金色のライフレコード

おいなり

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正義の伯爵と純白の兵器①

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それからトゥワノは、屋敷の中を説明してくれた。どの部屋では何をしてはいけないのか、メイドとしての立ち振る舞いをみっちりと教えられた。

「間もなくセロン伯爵が帰って来られます。その時になったら呼びますから、お二人はまずお屋敷の掃除をしていてください」

ズイッと突き出された箒と、掃除のための道具が入った腰につける小さな鞄を渡された。中には洗剤や雑巾という掃除に必要な物が入っているという。
トゥワノに案内され、アーチャはトイレに連れて行かれた。屋敷にはトイレや洗面所、お風呂が沢山あるためアーチャは水回りの掃除を任されることになった。

「この私が…トイレ掃除をさせられるなんて」

「掃除はメイドの基本です。貴女が何であれ、今はメイドなのですからしっかりピカピカに掃除してください」

「ぐぬぬぬ…分かったわよ!」

アーチャは渋々トイレに入るなり勢いよく扉を閉めた。中からは苛立ったような叫びにも似た罵詈雑言が聴こえてきたが、トゥワノは何事も無かったかのように俺を連れてその場を後にした。

「ブラッドさんはお掃除の経験はありますか?」

「いや、初めてだ」

「掃除をする魔神なんて御伽噺でも聞いたことないですからね。貴方が世界初の掃除をした魔神になるです」

「それは何か良いことなのだろうか」

「はい」

「そうか」

掃除をするのは良いことらしい。
掃除とはどんな事をするのか、歩きながら少し嬉しい気持ちになった。屋敷の奥、俺の何倍もある大きな木の扉の前に来た。トゥワノは顔色1つ変えずにその扉を片手で押し開ける。扉はギィーッと軋むような音を立てた。

「ブラッドさんにはこの書庫をキレイにしてもらいます」

高い天井にはキラキラした大きな何かが付いている。その下には山のように高い木でできた何かがぐるりと置かれていた。俺は見たことのないそれに興奮したのだろう、トゥワノにあれは何だこれは何だと聞き続けた。
トゥワノは嫌な顔ひとつせずに、淡々と物の名前を教えてくれた。あの高い物は本棚、壁に貼られた絵は地図、机にあるのはノート、羽ペン、ローソク立て…。

「貴方は知らない事がたくさんありますね」

「トゥワノは何でも知っているな。どうやってそんなに沢山の事を知ったんだ?」

「僕の知識はルナ様に貰ったものです」

「魔女というのは知識を与えられるのか?」

「僕は人工生命体ホムンクルスです。生まれる前からルナ様が僕の脳に知識を与えてくれたんです」

「生まれる前から何でも知っているという事か」

「何でもではありません。僕の知らない事なんてまだまだたくさんあります」

トゥワノは本棚を指差し、掃除をしながら少しここで本を読んではどうかと提案してくれた。知識を得るには人から聞いたり体験する事はもちろん大切だが、本はそれらを文字や絵で教えてくれる。俺が世の中の事を知識として知るには良い機会だろうと言った。

「だが掃除をしなくてはならないのではないか?」

「1日で掃除できなくてもいいです。掃除をしながら興味がある本を物色すれば一石二鳥です」

「うむ、ではそうさせてもらおう」

「本は繊細ですから、乱暴に扱ったり火には気をつけてくださいです」

それだけ言い、トゥワノは書庫から出て行った。1人残された俺は本に囲まれたこの空間を見回して、まず何から始めれば良いか考える。

「掃除しながら、か」

トゥワノに教わった通り、まず埃を落とすことにした。目標は1番高いところから順番に下に向かって掃除をしていく事だ。

ぐっと足に力を込めて跳ぶ、化け物の俺3個分ほどの高さの本棚の上には一度の跳躍では届かなかった。途中の棚に足をかけてまた跳ぶ必要があった。跳んだのはあの山に隠れる前だったから、もう体がどれほど動けたか忘れ始めている。

本棚の天辺から下を見下ろした。

「…鈍ったな」

棚の上についた手には、毛が生えていた。
上から見回せばそこは雪が積もったように埃にまみれていて、下から見上げた印象とは大きく異なった。

「ふむ…これは汚れているんだな」

足で避けると、埃は塊になる。ハタキを使うより箒で掃く方が早いと思った。

「まずは埃を落とすか」




「な~んで私がトイレ掃除なんて」

アーチャはブツブツと文句を言いながら、乱暴にデッキブラシで床を磨いていた。

「やってますね、感心したです」

「はぁん?」

かれられた声に振り返ると、いつ現れたのかトゥワノが扉を背にして立っていた。アーチャは不貞腐れた顔のまま、じーっと睨むようにトゥワノを見る。
トゥワノはそんなアーチャの視線を意に返すこともなく、大きな目で見つめ返した。

