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第一章 もう恋愛はこりごりです
第一話 無能令嬢と呪い公爵①
庭に生えた柔らかい緑の葉がゆらゆらと手招きするように揺れた。光の粒が舞い、キラキラして見える。
つまんで優しく摘むと、その葉は朝露のような光を散らした。
これを一目で薬草だと見抜き、手のひらをかざして息を吹くように力をこめる。
すると、薬草はみるみるうちに柔らかく瑞々しい回復薬となって、手のひらから溢れ出した。
「これ、もしかしてポーション作りのスキルかしら」
あどけない少女、エリサ・アルヴィナは目の前で起きた現象に目を輝かせた。
(この能力があれば、きっとお父様もお母様も私を見てくれる!)
そう思ったのも束の間。立ち上がった拍子に、エリサの脳内にさまざまな記憶の濁流が渦巻いた。
ふらつく足。暗がり。路上。突然の強い光──衝突。
「……思い出した。私、あのとき、死んだんだ」
エリサ・アルヴィナ、八歳。前世の記憶を取り戻した瞬間だった。
***
うららかな春の陽が差し込む教会で、エリサ・アルヴィナは純白のドレスに身を包み、祝福の日を迎えていた。隣に立つのは、直視するのも憚られるような見目麗しい男性──今日この日より、夫となる若き公爵、アベル・アンベールがいる。
切れ長の目、凛々しい眉、透き通ったなめらかな肌、容姿端麗とはまさにこのことだ。外側にはねた襟足は鋭利な剣のようで、黒く美しい髪は光の加減で時折、青く艶めく。
(……完璧すぎるイケメンね)
エリサはベールの内側から、チラリと彼の様子を窺った。
すると、彼も視線に気づき、冷たい青い瞳でエリサを見る。その眼光は凍てつく氷のように恐ろしく、背筋に寒気を覚えたエリサはすぐに目をそらした。
(これが『青炎の死神』……王族から外された古の一族。その呪いを持つ人)
エリサは真正面を見て、神官の言葉を聞くフリをした。
「それでは、誓いのキスを」
現在、曲がりなりにも公爵と伯爵令嬢の結婚式真っ只中だが、この空間には侍従以外に双方の家族はいない。寒々しい結婚式を祝福するのは神だけだ。
「必要ない」
すぐさまアベルが言った。ここで初めて夫の声を聞いたエリサは彼の思わぬ美声に驚く。結婚式で誓いのキスもないなど前代未聞だが、アベルの冷徹な表情に神官は心得たように頷いた。
「エリサ」
アベルが言い、エリサはビクリと肩を震わせながら静かに彼の方を向いた。
すると、アベルはおもむろにエリサの首へペンダントをかけた。それは大ぶりな青い宝石がついた豪華なペンダント。なんなのだろう。しかし説明がない。胸元に光るそれが、おそらく婚姻の証なのだろう。エリサはそう解釈した。
こうして事務的な結婚式が淡々と終わり、二人はそのまま無言で屋敷へ向かった。もちろん、アンベール公爵家の屋敷だ。
ロズヴィータ国、王都ロンブス・シュタットより北へ遠く離れた国境付近のこの地は、アンベール公爵が治める領地、ノルデン・フェルトという。
都住まいだったエリサにノルデン・フェルトののどかでなだらかな平野は田舎に見えたが、町はそれなりに人々の暮らしも豊かでにぎやかだった。都会のような慌ただしさはなく、気楽に過ごせそうだ。
きっと公爵夫人として迎えられても、誓いのキスすらしない男。実家のアルヴィナ家と同じく、エリサをいないものとして扱うのだろうという予想ができ、エリサは気持ちを切り替えた。
(まぁ、暮らしはあんまり変わらないんだろうな……ほっとかれるのも慣れてるし、むしろそのほうがいいし、いつもみたいに町へ出て好きに過ごそう)
すると、屋敷に入った瞬間、大門が閉ざされた。広大な敷地内はなぜだか閉塞感が漂う。
横に広い四階建ての屋敷。アルヴィナ家よりも屋敷の大きさは倍ほどあり、庭も美しく整えられ、噴水まである。さすが公爵家だ。
馬車を降り、屋敷へ入れば、アベルは侍従にマントを投げるように渡し、スカーフもカフスも早々に取ってラフな格好になった。エリサも着替えのため、私室へ向かおうと足を踏み出す。
