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遠き日々
しおりを挟む「ナユタ。まず、キミを私の家で匿うにあたって――その能力について教えてくれないか。ありていに言って、私がキミに協力するのは、キミの能力の解明が目当てだ」
「――いいけど、わたし自身も、あんまり分からないよ……?」
「構わない。解明は私の仕事だ。キミはただ、キミが出来ることについて教えてくれればそれでいい」
「わかった」
「なるほど……。あの化け物はキミの血液を媒体としているのか」
「そう。一滴でも良いから、どこかに垂らして念じれば、その血が勝手に増えて、化け物が生まれる」
「――血液の量産、そして再構成……と言ったところか。にわかには信じがたいが……」
「もうさんざん目の前でやったでしょ……」
「あぁ、いや、すまない。別に信じていないわけではないんだが――。何というか、受け止め切れていなくて――」
「――まぁ、分かるけど。わたし自身、初めて使った時はそんなだったし」
「生まれた時からの能力ではなかった、のかな?」
「そうだね。ざっと2年くらい前からかな。父さんにぶたれたときに血が出て、死ねばいいのに、って思ったら、なんか出てきて……」
「まさか、お父さんを?」
「そう。化け物は父さんを殺したら消えちゃったんだけどね。あと、死体が残るとバレるから、これも消えないかなって思ったら、化け物が死体食べちゃって。殺すときも首の骨を折って血が出ないようにしてたから、父さんが死んだことは、今もバレてないんだ」
「だが、さすがに2年も経っていたら……」
「まぁ、本当はバレてるのかもしれないけど、わざわざ探すような人じゃなかったってことなんじゃないかな。お父さん、いっつも、わたしとお母さんをぶってたし、外で何してるか分からなかったし」
「――そうか」
「死んで当然の奴だった。そして、そんな奴が消えて、私と母さんはしばらく平和に暮らしてたんだけど、金に困っちゃったみたいでね。私を売りに出そうとしたの。体自体は、父さんにやられてたから、もう綺麗なもんじゃないんだけど、それが逆に母さんとしては、都合が良かったみたいでね。もうやられちゃってるんなら、良いんじゃないか、みたいな考え方しちゃったみたいで」
「――乱暴だな」
「そうだね。でも、そんなことを考えるくらいには、追い込まれてたんだろうし、実際、女二人で生きていくには、いろいろと無理がある社会だった。昼は会社で働いて、夜は体を売って。それでどうにか生きていけるか、どうかくらいだった」
「キミは今、何歳なんだ」
「今年で十六。普通なら、高校とかに行くんだろうけど、私にはそんなの無理」
「――この国には様々な制度があるはずだが」
「知ってる。けど……母さんは、私のすることにお金が発生するのが嫌だったみたいで、いくら制度があって、お金が借りられても『私のために金を払う』という行為が嫌だったから、どれも意味なんてなかったの」
「それで、キミはそんな環境が嫌で――」
「逃げ出した。父さんはクズだったけど、母さんには必要な人だったみたいでね。父さんがいなくなった後から、徐々におかしくなっていっちゃって。今度は母さんが、私をぶつようになっていったの。それに、母さんもわたしが父さんを消したことにうすうす感づいていたみたいで、何回か殺されかけたこともあった」
「化け物は?」
「使わなかった。父さんと同じように殺そうかと思ったけど、母さんは殺せなかった。やさしかったころの母さんを知ってるから。あの頃のように、いつか愛してくれると思っていたから。父さんは最初からクズだったけど、父さんが生きていたころは、母さんはわたしにやさしかった。ご飯も作ってくれた。お菓子も買ってくれた。絵本の……読み、聞かせ……も」
「ナユタ」
「あーあー。こんな会ったばかりの他人の前で泣くなんて、みっともないよね」
「そんなことはない。キミの年齢では、あまりに辛すぎる話だ」
「……でも、わたしは人殺しだから。こっちに来てから、化け物に人殺しをさせてた。父さんと一緒で、死体が見つからないようにして」
「なぜそんなことを?」
「さぁ。どっかの誰かにバレて、やっつけて欲しかったのかもしれない。それで、終わらせたかったのかもしれない。ワルモノとして、主人公に倒されて、ハッピーエンドで終わるの」
「キミはそれでいいのか」
「さぁ。どこに居ていいのか分からなくなっちゃったから、せめて分かりやすい所に痛いのかもしれない。…………っていうか、あのさ、そろそろ時間だと思うんだけど、カップラーメン」