「ふん!こちとら誰かにお仕えするあ・げ・く、トイレ掃除までさせられて気分最悪よ」

アーチャは嫌みたらしくそう言うと、ツーンとそっぽを向いた。

「ルナ様にお願いするには足りないくらいです。もっと立場をわきまえる事を学びやがれです」

「んなっ?!ぐぬぬぬ、人工生命体ホムンクルスのくせに生意気なことおー!」

憤慨するアーチャに、トゥワノは呆れたように溜息を吐く。可哀想なものを見るように、瞼を落としてじとーっと視線を送った。
 
「人間の腹から産まれただけで調子に乗るなんて、程度が知れますね貧乳」

「にゃにおー!!」

「造られたから自分より劣っていると判断するなんて、中身のスカスカな思考です。自身が優れていると思っている無能か、自身を嫌悪する悲観主義者です」

「口の達者なお人形ね」

「相手を怒らせるような事を言いたがるのもまた無能です。かまってちゃんなら他所でやれです」

トゥワノはまた溜息をつき、両手を上にむけ肩をすくめてやれやれと首を左右に振る。その様子を見たアーチャは、額に青筋を浮かべ、わなわなと震えながら睨みつけた。
 
「アンタ、私に喧嘩売りにきたわけ…?」

「喧嘩売る価値もねぇです。罪人と戯れ合うほど、僕は暇じゃないのです」

「じゃあ何しに来たのよ!」

「今後の事をお話しにきました」

「先に言いなさいよ!」

「ぎゃーぎゃー喚くなです。まず、今に至るまでのお話をさせてもらいます」

人を見下した態度をとるトゥワノに、アーチャはチッと大きく舌打ちをし早く話しなさいと腕を組んだ。

奴隷少女アリスハートを狙って敵が動き始めたのは、321日前…10ヶ月と1週間前からです」

最初はシスと外に出た時、男達に囲まれてシスが誘拐されそうになり、それを知ったセロン伯爵は、必ず従者がひとり以上シスと共に外に出るよう命じられた。

それから半年が過ぎた頃、買い出しに出ていた従者が半日経っても戻ってこない事があった。従者が手分けして探しに行くと、消えた従者は街外れの廃屋に血の海に沈められた形で惨殺されていた。

手足は全て逆に折られ、両目と舌を抉り取られたまま叫び声を上げた顔で絶命していたのだ。壁には血の文字で"いずれこうなる"と書かれているのを見たセロン伯爵は、シスを屋敷の中に閉じ込めた。またその事実を知った従者たちは、我が身に降りかかる事を恐れて屋敷を去った。

残ったのはトゥワノとセロン伯爵と外出中の執事長ブルーノ、メイドのマロエッタ、料理人ブロテットの4人だけになってしまった。

トゥワノの使命はシスを監視し、起動を防ぐ事。裏ではルナ・ピエーナが調査を続け、侯爵・ガストルが何らかの事情でシスを欲しがっているという事を突き止めた。ただしルナ・ピエーナは立場上、直にセロン伯爵に情報を伝えることもガストル侯爵を処罰することもできない。

「貴方達がこの街に来たのは好都合でした。街の人間であれば、暴漢を殺してしまえばガストル侯爵に尻尾を掴まれて処罰されてしまいます」

「その侯爵って、そんなに権力あるの?」

「ガストル侯爵は莫大な金を持っています、王族に毎年凄い額の上納金を支払って侯爵の中でも一番の権力者となっています」

「ふ~ん、でもそれなら伯爵に罪を着せて消した方が早くない?」

「ごもっともな意見です。ですがセロン伯爵は国での人気が高く、第一皇子ユーディリヒ様の親友でもあります。セロン伯爵は実直な方なので、罪を騒ぎ立てても王族側が擁護する可能性が高いでしょう」

