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悪女の居る街②
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朝、
眩しい光が顔にかかる。
瞼を開けると目の前には、幼い子供のように無防備な寝顔を向けるアーチャの顔があった。白い肌は光に照らされて一層柔らかそうに見える。
誰かと一緒に朝を迎えるなど、今までにあっただろうか。この姿に生まれ落ちてから、唯の一度もない経験。アーチャと出会ったのはほんの数日前なのに、彼女は俺に沢山の経験と知識を与えてくれる。
キラキラと透き通った黄金のような髪に、そっと触れてみた。俺とは違うサラサラとした美しい髪を指に絡ませて遊んでいると、アーチャがふふっと息を漏らす。閉じていた瞼がゆっくりと開き、青い瞳が顔を出した。
「おはよう」
「おはよう」
「髪の毛触るの楽しい?」
「うむ」
「そっか」
短い言葉を交わし、俺は体を起こした。
手を動かして人の見た目になった自分に違和感が拭えない。あの黒い肌ではない、真っ赤な猛獣のような爪も人の爪と同じ小ささだ。
自分の手をまじまじと見ていた俺の横で、アーチャは体を起こした。ぐーっと伸びをして、ふぁ…っと欠伸を小さくこぼして口を覆う。
今日は例の悪女に会いに行く。
アーチャは髪をとかし、身だしなみを整えると俺に行こうと笑顔で声をかける。俺は頷き、アーチャの後ろを歩くようについて行った。
朝早くから人々は野菜や果物やらを詰めた木箱をせっせと運んでいる。夜の酒とたくさんの人間の臭いとは違い、風と香ばしい匂いに包まれた街を見回した。
アーチャが進んでいくのは建物と建物の間、陽の光が届かないそこは薄暗く歩みを進めるほど陰気な雰囲気になっていく。
「何故こんな場所を進むんだ?」
「アイツの居場所はこの国でも極秘なの、だから簡単に辿り着けない場所にあるんだな~」
「そうか」
「もう少し進んだら、アイツの縄張りになるから攻撃されるかもしれないけど私のそばから離れないでね」
「知り合いなのに攻撃してくるのか」
「長い知り合いでも弱い奴は嫌いなのよ」
アーチャはやれやれとため息を吐いた。
道を曲がり、高い建物に囲まれた真っ直ぐな道に出る。アーチャは両手に金の銃を出し、くるくる回しながら肘を曲げて顔の高さに構えた。それを待っていたように道がぐにゃっと曲がり、奥に重厚な鉄の扉が現れる。
左右の壁がいくつもボコボコと盛り上がり、そこから異形のものが形を作り出す。羽の生えた黒い球体が群れなす羽虫のように空を覆った。それはカッと血色の瞳を見開き、俺とアーチャを交互に見やる。
キキキキキキッ
「これはなんだ?」
「興味出ちゃった?」
アーチャは黒い空に向かって銃を構え、引き金に指をかけた。
「ゴミだよ」
バァン!!
空に真っ赤な穴が空く。
右は空を焼く業火を、左は弾丸を撒き散らす。アーチャは駆け出し、野良猫のように壁と壁を飛びながらゴミと呼ぶそれを叩き落とし燃やしていった。徐々に空が晴れていく。アーチャに向かって牙を剥くそれらもいたが、牙が及ぶ前に消える。
俺は黙ってアーチャを見上げていた。赤、青、黒、金…色んな色が眼に映る。俺に向かって飛んでくるやつがいたから、とりあえず手で払っておいた。
フギュ!っと声を上げて地面に打ち付けられたそれは、ピクピクと動くと消えた。
「旦那様!行くよ!」
アーチャが顔だけ振り返り、銃を持った手をふりこっちだと合図をすると扉に向かって走り出した。空は晴れたが、壁がまたモコモコと盛り上がり始めている。
それらは何度も生まれるらしい。
扉に辿り着くと、アーチャは飛び蹴りを食らわした。盛大な音を立てて弾け飛ぶように道が開かれた。
扉の中に飛び込み、アーチャは俺の腕を引っ張ると外に向かって引き金を引き炎を放った。太陽もくらむほどの光と熱が収まり、振り返れば扉は閉じて消えた。
「真っ暗だ。ここに悪女がいるのか?」
「もうすぐお迎えが来るよ」
真っ暗な中立ち上がると、目線の先にまた扉がある。紫色の霧のような光が隙間から漏れ出すその扉から、こちらに向かって光が順に点った。
周囲には筒のような大きなガラスの入れ物に入れられた魔物やら何やらの臓物のようなものが、水につけられていた。左右に無限に続くようにおびただしい数のソレが並んでいる。
「これはなんだ」
「研究資料兼、アイツのコレクション。 」
俺は獣のような見てくれのものが入れられた筒に近づいた。それにはたくさんの管がつけられている。
「生きているのか…?」
「死ねなくされてるってほうが正しいかな」
「死ねなくなってる。何故だ」
「さぁね~」
アーチャは興味がないと言う。
動いていない死んでいるように動かない。動けない?分からない…ただこれらから微かに生きているような気配を感じる事ができた。
「…俺のようだな」
生きているのに死んだように身を隠し生きてきた俺と、この水の中に閉じ込められたこれらは似ている。
「旦那様」
アーチャの声に振り返った。
扉の前には人のようなものが立っていた。
「お迎えきたよ」
白い服を着た人間の女に間違いないのだろうが、その頭は銃になっている。背中にもよく分からない刺さったガラス片のような金属の突起物が不規則に生えていた。
「あれも人か?」
「あれはアイツが作った人間もどき」
「人間もどき」
歩み寄ると、体は人と同じような皮膚で包まれているのに顔や背中、肩や腕の一部は間違いなく金属だ。俺はそれに話しかけた。
「話せるのか?」
それはうつむきながら首を左右に振った。カチャカチャと金属のぶつかる高い音が鳴る。
「うむ…不思議な生き物だ」
腕を組んでまじまじとそれを見つめると、それは体をそらす。銃口の部分が赤くなりそれは両手をばたばたと落ち着きなく動かした。
「も~!見過ぎ!」
アーチャが後ろから俺の腕を強く引いた。
「む」
「レディをそんなに見ないの!」
「れでぃ…?」
「女の人ってこと、ほら!おっぱいついてるでしょ」
それの胸元をビシッと指差す。おっぱいの有無が性別の決め手になるのか…と新しいことをまたひとつ学んだ。
それは扉に片手をそえる。すると扉から黒い荊のような鉄がそれの手に絡みつき、手と一体化した。ギギギッ…と重い音を立てて扉が開く。
