下らないボクと壊れかけのマリ

ガイシユウ

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追跡

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 この手の心霊現象は、大きく二つに分けられる。

 一つは、古典的な妖怪やお化けの話である。これは、それに歴史があり、出所もはっきりしているタイプだ。

 もう一つは都市伝説だ。こちらは先ほどのものとは逆に、歴史は浅く、出所も分からない。ただ、泡のように人ごみの中に浮き出て、知らぬ間に伝播しているのだ。
 コックリさんや、口裂け女、トイレの花子さん、などなど。
 学生の頃、私の周りにもそれらはあった。
 ただ、何かしら実態があるようなものではなかった。
 
 それは『オヨバレさん』と呼ばれていた。内容は簡単なもので、妙な夢を見るというものだった。
 どこかの海の中にいて、海面から何者かの声がするのだという。
 妙な夢と言われればそれだけなのだが、その夢を何人も見たわけだから、これはただ事ではないとなったわけである。
 これはあの世からの呼び声ではないか。妖怪の仕業ではないか。声の主にさらわれるのではないか。

 様々な憶測が飛び交い、噂には尾ひれがついた。
 曰く、その声の主にさらわれた人間が現れたのだと。
 
 後になって知るのだが、そんな人間は一人もいなかった。
 だが当時中学生だった私は、その噂を鵜呑みにして、ただただ怯えていたのだ。
 人さらいの噂が浸透した辺りで、その現象に『オヨバレさん』という名前がついた。

 年齢も、性別も、何もかも分からない、その『オヨバレさん』を当時の学生たちは恐れた。
 声が聞こえるのだから、性別くらいは分かりそうなもの、と思ったのだが、実際にその夢を見た人間たちは一様に分からないと言っていた。
 この国の言葉ではない、というか、この世の言葉ではないらしく、声は聞こえるのだが、その内容は何も分からないらしい。

 私は、そのオヨバレさんの声に恐怖を抱きつつも、聞いてみたいと思ってしまった。
 日常では味わえない何かを、それはもたらしてくれるのでは、と思っていたのだろう。たとえそれが恐怖でも構わないと思っていた。
 当時の私は、すでに高校受験を見据えた生活を強要されており、刺激が無く、拘束され続ける毎日に飽き飽きしていたのだろう。

 だが、ついぞオヨバレさんの声を、私が聞くことは無かった。

――焼け焦げた山未氏の手記より抜粋②。

◆◆◆

 ――あれは何だったのか。
 
 今さっき閉じた自宅の玄関に背を預けながら、宗助は先ほどまでの出来事を思い出す。

「ごめん」
 と一言告げて、宗助は商店街で真理と別れた。
 その声の中には、明らかな恐怖が混じっていた。彼女がそれを感じ取ったのかは分からないが、真理は無表情のまま、宗助を見つめ返していた。
 しばらくして真理は「わかった」と言い、宗助に背を向けて、来た道を戻って行った。
 宗助は、彼女の赤い染みがついた制服の背中が、夕焼けに溶けるまで、じっと見つめていた。
 
 そして帰宅後。
 宗助は玄関の扉に背を預けて、先ほどまでのことを思い返していた。
 不良たちの身に起こった、あの現象。あれは何だったのだろうか。
 
 ――やはり。
 
 と考えるものの、あまりにも飛躍しているような気がして、宗助はすぐにその考えを振り払った。
 スマートフォンの画面を確認すると、時刻はもうすぐ19時になろうとしていた。
 こういう時は、簡単なことをこなして、まずは落ち着くべきだ。
 宗助は荷物を自分の部屋に置いて、今日の夕食を作りにキッチンに向かった。

 簡単なパスタを作って食べながら、宗助の意識はやはり真理に向いていた。
 ゲームセンターの不良たちの事。あまりにも何も知らない彼女。そしてゲームセンターでの彼女の立ち振る舞い。

 明らかに普通ではなかった。
 机の上に置いたタブレットを操作して監視カメラの映像を見続ける。
 気が付けば、その目は、真理を探していた。

 関わってはならない。
 頭の中では理解しているものの、怖いもの見たさ、という言葉がしっくりくる心境で、宗助は監視カメラで真理を探していた。
 いくつかカメラを切り替えたところで、真理を見つけた。
 やはり今日も、夜までウロウロしているらしかった。場所は、昼とは別のゲームセンターだった。よく見れば、別のクラスメイトと楽しげに遊んでいるらしかった。
 
 宗助はそこでため息をついた。
 あれだけの事に巻き込まれておきながら、やはりどうして自分は真理を今探しているのか。
 おそらくは、昼間の事を無かったものにしたいのかもしれない。
 親しげに、明るく、誰かと接する真理を見ることで、昼間のあれを幻にしたいのかもしれない。
 だが、モニターに映る真理を見ながら思う。
 あれは実際に起こったことだ。そしておそらく、彼女が原因なのだ。
 宗助がモニターに映るクラスメイトに警告すべきかを考えていると。

 ちらと真理が顔を上げた。
 そして、その瞳が監視カメラを見つめる。
 真理の表情が、昼間の無表情なそれに代わる。
 瞬間、恐怖が宗助の全てを覆った。
 
 はたから見れば真理は監視カメラをぼんやりと見ているように映るだろう。
 しかし、宗助はそうは思わなかった。
 もしかすると、この監視カメラの向こうの自分を見ているのかもしれない。
 
