上小さくて、もちろん剣だこもないし、柔らかくて温かい。ずっと握っていたくなる。

エリーナは俺に視線を向けた。不満げで、でもどこか甘えも含んだような視線に心臓が高鳴った。

「テオ……」

助けを求めるように名前を呼ばれるとなんでもしてやりたくなる。俺の方が手だけだと足りなくなって、もっと近くに来て欲しいという気持ちになった。

俺はエリーナの手を引き、抱き上げて自分の膝の上に向き合うように座らせた。ボリュームのあるドレスに邪魔されて身体は密着しないが、顔は十分近い。

「な、なに?!」
「キスしたいって顔してたから。ここの方がしやすいだろ」
「……えっ」
「頭当たってないか?」
「大丈夫だけど」

エリーナの腰に手を回すと、身体全体がびくっと反応した。エリーナは膝の上から降りようとしない。俺の妄想かもしれないけど、期待して待っているような表情をしてる。少し意地の悪いことを言いたくなった。

「ほら、キスしていいよ」
「えっ?!なっ、わ、私……そんなつもりで見てたわけじゃないよ!」
「じゃあどういう意図だったんだ?」
「それは……その……」
「キスなんか今更だろ。遠慮することかよ」

もっと深いことをしてるのに、キス一つで恥ずかしがっている。こんな態度でよく慣れているなんて口に出せたものだ。
エリーナはむっとした顔をした。

「テオの、ばか……」

好きな女が拗ねた表情で紡ぐ『ばか』は、全然罵倒にならない。ただ可愛いだけだ。

(かわいい)

俺は軽く身を乗り出して、エリーナの頬に手を伸ばして唇を重ねた。エリーナは全然抵抗もせずにそれを受け入れて、ん、と鼻にかかった声を漏らした。

「はっ…ん……っ」

軽く触れるだけのつもりが、エリーナの反応が良いせいで止まらなくなり、腰に添えた手を引き寄せた。角度を変えて唇を重ね、エリーナの舌を追いかけて奥まで乱す。狭い車内に響く水音と、時々漏れる余裕のない呼吸が気持ちを高めて、夢中になってエリーナのことを味わった。

顔を離すと、エリーナはとろんとして夢の中にいるような顔をしていた。顔は赤くて息は乱れている。ここが寝台だったら絶対こんなところで終われない。

「テオ……」
「ん」

俺の名前を呼んで、エリーナから俺の唇に軽くキスをした。

(え……?)

首に手を回して、抱きしめられる。はぁ、と甘い息が耳元で聞こえて背中が落ち着かなくなった。ぶつぶつ言ってたくせに、気持ち良くなると弱い。素直な態度に胸がきゅんとする。

(なんでこんなところで手を出したんだ。俺の馬鹿)

そのうち屋敷に着くだろうし、流石に日中の馬車の中でするのは倫理観が邪魔をする。到着したら有無を言わさず寝室に直行してやろうと決めて、これ以上は心臓に悪いから膝の上から降りてもらうことにした。
エリーナに声をかけようとしたら、エリーナはもぞ、と落ち着かない様子で身体を動かした。

(もしかして今のキスだけで反応してる?)

エリーナの腰に添えていた手をスカート部分に伸ばし、ドレスの上から足を撫でてもエリーナは腕を離さなかった。抵抗する様子もない。そのまま何重にも重なった布の中からエリーナの足を探り、一番下の薄い布の上から撫でると、俺の首に回した腕に力がこもった。

(制止するふりもしないのかよ)

下着の中に手を入れて、太ももの内側の柔らかいところに触れる。そのまま指を足の間に滑らせ、どきどきしながら割れ目をなぞると、さらに腕に力がこもった。

(濡れてる)

ふに、と柔らかいところに触れた。

「……っあ」

指を中に沈ませると、なんの抵抗もなく奥まで入った。ここまでするつもりはなかったのに、エリーナの反応に誘われるまま、後先考えずにやってしまった。

(意志弱いな、俺……ああ、熱い)