それは"どうぞ"と軽くお辞儀をしたまま扉の中を手で指した。俺はそれに同じように軽く頭を下げて中に入った。
一言で言えば異様な空間だ。
真っ黒い鉄が何か意味を持って数え切れないほど組み込まれ、大きさも様々な紫色の水が入ったガラスの筒が見渡せるほど置かれている。よく分からない液体の入った瓶や針のついた小さなガラスの筒など、見たこともないが好意のもてない色んなものがあふれていた。
「相変わらずの趣味ぃ~…」
アーチャはうぇっとげんなりした顔で舌を出し肩を落とした。紫色の水の中には宝石が入ったもの、何かの手足や臓物、魔物、さっきいた人間もどきのようなものも入っている。
「ナンノ用カナ??」
天井からいきなり声が聞こえた。
驚いて顔を上げるが、そこには誰もいない。ただ大きな口が付いているだけだ。アーチャは腰に手を当ててその口に向かって話しかける。
「久しぶりに来てあげたのに冷た~い!」
「呼ンデナイノニ来タ相手ヲモテナス優シサハ、生憎持チ合ワセテナイヨ」
「ちぇ~、まぁいいわ。アンタに作ってもらいたいものがあるのよ」
「ホホゥ??ソレハソレハ」
「だから早く顔見せてくれる?」
「ソウカ、待ッテナ」
ガコン
大きな音。
重い音を立てて、部屋の奥にあった黒い鉄でできた大きな人型の像のようなもののお腹にあたる部分が開いていく。桃色の煙がふわっと立ち込め、薔薇の匂いが部屋を包み込んでいった。
扉が両側に完全に開くと、黒い大きな椅子に座る何かが姿を現した。黒いテカテカした体のラインが出る服、頭には大きな黒いリボンがついている。両腕両足には宝石を大量にあしらった腕輪や指輪。色は白く、桃色の髪はふわふわと長くて毛先の方が色の濃い薔薇のような桃色をしている。腕と足を組んだその人間には、大きなおっぱいがついているから女だと分かった。
女のおっぱいの間には、白い体に耳の先が紫、目は桃色の宝石のようなウサギのぬいぐるみのようなものが挟まっている。女と目が合うと、一瞬目を見開いたあとに俺をじっと見つめてきた。
「あれは…」
「あれがこの町の悪女」
「悪女トハ酷イ言イ草ジャナイカ。世界最悪ノ大罪人ドノ?」
女は立ち上がり歩み寄る。
「面白イモノヲ連レテイルネ」
「私の旦那様よ」
「旦那??コノバケモノガ??」
アーチャの言葉に目を見開き、口元に手を当てながら女は俺をまじまじと見てくる。俺は不思議な事に気がついた。
「口を動かさないのに話せるのか?」
「ン??口ヲ動カシテイルジャナイ」
「うむ…動いていない。」
女は体をそらし、おっぱいのウサギを指差す。
ウサギは顔を上げ両手と口を動かした。
「ホラ!!」
「…人じゃないのか…?」
「るなハ人間ダケド魔女ダヨ」
「ルナ?」
「あーもう!不思議ちゃん同士で話してたら埒があかないったらないわ!」
アーチャは痺れを切らし、俺と女の間に立つ。
「旦那様、こっちはルナ・ピエーナ。
世界でもトップ3にはいる魔女で、さっきの人間もどき"人工生命体"の作成者」
「イカニモ。今話シテル兎ハ魔道具ノヒトツ名前ハ"のって"意思伝達装置サ」
「話せないのか」
「話セナイワケジャナイ、魔ニ精通スル者ノ言葉ニハ自然ト魔力ガ込メラレテシマウカラネ。余計ナ魔力モ使イタクナイシ、無意識ニ相手ヲ従エルノモツマラナイノサ」
「言霊って言ってね、普通の人間でも言葉には不思議な力が宿る。魔力の高い人間は話すだけで相手に魔法をかけちゃうらしいんだ」
「そういうものなのか」
「マァネ」
片手で髪の毛を後ろに払い、ルナ・ピエーナという女は、話さない口をニコッと動かした。
「で、こっちは私の旦那様でブラッド」
「旦那…ネェ」
「アンタには見えてると思うけど、正体は"辺境の魔神"」
「辺境ノ魔神…アノ地方伝承レベルノ存在ガコレダト??」
「そうだよ、見たことない類でしょ」
「人狼トモ雪男トモ違ウナァ、竜ノヨウデ竜デナク悪魔ノヨウダガ悪魔デモナイネ」
ルナ・ピエーナはするりと俺の頬を撫でた。
「金ノ瞳…高位ナル者ニ与エラレルモノダ」
俺の瞳を覗き込む紫色の瞳は、何だか俺の奥深くまでを見ているようで身体中の毛が逆立つ感覚がする。添えられた手が熱い、まるで火のよう…
ドォン!!
何か大きな音がして、目も耳も真っ暗になり頭がぐらついた。鼻も痛い、顔が熱い、チカチカと視界は黒と赤を交互に写し始める。
「!?なっ…テメェ!!」
片方の耳には、焦ったアーチャの声とガチャリと銃を構える音が微かに聞こえた。ようやく状況が見えてきた。赤いのは煙で俺の顔を何らかの力で爆破させようとしたのだということ。鼻が痛かったのは、このキツイ燃える臭いを間近で嗅いだからか。
「何考えてんのよ!」
煙が晴れ、アーチャがルナ・ピエーナの頭に銃を強く突きつけているのが見えた。相当興奮しているのかアーチャはフゥフゥと荒く呼吸をしながら怖い顔をしている。
「大丈夫だ」
「!!旦那様っ」
俺が声をかけると、アーチャは眉を下げて悲しそうな驚いたような複雑な表情を向ける。それでも突きつけた銃を離すことはない。
「俺の頭はどうなっている」
「煙が出てる」
「壊れているか?」
「ううん、傷は無いよ」
ルナ・ピエーナは手を下ろした。
「至近距離デ爆破シタノニ無傷ダネェ」
「爆破したのか」
「これで死んじゃってたらどうすんのよ!」
「コンナコトデ死ヌヨウナ生物ナラ、君ハ旦那様ニナドシナイダロウ」
「…何が言いたいわけ」
アーチャは睨みつけるようにルナ・ピエーナを見上げる。銃を突きつけられた頭は、グッと押されて傾いた。
「君ガ一緒ニ行動スルナド…神以上ノ存在デナケレバ有リ得ナイデショ」
その言葉にアーチャは眉間のシワを深くする。
「殺すぞ」
「オォ、怖イ怖イ」
ルナ・ピエーナは両手を上げ肩をすくませてみせた。
「魔神ドノモ、コンナ鬼嫁ジャ苦労スルネ」
「アーチャはオニヨメという名前じゃないし、俺の名前も魔神じゃない」
「ン??」
「俺の名前はブラッドだ」
俺はすごく真面目に言ったのに、ルナ・ピエーナは目を見開き、ノッテは口をポカンと開けて固まった。そしてうつむき、腹を抱えて無言で体を震わせ始める。
「プフッ!コレハコレハスマナイネ辺境ノ魔神ドノ…フッ名前ハ最初カラアルノカイ??」
「アーチャがくれたものだ」
「ソウカイ、イイ名前ヲ貰ッタネ」
「気に入っている」
「旦那様ぁ~」