「そうなると自分の首が危ないか」

「あくまでも権力は大公にありますからね、大公を敵に回すのは避けたいでしょう」

「にゃるほど」

「今までは僕と執事長が賊を追い払っていましたが、そろそろ彼方も業を煮やしているでしょう。これからはこちらから動きます」

「相手の居場所わかってるわけ?」

「何グループかのゴロツキを雇っていますから、まずはそれを叩いて追い詰めます」

「オッケー!そういう方が得意なのよね」

殺せると分かると、アーチャはにこやかに笑う。

「ゴロツキが殺されてもガストル侯爵は自分がそんな輩に繋がっている事を悟られないよう、公には何もできない筈です」

「いいねいいねー」

「ただし、ここからはルナ様の指示のもとでの行動になります。屋敷の者には悟られないようにして下さい」

「りょーかい」

トゥワノはメイド服の中から封筒を取り出し、アーチャに手渡した。黒地に金の飾りがついた封筒には、金色の封蝋にLの模様が付いている。

封を開けると封筒と同じような真っ黒いカードが入っており、取り出すとそこに金の魔法陣が出現した。魔法陣から放たれた光が地図を映し出す。ジョルマザ公国界隈の地図だ。その所々に強く光る点があり、賊の居場所を表している。

「この大きい点以外のちっちゃい点々は?」

「点々は今まで対峙した賊です。賊が固まっている所の光は大きくなって、個人だけなら小さな点々になります」

「あー便利ね」

「ルナ様から頂いた武器には、殴った相手の場所を追跡できる魔法を施して貰いましたから」

「とりあえずこいつらはみんな殺していいわけ?」

「1人2人は捕まえてください、ルナ様に引き渡します」

「はーい」

「…本当に大丈夫ですか?」

「何?心配してくれてるの?」

「いえ、貴方は馬鹿そうなのでちゃんと指示通りに従えるのか不安なだけです」

「馬鹿とはなによ!」

「馬鹿は馬鹿ですよ馬鹿」

「キー!3回も言うなー!」



掃除を終えてから、沢山の本の中から読みたい本を選んだ。童話から図鑑、哲学書、生活の知恵、教養書など、床に座りながら気付けば何十冊も読んでいた。

ページをめくるたびに新しい知識がどんどん流れ込んでくる。特に図鑑は面白かった、見たこともない動物や魔物の名前、その特徴が事細かに書かれていた。生活の知恵も良かった、身の回りの物の名前と使い方などがよく分かった。

キィ…と大きな扉が静かに開いた。
視線を向けると、あの少女がいた。一生懸命重たい扉を開け、体が入る広さまで開いた時、俺と目があった。彼女は驚いた怯えた顔をして硬直してしまった。こういう時は声をかけるべきか…

「別に何もしない、入るなら入れ」

彼女は戸惑ったように眉を下げる。

「だ…だれ…ですか」

「俺はブラッド、今日屋敷に来たばかりだ」

「メイドさん…?」

「今はメイドという立場だな」

彼女、シスは少し考えこんでからおずおずと書庫に入ってきた。だがまだ怖がっているのか、胸の前で手を組んで下ばかり見ている。

「お前は誰だ」

「えっ…あの…シス、です」

「そうか」

名前を聞いて、俺はまた本に目を落とした。
教養書のマナーに書かれていたとおりに自分から名乗って名前を聞いた、初対面の挨拶はこれで十分なはずだ。だがシスは小さく声を上げながら、あの…その…と呟きを繰り返している。

少しして、人の気配が近付いた。シスは俺から少し距離をあけて俺の斜め向かいにしゃがんだ。俺は顔を上げ、シスの方を向く。

「それ以上は近づくな」

「あ…ごめんなさい」

シスは悲しそうに顔を伏せた。

「何故謝る」

「え、だって…貴方の嫌な事をしたから」

「嫌な事をしたのか」

「?今近づくなって言ったから、私が近づいたの嫌でしたよね…」

「俺は別に嫌ではない、アーチャに女が近づいたら追い払えと言われている」

俺がそう言えば、シスはキョトンと目を見開いた。

「そうだったんですか」

「だから言われたように対処した」

「えっと、じゃあブラッドさんから近付いてくれますか?」

「ん?」

「そのアーチャさん?の言いつけでは私から貴方に近づく事は、約束を破ることになってしまいますから」

「なるほど、賢い考え方だ。だがお前は俺が怖くないのか?」

「ごめんなさい、ずっと知らない人とお話しする機会が無かったから…どうお話しをしたらいいのか分からなくて」

「そうか」

俺は本を閉じ、積み上げた本の塔に置いた。
シスの側に寄り、シスと同じようにその場に向かい合うようにしゃがんだ。遠くに見た時から思っていたが、髪も肌も本当に陶器のように白い。その中で唯一藍色の瞳だけが吸い込まれそうなほど深く澄んだ色をしている。

