ワンダープラネット《やんごとなき姫君と彷徨える星の物語》

遠堂瑠璃

文字の大きさ
3 / 28

3 酒場の少年

しおりを挟む
「ねえおじさんたち、僕も仲間に入れてよ」

 ラオンはそう云って、手のひらににぎっていたコインを見せた。一瞬眼を丸くした男たちは、互いの顔を見合せると、同時にぷーっと吹き出した。
 顔を赤くして大爆笑。酒が入っているせいか、だいぶ陽気だ。

「おいおいおじょうちゃん、これは子供の遊びじゃないんだぜ」
「そうそう、おこづかいぜ~んぶなくして、泣きべそかくだけだぜ」

 笑い過ぎて涙目のまま、男たちが忠告ちゅうこくする。

「そんなの、やってみなくちゃらないよ」

 ラオンは空いていた椅子を引くと、ポンと腰掛けた。ラオンにはだいぶ高い椅子いすの上で両足をぶらぶらさせながら、早速手札さっそくてふだ催促さいそくする。

「おいおい本気かい? 子供だからって、手加減はしねえぜ」

 三人の男は参ったなぁという苦笑いを浮かべると、仕方なくラオンをまじえてカードを切り始めた。

 ところが数分後、男たちはすっかり度肝どぎもを抜かれる羽目はめになった。
 圧倒的あっとうてきなラオンの一人勝ちに、三人は次々に持ち金を失い、とうとう全員無一文にされてしまったのだ。
 すっかり酔いも覚めてしまった男たちは、まるで悪い夢でも見たような表情で口をぽっかり開けたまま茫然あぜんとしている。まあ、無理もないが。

「じゃあね、ありがとうおじさんたち」

 ラオンは椅子からポンと飛び降りると、上機嫌に手を振った。三人の男はまるで疫病神やくびょうがみでも見送るような眼差まなざし。
 ラオンはけた札束を無理矢理ポケットにねじ込むと、まだ空いていたカウンターの席に飛び乗るように腰掛けた。

「ワインお願い。上等の一番辛口の赤でね」 

 気分を良くしたラオンが、グラスを拭いていた白ヒゲのマスターに声をかける。ワインはラオンの大好物だ。ジュピターの人間にとってアルコールは、子供の頃からたしなむ日常の飲料なのだ。
 アフタヌーンティーならぬ、アフタヌーンアルコール。
 頬杖をついて、BGMのジャズのリズムを指先で刻みながら、悠々ゆうゆうとワインを待つ。

 そんなラオンの背中を、先程から獲物えものねらうような視線でうかがう少年が居た。
 夜の空に星が射したような深い瞳、首筋にかかる程の長さの青い髪、少し汚れた埃っぽい服に身を包んだ少年。生意気そんな顔の鼻の上の辺りには、二本に交差した傷痕きずあと
 少年の名はソモル。ラオンよりもふたつ歳上の十三歳。
 砂漠近くの集積所で日雇ひやといいの荷物運びをしているソモルは、仕事終わりにこの酒場に荷物を届け、そのまま夕飯にありつくのが日課だった。ついでに店の掃除なんか手伝えば、ほとんどただ同然で食事にありつける。
 今日もいつものように荷物を届け、食事後のミルクを一杯やっていたところ、先程のラオンの健闘振りを偶然眼にする事になったのだ。
 
 ソモルの鋭い眼が、ひっそりとした光を宿してラオンを捉える。金儲けに全てを捧げるソモル少年にとっては、ラオンは絶好の獲物なのだ。

『へへっ、すげえゾ、すげえ! あのチビを上手く丸め込んで利用すれば、絶対大儲けできるぜっ! それも、半端じゃないくらいになっ』

 ソモルの腹の内である。
 ラオンがたった今大勝ちしたばかりの所持金を頂戴してしまえば一番手っ取り早いのだが、年寄り子供(この場合、自分より年下の)を大事にする主義のソモルには、それは自らのモットーに反する行為なのだ。
 ソモルは残っていたミルクを一気に飲み干すと、機嫌良く席を立った。そしてカウンターまでやって来ると、さりげなくラオンの隣の椅子に座る。ラオンは相変わらず指先でリズムをかなでながらご満悦まんえつの様子。
 ソモルは早速、ラオンの横顔を覗き込むようにして話しかけた。