アーチャは顔を赤くしてオロオロしているから、ルナ・ピエーナから目線を外さずにアーチャの頭に手を置いた。
「辺境ノ魔神ハ御伽噺程度ノ存在デ、世界ヲ破滅ニ導ク魔神伝承ノ一ツダト思ッテイタンダケドネ」
「俺は世界を破滅させたりしない」
「可愛イ事ヲ言ウネ」
「俺は何もしない」
「フゥン…ソンナニ丈夫ナ体ヲモッテイルノニ、トテモ温厚ナンダネ君ハ」
「何故丈夫なのかは分からない」
「ホー…」
ルナ・ピエーナは指を鳴らした。
それを合図に黒い椅子がカタカタと音を立てて、こちらに近づいてルナ・ピエーナの後ろでぴたりと止まった。スッと座るのを確認した椅子はそのままルナ・ピエーナを乗せたまま元の場所に戻っていく。
そして沢山の突起物が付いた机に触ると、ウーッという高い音が鳴り始め、空間に光る四角い何かがいくつも浮き上がった。その四角には様々なものが映し出されているが、どれも俺が見たことないようなものばかりだ。
「あーちゃ、今回ノ依頼ハぶらっど絡ミデイイノカナ??」
「そうだけど」
「デ??具体的ナ内容ハ」
「旦那様におち○ちんを生やしてほしいの」
「………ハ…??」
「だから!おち○ちん!!」
真剣なアーチャの願いに、ルナ・ピエーナはあ~う~と唸り声をあげると机に片肘をつきながら頭を抱えた。何か悩んでいるような呆れたような様子だ。
「何故、男性器ガ必要??」
「旦那様の子どもを産むためよ」
「アーチャが俺の子どもを産むのに、そのおち○ちんというものが必要らしい」
「ツイテナイノカイ??」
「旦那様には付いてなかったのよ」
「マズ何故欲シイ」
「旦那様と約束したの、私が子ども産んであげるから一緒に旅に出ようって」
「くれいじーダネ君達」
ルナ・ピエーナは背もたれによしかかりながら、ジトーッと呆れた顔で俺たちを見た。
「子どもを作るためにはおち○ちんがどうしても必要なの!だから旦那様に究極のおち○ちんを生やしてほしいの!お願い!!」
アーチャが顔の前でパン!っと手を合わせた。俺もそれを見て同じようにお願いしてみた。ルナ・ピエーナは大きなため息を吐く。
「えろ本ミタイニ、魔神トカ悪魔トカニハ凄イ魔羅ガ付イテル訳ジャナインダネ」
「やってくれる?」
「マァ、るなモぶらっどノ体ハ気ニナル」
「じゃあ…!」
「分カッタヨ」
「やったー!ありがとう!」
アーチャは満面の笑みで飛び跳ねながら両手を上にあげて喜んでいる。ルナ・ピエーナは針の付いたガラスの筒を手に持って、瓶から何か液体を吸い上げながらまた口を開いた。
「タダシ、始メル前ニ一ツ頼マレテクレ」
ピタッ!とアーチャは動きを止め、顔を曇らせる。
「どんな…お願いでしょうか…」
「奴隷少女ッテ知ッテイルカナ?」
「いや、はじめて聞くけど」
「モニターヲ見テクレ」
あの四角いものはモニターと言うらしい。アーチャと変わらない年齢の幼い女の子が映し出された。
ルナ・ピエーナの話では、
この奴隷少女シリーズと呼ばれる少女は錬金術の天才であり、人工生命体の第一人者ルイス・ゴールドが作製した人型兵器である。今から300年前、世界戦争が行われていた時代に作られ全部で7体の奴隷少女が存在していたが、その内の6体は兵器として使用されもうこの世には存在しない。
モニターに映し出された少女は、何らかの事情で使用されなかった生き残りで最近発見されたということ。この少女が兵器としての力を発揮すれば、この国の半分はきれいに吹き飛んでしまうほどの力を持っているそうだ。
「コノ子ハ今、コノ国ニイル。奴隷少女ト知ラズニ違法おーくしょんデ出品サレテイタノヲ、コノ国ノ伯爵ガ購入シタンダ」
「それで?私たちは何をすればいいわけ?」
「最初コノ子ガ国ニ入ッタ時ハ、スグニ確保シヨウト思ッタンダケドネ。中々伯爵ドノハ上手ク扱ッテイテネ…見守ル事ニシテイタンダ」
ルナ・ピエーナは残念そうに腕を組みながらモニターを見上げた。
「兵器少女奴隷ヲ知ル者ハ居ナイカラ、ソノママニシテイタンダガ。最近コノ子ニチョッカイヲ出ス輩ガ出テキタ。其奴ラカラ守ッテ欲シインダ」
「この子を捕獲しなくていいの?」
「捕獲シタラ、キット彼女ハ起動シテシマウ」
「起動…?目を覚ましているなら、もう起動してるんじゃない」
アーチャの問いかけに、静かに首を左右に振る。
「彼女達ノ兵器トシテノ起動ハ、絶望ガ頂点ニ達シタ時ダ」
ルナ・ピエーナは言い聞かせるような静かな口調で話しを続けた。
「奴隷少女ハ、ソノ名ノ通リ…奴隷トシテたーげっとニ売リツケラレル。ソコデハ目モ当テラレナイヨウナ扱イヲ受ケ、悲シミヤ恐怖、絶望ガ頂点ニ達シタ時ニ自ラ爆発シテシマウノサ」
手をぐっと閉じ、パッと開いて爆発をイメージさせた。アーチャは腕を組み考えるように顔を強張らせる。
「そんな危険なモノなら、なおさら破壊するか捕獲した方がいいんじゃないかな」
「愛シ合ウ2人ヲ引キ離スノカイ?」
「だってそんな兵器なら、その伯爵もただじゃ…」
「伯爵ハ彼女ガ兵器トハ知ラナイ。可愛ソウナ女ノ子ヲ買ッテ、トテモ優シク接シテイルシ彼女ニ恋シテル。
彼女モマタ優シイ伯爵ニ恋シテル。らぶらぶナウチハ、彼女ガ起動スル事ハナイダロウ」
「まぁ、アンタがそう言うなら」
「既ニ屋敷ニハ、るなノ可愛イ人工生命体ヲ1人忍バセテイル。あーちゃトぶらっどハ伯爵ノ家ニ潜入シテ、彼女ト伯爵ヲ守ッテアゲテクレ」
「敵の詳細は?掴めてるの?」
「抜カリナク。敵ハじょるまざノ侯爵がすとる。何処カラカ彼女ノ情報ヲ聞キツケタミタイナンダ、がすとるハ殺シ屋ヤ盗賊団ナンカヲ大量ニ雇ッテル」
ここまで言えば分かるかな、とルナ・ピエーナはアーチャの顔をじっと見つめる。アーチャは組んでいた腕を下ろして深く頷いた。
「穏便に殺してくればいいんだね」
「フフ、物分カリガ良クテ助カル」
「親玉も消していいの?」
「イヤ、侯爵ガ雇ッタ輩カラ侯爵ニ雇ワレタト白状サセテ何人カ捕ラエテオイテクレ。公爵ハるなガ対応スルヨ」
「了解」
依頼を受けた俺たちはルナ・ピエーナのもとを離れ、伯爵が住んでいるという街外れの領地に向かった。そこにはルナ・ピエーナの手下である幼い女の子を模した人工生命体がすでにメイドとして働いているため、細かい指示はその人工生命体・トゥワノに聞けと言われた。
街を離れ、森を抜けた先には太陽に照らされた広大な草原が現れる。そこには青い屋根に白い壁の大きな屋敷がぽつんとひとつだけ建っていた。色とりどりの花に囲まれた庭には、蝶々が花々を物色しながら飛び回る。
