ワンダープラネット《やんごとなき姫君と彷徨える星の物語》

遠堂瑠璃

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2 知らない星の見知らぬ街で

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「姫様ぁ~! 何処どこに居られるのです! 悪ふざけが過ぎますよ! かくれているのなら今すぐ出てきて下さい! でないとこのジイや、困ってしまいますっ!」

 宇宙一広いジュピターの城内を、真っ白な口ヒゲをたくわえたラオン直属ちょくぞくのジイやが、汗をかきかきあちこち駆けずり回っていた。気の毒に随分ずいぶん老体ろうたいこたえている様子だ。
 やはり、姫君の姿はない。
 ジイやはがくりと肩を落とし、ふーっと大きくため息を吐いた。ハンカチで額の汗を一拭いして、王と王妃のつ広間の扉を二回ノックした。再びため息を吐いて、ゆっくりと扉を開く。それとほぼ同時に、待ちわびていた王アルスオンと、王妃ミアムのすがるような眼差まなざしが真っ直ぐにジイやにそそがれた。
 非常に、云いにくい。ジイやのみぞおち辺りが、ちくりと痛んだ。

「アルスオン様、ミアム様、城中の者総出そうででお探ししたのですが……どうやら姫様は、すでにこの城の中や敷地内にはいらっしゃっらないようでございます」
「ああ~っ! ラオン!!」

 ジイやの言葉が終るか終わらないかのうちに、王アルスオンが悲痛な叫びを上げていた。広い廊下の端まで響くのではないかという声だった。その声に触発しょくはつされ、王妃ミアムが、頭をかかえてがくりと膝をつく。

「あの子は街どころか、この城すら一人で出た事がないのよ! 外の世界は、あの子の知らない危険で溢れ返っているのにっ!!」

 夫婦ゲンカ一時休戦。最早もはやそれどころではない事態じたいである。

「おおっラオン! お前にもしもの事があったら、私はどうすればよいというのだぁ!!」

 王アルスオンが、まるでオベラ歌劇のように叫ぶ叫ぶ。両頬を手のひらでおおったその姿は、さながら有名な絵画のようだ。

「……やっぱり、あの素直なラオンがこんな騒ぎを起こした原因は、私たちのケンカかしら……」

 王妃ミアムが傷心の面持ちで呟く。二人は気まずそうに視線を重ねたまま、しばし沈黙ちんもくした。そして、そろって大きなため息。本当に息の合った夫婦だ。
 王アルスオンは芝居がかった動作で天を振りあおぐと、再びこれでもかという悲しみの表情を浮かべ、叫んだ。

「父上と母上が悪かった! もうケンカなどしないから、この父の胸へ帰ってきておくれ、ラオンよぉぉぉ~!!」

 王アルスオンの声が装飾品そうしょくひんの散りばめられた広間の高い天井に反響はんきょうし、こだました。
 その数分後、王アルスオンの命令により、ジュピターの使者がラオン姫捜索の為に、全宇宙に乗り出すのだった。



         ☆


 その頃、ラオンはそんな城と両親のパニックも知らずに、初めてり立った見知らぬ惑星を悠々ゆうよう散策さんさくしていた。
 ラオンを乗せた貨物宇宙船かもつうちゅうせん到着とうちゃくしたのは、マーズという小さな赤い惑星だった。
 砂漠さばくの多いこの星だが、商業しょうぎょうが非常にさかんで太陽系の物質の流通地点となっている。そのため流れ者が多く、治安ちあんがそれ程良いとは云えない。だが陽気で人の良い商人も多く、街は常に活気に満ち溢れていた。
 ずっと城で育ったラオンにとって、見るもの全てが興味をそそられるものばかりだった。威勢いせいの良い声でかけ合われる値段交渉。怒号どごうを浴びせ合う運び屋の恰幅かっぷくの良い男たち。少しびたように客を呼ぶ壷売つぼうりの若い娘。
 全てが新鮮だった。
 ラオンは荒くれ者達の怒鳴どなり合いにもおくする事なく、きょろきょろと視線を彷徨さまよわせながら街を進んだ。マーズの乾いた風に髪を遊ばせながら、軽くスキップをする。羽織はおったマントに砂埃すなぼこりがつくのも気にしない。
 晴れ渡った空に、雲が流れていく。マーズの空は、ジュピターの空よりもほんの少し赤みがかっていた。