「俺、ソモルってんだ。君ってばすごいね! 大人相手に完全一人勝ちだったじゃん」

 いきなり警戒けいかいされてはいけないので、いつものソモルの口調より、少々甘ったるく話す。はたから見ると、まるでナンパのような素振そぶりだ。
 ラオンは、たった今その存在に気づいたように、ソモルに視線を向ける。同時にマスターが、注文のワインをカウンターのラオンの前に置いた。

「いつもギャンブルとかで、こんなにツキまくってんの?」

 舌舐めずりする猫のようなソモルの眼が、ラオンの顔色をうかがう。

「ううん、け事なんてしたの、今日が初めてだよ」
「……えっ、嘘だろ?」

 ソモルが、想定していたシナリオの何処どこにもなかった返答に、一瞬調子を狂わす。

「本当だよ。ただ、ジイやたちがいつもやっているカードゲームを見てて、コツを覚えちゃっただけなんだ」

 ラオンが早速注文のワインを飲んで、もうちょっと辛いのにすれば良かったと後悔しながら云った。舌先の刺激が物足りない。

「……へえ、じゃあ君のおじいさんは、カードゲームが相当強いんだね」

 気を取り直してソモルがたずねる。なんとかしてこちらのペースに乗せなければ、作戦が成り立たない。

「ん? 僕のおじい様は、ギャンブルなんてなさらないよ」
 
 グラスの赤ワインを揺らしながら、ゆったりとラオンが答える。

「……だって今、じいさんがギャンブルいつもやるって……」

 ソモルのシナリオが、どんどん崩されていく。

「それはジイや! 僕のおじい様は、れっきとした紳士なの!」

 ラオンは祖父の不名誉ふめいよ誤解ごかいに少しむっとしたような口調で云うと、もう一口ワインを飲んだ。ソモルは一瞬眼を白黒させていたが、呼吸をととのえるように一度つばを呑み込むと、再びラオンに尋ねた。

「あの、失礼だけど、君のお家って……」

 ラオンが、きょとんとして正面からソモルを見た。アルコールのせいか、眼元がほんのり赤い。

「ジュピターの城に決まってるじゃないか」

 当たり前じゃないか、という口調でラオンは云った。ソモル、応える台詞せりふがない。
 ぼんやりと気分が良いせいか、みずから素性をばらしてしまった事も気にせず、ラオンはサービスのナッツを口にしている。
 ソモルは思考も追いつかぬまま、ただ口を開けてラオンを見詰めていた。そんなソモルを気に留めるでもなく、ラオンはグラスのワインをグッと飲み干すと、にっこりと微笑ほほえんだ。ソモルも、何故なぜだかつられてにっこりと笑った。
 ラオンは一度満足気にうなづくと、軽やかにスイッとカウンター席から降り立った。あざやかなマントを揺らしながら、ふらりふらりと仄暗い酒場の店内を歩いていく。

「……なんだ、冗談か……」

 残されたソモルは、一人でそう納得なっとくした。
 ラオンの飲み干していった空のワイングラスのふちに、照明のだいだいの光が美しく輪を描く。

「へへっ、当たり前じゃねえか、あんなの、冗談に決まってるよな」

 ソモルは独りごちると、勝手にそういう事にしてしまった。

「あ、それはそうと、あいつは……」

 ソモルがぼんやりしている間に、確か何処かへ歩いていった。ソモルは、キョロキョロとラオンの行方を探した。
 遠目にも目立つ紅の頭は、すぐに見つけられた。ワインのせいですっかり気分を良くしたラオンは、店内の中央の小さなミュージックステージのど真ん中に立っていた。
 颯爽さっそうとステップを踏みながらくるりとターンすると、ラオンは頭ひとつ分高いスタンドに差されたマイクを手に取る。そして店内に流れ続けるジャズピアノの音楽に乗せて、調子良くスキャットを歌い始めた。

 酒をかっ食らい豪快ごうかいに笑っていた者、ゲームに負けてむせび泣いていた者、無心に夕飯をき込んでいた者、店に居た者たち全てが、思わず手を止め中央ステージに顔を向ける。