「あれが伯爵のお屋敷だね」
「うむ」
建物の前に立ち、アーチャは扉を叩いた。しばしの沈黙の後、ゆっくりと扉が開かれた。だがそこには誰も立っていない。
「どちら様でしょうか」
足元から声が聞こえ、下を見るとアーチャよりも小さな女の子が扉から顔を覗かせていた。黒い髪を頭の上で丸く2つ束ね、くりくりとした黒い目がじっと見上げてくる。
「こんにちは、ここにトゥワノって名前の可愛い女の子が居るって聞いたんだけど」
「トゥワノは僕です」
「お前が…人工生命体…」
白と黒のフリフリした服を着た、見た目は人間の子供だ。ルナ・ピエーナの所にいた銃や刃物のような金属が混じった人間とは違う。見た目もプニプニしているし、どこにも金属は付いていない。
「人工生命体にも色々あるんだな」
「アナタのご主人様に頼まれたんだけど、分かる?」
アーチャは腰を屈めてトゥワノの顔を覗き込む。
「はい。僕について来てください」
踵を翻し、淡々とした口調で屋敷の中に招かれた。柔らかな陽の光に照らされ、真っ白な室内はすべてがぼんやりと輝いて見えた。いたるところに桃色の花が飾られていて、無駄な物が一切ない。
トゥワノの後をついていくと、一枚の肖像画の前に立った。オレンジ色の髪を後ろで小さく束ね、青い服を着た顔の整った若い男が描かれている。
「これがこの家の主、セロン・ソレイル伯爵です」
「ふ~ん結構若めの伯爵ね」
「セロン伯爵は真面目で正義感の強いお方です。多少の粗相は許してくれますから、罪人と魔神が何かやらかしても問題ないです」
「おチビちゃん、何気にバカにしなかった?」
「背は貴女の方が高いですが、胸はトゥワノより小ちゃいです。ミクロサイズです」
「んな!?」
アーチャは後ろに仰け反り、両胸に手を置いて口をわなわなと動かしている。一方トゥワノはフフンッと勝ち誇った顔でおっぱいを突き出すように腰に手を当て、アーチャに見せつけた。
「ルナ様には可愛さの最高傑作と言われています」
「ぐぬぬ…!作り物とはいえ何だろうこの敗北感」
「それにここではお二人とも私の後輩です。先輩の言う事を聞いてちゃんと仕事を覚えるです」
「こうはいとは何だ」
「後輩とは後からやってきた人や歳下の事です。先輩は後輩より先にそこにいた人です」
「うむ」
「ブラッドさんは物分かりが良くて助かります」
「…何故」
「お二人の名前と目的は先程ルナ様から教えていただきましたから知っています」
「そうか」
「では無駄話はこの辺にして、早速着替えてください。メイド服は用意してあります」
トゥワノはスカートの下から大きな麻袋を2つ取り出した。受け取ると更衣室という場所に連れて行かれ、それを着るようにと命じられて扉を閉められた。
袋の中にはトゥワノが着ていたのと同じ、白いふりふりしたものがついた何かと、黒い女物の服、黒い薄いズボンのようなものなどよく分からない物が入っていた。
見た目は人間になっている俺にこの小さな人間用の服が着れるのか不思議だったが、とりあえずトゥワノの服装を思い出して着替えた。
更衣室の奥にあった鏡を覗くと、メイド服なる装備をまとった俺の姿が映る。
「…幻覚でも服という概念が存在するのか…?」
よくは分からなかったが、便利な魔法なのだと理解した。スカートの部分を持ち上げる。足に風が当たる感覚とスカートを掴んでいる感覚はしっかりあった。
更衣室から出る。
ずっと同じ姿勢で待っていたのか両手を前で組み、背筋を伸ばした姿でその場に佇むトゥワノが居た。トゥワノは横目で俺を見た後、俺の前まできて身なりを整えてくれた。
「メイドは常に自分の身なりに気をつけるものです。スカートのシワやエプロンの汚れにも気をつけなくてはなりませんです」
「うむ」
「おまたせ~!」
扉が開き、アーチャが楽しそうに出てきた。しかし俺の姿を見た途端ピタッ!と動きを止めて目を見開いたまま硬直した。首を傾げながら見ていると、アーチャは俺を指差し叫ぶ。
「何で旦那様までメイド服!?しかも女物なの!」
「ダメだろうか…」
「いやむしろ萌えるけど!!執事じゃないんだっていう残念感も否めない」
「もえ…しつじ…?」
アーチャは頭を抱えて悩んでしまう。
俺は何だかアーチャに悪いことをしてしまった気がして、またスカートを掴んでパタパタと動かした。
「わけのわからない事を言ってる貧乳は放って置いて、次の場所に行きましょう」
「貧乳って言うなー!」
「悔しかったらもう少し大きくしたらいいです」
「うぐぐ!」
連れて来られたのは中庭だった。屋敷の外側の庭よりは小さいが、丁寧に扱われているのか雑草1つ生えていない。トゥワノはガゼボと呼ばれる屋根のついた休憩場所のような建物を指差した。そこにはアーチャと同じくらいの人間が座っていた。
長い銀の髪に藍色の瞳、肌は病的な程に白い少女。白いヒラヒラしたスカートの服を着ている。少女はか細い声で何かを口ずさみながらハサミを手に花を扱っていた。
「あれが目的の奴隷少女No.Ⅵシス」
「あの子も人工生命体…?なんだか普通の女の子みたいね」
「奴隷少女はルイス・ゴールドの人工生命体最高傑作です。特にNo.Ⅵは最も美しいと言われているです」
「へぇー」
シスの姿を確認した後、俺たちは場所を変えてトゥワノから詳しく話を聞いた。シスがこの屋敷に来たのは今から3年前、トゥワノはルナ・ピエーナの命令でその半年後からこの屋敷でメイドとして仕え、シスが兵器として起動しないように監視していたらしい。
この屋敷の主人セロン伯爵はシスをとても大切にしており、まるで夫婦のように仲睦まじく過ごしていた。ただここ数ヶ月の間、セロン伯爵やシスの様子を伺う不審な者やシスを誘拐しようとする者が現れ始めた。
トゥワノはメイド兼護衛としてシスに直接危害が及ばないようにしてきたが、最近は暗殺者まで屋敷に忍び込もうとするためアタマを叩く事にした。
侯爵ガストルが親玉だということは突き止めたが、ガストルはこの国の権力者でもあるため、もし自分達の前に現れても自分達がガストルが親玉であると勘づいている素振りを見せてはいけない。セロン伯爵が不利になるような立ち振る舞いもしてはいけないという事を、念押しに伝えられた。
「お二人の行動は、僕を通してルナ様に常時報告されます。くれぐれも問題は起こさないで欲しいです」
