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本編
9-1 足枷*
しおりを挟む燭台に点けられた青白い炎が、暗い石畳の壁に反射して辺りを照らしている。あの炎はお兄様の魔法で作られた炎だ。普通の炎と違って燃料はいらない。純粋に、お兄様の魔力で生み出されているほのお。完璧、さすがお兄様だ。こんな綺麗な炎を生みだすなんて、吸血鬼でなければ無理だろうから。
「…………でも、白なんて意地悪ですね」
赤色だったら良かったのに。
そんな思いも込めて、アザリアは手を伸ばす。当たり前なのだけれど、寝台の上でちょこんと座りこんでいるアザリアは、数メートル離れた壁際の炎になんて手が届くわけない。
(怒らせてしまったから、仕方ない、かな……)
ことの発端は、数日前のこと。
《花喰らい》であることを伝えたら、血相を変えたお兄様に地下室に押し込められてしまった。おそらく、気に障ったのだろう。小娘一人に隠し事をされただけじゃなく、反抗的な態度を取られたのだ。悠久の時間を生きてきたお兄様にとって、初めての経験だったに違いない。
(だから……足枷を私に……)
ちらりと、足首を見る。
細い足首に不釣り合いな、重くて鈍い鉄の枷。鎖でつながれたソレを愛おしげに撫であげて、アザリアは感じ入った息を吐く。
──足枷は、きっと罰だ。
(嬉しいな……)
古城の掃除も中庭も手入れも、何もすることのない昏い世界。鎖につながれ、自由を奪われ、こうやって寝台の上で何も出来ずに、ぼーっと辺りを見渡すことしかできない。ゆえにアザリアは、お兄様につけられた足枷をしきりに撫でていた。ゆっくり、丹念に、愛情をこめて。
「お兄様……」
囁きが、暗闇に広がった。
しばらくして、階段を下りてくる靴音が響いてきて。
重たい足枷をひきずるようにして寝台の端に移動すれば、檻の向こう側に美しいあの人が立っていた。月の光を思わせる銀色の髪に、血みたいな真っ赤な瞳が見える。お兄様が来てくれたと、アザリアの心が躍った。
「アザリア」
「はい」
「気分はどうだ」
「いつも通り、ですね。やることもなくて……正直暇を持て余しています」
アザリアの微苦笑に、お兄様は柳眉をぴくりとも動かさなかった。がちゃり、と、解錠の音が響く。ゆったりとした動作で檻の中に入ってきたお兄様は、そのままアザリアの肩に手を置き、軽く押した。華奢なアザリアの体は簡単に背中から寝台に倒れ、お兄様に組み敷かれてしまう。
アザリアの首筋に唇を這わせていたお兄様が、そのまま鎖骨部分に触れた。アザリアの服はいつものような首元がきっちりしているものではなく、生地の薄い夜着のため、少しずらせば簡単に肌を暴くことができる代物である。夜着を自室から持ってきたのはお兄様だが、着たいと言い出したのはアザリアだった。
もう肩を隠す必要はなくなった。
だから、着たい服を着る。
「この前、聞きそびれた事を聞いてもいいですか?」
愛撫を受けながら、意に返してない風を装う。
「ニコラスさんをどうなされたのですか……?」
「……。古城から追い出した」
「まぁ、乱暴な」
「殺してないだけ慈悲があるだろう」
「確かに……あの時のお兄様なら、ちょっと危険だったかもしれないですね」
くすりと笑うと、どうやらソレが癇に触ってしまったらしい。白い果実の柔さを確かめていたお兄様が、手に力をこめた。二の腕を強く掴まれて、アザリアはほんの少し、眉根をひそめる。
「《花喰らい》について調べていた」
「名前を探すのに骨が折れそうですね。何か分かりましたか」
「必ず花びらの痣があること、無心になって花を食べ続けてしまうこと。そして最期には体から花が咲いて、死ぬ」
淡々とした説明口調なのに、後半部分は語気が強くなっていた。
