下らないボクと壊れかけのマリ

ガイシユウ

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デート

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 サイドテーブルで鳴り響くスマートフォンのアラームが、無理やりに意識を覚醒させた。宗助は目をこすりながら、音源を手で探って止めた。
 体を起き上がらせようとして、何かに腕を掴まれ引っ張られる。

「んぅ~~~~」

 いつのまに潜り込んだのか。
 パジャマ姿の真理が、宗助の腕をがっちりと掴んだまま眠っていた。
 黒い髪が白い頬にかかっていて、長めのまつげの瞼は閉じられていた。
 別室のベッドを用意したというのに、どうしてこいつはここにいるのか。
 ため息を一つ。

 宗助は真理の頬をつねった。
 にゃっ、という鳴き声が部屋に響いた。

◆◆◆

「一つのベッドで寝た方が効率的じゃないか、面積的に」
 と、納豆をかき混ぜながら真理が言う。
「狭いだろ。寝返りも打てないし」
 と、納豆をかき混ぜながら宗助が言った。

 朝のテーブルの上で、二人は自分の納豆をかき混ぜながら向かい合って朝食をとっていた。
 白飯、卵焼き、お吸い物、そして納豆。あと、柴漬けが少し。
 それが今日の朝ご飯だった。
 真理はあれから中々起きなかったため、今日の朝食は宗助が二人分作ることとなった。

「――っていうか、これ、何」
 いまだ納豆をかき混ぜ続ける真理が、その手に持ったものにようやく疑問を抱いた。
「納豆だよ。ご飯にかけて食べるんだ」
「――食べ物、なのか」
「食べ物以外が、今このテーブルの上にあってたまるか」
 
 ほら、と宗助が自分の納豆を茶碗に入った白飯の上にかけて食べる。
 その様を見た真理が恐る恐る納豆を白飯にかける。
「でもこれ大丈夫なのかい? なんていうか、すごい匂いがするよ。その、腐臭っていうか。大丈夫かな、腐ってないかな」
「腐ってるに決まってるじゃないか、納豆なんだし」
「やっぱり腐ってるじゃないか!」
「いいから」
 宗助にそう言われ、真理が恐る恐る箸で納豆がかかった白飯を口に運ぶ。
 宗助に訝しい視線を送りつつも、一口食べる真理。
 口を動かすたびに表情がコロコロと変わり、やがて――
「……おいしい」
 きょとんとした顔になった。
「うん」
 と宗助も納豆を口に運ぶ。

「ところで」
 気に入ったのか、納豆を堪能する真理を前に、宗助は昨晩のことを切り出した。
「お前、昨日は何か秘策ありげだったけど、実際何かあるわけ……?」
 宗助は、真理が考え事をするなどと言って、自分より遅くまで起きていたことを思い出しながら言った。
「まぁ、一応はって感じなんだけど、う~~~ん」
 箸をおいて腕を組んで、真理が何やら考え始める。
 やがて結論が出たのか、何とも言えない笑みと共に、
「とりあえず、デート、してみない?」
 などと言い出した。

◆◆◆

 真理にせがまれ、宗助は街の中でも比較的大きめの本屋に来ていた。
 ジュンク堂だった。
 行きかう人々。立ち並ぶ本棚。検索機の前に並ぶ人。平積みされた小説の新刊。リーダーがバーコードを読み込む音。紙の匂い。
 休日の午前。宗助と真理はジュンク堂の入り口に立っていた。

「で、何するの? 技術書でも買うわけ?」
 真理からは何をするかを知らされていない。
 ただ何かの秘策らしきものがあるとだけ思い、言われるままに本屋に案内していたのだった。
「あぁ、ただし買う必要はないし、読むのはワタシ」
「は?」
 困惑する宗助をよそに、真理は技術書のコーナーを目で探す。
 見つけた彼女は、つかつかとそこへと向かう。
「お前が読んでどうするんだ。代わりにハッキングしてくれるのか」
「いいや、それは無理だ。キミがやらないとダメだ」
 ただ、と彼女は辿りついたそのコーナーで、本棚から一冊の本を引き抜いた。
 それをぱらぱらと適当にめくって、パタンと閉じる。

「覚えた」
「何を」
「中身全部」
「――なんでもアリだな、お前」
「これくらい、キミらの中でも出来る人はいるんだろう?」
「まぁ、絶対記憶と速読があればいけるかもしれないけれど……。それで、お前が読んで覚えて、僕がどうやってハッキングするんだ。確かに知識の面ではある程度カバーできるかもしれないけど……」
「ワタシが今覚えた情報を、後でキミにコピーするんだよ」
「――どうやって?」
「ワタシの体の一部を食べる」
「おい」
「どこが良い? 何なら朝の納豆みたいにお米にかけてくれてもいいよ」
「本気か」
「もちろん」
「他に手は」

「じゃあ――キスかな」
 にやにやと笑う真理。
 どうやら自分はハメられたらしい。宗助はため息をついて、
「じゃあ、それで」とぼやいた。

「わかった、じゃあさっそく……」
 と真理が宗助の肩を掴む。
「ちょっ……! 人前はまずいって」
 慌てて辺りを見渡す宗助。このコーナーに限って言えば、人はあまりいないが、それでもゼロということは無く、本通りからは丸見えの位置だった。
「もうちょっと、見えにくいところで……。っていうか、帰ってからじゃダメなのか」
「一回が長くなると、しんどいよ、キミがだけど」
「――分かったよ。ほら早くしろよ」
「はいはい。まぁ、最初のはテストみたいなもんだから」
 どうにか棚の影に隠れて、他からは見えない位置に入り込む。
 わずかに暗いその場所で、真理は宗助の頬に指を這わせた。
 
 ――余計なことを……。
 不必要なプロセスを踏む真理に、しかし、宗助は苛立つことはなく、心の中を占めるのは、自分でも嫌になるほどにドギマギした子供くさい感情だった。

「目を閉じて」
 真理の言葉に、宗助はただ黙って従った。
 近づく吐息。
 自分の髪と彼女の髪が重なる。
 すぐそこに彼女の顔がある。
 目を開ければ目の前だろう。
 肩に手が乗せられる。
 鼻先が触れる。
 肩の手に力が入る。
 開いた自分の両足の間に彼女の足が一歩入り込む。
 心臓が早鐘を打つ。
 じゃあ、と真理が言った。
 宗助は息を止めた。
 心臓が止まる。
 音が消える。
 二人きり。
 そして――。
 
 額にやわらかいものが押し付けられるのを感じて、宗助は目を開けた。

「はい終わり」
 目の前にはニヤニヤと笑う真理。
 途端に世界が元に戻って、一気にうるさくなった。

「お、お前、デコチューなら、そうと先に言――」
 文句を言おうと、足を踏み出すとして、世界がひっくり返った。
 いや、自分が前に倒れこんだのだ。
 ぼふ、と真理に抱き留められ、転ぶことだけは避けられた。

「……頭がくらくらする」
「そりゃ、あの短時間であれだけの情報量を流し込んだんだ。負荷がかかって当然だよ。ま、これも何度かやってく内になれるよ」
「――これ今日何回もするの……?」
「一冊や二冊で対抗できるのかい……?」
「……」
「ちなみに、さっきの本の感想は?」
 気分は悪いが、読んでもいない本の感想はひっぱり出すことは出来た。

「……リナックスはクソ」
「なるほど」
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