。
眩しい光が顔にかかる。
瞼を開けると目の前には、幼い子供のように無防備な寝顔を向けるアーチャの顔があった。白い肌は光に照らされて一層柔らかそうに見える。
誰かと一緒に朝を迎えるなど、今までにあっただろうか。この姿に生まれ落ちてから、唯の一度もない経験。アーチャと出会ったのはほんの数日前なのに、彼女は俺に沢山の経験と知識を与えてくれる。
キラキラと透き通った黄金のような髪に、そっと触れてみた。俺とは違うサラサラとした美しい髪を指に絡ませて遊んでいると、アーチャがふふっと息を漏らす。閉じていた瞼がゆっくりと開き、青い瞳が顔を出した。
「おはよう」
「おはよう」
「髪の毛触るの楽しい?」
「うむ」
「そっか」
短い言葉を交わし、俺は体を起こした。
手を動かして人の見た目になった自分に違和感が拭えない。あの黒い肌ではない、真っ赤な猛獣のような爪も人の爪と同じ小ささだ。
自分の手をまじまじと見ていた俺の横で、アーチャは体を起こした。ぐーっと伸びをして、ふぁ…っと欠伸を小さくこぼして口を覆う。
今日は例の悪女に会いに行く。
アーチャは髪をとかし、身だしなみを整えると俺に行こうと笑顔で声をかける。俺は頷き、アーチャの後ろを歩くようについて行った。
朝早くから人々は野菜や果物やらを詰めた木箱をせっせと運んでいる。夜の酒とたくさんの人間の臭いとは違い、風と香ばしい匂いに包まれた街を見回した。
アーチャが進んでいくのは建物と建物の間、陽の光が届かないそこは薄暗く歩みを進めるほど陰気な雰囲気になっていく。
「何故こんな場所を進むんだ?」
「アイツの居場所はこの国でも極秘なの、だから簡単に辿り着けない場所にあるんだな~」
「そうか」
「もう少し進んだら、アイツの縄張りになるから攻撃されるかもしれないけど私のそばから離れないでね」
「知り合いなのに攻撃してくるのか」
「長い知り合いでも弱い奴は嫌いなのよ」
アーチャはやれやれとため息を吐いた。
道を曲がり、高い建物に囲まれた真っ直ぐな道に出る。アーチャは両手に金の銃を出し、くるくる回しながら肘を曲げて顔の高さに構えた。それを待っていたように道がぐにゃっと曲がり、奥に重厚な鉄の扉が現れる。
左右の壁がいくつもボコボコと盛り上がり、そこから異形のものが形を作り出す。羽の生えた黒い球体が群れなす羽虫のように空を覆った。それはカッと血色の瞳を見開き、俺とアーチャを交互に見やる。
キキキキキキッ
「これはなんだ?」
「興味出ちゃった?」
アーチャは黒い空に向かって銃を構え、引き金に指をかけた。
「ゴミだよ」
バァン!!
空に真っ赤な穴が空く。
右は空を焼く業火を、左は弾丸を撒き散らす。アーチャは駆け出し、野良猫のように壁と壁を飛びながらゴミと呼ぶそれを叩き落とし燃やしていった。徐々に空が晴れていく。アーチャに向かって牙を剥くそれらもいたが、牙が及ぶ前に消える。
俺は黙ってアーチャを見上げていた。赤、青、黒、金…色んな色が眼に映る。俺に向かって飛んでくるやつがいたから、とりあえず手で払っておいた。
フギュ!っと声を上げて地面に打ち付けられたそれは、ピクピクと動くと消えた。
「旦那様!行くよ!」
アーチャが顔だけ振り返り、銃を持った手をふりこっちだと合図をすると扉に向かって走り出した。空は晴れたが、壁がまたモコモコと盛り上がり始めている。
それらは何度も生まれるらしい。
扉に辿り着くと、アーチャは飛び蹴りを食らわした。盛大な音を立てて弾け飛ぶように道が開かれた。
扉の中に飛び込み、アーチャは俺の腕を引っ張ると外に向かって引き金を引き炎を放った。太陽もくらむほどの光と熱が収まり、振り返れば扉は閉じて消えた。
「真っ暗だ。ここに悪女がいるのか?」
「もうすぐお迎えが来るよ」
真っ暗な中立ち上がると、目線の先にまた扉がある。紫色の霧のような光が隙間から漏れ出すその扉から、こちらに向かって光が順に点った。
周囲には筒のような大きなガラスの入れ物に入れられた魔物やら何やらの臓物のようなものが、水につけられていた。左右に無限に続くようにおびただしい数のソレが並んでいる。
「これはなんだ」
「研究資料兼、アイツのコレクション。 」
俺は獣のような見てくれのものが入れられた筒に近づいた。それにはたくさんの管がつけられている。
「生きているのか…?」
「死ねなくされてるってほうが正しいかな」
「死ねなくなってる。何故だ」
「さぁね~」
アーチャは興味がないと言う。
動いていない死んでいるように動かない。動けない?分からない…ただこれらから微かに生きているような気配を感じる事ができた。
「…俺のようだな」
生きているのに死んだように身を隠し生きてきた俺と、この水の中に閉じ込められたこれらは似ている。
「旦那様」
アーチャの声に振り返った。
扉の前には人のようなものが立っていた。
「お迎えきたよ」
白い服を着た人間の女に間違いないのだろうが、その頭は銃になっている。背中にもよく分からない刺さったガラス片のような金属の突起物が不規則に生えていた。
「あれも人か?」
「あれはアイツが作った人間もどき」
「人間もどき」
歩み寄ると、体は人と同じような皮膚で包まれているのに顔や背中、肩や腕の一部は間違いなく金属だ。俺はそれに話しかけた。
「話せるのか?」
それはうつむきながら首を左右に振った。カチャカチャと金属のぶつかる高い音が鳴る。
「うむ…不思議な生き物だ」
腕を組んでまじまじとそれを見つめると、それは体をそらす。銃口の部分が赤くなりそれは両手をばたばたと落ち着きなく動かした。
「も~!見過ぎ!」
アーチャが後ろから俺の腕を強く引いた。
「む」
「レディをそんなに見ないの!」
「れでぃ…?」
「女の人ってこと、ほら!おっぱいついてるでしょ」
それの胸元をビシッと指差す。おっぱいの有無が性別の決め手になるのか…と新しいことをまたひとつ学んだ。
それは扉に片手をそえる。すると扉から黒い荊のような鉄がそれの手に絡みつき、手と一体化した。ギギギッ…と重い音を立てて扉が開く。
それは"どうぞ"と軽くお辞儀をしたまま扉の中を手で指した。俺はそれに同じように軽く頭を下げて中に入った。
一言で言えば異様な空間だ。