―父上と母上は、もう僕が居ない事に気づいただろうか。

 ふいに思い出して、ちくりとむねが痛んだ。

「おやまあおじょうちゃん、ジュピターの人だね」

 果物屋くだものやの店先で声をかけられ、ラオンは立ち止まった。いろどりの良いいくつもの果物の真ん中で、果物みたいに丸顔のおばちゃんがにこにこと微笑ほほえんでいた。形良く並べられた果物は、どれもラオンが眼にした事もない代物しろものばかりだった。

「ここは色んな星の人間がおとずれる場所だけど、ジュピターの人を見かけたのか初めてだよ」

 おばちゃんはしわだらけのくしゃくしゃな笑顔でそう云った。ジュピターの人間の特徴のある形の耳は、やはり目立つようだ。

「ここは、とてもにぎやかな星ですね」

 果物のあざやかさに眼をうばわれながら、ラオンが云った。

「そりゃそうさ。この星があって、宇宙のあきないが成り立ってるんだからね」

 云いながらおばちゃんは、果物の山から何かを探している。おばちゃんが商品の一角いっかくから取り上げたのは、手のひらに乗る程の真っ赤な光沢こうたくの果物だった。ラオンも、この果物にはなんとなく見覚みおぼえがあった。

「ジュピター人のお嬢ちゃんは、とっても辛い物がおこのみだろ? 宇宙一辛~いこの果物、一個500ムーアのところ、特別に300ムーアでいいよ」

 愛嬌あいきょうのある笑顔えがおでおばちゃんが云った。さすが、マーズのたみ。なかなかの商売上手だ。
 ラオンは、そういえば今日は朝食ちょうしょくを食べたきり、ほとんど何も口にしていない事を思い出した。
 街の人々の暮らしなら、本で読んで知っている。たし紙幣しへい硬貨こうかというものが、物を手に入れる時に必要になるのだ。これを代価分だいかぶんだけ渡して、物と交換こうかんする。
 ゴソゴソと、穿きなれないズボンのポケットをまさぐる。城を抜け出す前、ポケットに入れてきたコインが何枚かある筈だ。
 ラオンが生まれた年につくられた記念きねんコイン。父アルスオンの書斎しょさいにあるたくさんの記念コインの内の何枚かを失敬しっけいしてきたのだ。ラオンは500ムーア相当そうとうの記念コインを一枚取り出すと、おばちゃんの厚い手のひらの上に乗せた。

「まあ、これはジュピターの姫君が誕生たんじょうした記念の限定げんていコインじゃないのかい!」

 おばちゃんは手のひらのコインを見て、つぶらな眼をさらに丸くした。

「いいのかい? こんな貴重きちょうなもの……」

 おばちゃんは遠慮えんりょしながらも少しうれしそうだ。何せこのおばちゃん、このコイン発売当時、すでに売り切れで手に入れる事ができなかったのだ。

「うん、まだ家にいっぱいあるから」

 ラオンの言葉にちょっとおどろきながらも、おばちゃんはおつりと果実をそっと手渡した。

「うんと楽しんで、たんとこの星を好きになっておくれよ。そうして好きになったら、また遊びにおいで」

 おばちゃんは、不器用にウィンクした。
 ラオンはおばちゃんに手を振りお礼をげると、再びごった返す街を歩き出した。食べ物を手にした途端とたん、思い出したようにグーッとおなかる。
 ラオンは建物と建物の隙間すきまに入り込むと、すすけた壁にもたれかかった。服の腹の部分できゅっきゅっと果実の表面を擦る。赤い光沢こうたくが増した果実に、ラオンはがぶりとかじりついた。瑞々みずみずしい果汁がこぼれる程に溢れ出す。口いっぱいに、突き刺さるような辛さが広がった。
 ジュピターの人間は非常ひじょうに辛い物をこのむ。他の星の者がとても食べる事のできないレベルの辛さを、喜んで口にする。
 心地好い辛さが、胃袋いぶくろ隅々すみずみまでみ渡っていく。皮ごと頬張ほおばる激辛果実は、城で口にするよりも何倍も美味しかった。