 なんと耳に心地好い、なめらかな声。日々のあきないで荒くれ疲れた心のささくれを、柔らかく撫でいやすような、極上ごくじょうのスキャット。普段は滅多めった動揺どうようしない酒場のマスターまで、グラスを拭く手を止めてラオンの歌に聞き惚れている。この酒場『ファザリオン』を開いてずいぶん長いが、今までこのステージに立ったとびきりの歌い手たちよりも、格段に素敵な歌声だった。
 ラオンの声の響きに、聞く者全ての心が震えた。感極まって涙する者まで居る。ソモルですら、呼び止めようと伸ばした手が、行き場を忘れて宙を彷徨さまよっている。

 一曲終わり、ラオンの歌声も消えるようにフェードアウトしていく。
 誰も音を立てる者は居ない。
 ラオンは澄まし顔のまま、片手に帽子を持つ真似まねをして、満員の観衆かんしゅうにペコリとお辞儀じぎをした。あちらこちらからまばらに起こった拍手は、あっという間に激しい雨のような大歓声になっていた。立ち上がり拍手をしながら、アンコールを求める者たちまで居る。
 ラオンはその声に応じる事なく、マントをひるがえしてピョイッとステージから飛び降りた。まだ鳴り止まぬ拍手の中、気紛きまぐれな猫のように優雅ゆうが歩調ほちょうでソモルの前までやって来ると、寸分すんぶん邪気じゃきもない顔でニコリと笑った。

 ―こいつ、本当にただ者ではないのでは……?

 戸惑いと確信に揺れながら、ソモルはラオンと向かい合ったまま立ち尽くした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

パンティージャムジャムおじさん

KOU/Vami
児童書・童話
夜の街に、歌いながら歩く奇妙なおじさんが現れる。 口癖は「パラダイス~☆♪♡」――名乗る名は「パンティージャムジャムおじさん」。 子供たちは笑いながら彼の後についていき、歌を真似し、踊り、列は少しずつ長くなる。 そして翌朝、街は初めて気づく。昨夜の歌が、ただの遊びではなかったことに。

まぼろしのミッドナイトスクール

木野もくば
児童書・童話
深夜0時ちょうどに突然あらわれる不思議な学校。そこには、不思議な先生と生徒たちがいました。飼い猫との最後に後悔がある青年……。深い森の中で道に迷う少女……。人間に恋をした水の神さま……。それぞれの道に迷い、そして誰かと誰かの想いがつながったとき、暗闇の空に光る星くずの方から学校のチャイムが鳴り響いてくるのでした。

#アタシってば魔王の娘なんだけどぶっちゃけ勇者と仲良くなりたいから城を抜け出して仲間になってみようと思う

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 ハアーイハロハロー。アタシの名前はヴーゲンクリャナ・オオカマって言ぅの。てゆうか長すぎでみんなからはヴーケって呼ばれてる『普通』の女の子だょ。  最近の悩みはパパが自分の跡継ぎにするって言って修行とか勉強とかを押し付けて厳しいことカナ。てゆうかマジウザすぎてぶっちゃけやってらンない。  てゆうかそんな毎日に飽きてるンだけどタイミングよく勇者のハルトウって子に会ったのょ。思わずアタシってば囚われの身なのってウソついたら信じちゃったわけ。とりまそんなン秒でついてくよね。  てゆうか勇者一行の旅ってばビックリばっか。外の世界ってスッゴク華やかでなんでもあるしアタシってば大興奮のウキウキ気分で舞い上がっちゃった。ぶっちゃけハルトウもかわいくて優しぃし初めての旅が人生の終着点へ向かってるカモ? てゆうかアタシってばなに言っちゃってンだろね。  デモ絶対に知られちゃいけないヒミツがあるの。てゆうかアタシのパパって魔王ってヤツだし人間とは戦争バッカしてるし? てゆうか当然アタシも魔人だからバレたら秒でヤラレちゃうかもしンないみたいな?  てゆうか騙してンのは悪いと思ってるょ? でも簡単にバラすわけにもいかなくて新たな悩みが増えちゃった。これってぶっちゃけ葛藤? てゆうかどしたらいンだろね☆ミ

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

【総集編】アリとキリギリスパロディ集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。 1分で読める! 各話読切 アリとキリギリスのパロディ集

処理中です...