真っ黒い鉄が何か意味を持って数え切れないほど組み込まれ、大きさも様々な紫色の水が入ったガラスの筒が見渡せるほど置かれている。よく分からない液体の入った瓶や針のついた小さなガラスの筒など、見たこともないが好意のもてない色んなものがあふれていた。
「相変わらずの趣味ぃ~…」
アーチャはうぇっとげんなりした顔で舌を出し肩を落とした。紫色の水の中には宝石が入ったもの、何かの手足や臓物、魔物、さっきいた人間もどきのようなものも入っている。
「ナンノ用カナ??」
天井からいきなり声が聞こえた。
驚いて顔を上げるが、そこには誰もいない。ただ大きな口が付いているだけだ。アーチャは腰に手を当ててその口に向かって話しかける。
「久しぶりに来てあげたのに冷た~い!」
「呼ンデナイノニ来タ相手ヲモテナス優シサハ、生憎持チ合ワセテナイヨ」
「ちぇ~、まぁいいわ。アンタに作ってもらいたいものがあるのよ」
「ホホゥ??ソレハソレハ」
「だから早く顔見せてくれる?」
「ソウカ、待ッテナ」
ガコン
大きな音。
重い音を立てて、部屋の奥にあった黒い鉄でできた大きな人型の像のようなもののお腹にあたる部分が開いていく。桃色の煙がふわっと立ち込め、薔薇の匂いが部屋を包み込んでいった。
扉が両側に完全に開くと、黒い大きな椅子に座る何かが姿を現した。黒いテカテカした体のラインが出る服、頭には大きな黒いリボンがついている。両腕両足には宝石を大量にあしらった腕輪や指輪。色は白く、桃色の髪はふわふわと長くて毛先の方が色の濃い薔薇のような桃色をしている。腕と足を組んだその人間には、大きなおっぱいがついているから女だと分かった。
女のおっぱいの間には、白い体に耳の先が紫、目は桃色の宝石のようなウサギのぬいぐるみのようなものが挟まっている。女と目が合うと、一瞬目を見開いたあとに俺をじっと見つめてきた。
「あれは…」
「あれがこの町の悪女」
「悪女トハ酷イ言イ草ジャナイカ。世界最悪ノ大罪人ドノ?」
女は立ち上がり歩み寄る。
「面白イモノヲ連レテイルネ」
「私の旦那様よ」
「旦那??コノバケモノガ??」
アーチャの言葉に目を見開き、口元に手を当てながら女は俺をまじまじと見てくる。俺は不思議な事に気がついた。
「口を動かさないのに話せるのか?」
「ン??口ヲ動カシテイルジャナイ」
「うむ…動いていない。」
女は体をそらし、おっぱいのウサギを指差す。
ウサギは顔を上げ両手と口を動かした。
「ホラ!!」
「…人じゃないのか…?」
「るなハ人間ダケド魔女ダヨ」
「ルナ?」
「あーもう!不思議ちゃん同士で話してたら埒があかないったらないわ!」
アーチャは痺れを切らし、俺と女の間に立つ。
「旦那様、こっちはルナ・ピエーナ。
世界でもトップ3にはいる魔女で、さっきの人間もどき"人工生命体"の作成者」
「イカニモ。今話シテル兎ハ魔道具ノヒトツ名前ハ"のって"意思伝達装置サ」
「話せないのか」
「話セナイワケジャナイ、魔ニ精通スル者ノ言葉ニハ自然ト魔力ガ込メラレテシマウカラネ。余計ナ魔力モ使イタクナイシ、無意識ニ相手ヲ従エルノモツマラナイノサ」
「言霊って言ってね、普通の人間でも言葉には不思議な力が宿る。魔力の高い人間は話すだけで相手に魔法をかけちゃうらしいんだ」
「そういうものなのか」
「マァネ」
片手で髪の毛を後ろに払い、ルナ・ピエーナという女は、話さない口をニコッと動かした。
「で、こっちは私の旦那様でブラッド」
「旦那…ネェ」
「アンタには見えてると思うけど、正体は"辺境の魔神"」
「辺境ノ魔神…アノ地方伝承レベルノ存在ガコレダト??」
「そうだよ、見たことない類でしょ」
「人狼トモ雪男トモ違ウナァ、竜ノヨウデ竜デナク悪魔ノヨウダガ悪魔デモナイネ」
ルナ・ピエーナはするりと俺の頬を撫でた。
「金ノ瞳…高位ナル者ニ与エラレルモノダ」
俺の瞳を覗き込む紫色の瞳は、何だか俺の奥深くまでを見ているようで身体中の毛が逆立つ感覚がする。添えられた手が熱い、まるで火のよう…
ドォン!!
何か大きな音がして、目も耳も真っ暗になり頭がぐらついた。鼻も痛い、顔が熱い、チカチカと視界は黒と赤を交互に写し始める。
「!?なっ…テメェ!!」
片方の耳には、焦ったアーチャの声とガチャリと銃を構える音が微かに聞こえた。ようやく状況が見えてきた。赤いのは煙で俺の顔を何らかの力で爆破させようとしたのだということ。鼻が痛かったのは、このキツイ燃える臭いを間近で嗅いだからか。
「何考えてんのよ!」
煙が晴れ、アーチャがルナ・ピエーナの頭に銃を強く突きつけているのが見えた。相当興奮しているのかアーチャはフゥフゥと荒く呼吸をしながら怖い顔をしている。
「大丈夫だ」
「!!旦那様っ」
俺が声をかけると、アーチャは眉を下げて悲しそうな驚いたような複雑な表情を向ける。それでも突きつけた銃を離すことはない。
「俺の頭はどうなっている」
「煙が出てる」
「壊れているか?」
「ううん、傷は無いよ」
ルナ・ピエーナは手を下ろした。
「至近距離デ爆破シタノニ無傷ダネェ」
「爆破したのか」
「これで死んじゃってたらどうすんのよ!」
「コンナコトデ死ヌヨウナ生物ナラ、君ハ旦那様ニナドシナイダロウ」
「…何が言いたいわけ」
アーチャは睨みつけるようにルナ・ピエーナを見上げる。銃を突きつけられた頭は、グッと押されて傾いた。
「君ガ一緒ニ行動スルナド…神以上ノ存在デナケレバ有リ得ナイデショ」
その言葉にアーチャは眉間のシワを深くする。
「殺すぞ」
「オォ、怖イ怖イ」
ルナ・ピエーナは両手を上げ肩をすくませてみせた。
「魔神ドノモ、コンナ鬼嫁ジャ苦労スルネ」
「アーチャはオニヨメという名前じゃないし、俺の名前も魔神じゃない」
「ン??」
「俺の名前はブラッドだ」
俺はすごく真面目に言ったのに、ルナ・ピエーナは目を見開き、ノッテは口をポカンと開けて固まった。そしてうつむき、腹を抱えて無言で体を震わせ始める。
「プフッ!コレハコレハスマナイネ辺境ノ魔神ドノ…フッ名前ハ最初カラアルノカイ??」
「アーチャがくれたものだ」
「ソウカイ、イイ名前ヲ貰ッタネ」
「気に入っている」
「旦那様ぁ~」
アーチャは顔を赤くしてオロオロしているから、ルナ・ピエーナから目線を外さずにアーチャの頭に手を置いた。
「辺境ノ魔神ハ御伽噺程度ノ存在デ、世界ヲ破滅ニ導ク魔神伝承ノ一ツダト思ッテイタンダケドネ」
「俺は世界を破滅させたりしない」
