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夢
しおりを挟む気が付けば宗助は映画館の中にいた。
席に座り、ポップコーンとコーラを横に置いて、映画を観ていた。
上映されているのは、あの時のヒーローの映画だ。
スクリーンの中でヒーローが手から炎を出してヴィランを倒している。
自分の炎で火傷したりしないのだろうか。
などと、この歳になって思いつくどうでもよい疑問を胸に、映画を鑑賞し続けた。
映画がクライマックスに差し掛かって、宗助はふと視界の端に誰かがいることに気づいた。
子供だった。
どうやって一人でここまで来たのかは分からないが、小さい子供が一人、不細工な顔で映画を観ていた。
楽しくないのだろうか。
何かを我慢しているような表情だった。
と、そこで宗助はその少年の正体に気づいて苦笑した。
――不細工な顔だ。
だから宗助は胸の内で笑った。
あんな端の席に座っているのは、ぎりぎりまで予約するのをためらったからだ。行けるかどうかではなく、行くのかどうかを迷ったのだ。
あんな不細工な顔をしているのは、一緒に行く相手が来れなくなって、それがずっと頭の中にあるからだ。
あんな顔で映画を観ていたのか。
宗助は、映画館の端の席で、一人で映画を観ているかつての自分を見てそう思った。
本当は映画を楽しんで、全てが終わったら、その感想を一緒に映画を観た人物にぶつけたかったのだろう。
面白かったと言いたかったのだろう。
だが、実際はそんな事なんかできなくて、映画の感想は誰にも言わず、つまらなそうな顔で、不機嫌そうに家まで一人で帰ったのだ。
本当は、一人でなんか観たくなかったのだ。
母親が死んで、自分を愛してくれたかもしれない人がいなくなって。
父親に振り向いてほしくて、いろいろ無茶をやって。
でも、どれも無視されて。
この広い家に独りで暮らしていて。
今はきっと誰にも愛されていなくて。
この世界の中で独りぼっちで。
一瞬、真理の顔が脳裏をよぎる。
――彼女は、関係ないはずだ。
かぶりを振って、席を立ちあがる。
と。
ぱらぱらと周囲の壁が剥がれていく。
映画館の壁も、床も、天井も。
映画館のテクスチャが剥がれて飛んで、辺り一面が真っ白になった。
そして、何もない真っ白な世界の奥に真理がいた。
彼女は自分の体を抱きかかえるような姿勢のまま、宙に浮いていた。
夢――にしては、妙なところだった。
これが夢だというのなら、自分の脳は何を処理しているというのだろうか。
『――っしょく――なら――もう――』
何かの声が辺りに響き渡る。
なんというか、チャンネルがあっていないからなのか、その声は途切れ途切れにしか聞こえなかった。
「いいえ」
膝を抱えたままの真理が言った。
「もう少し調査が必要です。その手段を行使するのはまだ早いかと」
『――ては――になる。――ねば――はずだ。――だ』
相変わらず、もう片方の声は途切れ途切れにしか聞こえない。
意識を集中させて、どうにか聞き取ろうとする。
『アレも危険分子だ。敵が作り上げたものだ。排除すべきだ』
今度はしっかりと聞き取れた。
「いいえ。あの個体は、アノマリーとして覚醒していません。また、今後覚醒することもないでしょう。排除の対象としては不適切です」
『ならぬ。早急に始末せよ――山未宗助を』
「――はい」
響き渡る声を相手に、真理はそれを了承した。
真理の眼がすっと開く。
そこに心のない瞳があり、宗助はそれに見つめられていた。
途端に背筋が凍り、ひっ、と息を漏らし――。
◆◆◆
そして、宗助は暗闇の中で目を覚ました。
薄暗い天井が自分を見下ろしている。そこは見慣れた自分の部屋だった。
あれから夜に作業を行い、突貫で完成させて、そのままベッドで眠ったのだった。
――嫌な夢だった。
慌てる鼓動をどうにか宥めつつ、さっきの夢を思い出す。
あの白い空間は何だったのだろうか。あの真理は何だったのか。
夢というのは脳内の記憶の整理と聞いたことがあるが、あんな真理は見たことがない――こともない。
不良たちに絡まれた後の真理を思い出す。
自分と最初に会った頃の真理は、どことなく不気味だった。
そういえば、心が完全に出来上がったのは、夢女と戦った頃くらいと言っていただろうか。
今はこっちでの生活に慣れてきて、徐々に人間らしくなってきているらしい。
一緒に行動している上に、いろいろ振り回されているので、夢に見るのは分からなくもないが、あんなホラーみたいな出方をしなくても良いだろうに……。
宗助は水でも飲もうと、体を起こした。
――ふと、視界の端に何かが入り込んだ。
ちらと横を向こうとして、
「動くな」
と止められる。あまりにも冷たい真理の声だった。
『早急に始末せよ――山未宗助を』
夢の中の声が頭に響く。
心の中で必死に否定を重ねる。
落ち着いたはずの鼓動が騒ぎ始める。
それをどうにか沈めて、
「なんだよ、こんな夜中に――」
真理の声を無視して首を向けた。
いつも通りの真理の顔が映るはずだった。
だが、それは叶わず、代わりに鈍い音が脳内で響いて――
宗助の意識は暗闇へと落ちていった。
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