「ブラッドさんはどうしてここに?」

「依頼された」

「依頼…ですか?」

「そうだ」

「どういった依頼なのでしょうか」

シスは不安そうな声で俺に尋ねてきた。
穏便にしろと言われていたな…、それであれば正直には言わない方がいいのだろうか、少し考える。

「お前たちを守るよう言われた」

「本当…ですか?」

「嘘はついていない」

俺の言葉が腑に落ちないのか、シスもまた考え込むような素振りをみせた。目を閉じて口を固く結ぶ。

「俺だけじゃない、アーチャもいる」

「そのアーチャさんと言うのは、どなたです?」

「俺の嫁だ」

「お嫁…さん…?」

「あぁ」

シスはまた考え込んだ。
そして首を左右に振り、泣きそうな顔で俺を見た。

「本当にセロン様を…守ってくださいますか…?」

「うむ」

ぽろぽろとシスの目から涙が落ちた。ハの字に歪んだ眉と反対に顔は笑っている。両手を顔の前で合わせるようにして口元を隠しながら、シスは何度もありがとうございますと言った。

「何故泣く」

「もう誰も…助けてくれないと思っていたから、お屋敷の人達もほとんど居なくなってしまって…もう私は、あの人の側に居られないと思って」

「まだ助けたわけじゃない、お前たちを苦しめる者が居なくなるまでは感謝する必要もない」

「いいえ、助けてくれようとするその気持ちだけでも…私はとても嬉しいんです」

だからありがとうと言わせてください、そう話すシスの言葉は俺にはまだ分からなかった。こうして接していると、人間も人工生命体ホムンクルスも大きく変わらないのだと感じる。

泣いているシスに何を言えばいいのか分からず、シスの泣き顔を黙って見ていた。すると体への凄まじい衝撃とともに、俺は吹き飛ばされた。

「なんでシス様が泣いているですか」

本棚に激突した拍子に本棚の本が何冊も俺に降り注いだ。

「ブラッドさん!?」

シスの叫び声が聞こえる。
本を避けて這い出ると、ゴゴゴゴゴッと凄みのあるオーラを放ちながら無表情のまま怒ったような口調と目線を俺に向けるトゥワノがいた。

「何したですか…返答によっては容赦しねぇです」

「違うのトゥワノさん!私が勝手に泣いただけで」

「どんな事情であれ、シス様が泣いたりしたらセロン様が悲しまれます」

「そ、れはそうかもしれませんけど…」

本をよけて2人に近づく。トゥワノが無言で威圧してくるのを、シスがトゥワノに抱きついて止めようとしている。

「守ると言ったら泣かれた」

「はぁ…?」

「本当なのトゥワノさん!」

トゥワノはしばらく黙って俺を見てから、

「分かりました、今回はそれで納得します。今後は疑わしい行動はとらないでください」

「あぁ」

「ごめんなさいブラッドさん、私のせいで…」

シスはまた泣きそうな顔をした。泣かれるとトゥワノが怒る、俺は咄嗟に持っていた雑巾でシスの顔を拭いた。

「わぶっ!?」

トゥワノは目と口を大きく開いてヒッと息を吸い込んだと思えば、すぐに俺の手を叩き落とした。雑巾が落ちたシスの顔には埃と汚れが付いていた。強く吹きすぎたのか鼻が赤みを帯びている。

そのあと、なぜかまた俺はトゥワノにボコボコにされた。



「セロン伯爵が戻られました。タイミングを見て呼びますから、そこの廊下に突っ立ってて下さいです」

機嫌の悪いトゥワノは俺とアーチャを軽蔑したような目で見た後、
応接室の扉を乱暴に閉じた。アーチャは汚れてヨレヨレになった俺の服を見て、ギョッと目を見開いた。

「どーしたの旦那様」

「トゥワノに怒られた」

「なんで!?」

「シスを泣かせるなと言われたから、涙を雑巾で拭いたら怒られた」

アーチャは遠い目をしながらあ~…と残念そうに呟いた。

「それはダメだよ旦那様、アウト」

「そうらしいな」

「雑巾は汚い所に使うから、絶対人に使っちゃダメだよ」

「アーチャも怒るか」

「うん、私だったら殺してる」

「そうか」

教養書には載っていないことがまだまだたくさんあるらしい。雑巾で人を拭いてはいけないと、俺の中に記録した。廊下に立たされている間にアーチャが身なりを整えてくれた。

そうこうしていると応接室の扉が開いた。トゥワノは無表情で部屋の中に入るよう手で部屋の中を指す。アーチャは一度お辞儀をして失礼しますと愛想良く部屋の中に入った。俺もアーチャと同じように頭を下げ、失礼しますと言ってからアーチャの隣に並んだ。

