ヒメゴト―秘め事もしくは、姫事?―

遠堂瑠璃

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20.初めての事に、俺は狼狽える

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 俺は、動けなくなった。

 ラオンの白い綺麗な頬を、零れ落ちた涙が伝っていく。
 その涙の筋を、俺は黙ったまま視線でなぞる。

 何を云えばいいのか、どう声をかければいいのか、判らなかった。

 午後の淡い光の射し込むカフェ、俺の真正面の席で、ラオンはポロポロと涙を零していた。
 声も洩らさず、ただ静かに。

 ラオンの手にした銀のフォークには、食べ掛けのケーキが刺さったままになっていた。
 まるで時が止まったみたいに、置いてけぼりになったまま。


 俺の思考は、半分くらい真っ白だった。

 泣いている女の子を目の前に、どうしたらいいのか戸惑っていた。

 だって俺、ラオンが泣いてる原因すら判らない。


 なんだ、俺……。なんか、いけない事、したか……?

 俺は弟分のターサに馬鹿にされるくらい、女心にうとい。
 俺は狼狽うろたえながら、真っ白になった頭の中で必死に考える。


 俺、ラオンになんか変な事云ったっけ……? 何が、ダメだったんだ……?
 ……う~っ! ……判んねえ……。


 ポタ、ポタ……

 ラオンの両眼から溢れた涙は、テーブルの上に零れ落ちて丸い形をふたつ作った。


「……あ」

 ようやく一声、それだけ洩らしてみたものの、かけるべき言葉が見つからない。

 ラオン、なんで泣いてるんだ?

 ストレートにそんな事訊いちまっていいのか。それはさすがにタブーなのか。

 俺はあらためて、自分が女の子の扱い方を全く知らない事に気づいた。
 女の子に目の前で、こんな風に泣かれるのだって、初めての経験だった。

 男ってのは、女の涙になすすべもない。
 運び屋のおっさんたちが云ってた言葉を、今こうして思い知る。しかも泣いてるのが好きな女の子ときたのなら、その威力は倍増だ。いい加減な対応なんて、絶対できねえ。



「へへっ」

 そうこう俺が悩みまくってるうちに、眼にいっぱい涙を溜めたまま、ラオンが悪戯イタズラっぽく笑った。
 その拍子に、涙がポロポロと幾筋も零れ落ちる。

 まるで無理して見せたようなその仕草に、俺の胸は鈍く殴られたようにズキンと痛んだ。



「ごめんね。やっぱり、泣いちゃった」

 ラオンは小さく呟いて、フォークのケーキをパクっと口に入れた。
 そして、またポロリと一雫の涙。



「……俺、なんかした……?」

 思いきって、尋ねてみる。

「ううん、違うの。ソモルのせいじゃないの」

 そう云ってニッコリ笑いながら、それでもラオンの眼からはまた一雫、涙が零れ落ちる。
 俺はそれ以上、言葉が見つからなかった。

 好きなの涙を前に、俺は無能なくらいなんにもできなかった。

 俺のせいじゃない……。本当に……?

 ……それなら、もしそれなら、ラオンの涙の原因って……?


 ラオンが、にこっとしながらケーキを一口。そして、また頬を流れ落ちる涙の粒。

 もしラオンが、俺とおんなじ気持ちだったら……。
 俺と離れたくないって、思っててくれたとしたら……。

 だから、泣いてくれてるんだとしたら……。


 胸が、ぎゅっとなった。
 ラオンの事が、いとおし過ぎて苦しくなった。



「ラオン……、俺は……」


 勢いで、好きだって気持ちが口をついて出かけた。



「甘い物食べるとね、涙が止まらなくなっちゃうんだ、僕」

 俺の言葉とほぼ同時に、ラオンがてへっと舌を出して呟いた。



「……えっ?」

 なんだって……? 甘い物……?


「父上も母上も、ジュピター人って皆そうなんだ~。甘い物食べると、涙が止まらなくなるの」

 ラオンがふふっと笑ってケーキをもう一口。
 それに合わせたように、涙がポロポロ。

 なんだって~っ! 涙の原因って、それっ⁉
 あれこれ悩みまくって、一人で取り乱してた俺って……、ただのバカ?

 女の子の涙の理由に、そんなのって、あり……?


「あ、ああ、そうなんだ……」

「うん」

 なんだか呆気にとられて気が抜けちまった俺の正面で、ラオンがご機嫌にケーキを一口一口平らげていく。
 すげえ可愛い笑顔で、けど、大粒の涙を零しながら。

 どうやら、ケーキの味は気に入ってくれたみたいだけど……。

 拍子抜けしながら、俺も自分のチョコレートケーキを一口頬張る。
 さっきよりも、なんだか更にほろ苦く感じた。


 俺と離れるのが淋しくて、泣いてくれてたわけじゃなかったんだな。 
 一瞬期待しちゃった分、そこんとこはちょっとがっかり。……いや、かなりがっかり。
 気持ちが一気に上がって、そんで一気に落ちた。


 ……まあ、いいか。

 ラオンが辛くて泣いてるより、全然いい。

 うん……。


 俺はそんな風に、自分を納得させてみる。


 …………。


 俺は、何かおかしな空気を感じた。
 さっきまでとは、違う空気。
 店員が、ちらりとこちらを見ながら通り過ぎていく。


 ……ん、何見てんだ?


 あちらこちらから、ちらりちらりと俺たちの席に向けられる視線。

 えっ、何? なんだ?

 しかも心なしか、俺に対する眼差しが冷たい。


「ケーキ、美味しいね、ソモル」

 ラオンが、ケーキをパク。
 涙がポロリ、ポタポタ。

 その度に、俺に向けられた突き刺さるような冷たい視線が増していく。


 もしかして俺……、女の子を泣かす、いけない男とか……見られてる……?


 ラオンはただ居るだけで、目を引くくらい可愛い。
 そのラオンが、ポタポタと大粒の涙を流している。
 しかもその向かいの席には、目付きが鋭くてお世辞にも誠実そうには見えない、俺。
 確かに、かなり誤解を受けそうな絵面。

 ケーキを食べれば食べる程、ラオンの涙は止まらない。
 もうすでに、頬には幾筋もの涙の跡。
 笑ってるけど、泣き腫らしたみたいに眼ぇ真っ赤だし。
 なんかもう、俺がめちゃくちゃ泣かしたみたいに、なってる……。


『何、なんなのあの男!』

『うわ~っ、あんな可愛い女の子泣かして、サイッテー!』

『あの娘、あんなに泣き腫らして、可哀想~』

『あの野郎、ろくな奴じゃねえな!』



 ……聞こえる……。
 冷たい視線のあちこちに、心の声が聞こえる……。

 そして目の前には、眼を真っ赤にして笑顔で泣き続ける、可愛いラオン。

 ……居たたまれなくなって、俺は下を向いたまま、黙ってケーキを食う。
 一層苦味を増して感じるチョコレートケーキは、そんな俺を嘲笑うように、口の中で溶けては消える。

 夢だったカフェデートが、いつの間にか苦行の場みたいになっていた。
 せめてもの救いは、ラオンが喜んでくれた事。

 ……さっさと食って、出よう。

 なんだか俺まで、泣きたい気分。

 そんな風に、俺の心がちょっと凹み気味になっていた、その時。



「見つけましたぞ! 姫様っ!」


 しわがれた、ラオン直属のジイやの声が響いた。



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