「可愛イ事ヲ言ウネ」
「俺は何もしない」
「フゥン…ソンナニ丈夫ナ体ヲモッテイルノニ、トテモ温厚ナンダネ君ハ」
「何故丈夫なのかは分からない」
「ホー…」
ルナ・ピエーナは指を鳴らした。
それを合図に黒い椅子がカタカタと音を立てて、こちらに近づいてルナ・ピエーナの後ろでぴたりと止まった。スッと座るのを確認した椅子はそのままルナ・ピエーナを乗せたまま元の場所に戻っていく。
そして沢山の突起物が付いた机に触ると、ウーッという高い音が鳴り始め、空間に光る四角い何かがいくつも浮き上がった。その四角には様々なものが映し出されているが、どれも俺が見たことないようなものばかりだ。
「あーちゃ、今回ノ依頼ハぶらっど絡ミデイイノカナ??」
「そうだけど」
「デ??具体的ナ内容ハ」
「旦那様におち○ちんを生やしてほしいの」
「………ハ…??」
「だから!おち○ちん!!」
真剣なアーチャの願いに、ルナ・ピエーナはあ~う~と唸り声をあげると机に片肘をつきながら頭を抱えた。何か悩んでいるような呆れたような様子だ。
「何故、男性器ガ必要??」
「旦那様の子どもを産むためよ」
「アーチャが俺の子どもを産むのに、そのおち○ちんというものが必要らしい」
「ツイテナイノカイ??」
「旦那様には付いてなかったのよ」
「マズ何故欲シイ」
「旦那様と約束したの、私が子ども産んであげるから一緒に旅に出ようって」
「くれいじーダネ君達」
ルナ・ピエーナは背もたれによしかかりながら、ジトーッと呆れた顔で俺たちを見た。
「子どもを作るためにはおち○ちんがどうしても必要なの!だから旦那様に究極のおち○ちんを生やしてほしいの!お願い!!」
アーチャが顔の前でパン!っと手を合わせた。俺もそれを見て同じようにお願いしてみた。ルナ・ピエーナは大きなため息を吐く。
「えろ本ミタイニ、魔神トカ悪魔トカニハ凄イ魔羅ガ付イテル訳ジャナインダネ」
「やってくれる?」
「マァ、るなモぶらっどノ体ハ気ニナル」
「じゃあ…!」
「分カッタヨ」
「やったー!ありがとう!」
アーチャは満面の笑みで飛び跳ねながら両手を上にあげて喜んでいる。ルナ・ピエーナは針の付いたガラスの筒を手に持って、瓶から何か液体を吸い上げながらまた口を開いた。
「タダシ、始メル前ニ一ツ頼マレテクレ」
ピタッ!とアーチャは動きを止め、顔を曇らせる。
「どんな…お願いでしょうか…」
「奴隷少女ッテ知ッテイルカナ?」
「いや、はじめて聞くけど」
「モニターヲ見テクレ」
あの四角いものはモニターと言うらしい。アーチャと変わらない年齢の幼い女の子が映し出された。
ルナ・ピエーナの話では、
この奴隷少女シリーズと呼ばれる少女は錬金術の天才であり、人工生命体の第一人者ルイス・ゴールドが作製した人型兵器である。今から300年前、世界戦争が行われていた時代に作られ全部で7体の奴隷少女が存在していたが、その内の6体は兵器として使用されもうこの世には存在しない。
モニターに映し出された少女は、何らかの事情で使用されなかった生き残りで最近発見されたということ。この少女が兵器としての力を発揮すれば、この国の半分はきれいに吹き飛んでしまうほどの力を持っているそうだ。
「コノ子ハ今、コノ国ニイル。奴隷少女ト知ラズニ違法おーくしょんデ出品サレテイタノヲ、コノ国ノ伯爵ガ購入シタンダ」
「それで?私たちは何をすればいいわけ?」
「最初コノ子ガ国ニ入ッタ時ハ、スグニ確保シヨウト思ッタンダケドネ。中々伯爵ドノハ上手ク扱ッテイテネ…見守ル事ニシテイタンダ」
ルナ・ピエーナは残念そうに腕を組みながらモニターを見上げた。
「兵器少女奴隷ヲ知ル者ハ居ナイカラ、ソノママニシテイタンダガ。最近コノ子ニチョッカイヲ出ス輩ガ出テキタ。其奴ラカラ守ッテ欲シインダ」
「この子を捕獲しなくていいの?」
「捕獲シタラ、キット彼女ハ起動シテシマウ」
「起動…?目を覚ましているなら、もう起動してるんじゃない」
アーチャの問いかけに、静かに首を左右に振る。
「彼女達ノ兵器トシテノ起動ハ、絶望ガ頂点ニ達シタ時ダ」
ルナ・ピエーナは言い聞かせるような静かな口調で話しを続けた。
「奴隷少女ハ、ソノ名ノ通リ…奴隷トシテたーげっとニ売リツケラレル。ソコデハ目モ当テラレナイヨウナ扱イヲ受ケ、悲シミヤ恐怖、絶望ガ頂点ニ達シタ時ニ自ラ爆発シテシマウノサ」
手をぐっと閉じ、パッと開いて爆発をイメージさせた。アーチャは腕を組み考えるように顔を強張らせる。
「そんな危険なモノなら、なおさら破壊するか捕獲した方がいいんじゃないかな」
「愛シ合ウ2人ヲ引キ離スノカイ?」
「だってそんな兵器なら、その伯爵もただじゃ…」
「伯爵ハ彼女ガ兵器トハ知ラナイ。可愛ソウナ女ノ子ヲ買ッテ、トテモ優シク接シテイルシ彼女ニ恋シテル。
彼女モマタ優シイ伯爵ニ恋シテル。らぶらぶナウチハ、彼女ガ起動スル事ハナイダロウ」
「まぁ、アンタがそう言うなら」
「既ニ屋敷ニハ、るなノ可愛イ人工生命体ヲ1人忍バセテイル。あーちゃトぶらっどハ伯爵ノ家ニ潜入シテ、彼女ト伯爵ヲ守ッテアゲテクレ」
「敵の詳細は?掴めてるの?」
「抜カリナク。敵ハじょるまざノ侯爵がすとる。何処カラカ彼女ノ情報ヲ聞キツケタミタイナンダ、がすとるハ殺シ屋ヤ盗賊団ナンカヲ大量ニ雇ッテル」
ここまで言えば分かるかな、とルナ・ピエーナはアーチャの顔をじっと見つめる。アーチャは組んでいた腕を下ろして深く頷いた。
「穏便に殺してくればいいんだね」
「フフ、物分カリガ良クテ助カル」
「親玉も消していいの?」
「イヤ、侯爵ガ雇ッタ輩カラ侯爵ニ雇ワレタト白状サセテ何人カ捕ラエテオイテクレ。公爵ハるなガ対応スルヨ」
「了解」
依頼を受けた俺たちはルナ・ピエーナのもとを離れ、伯爵が住んでいるという街外れの領地に向かった。そこにはルナ・ピエーナの手下である幼い女の子を模した人工生命体がすでにメイドとして働いているため、細かい指示はその人工生命体・トゥワノに聞けと言われた。
街を離れ、森を抜けた先には太陽に照らされた広大な草原が現れる。そこには青い屋根に白い壁の大きな屋敷がぽつんとひとつだけ建っていた。色とりどりの花に囲まれた庭には、蝶々が花々を物色しながら飛び回る。
「あれが伯爵のお屋敷だね」
「うむ」
建物の前に立ち、アーチャは扉を叩いた。しばしの沈黙の後、ゆっくりと扉が開かれた。だがそこには誰も立っていない。