そのときだった。
「……エリサ」
アベルの深い声が、エリサの背中に当たる。冷たくも深く、心の臓を震わすような美声にエリサはなぜか怖気を覚えていた。
「はい、アベル様」
愛想よく笑顔を見せて振り返るが、アベルは冷ややかな表情でそっけない。
「これより屋敷から一歩も出るなよ」
「えっ……」
突然なにを言い出すのだろうか。
「えっと、一歩もというのは敷地の外ということでしょうか? それに『これより』っていうのは、今日からっていうことで……?」
「言葉通りだ。何度も言わせるな」
当然の疑問だと思うが、アベルは厳しい口調で遮り、それ以上の説明をしない。エリサは笑顔を引きつらせた。
(……まぁ、公爵様の妻だし、そうホイホイ外に出られたら厄介なのかな)
そう思案して己を納得させていると、アベルは念を押すように言った。
「わかったな。もし一歩でも外に出たら、君の実家がどうなるか」
手のひらから青い炎を出し、脅しをかけてくる。それを見て、エリサはしっかり頷いた。
「承知いたしましたわ」
(実家ねぇ……別にあの家に何かあっても私はどうでも……実際、これは政略結婚で実家に多額の支援がいってる。その支援がなくなると家族が怒鳴り込みにくる……かなぁ?)
思いを飲み込み、優雅に微笑むと、アベルは炎を消した。目をそらしてエリサを追い越す。そのまま執事を伴って私室へ向かった。
執事──美しいストレートな金髪を切り揃えた美青年が、チラッとエリサを見やり、無機質に会釈する。
やがてアベルが完全に見えなくなれば、その場にいたメイドたちがホッと息をついた。緊張の糸がわずかに緩み、皆が仕事に取り掛かる。
公爵といい、執事といい、使用人といい、公爵家の妻として迎えるはずのエリサに関心がない。
瞬間、エリサの脳内で一筋の稲光が走る。
「これが噂の白い結婚……!」
エリサは顎をつまみ、静かにつぶやいた。
(異世界のことは薄ぼんやりとしか知識がないけど、多分これが俗に言う白い結婚なんだ。なるほどなるほど、理解した)
エリサ・アルヴィナ──その生を受ける前、彼女は日本で暮らす一般女性だった。いわゆる転生者だ。
つまんで優しく摘むと、その葉は朝露のような光を散らした。
これを一目で薬草だと見抜き、手のひらをかざして息を吹くように力をこめる。
すると、薬草はみるみるうちに柔らかく瑞々しい回復薬となって、手のひらから溢れ出した。
「これ、もしかしてポーション作りのスキルかしら」
あどけない少女、エリサ・アルヴィナは目の前で起きた現象に目を輝かせた。
(この能力があれば、きっとお父様もお母様も私を見てくれる!)
そう思ったのも束の間。立ち上がった拍子に、エリサの脳内にさまざまな記憶の濁流が渦巻いた。
ふらつく足。暗がり。路上。突然の強い光──衝突。
「……思い出した。私、あのとき、死んだんだ」
エリサ・アルヴィナ、八歳。前世の記憶を取り戻した瞬間だった。
***
うららかな春の陽が差し込む教会で、エリサ・アルヴィナは純白のドレスに身を包み、祝福の日を迎えていた。隣に立つのは、直視するのも憚られるような見目麗しい男性──今日この日より、夫となる若き公爵、アベル・アンベールがいる。
切れ長の目、凛々しい眉、透き通ったなめらかな肌、容姿端麗とはまさにこのことだ。外側にはねた襟足は鋭利な剣のようで、黒く美しい髪は光の加減で時折、青く艶めく。
(……完璧すぎるイケメンね)
エリサはベールの内側から、チラリと彼の様子を窺った。
すると、彼も視線に気づき、冷たい青い瞳でエリサを見る。その眼光は凍てつく氷のように恐ろしく、背筋に寒気を覚えたエリサはすぐに目をそらした。
(これが『青炎の死神』……王族から外された古の一族。その呪いを持つ人)
エリサは真正面を見て、神官の言葉を聞くフリをした。
「それでは、誓いのキスを」
現在、曲がりなりにも公爵と伯爵令嬢の結婚式真っ只中だが、この空間には侍従以外に双方の家族はいない。寒々しい結婚式を祝福するのは神だけだ。