 風が、果実の辛さでほんのりと火照ほてったほほの熱をさらっていく。だいぶ傾いた陽射しが、路地ろじを伝いラオンの影を長く引き伸ばしていた。
 さて、これからどうしようか。
 思いいさんでジュピターを飛び出しては来たものの、偶然辿ぐうぜんたどり着いたこの星に当てがあるわけもない。
 目的は、伝説の遊星ミシャ。
 何処に現れるかも、全く知れない星。まずは情報じょうほうを集めなければ。
 運び屋を生業なりわいとする者たちは、たよりになる情報通だ。そういう点では、運び屋連中が多く集まるマーズへ最初に辿たどり着いたラオンは、なかなか幸運なのかもしれない。
 夜が訪れる前に、何かひとつでも手がかりをつかみたい。
 考えあぐねながら視線を彷徨さまよわせていたラオンは、向かいの路地ろじすみの古いとびらに気づいた。まるで人目をけるように佇むその扉は、何かの店の入り口のようだった。
 ラオンは不思議な予感にいざなわれるように、賑わう大通りを横切り路地へ向かった。吸い寄せられるように、奥の扉の前に立つ。

 扉の上に置かれた小さな木製もくせい看板かんばんに『ファザリオン』と書かれている。店名だろうか。窓や隙間すきまもない為、外からでは全く中の様子がうかがえない。
 恐い物知らずのラオンは、ためらう事なく扉を押した。手のひらに、扉の重さを感じる。少し、建てつけが悪い。

 ギィィィ

 きしむ扉が開くと同時に、酒のにおいがした。そして、陽気ようきな笑い声。薄暗い店内はわりと奥行きが広く、点々と並べられたテーブル席はどれも客で満席だった。
 仕事仲間同士で語らいながら酒をわす者、大皿の料理に腹をたす者、カードゲームに熱を上げる者など、皆それぞれに一日の終わりのひとときを楽しんでいる。
 ラオンは、ぐるりと一周店の中を見渡してみた。皆程良みなほどよく酒が入り、適度てきどにでき上がっている様子の者ばかり。まともに情報が得られるのか、微妙びみょうな感じである。
 ラオンは、どうすべきか少し迷った。

「ちっきしょ~! やられたあ~!」

 カードゲームをしていた細身の男が、叫びながら手にしたカードを投げ捨てた。同席の二人のヒゲ男がニタニタと笑いながら、催促さいそくするような視線を向けている。細身の男は悔しさに歯軋はぎしりしながらも、渋々財布しぶしぶさいふから紙幣しへいを二枚き取りテーブルにたたきつけるように置いた。

「毎度あり~!」

 ヒゲ男二人はご機嫌きげんに紙幣をさらうと、ふところ仕舞しまいい込んだ。
 ラオンはふと考え、ポケットの記念コインをさぐった。残り5枚。それにおばちゃんから受け取ったおつりをふくめると、全部でコインは7枚。合計2700ムーア。一般の子供の貯金箱の中身程度ていどの金額だ。これから旅をしていくには、明らかに少な過ぎる金額だった。
 ラオンは横目でちらりと、ギャンブラーの男たちを見た。三人はすでに次のゲームを開始しようとしている。
 ラオンはポケットのコインをにぎめると、軽快けいかいな足取りでギャンブラーの男たちのテーブルまで向かった。カードを切っていた男たちは、突然とつぜんにこにこしながら近づいてきた見慣みなれぬ子供に、めずらしい物でも見るような視線を向けた。

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