ワンダープラネット《やんごとなき姫君と彷徨える星の物語》

遠堂瑠璃

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5 星の墓場

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 彼方に灯る街の明かりを見詰めながら、ソモルが呟いた。ラオンは、驚いてソモルの背中を見た。
 両親が居ない。
 城育ちで世間知らずのラオンには、その意味が良く理解できなかった。誰にでも、父母が居るのが当たり前だと思っていたから。

「俺は、戦災孤児なんだ。わかるか? 俺が生まれた衛星ルニアが戦いに巻き込まれて、俺は一人、この星マーズへ逃がされた。他数人の子供とまとめてさ。あんまりちっさかったんで、覚えてねえんだけどな」

 衛星ルニア。
 それは、アンドロメダ星雲のさらに先にある小さな星。あまりに辺境へんきょうの星なので、他の星々との交流もあまりなく、また向かう者も滅多めったに居ない。
 その小さな星でソモルは生まれ、そしてマーズへ辿り着いた。
 
 この子だけは、生きて欲しい。
 両親の切なる願いを託され、宇宙のながい旅路の果てに。

 いつの間にか隣に座り込んだラオンの真っ直ぐな眼に、ソモルは小さく苦笑いを浮かべた。

「だから俺は、金を貯めてる。いつか、故郷の星に帰る為に。仲間のチビたちの分もな。親父もお袋も生きてっか判んねえけど、絶対探してやるんだ!」

 宇宙渡航にかかる費用は、その距離と場所に比例する。ここからルニア星までの距離は恐ろしく遠い。算術を習った事のないソモルには、一体幾らかかるのかすら見当がつかない。だから、がむしゃらに働いてやろうと決めた。

 ラオンは、ただ真っ直ぐにソモルを見詰めていた。
 ソモルの深い深い海のような瞳の奥に、幾つもの光が宿っては消えていく。まるで、ラオンには視えない、彼方の銀河を映しているような、強い眼差し。
 まるでこの宇宙に力強くまたたく、星のようだとラオンは思った。

 ラオンは素直に、ソモルの生き方を凄いと感動していた。子供だけで生きていくのは、きっと並大抵の事ではない。それを、ソモルは今日までやってきたのだ。ラオンは両親以外で、誰かを尊敬そんけいしたのは初めてだった。

 ソモルと、友達になりたいと思った。
 ラオンにとって、生まれて初めての友達。
 どうすれば友達になれるのか、友達を作った事のないラオンには判らない。それとも、今こうして空を見上げながら互いの事を語り合っている自分たちは、もうすでに友達なのだろうか。

 そうなのかもしれない。もう僕らは、友達なんだ。

 なんだか心の奥の方に、大きくて力強い支えができたように安心できた。
 ああ、友達って暖かいんだな。ラオンは初めて、それを知った。

「俺、姫さんを利用して、金儲けしようと思ってたんだ。……ごめんな」

 ソモルは、今の自分の胸の内を正直に話していた。云わなくてもいい事なのに、何故なぜかそうしないといけないような気がした。
 そうしなければ、友達になれない気がした。
 ラオンは、いいよと云う返事の代わりに、嬉しそうに微笑ほほえんだ。

 友情は、いつの間にか生まれる。まるで、知らぬ間に輝き始める夜空の一番星のように。
 すっかり暗くなった空には、零れんばかりの星々がまたたいていた。
 ラオンは再び、感激にはしゃいだ。こんなに圧倒的な星空は、ホログラフィーでしか見た事がない。

「あれが、僕の星だ!」

 ラオンは、一際ひときわ輝くジュピターを見つけ、手を叩いて喜んだ。

「ソモルの故郷の星は、見えないの?」
「俺の故郷は、ラオンの星と違って遠いからな……」

 まだ姫さんと呼ぶソモルをたしなめ、ラオンと呼ばせたのだ。友情に、遠慮えんりょは必要ない。
 ラオンは、少し考えるように星を数えていた。
 赤い星、青い星、そして、白。

「ソモル、知ってる? あの天の川は、この宇宙で死んだ、星の残骸ざんがいが集まってるんだって」


 不意ふいに思い出したように、ラオンが語った。
 街の方に視線を落としていたソモルは、ラオンの言葉に空をあおいだ。ほんのかすかにぼんやりと、白い星々のすじが浮かんでいる。
 すっかり、夜空に溶けるように。

「そう、なのか……」

 ソモルは、白い帯状おびじょうに広がる天の川を辿たどりながらつぶやいた。
 散りばめられた星々の溢れんばかりの光にくらべ、ほんの極淡ごくあわい形。眼をらさなければ、きっと見逃してしまうだろう。

「星も、死ぬんだな」

 人間の寿命に比べれば、悠久ゆうきゅうに近い永い時を越え、最期はその内側に残された全ての輝きと共に、この宇宙に散っていく。その残骸ざんがいの寄り集まりが、今もおだやかな輝きをはなち、宇宙に存在し続けている。
 まだ、ここに居るよ、と綺羅きらめいている。

「星の、墓場か……」
 
 そこに散った星と同じように、夢を抱きながらこの無限の宇宙に散っていく人間たちが、無数と居る。
 命と人生の全てをさざげた、一世一代の賭け。
 散り際の、星の輝きのように。
 ソモルは、切ないような心持ちになった。
 自分もいつか、散っていくかもしれない。
 あの、星の海の中に。

「けどね、あの場所は、たくさんの人たちが忘れていってしまった、夢の眠るところでもあるんだ」


 つむぎ出された言葉に、ソモルは振り向きラオンを見た。ラオンは星を見上げたまま、語り続けた。

「遠い昔に宇宙に飛び出していった人たちが、落としていった夢の欠片かけら。心の断片だんぺん。だから、今もあんなにキラキラ輝いている」
 
 ソモルは、もう一度空を見上げた。今度はすぐに、星の川を見つける事ができた。

「その人たちもきっといつか、自分の落としてしまった夢の欠片を、あの星の川にむかえに行けるといいね」 


 ラオンは夜空を見詰めたまま、微笑んだ。
 宇宙の全てを見透かしたような深い翡翠の大きな瞳が、夜空の星の光を映し、たたえていた。

 ラオンは星空を見上げながら、遠い記憶の糸を手繰たぐり寄せていた。
 ラオンは七歳の頃、一羽の小鳥を飼っていた。とても綺麗な声でさえずる、仄青い可愛らしい小鳥だった。話しかけると、丸くて黒い瞳で真っ直ぐにラオンを見詰めてくる。
 ラオンはこの小鳥が大好きで、かけがえのない大切な存在だった。
 指先でそっと頭を撫でてあげると、いつでも嬉しそうに眼を細める。
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