体勢も体勢なのでやりにくく、指をぎこちなく動かして抜き差しするだけだが、エリーナには十分らしい。呼吸が上がって身体が震えている。

ドレスを着てきつくコルセットをしていると胸も触れないし、そもそも重なった布が邪魔で好きに動けない。もどかしく、本当になんでこんなところで調子に乗ってしまったのかと後悔する。

(まぁ、エリーナは気持ち良さそうだからいいか……)

場所の都合で声を一生懸命押さえているようで、小刻みに震えて時々俺の首筋に頭を押し付ける。

「はっ…ぁ……っ!」

エリーナの声を聞いてると俺まで我慢が利かなくなってくる。

「エリーナ、少し腰浮かしてくれ」
「……?…っあ!」

エリーナが言われた通りに身体を離したので、その拍子に指が抜けた。

「続きしていいか?」

耳元で尋ねると、エリーナは身体を離して涙目で俺を見つめた。顔は赤い。

「……こ、こんな状態の私に聞くの、ずるいよ」

それがあまりに愛しくて、つい笑みが溢れた。

「そうだな、ごめん。俺が我慢できないから付き合ってくれ」

もぞもぞ間抜けな動きでベルトを外して下半身だけ裸になり、エリーナの腰を押さえて身体を沈ませた。

「~~~っ!」

下から突き上げると、エリーナは両手で口を抑えた。声が出ないようにしたいみたいだ。その耐えている様子がいじらしくて、いやらしく、下半身が重くなる。

「んっ…ふ……っ!」

エリーナの身体を持ち上げるように腰を支え、身体を揺さぶるとその度にびくびく震える。

「はぁ……エリーナ……」

キスをねだって顔を近付けると、エリーナは手を外してそれに応えてくれた。

「んっ、…はぁ、ん……ぅあっ、あっ!テオ……っ、待っ……声、が……!」

そんなもの防音結界を張ればよかった話だ。そんなこと心配するのがわずらわしいなと思って雑に結界を作り、周囲の音が遮断されるとエリーナは安心した顔をした。それを見て今までより激しく突き上げると、エリーナは背中をのけぞらせた。

「あっ!やぁっ……強、いよ…っ、ああっ!」
「遠慮なく声あげたかったんだろ?好きにしていいよ。結界張るの得意だから心配するな」
「ひぁんっ!」

繊細なコントロールがいらなくて、魔力量がそのまま結果につながるような魔法は1番得意だ。ついでに鍵も外から開かなくなるように細工して、エリーナに集中できるようにした。

エリーナは俺の首に腕を回してしがみつくような姿勢で、まだ声を少し抑えている。耐えきれずに漏れた声が耳に入ってくるのが俺を興奮させることも知らないみたいだ。

「テオ…、あんっ、は……っ」

名前を呼ばれるのも好きだし、助けを求めるみたいに背中や首に回った手に力が篭るのも好きだ。何をされても愛しいし嬉しいけど、ひとつだけ、いつかどうしてもして欲しいことがある。

(あんたの口から、俺を好きだと言わせたい)

国王陛下に呼び出されないようにするためではなくて、エリーナが愛する男として、愛し合うためにエリーナを抱きたい。

(今、好きだって言ったらどんな反応するんだろうな。俺のこと怖がるか……?)

コーネリアスに一方的な好意を寄せられていた時、エリーナは怖がっていた。好意とは違うが男妾のアレックスに迫られた時も泣いてたし、最近は街中で見知らぬ男たちが視線を投げてきた時も警戒している。

俺がエリーナに触るのは国王陛下の意思によるもので仕方がないことで、気持ちがないと思ってるから安心して身を任せられるのかもしれない。エリーナにとっては、俺もエリーナもそうせざるを得ない仲間みたいなものだろう。

(俺は違うけどな。俺はもう陛下の意思なんかどうでもいい)

もし今国王の気が変わって、エリーナと別れろと言われたら全力で抵抗する。また出身地を使って脅されるのはたまったものではないが、エリーナの願いを叶えてやりたかったあの時と違い、国王一人の考えで俺を動かしたかったら村を人質になんかしないのではないかと思う。
エリーナとの結婚は、俺の口から同意を得るために脅しという手段を使っていたけれど、国王は俺の意思なんか引き出さなくても、もっと直接的な方法で行動を強制できる。

