下らないボクと壊れかけのマリ

ガイシユウ

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 本屋巡りも一段落して、宗助と真理は遅い昼食をとるために、繁華街のカフェにいた。

 二人は窓のそばに座った。
 宗助は通行人をぼんやり眺めつつ、サンドイッチを口に運ぶ。
 真理は頼んだアイスコーヒーをストローでかき混ぜながら、宗助と同じように通行人を眺めていた。
 二人は向かい合っていたが、視線を向けあうことはなく、二人とも窓の外の景色を、ただぼうっと眺めていた。

「――ねぇ、キミは、自分の父親の会社を疑っていて……どう思っているの?」
 真理は宗助を見ない。
「なにも……。なにも思わない」
 そう答えて、宗助は行きかう人々の事を思う。

 彼らには家族がいて、愛すべき人がいて、ともに生きる人がいるのだろうか。
 彼らは誰かに愛されているのだろうか。
 映画や、小説や、漫画のそれのように。
 無償の愛というものに包まれているのだろうか。
 それを誰かと交わしているのだろうか。

 ――父の会社が悪事を企てているかもしれない。

 宗助は、その疑惑に対して自分がさして悲観的ではないことの理由に、おおよその見当がついていた。
「――僕と父さんは他人だから」
 だから、愛情などというものはなく、それが無いのなら、何も思わないのだ。
 まぁ、もし、そうであるなら、誰にも愛されない自分は、一人ぼっちなのだが。
 ついにそれを口に出した宗助は、心がずっと重くなったような気がした。

「……そうか」
 宗助の口から漏れ出た言葉を、真理はその一言で受け止めた。
 二人はしばらく喋らなかった。
 宗助は何も喋る気が起きなかったし、真理はそんな宗助を受け止めていただけだった。

 少しして、真理が口を開いた。
 視線を窓の外から外して、宗助へと向ける。
「そういえば、読んだよ」
「ん?」
 真理の言葉に、宗助の視線が動く。
「人魚姫だよ、キミの家にあったアレ」
「あぁ。で、どうだった?」
「……怖かった」
「――怖い?」
 あぁ、と首をふる真理。

「キミたちはワタシたちと違って、自己を優先する生き物だ。自分の命を大事にする。けれど、あの人魚姫は最後に自分の命を捨てて、王子を選んだじゃないか」
 たしか人魚姫は最後、王子を傷つけることが出来ず、泡になって消えてしまう話だったか。
「それが理解できなかった。洗脳か――または病気のようだった」
「恋煩いとも言うしね……」
 まぁでも、と宗助は付け加えて、
「あれはフィクションだから」
 と言った。

◆◆◆

 昼食後。
 しばらく本屋をめぐり、そろそろ帰ろうかという頃には、もうすっかり夕方になってしまっていた。

 少し見て回りたいという真理の要望に応えて、二人は一駅前で降りて、歩いて帰ることにした。
 降りたところは河川敷で、休日のせいかサッカーボールなどで遊ぶ親子連れが至り、草むらに座って夕焼けを眺めるカップルたちが多かった。

「あぁ、そういえば」
 前を歩く真理がくるりと振り返る。
 黒髪が舞い、白い肌が夕焼けでほんのり赤く見える。
「デート、この後はどうするの?」
「は?」
 真理の突然の質問に、宗助は困惑するしかなかった。
 なにせ、
「……方便だと思ってたんだけど」

「冗談だよ」
 フフフと笑って、真理は前を向く。
「ワタシが見た映画じゃ、最後は夜景が良く見えるレストランで二人で食事をしてたな」
「――あるにはあるけど、中学生が行くところじゃないな」
「それは残念だ」
 河川敷を二人で歩く。
 夕日は沈んで行って、辺りが徐々に暗くなっていく。
 それにつれて、周りにカップルが増えていく。
 どうやらデートスポットらしきところに入ってしまったらしい。

「人魚姫の話だけどさ」
 唐突に真理が語り始めた。
「キミたちは、あれを望んでいるのかい? 何というか、愛する者のための自己犠牲を」
「望んじゃいないよ。まぁ、でも、そのくらい自分の事を想ってくれる人を、求めてはいるのかもしれない」
「なるほどねぇ」

 と、そこで真理の足が止まる。
 なに? と宗助が聞くより早く、彼女はくるりと振り向いて、そっと宗助に口づけをした。額にではなく、彼の唇に。
 
 宗助の眼が驚きで細くなる。
 一瞬だけ、二人の時は止まる。
 二人の鼻先が触れる。前髪が混じる。
 真理が離れるとともに再び時は動き出す。

「――は?」
 そして、すべてが終わった後に、宗助はそんな間抜けな声を出していた。
「ご褒美だよ」
 二ヒヒと真理が笑う。
 何か言いかえそうとして、宗助は言葉に詰まった。
 この少女がそれをまともに受け取るとはあまり考えられなかったからだ。