「一晩で分かったことはこの一節だけ。《花喰らい》という名前すら、ほとんどの本に登場しなかった」
「珍しい病ですから」
古城の蔵書を漁ったところで、分かるのは《花喰らい》の概要だけ。
根本的な治療法は見つからない。
ゆいいつ、治療法に近付いていたのは魔法植物の研究者であるアザリアの両親だった。だが二人は志半ばで花になり、もうこの世にはいない。
だからといって探さなくていいと言っても、きっとお兄様は書庫中の本をすべてひっくり返すまで《花喰らい》について調べるだろう。睡眠を必要としない美しいこの人は、それこそ治療法をみつけるまで、夜通し書庫室に籠るに違いない。
「ずっと笑ってばかりだな」
お兄様に、そう言われて。
アザリアはまた、微笑んでしまった。
「悲しそうな顔が、できないんですよ。愛想笑いは得意なので、つい笑っちゃいます。……気に、障りましたか」
「私に食べられたいと言い出してから、ずっと」
「それは、ごめんなさい……」
「…………」
「でも、食べられたいと思っているのは本心なんですよ……?」
お兄様の頭を抱きかかえて、肩へと誘う。ヒトというのは意外に早く慣れてしまうもので、あんなに見られるのが嫌だった《花喰らい》の痣も、今ではしっかり見てほしいとさえ思う。目に焼き付けてほしい。そして、一生忘れないでほしい。
「どうせ私は死ぬんです。花になって身体が腐る前に、食べてしまったほうが得策だと思いませんか?」
「…………」
「噛んで、噛みちぎって、皮膚をさいて、血をすすって、すすりだして、血肉と一緒に、骨の髄まであますところなく」
「…………」
「私という命をお兄様の中に、いれてくれませんか……?」
二度目の懇願は、中々反応がかえってこなかった。
しばらくの沈黙のあと、首筋に生温かい息がかかった。
やっと食べてくれる。
そう思って、アザリアはぎゅぅと目を瞑るのだけれど──
「見え透いた挑発だ」
「……っ?」
「そんな挑発に乗る義理もない。だが、今の私はそうとう頭にきているらしい、おまえの望みを半分だけ叶えることにした」
「っ、ぁ、痛……っ!」
肩に思い切り牙を打ち立てられ、痛みのあまりアザリアが悲鳴をあげる。だがお兄様はそれに気にする素振りすら見せず、傷口を舌でえぐり、血をすすり始めた。
「ぁ、ぁ……っ」
「痛みをすべて快感に置き換える。これが本当の吸血鬼の『食事』だ」
「ぁ、あぅ……っ」
快感で脳が焼き切れそうだと思った。お兄様が何かを言っているが、そんな声すらも遠く聞こえる。足を開かされたと気付いたのは、ソレを打ち込まれた後だった。
「痛っ、ぁあ……っ!」
まだ解れていない膣内を一気に割り開かれ、突き上げられる。衝撃が大きくて体をずらそうとしても、すぐに腰を掴まれ、強引に奥へと進む。痛みは強烈な快感へと変貌し、アザリアの視界の奥で激しい火花を散らしていた。
「や、……っ、ぁぁああっ……あ、っ、ああ……っ!」
「気持ちいいだろう、アザリア」
「ぁ……っ! ぁあ……っ」
折りたたむように深く挿しこまれ、体重をかかえられてしまい、アザリアは身動きが一切取れなくなってしまった。低い声で囁かれると同時に、ぐっ、と奥を押しつぶされる。お兄様の肩口に額を押し付け、嬌声を堪えた。胎の奥で白濁が注がれ、アザリアの全身がぶるぶると震える。
達して動けないでいるアザリアの唇に、お兄様が唇を寄せる。アザリア、と名前を呼ぶ声に、狂気じみた何かを感じた。
「私の傍から離れるな。離れようとするな。死ぬな。死のうとするな。おまえの体は私のモノだ、おまえの命は、死神にもくれてやるつもりはない」
地を這うような低い声が、アザリアの鼓膜を揺らしていた。
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