「どちら様でしょうか」
足元から声が聞こえ、下を見るとアーチャよりも小さな女の子が扉から顔を覗かせていた。黒い髪を頭の上で丸く2つ束ね、くりくりとした黒い目がじっと見上げてくる。
「こんにちは、ここにトゥワノって名前の可愛い女の子が居るって聞いたんだけど」
「トゥワノは僕です」
「お前が…人工生命体…」
白と黒のフリフリした服を着た、見た目は人間の子供だ。ルナ・ピエーナの所にいた銃や刃物のような金属が混じった人間とは違う。見た目もプニプニしているし、どこにも金属は付いていない。
「人工生命体にも色々あるんだな」
「アナタのご主人様に頼まれたんだけど、分かる?」
アーチャは腰を屈めてトゥワノの顔を覗き込む。
「はい。僕について来てください」
踵を翻し、淡々とした口調で屋敷の中に招かれた。柔らかな陽の光に照らされ、真っ白な室内はすべてがぼんやりと輝いて見えた。いたるところに桃色の花が飾られていて、無駄な物が一切ない。
トゥワノの後をついていくと、一枚の肖像画の前に立った。オレンジ色の髪を後ろで小さく束ね、青い服を着た顔の整った若い男が描かれている。
「これがこの家の主、セロン・ソレイル伯爵です」
「ふ~ん結構若めの伯爵ね」
「セロン伯爵は真面目で正義感の強いお方です。多少の粗相は許してくれますから、罪人と魔神が何かやらかしても問題ないです」
「おチビちゃん、何気にバカにしなかった?」
「背は貴女の方が高いですが、胸はトゥワノより小ちゃいです。ミクロサイズです」
「んな!?」
アーチャは後ろに仰け反り、両胸に手を置いて口をわなわなと動かしている。一方トゥワノはフフンッと勝ち誇った顔でおっぱいを突き出すように腰に手を当て、アーチャに見せつけた。
「ルナ様には可愛さの最高傑作と言われています」
「ぐぬぬ…!作り物とはいえ何だろうこの敗北感」
「それにここではお二人とも私の後輩です。先輩の言う事を聞いてちゃんと仕事を覚えるです」
「こうはいとは何だ」
「後輩とは後からやってきた人や歳下の事です。先輩は後輩より先にそこにいた人です」
「うむ」
「ブラッドさんは物分かりが良くて助かります」
「…何故」
「お二人の名前と目的は先程ルナ様から教えていただきましたから知っています」
「そうか」
「では無駄話はこの辺にして、早速着替えてください。メイド服は用意してあります」
トゥワノはスカートの下から大きな麻袋を2つ取り出した。受け取ると更衣室という場所に連れて行かれ、それを着るようにと命じられて扉を閉められた。
袋の中にはトゥワノが着ていたのと同じ、白いふりふりしたものがついた何かと、黒い女物の服、黒い薄いズボンのようなものなどよく分からない物が入っていた。
見た目は人間になっている俺にこの小さな人間用の服が着れるのか不思議だったが、とりあえずトゥワノの服装を思い出して着替えた。
更衣室の奥にあった鏡を覗くと、メイド服なる装備をまとった俺の姿が映る。
「…幻覚でも服という概念が存在するのか…?」
よくは分からなかったが、便利な魔法なのだと理解した。スカートの部分を持ち上げる。足に風が当たる感覚とスカートを掴んでいる感覚はしっかりあった。
更衣室から出る。
ずっと同じ姿勢で待っていたのか両手を前で組み、背筋を伸ばした姿でその場に佇むトゥワノが居た。トゥワノは横目で俺を見た後、俺の前まできて身なりを整えてくれた。
「メイドは常に自分の身なりに気をつけるものです。スカートのシワやエプロンの汚れにも気をつけなくてはなりませんです」
「うむ」
「おまたせ~!」
扉が開き、アーチャが楽しそうに出てきた。しかし俺の姿を見た途端ピタッ!と動きを止めて目を見開いたまま硬直した。首を傾げながら見ていると、アーチャは俺を指差し叫ぶ。
「何で旦那様までメイド服!?しかも女物なの!」
「ダメだろうか…」
「いやむしろ萌えるけど!!執事じゃないんだっていう残念感も否めない」
「もえ…しつじ…?」
アーチャは頭を抱えて悩んでしまう。
俺は何だかアーチャに悪いことをしてしまった気がして、またスカートを掴んでパタパタと動かした。
「わけのわからない事を言ってる貧乳は放って置いて、次の場所に行きましょう」
「貧乳って言うなー!」
「悔しかったらもう少し大きくしたらいいです」
「うぐぐ!」
連れて来られたのは中庭だった。屋敷の外側の庭よりは小さいが、丁寧に扱われているのか雑草1つ生えていない。トゥワノはガゼボと呼ばれる屋根のついた休憩場所のような建物を指差した。そこにはアーチャと同じくらいの人間が座っていた。
長い銀の髪に藍色の瞳、肌は病的な程に白い少女。白いヒラヒラしたスカートの服を着ている。少女はか細い声で何かを口ずさみながらハサミを手に花を扱っていた。
「あれが目的の奴隷少女No.Ⅵシス」
「あの子も人工生命体…?なんだか普通の女の子みたいね」
「奴隷少女はルイス・ゴールドの人工生命体最高傑作です。特にNo.Ⅵは最も美しいと言われているです」
「へぇー」
シスの姿を確認した後、俺たちは場所を変えてトゥワノから詳しく話を聞いた。シスがこの屋敷に来たのは今から3年前、トゥワノはルナ・ピエーナの命令でその半年後からこの屋敷でメイドとして仕え、シスが兵器として起動しないように監視していたらしい。
この屋敷の主人セロン伯爵はシスをとても大切にしており、まるで夫婦のように仲睦まじく過ごしていた。ただここ数ヶ月の間、セロン伯爵やシスの様子を伺う不審な者やシスを誘拐しようとする者が現れ始めた。
トゥワノはメイド兼護衛としてシスに直接危害が及ばないようにしてきたが、最近は暗殺者まで屋敷に忍び込もうとするためアタマを叩く事にした。
侯爵ガストルが親玉だということは突き止めたが、ガストルはこの国の権力者でもあるため、もし自分達の前に現れても自分達がガストルが親玉であると勘づいている素振りを見せてはいけない。セロン伯爵が不利になるような立ち振る舞いもしてはいけないという事を、念押しに伝えられた。
「お二人の行動は、僕を通してルナ様に常時報告されます。くれぐれも問題は起こさないで欲しいです」
。
応援ありがとうございます!
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