(そうなったらその時で、騎士団長と公爵のことも使い倒してやる)

ユリウス王太子のおかげで、自分が権力者に対してそれなりに価値のある存在だということが分かった。使えるものはなんでもカードにして持っている方がいい。国王が相手だろうが、もう自分やエリーナの尊厳を不当に傷つけさせるような真似は許さない。

「テオ……どうし、たの…はぁ…っ、怖い、顔してる……」

エリーナに集中しようと思っていたのに、いつの間にか違うことを考えていた。

「ごめん。……欲しいものがあって、そのことを考えてた」
「欲しい、もの……?あんっ!」
「あんたが、いないと手に入らないんだ。……っ、協力してくれるか?」
「…ぁう、……うん、あっ!…はぁっ、テオっ……あっ、ああ……っ」

エリーナの腰を掴んで軽く浮かせて、激しくすると中が締め付けるように収縮した。

「っ…エリーナ、ん……っ!」
「………っああ!」

長く保たずに、促されるまま吐精する。エリーナの身体をきつく抱きしめると、エリーナも同じように腕に力をこめた。

向き合って、短い呼吸を繰り返す。全て終わると、やってしまった、という感想が残る。このまま立ち上がったらエリーナの身体から体液が流れてドレスを汚すし、扉を開けたら、多分においで気付く。

「テオ……」
「ん」
「どうしたらいい?」

ガタン、と馬車が揺れた。

「あっ!」

まだ抜いてないからそれだけでエリーナは震えた。エリーナが声を出すと俺まで反応しそうになってよくない。

馬車の揺れが止まって、屋敷に到着したのが分かる。結界と鍵を解くと、エリーナと二人きりだった世界が急に騒がしくなった。エリーナは焦った顔で俺のことを見ている。ガチャ、と扉が開く音がして、エリーナの身体がビクッと怯えたように反応した。扉が開く前に、俺は外に向かって声を張った。

「マシュー!少し込み入った話をしてるんだ。キリのいいところで自分で出るから、戻ったことだけ伝えておいてくれるか?」
「かしこまりました」

御者のマシューに呼びかけると、淡々とした返事が返ってきた。ガチャ、とまたしっかり扉が閉まった音がして、エリーナがほっとしたように息を吐いた。

「テオ、あの」
「ん?」
「さっきの、欲しいものって何?私、なんでもするから教えて」
「エリーナ……」

俺はエリーナに呆れた視線を向けた。ちょうど良い魔法があったことを思い出し、エリーナの身体をぐいっと持ち上げて、何事もなかったかのように片付けた。エリーナは驚いていた。無防備にもほどがあるエリーナの額を指で弾いた。

「”なんでもする”なんて他人に絶対言うな。ほんと隙だらけだな」

エリーナを自分の膝の上から降ろし、身なりを整える。

「だ、だって、協力してって言ったのに……!」
「その時になったら言うよ。まだ準備ができてない」
「それなら準備から手伝うよ」

エリーナに惚れてもらうための準備を本人に手伝ってもらうなんて馬鹿らしいにもほどがある。俺が言ってないからだが、何も分かってない。

「やだ。あんたには言わない。ほら行くぞ」

扉を開けると、春の温かい風が中に入ってきた。外に出てエリーナに手を差し出すと、エリーナは少し不満そうな顔をしていた。

「抱き上げてやろうか?」
「……いい。自分で降りれるよ」

顔は不満そうなのに、ちゃんと俺の手をとって、すとんと降りた。前髪と耳の飾りが揺れて目を引く。

エリーナはずっと不満そうな顔を作ることができないみたいで、俺と目が合うと控えめに笑った。愛しいものを見るみたいに、緑がかった菫色の瞳が優しく細まる。好きじゃないという言葉を聞いてなければ勘違いしそうな顔だ。

(あんたは、好きな男にはどんな顔を向けるんだ?早く知りたい)

愛しいと思いながら重なった指を握ると、エリーナも同じように握り返してくれた。
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