 宗助はただ、目の前の少女のせいで上げられた心拍数を、深いため息でごまかすしかなかった。

「さ、家に戻ろう。対抗策は立てられたんだろう……?」
「……うっさい」
 
◆◆◆

「キミ、意外と何でも作れるんだね」

 昨日と同じように、宗助と真理はテーブルを挟んで夕食をとっていた。
 テーブルの上に置かれているのは、外出前に仕込んでいたクリームシチューだった。
「昨日のカレーと似てて悪いけど、まぁ、一応は」
「ふぅん」
 そこで会話が途切れる。スプーンを動かす、カチャカチャという金属音だけが部屋に響く。

「なぁ」
 やがて宗助が、意を決したように口を開いた。
「お前、前に心がどうとかって言ってたけど、実際はどんな感じなんだよ」
「どんなって……?」
「いや、その……」

 ――今日一日のからかうような言動は、どういうロジックで出てきたものなんだ、と聞きたいが、それを聞くと負けな気がする。
 宗助はうなりながら、じっと真理を見つめるだけだった。

「ズレはあると思うよ。前に言った自分の命を最優先としない思考パターンとか、さ」
 代わりに真理が喋る。
「言ってしまえばワタシたちには、心らしいものは無かった。ただ漠然と種全体としての生存本能があっただけさ。見た目も、こんなのじゃない。もっと……そうだな、キミたちの言葉で言えば液体とか気体とか、とにかく不定形だった」
「それがどうして……」
「この体のモデルの女の子の心も、少しコピーさせてもらったのさ。そして、それをベースに改造した」
「改造?」
「だって、そのままだと、その女の子自身になっちゃうだろ。だから、今回の任務に必要な知識と、あと何が好きで、何に興味があって~みたいな心の方向性をいじって、作ったのがワタシというわけさ」
「――途方もない話だな」
「そうでもないさ。心うんぬんなんて、キミたちの世界でも、自分たち以外に心を与えようとしてるじゃないか。あれ、えーと、えー」
「AI」
「あぁ、そうそれ。言ってみれば元のワタシたちは、ただの自己保存のプログラムで、今のワタシはそこから独立したAIってわけさ」
「なるほどね」
 宗助のその言葉で、会話が途切れる。
 
 結局、今日のアレについての直接の返事は聞けなかったものの、おおよその見当はつけられた。おそらく彼女は『人間』に興味を持つように設定したのだろう。
 それならば、まぁ、今日の一連の言動も納得は出来る。

「ところで」
 シチューを食べ終わった真理が言う。
「アンシャル社の件はどうするんだい? まだ何か必要なら協力するけど」
「いや、今日ので十分だよ。方向性が見えて来た。といっても、やり口自体は古いんだけどね」
「どんな?」
「内部の人間のアカウントを乗っ取るんだよ、遠隔で。そして、それで内部に入る」
「――あんだけ回ったのに、なんか地味だな」
「うっさいな。回った成果は、これから作るプログラムに突っ込むんだよ」
 プログラム、という単語のところで、真理が不敵な笑みを浮かべたが、宗助はそれを無視した。

「今晩はそれの作成作業で潰れるから、動くのは明日からだ」
「ふむふむ。作業はキミの部屋で?」
「あぁ、僕のデスクトップでやる予定……って何でそんなことを?」

「いや、リビングが空いてるんなら、ここで後学のためにAVでも見ようかなと」
「――なんだって?」
「ん?」と小首をかしげ真理は、「あぁ、アダルトビデオのことだよ」
「いや、そうじゃなくて……! どうして、後学のためにAVを見るんだって話で」
「体のデザインに自信が無くてね。大体はいけてると思うんだけど、細部の出来が怪しいような気がして……。一応、完全にコピー出来てるとは思うんだけど、念のためにチェックしておきたくて。映画とかだと、ボカされるからさ」
 どこをだよ、と聞きかけて、どうにかとどまる。
「ちなみに場所って言うのは女性――」
「待て待て、おかしなことになってきてる……!」
「でも、形を気にするのは、この年頃の少女では普通のことだと――」
「いや、まぁそうかもしれないけれど……! とにかく! とにかく、AVはダメ。っていうか、未成年だし……見れないし」
「そうか……なら……スピーシーズでも見てるよ」
「ETにして」
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