 宗助はタブレットの電源を慌てて切った。

◆◆◆

 ここは、どこだ。
 
 雅は辺りを見渡す。そこは学校の廊下だった。そして、自分の前には職員室があった。
 窓の外の景色は、どこか歪んでいて、空の色は奇妙な肌色だった。
 
 ――夢だ。

 肌色の空を見て、雅はソレを思い出した。
 妙な声が聞こえる夢。ソレを見るとき、自分はいつも肌色の海の中で漂っていた。
 だから、この空の色を見た時、漠然とではあるが、ここが夢の中の世界だと認識した。
 と同時に、なぜ学校なのだろうかと疑問を持つ。
 いつもは、海の中のような所にいるのに、なぜ今日は学校なのだろうか。
 
 ――学校で嫌なことがあったから、それが反映されているのかな。
 
 親しげに話す宗助と真理の二人の姿を思い出し、雅はまた少し嫌な気持ちになった。
 
 それにしても。
 雅は耳を澄ませる。今日はいつまでたっても、あの声が聞こえない。
 聞こえたところで気持ち悪いだけなのだが、聞こえないならそれはそれで気になってしまう。
 すると、声とは違う音が耳に飛び込んできた。

 ……ぺた、ぺた。
 
 それは足音だった。
 ペタペタと、何かが歩く音が聞こえてくる。
 人の気配が感じられない静かな校舎の中で、その足音だけが聞こえてくる。
 勘だったが、雅はそれが「声の主」なのでは、と思った。
 今日は上から声は聞こえない。それは、声の主が降りてきているからだ。
 
 ――何のために?

 ……ぺた、ぺた。

 だめだ。
 何故かは分からないが、とてつもなく嫌な予感がする。
 
 音はすぐ近くの階段まで来ていた。廊下から見える踊り場に、その声の主が姿を現すまでもうすぐだろう。
 
 逃げよう。
 雅の体を突き動かしたのは、その体を内側から引き裂こうとせんばかりの、恐怖だった。
 その感情に身を任せ、声とは別の方向に走り出した。
 すると、先ほどまで遅かった足音が、雅に合わせるように早くなった。
 
 ぺたぺたぺたぺたぺた。

 背に何者かの気配を感じる。しかし振り向くことは出来ない。
 きっと、アレはとてつもなく恐ろしいものなのだ。
 
 逃げなければ。
 雅に考える余裕はなかった。ただ、学校から出ようとしていた。
 階段を下りて、廊下を走り、正門に続く廊下を必死に走った。

 ぺたぺたぺたぺた。
 
 音はもう背後まで来ていた。
 すぐ後ろで何かの気配を感じる。
 雅が正門に出るための、校舎内の扉を開けようとしたその時、耳元で誰かが囁いた。

「待って」

◆◆◆

 がばりと掛布団をはねのけて、雅は目を覚ました。
 
 背中は汗でびっしょりと濡れていて、髪の毛が顔にぺたりと張り付いている。
 暗い部屋の中で自分の呼吸音だけが響いている。
 どうやら自分の声で起きたらしい。
 夢の中で声を聴いたとき、叫んだのを覚えている。

『待って』

 夢の中で聞いた声を思い出す。
 今までは理解できない声だったが、今度は理解できた。
 そしてはっきりと聞こえた。

 それは、真理の声だった。

◆◆◆

 深夜。
 川本圭太《かわもとけいた》は、一人家路についていた。薄暗い夜道をぽつぽつと歩く。足取りがおぼつかないのは、さっきまで友人らと飲んでいたからだ。
 川本は大学生ではあったが、明日の講義は昼からだったので、こうして今夜も遠慮なく飲んでいたわけである。
 酔い覚ましに河川敷をプラプラと歩いていると、風に乗って妙な音が聞こえて来た。
 それは泣き声だった。
 誰かがどこかで泣いているのだろう。
 素面であれば素通りする所だったが、いかんせん酔いが回っていたために、そうしたイベントに対して、その夜の川本はついつい積極的になってしまったのである。
 声の元をたどると、どうやら高架下らしい。
 そろそろと降りていくと、徐々に声が近くなっていく。
 
 間違いない。ここだ。
 と、川本が高架下をのぞき込むと、妙なものが視界に入った。
 這いつくばる少女と、それを少し後方からじっと見つめている髪の長い女だった。
 泣き声は少女から出ていたらしく、可愛らしい顔が涙と鼻水がぐしゃぐしゃになっていた。歳は中学生くらいだろうか。
 これは一体どういうことなのだろうか。
 この状況が呑み込めず、川本がじっとその様子を見ていると、不意に這いつくばる少女と目が合った。
 その目が圭太を捉えた時、少女は何かを言おうとしたが、圭太がその内容を聞くことは無かった。
 突然、胸にずどんという衝撃を感じ、ちらと視線を下ろすと、そこには白くて細い腕が突き刺さっていた。胸から何かがせりあがってくるのを感じて、我慢できずに吐き出すと、それは血だった。

 どこから?
 だれの?
 どうして?

 そうした疑問が圭太の中で浮かんでいたが、その答えを彼が知ることは無かった。
 次の瞬間には、首が飛んでいたのだから。
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