「必要ない」
すぐさまアベルが言った。ここで初めて夫の声を聞いたエリサは彼の思わぬ美声に驚く。結婚式で誓いのキスもないなど前代未聞だが、アベルの冷徹な表情に神官は心得たように頷いた。
「エリサ」
アベルが言い、エリサはビクリと肩を震わせながら静かに彼の方を向いた。
すると、アベルはおもむろにエリサの首へペンダントをかけた。それは大ぶりな青い宝石がついた豪華なペンダント。なんなのだろう。しかし説明がない。胸元に光るそれが、おそらく婚姻の証なのだろう。エリサはそう解釈した。
こうして事務的な結婚式が淡々と終わり、二人はそのまま無言で屋敷へ向かった。もちろん、アンベール公爵家の屋敷だ。
ロズヴィータ国、王都ロンブス・シュタットより北へ遠く離れた国境付近のこの地は、アンベール公爵が治める領地、ノルデン・フェルトという。
都住まいだったエリサにノルデン・フェルトののどかでなだらかな平野は田舎に見えたが、町はそれなりに人々の暮らしも豊かでにぎやかだった。都会のような慌ただしさはなく、気楽に過ごせそうだ。
きっと公爵夫人として迎えられても、誓いのキスすらしない男。実家のアルヴィナ家と同じく、エリサをいないものとして扱うのだろうという予想ができ、エリサは気持ちを切り替えた。
(まぁ、暮らしはあんまり変わらないんだろうな……ほっとかれるのも慣れてるし、むしろそのほうがいいし、いつもみたいに町へ出て好きに過ごそう)
すると、屋敷に入った瞬間、大門が閉ざされた。広大な敷地内はなぜだか閉塞感が漂う。
横に広い四階建ての屋敷。アルヴィナ家よりも屋敷の大きさは倍ほどあり、庭も美しく整えられ、噴水まである。さすが公爵家だ。
馬車を降り、屋敷へ入れば、アベルは侍従にマントを投げるように渡し、スカーフもカフスも早々に取ってラフな格好になった。エリサも着替えのため、私室へ向かおうと足を踏み出す。
そのときだった。
「……エリサ」
アベルの深い声が、エリサの背中に当たる。冷たくも深く、心の臓を震わすような美声にエリサはなぜか怖気を覚えていた。
「はい、アベル様」
愛想よく笑顔を見せて振り返るが、アベルは冷ややかな表情でそっけない。
「これより屋敷から一歩も出るなよ」
「えっ……」
突然なにを言い出すのだろうか。
「えっと、一歩もというのは敷地の外ということでしょうか? それに『これより』っていうのは、今日からっていうことで……?」
「言葉通りだ。何度も言わせるな」
当然の疑問だと思うが、アベルは厳しい口調で遮り、それ以上の説明をしない。エリサは笑顔を引きつらせた。
(……まぁ、公爵様の妻だし、そうホイホイ外に出られたら厄介なのかな)
そう思案して己を納得させていると、アベルは念を押すように言った。
「わかったな。もし一歩でも外に出たら、君の実家がどうなるか」
手のひらから青い炎を出し、脅しをかけてくる。それを見て、エリサはしっかり頷いた。
「承知いたしましたわ」
(実家ねぇ……別にあの家に何かあっても私はどうでも……実際、これは政略結婚で実家に多額の支援がいってる。その支援がなくなると家族が怒鳴り込みにくる……かなぁ?)
思いを飲み込み、優雅に微笑むと、アベルは炎を消した。目をそらしてエリサを追い越す。そのまま執事を伴って私室へ向かった。
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やがてアベルが完全に見えなくなれば、その場にいたメイドたちがホッと息をついた。緊張の糸がわずかに緩み、皆が仕事に取り掛かる。
公爵といい、執事といい、使用人といい、公爵家の妻として迎えるはずのエリサに関心がない。
瞬間、エリサの脳内で一筋の稲光が走る。
「これが噂の白い結婚……!」
エリサは顎をつまみ、静かにつぶやいた。
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