椅子に座った肖像画と同じ男と、その横には燕尾服を着た中年の男が立っていた。2人は一瞬目を見開いたがすぐに厳格な面持ちに変わる。中年の男がトゥワノに声をかけた。トゥワノは軽く頭を下げた後、俺たちに手を指しながら話を進めた。

「では紹介させていただきます。この方がアーチャ・クリムゾンさん、そしてもうひと方がブラッド・クリムゾンさんです。私の叔母の紹介で身一つでこちらに来たため、セロン様、ブルーノ様にお話できず申し訳ありませんです」

「いや構わん。今は人手が足りないのでな、お前の紹介なら問題ないだろう」

「ありがとうございます」

ブルーノと呼ばれた男が俺たちに近づいた。

「お初にお目にかかります。私はソレイル家の執事長を務めております、ブルーノと申します」

ブルーノは深々とお辞儀をする。

「2、3お聴きしたいのですがよろしいですかな?」

「はい、構いません」

「お2人は夫婦と聞いていますが、何故夫婦揃ってこのお屋敷にいらして下さったのでしょうか?」

「それは…私と旦那様には身寄りがなく…故郷の村では食い扶持がありませんでした」

「そうでしたか。失礼ですが御出身はどちらで?」

ブルーノの声は優しげだが、目の奥では冷静に俺とアーチャを見定めている。アーチャが言っていることはデタラメだ、しかしそれを悟られないようにアーチャは顔色ひとつ変えずに応対した。

「山向こうにあるナギア村です」

「そんな遠くから、ようこそおいで下さいました。」

「恐縮です、執事長様」

2人はニコニコと愛想のいい笑みを浮かべて微笑み合っている。そんな雰囲気をブルーノの一言が打ち砕いた。

「食い扶持がなくこちらにいらしたとの事ですが、貴女は両腕に金の腕輪をはめておられる。素人の私から見てもとても上等な品に見えるのですが…本当にただ働く為にここにいらしたのでしょうか?」

ブルーノの言葉にアーチャの笑顔がスッ…と引いた。
横でやり取りを見ていたトゥワノは焦ったように息を吸い、その場を切り抜けるためのキーワードを探しているのだろう。

「お答えいただけますかな?」

ドンッ

場を切り裂く大きな音に全員がその方向を見た。
椅子に座って傍聴していたセロンが椅子の肘部分を拳で強く叩いたようで、険しい顔で叩いた拳を握りしめながらこちらを見ていた。

「疑うような物言いはやめろ!ブルーノ」

「しかしですなセロン様、現状疑うのは当然の」

「トゥワノが連れてきた、それ以上に信頼できる証拠があるか!」

ブルーノの言葉を遮り、セロンは強い口調で言い放つ。
目線をブルーノから外さず、椅子から立ち上がりこちらに歩み寄ってきた。そしてブルーノを押しのける様に胸もとを手で押しやり、目で退がれと合図をした。ブルーノは憂顔を浮かべていたが、無言のまま軽く頭を下げ数歩下がった。

「俺の従者が無礼な事を言った。すまなかったな」

「いいえ、滅相も無いです」

アーチャはまたニコニコと愛想よく返事をした。
セロンはアーチャにフッと口元を緩めたあと、俺の方を向いた。

「俺はセロン・ソレイル、この屋敷の主人だ。遠路遥々来てくれた事、嬉しく思う」

「いや、問題ない」

「ちょっ!旦那様」

「はは!気にするなアーチャ、俺にそこまで礼儀を尽くさなくても構わん」

「そうか」

「真に受けないで欲しいです、ブラッドさん。セロン様は御主人様なのですから敬意ははらってくださいです」

「出来る限りはやってみよう」

「ブラッドは真面目だな」

「俺は真面目なのか」

「改めてよろしく頼む、アーチャ、ブラッド」

セロンは俺とアーチャに握手を求めた。それに応じるとセロンは凛々しくも穏やかな顔で微笑んだ。お互いの紹介が終わった頃、セロンは口元に拳を当ててバツが悪そうに咳払いをする。

「俺からもひとつ質問していいか?」

「なんだ」

「あ~…何故、お前までメイド服なんだ…?」

「トゥワノに渡された」

そう答えればセロンは眉間を押さえてから、呆れた顔でトゥワノを見やる。トゥワノは後ろ手を組みながら誤魔化すように口笛を吹いた。




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