「ん? あぁ、そろそろ三分か」
「お腹すいた」
「だろうな。――見ればわかる」
◆◆◆
「今帰ったぞ――って、また夜中にカップラーメンか、ナユタ。不健康だろうに」
「いいじゃん別に。大学の課題が多いのが悪いのよ。っていうか、そっちも今帰ってきたところでしょ。ご飯は?」
「――インスタントだが」
「そっちもカップラーメンじゃん。言い方変えてるだけだし。ほら貸して、一緒にお湯入れといてあげるから」
「初めて会った日もこんな感じだったな。五年前くらいだったか」
「それ昨日も言ってたけど」
「――昨日もカップラーメンだったな」
「お互い忙しいからね」
「大学はどうなんだ」
「良い所だとは思うよ。ま、高校の時と一緒で、皆が家族に愛されてるのを意識しちゃうと、ちょっとテンション下がるかな、くらいだけど」
「お前の人生は、中々ヘビーだからな。まぁでも、お前がほどほどに気に入ってるのならよかった。私も金を出したかいがある」
「どうも。っていうかそれより、そっちはどうなのさ。わたしとしては、そっちのほうが気になるんだけど」
「そっちは問題ない。お前の能力を研究する組織の、表の顔について、ひとまず目玉商品の決定までこぎつけた」
「この前言ってた医療用サイボーグ?」
「あぁ。まだ大がかりなものは無理だが、人体のごく一部の箇所だけを置換することは現状の技術でも可能だ。しばらくそれで食いつなぐ。ある程度、進んだら、臓器や四肢の義体作成に入る」
「そっか……。そっちはそっちで夢のある話だと思うんだけどな……」
「お前の能力の方が夢がある」
「……ま、そう言ってくれるんなら、わたしとしても嬉しいけどさ」
「――そういえば」
「なに?」
「三分、経ってるんじゃないか、もう」
「あ」
◆◆◆
「へー、居たんだ、本当に。わたし以外にも、こんな力持ってる人が」
「あまり夕食時にする話でも無いんだがな」
「そっちの話って、大体全部そうなんじゃないの。医療って大体全部グロい話ばっかじゃん」
「――ひどい偏見だ。まぁ、血はよく見るが」
「やっぱりそうじゃん。んで、どんな人が集まったの?」
「まだ詳細を把握しているわけじゃないが、子供を連れて来た者がいたな。自分の子供が、そういう能力を持っていると。確かそんなことを言っていた」
「その親、どんな人だったの?」
「自分の子供をあがめていた。彼ら自身も、娘の能力を解明することに興味を抱いていたみたいでな。二人とも科学者だったので、娘と一緒に引き入れておいた」
「そういう親もいるんだね……」
「まぁ、その人次第ではあるがな」
「ふぅん。それにしても、なんか凄いところまで来ちゃったなぁ」
「出会ったのがもう八年前か」
「結構前だよね、もう。あの時から随分変わった。わたしはアンタに養われて、高校とか大学に行っちゃって。今はこうして、アンタと晩御飯を食べてる。昔じゃ考えられない」
「まぁ、確かに。おそらく昔の私も信じられなかっただろう」
「ところでさ、わたし、卒業したら、そっちで働こうと思うんだけど、どう?」
「やりたいことは無いのか?」
「探せばあるんだろうけど、正直そろそろ恩返しがしたい。今までよりも、実験に参加して、そっちの研究を手伝いたい。わたし自身の問題でもあるわけだし」
「そうか……」
「なに……? 何か不安でもあるの?」
「そういうのじゃない。――そういうのじゃ、ないんだ。なんていうか、本当に……個人的というか」
「はぁ?」
◆◆◆
「……そういやさ、前に言ってた個人的なアレって、こういうこと?」
「まぁな」
「ふぅん……。結構前にさ、わたしが冗談で言った時に、子供にしか見えないって言ってなかったっけ?」
「――根に持つタイプだな」
「そりゃあね。――好きな人にあんなこと言われたら、嫌でも忘れないから」
「そうか」
「そうだよ。……あ~あ、初めてはもう少し情緒のあるピロートーク良かったんだけどなー」
◆◆◆
「――腹の子供を、どうするつもりだ」
「産むに決まってるでしょーが。出来たんだし」
「ダメだ」
「ダメじゃないわよ」
「何を言ってるんだ。妊娠してからお前の体力は格段に落ちている。能力だって、使えなくなってきているし、何よりお前の体が心配なんだ。なんというか、その――」
「寿命を削ってるみたいって、言いたいわけ?」
「……あぁ」
「――わたしって、昔、いろんな人を殺したでしょ。たぶん、そのツケが回ってきたと思うのよ」
「子供を諦めればいい」
「それも考えたは考えたんだけどね。でも、やっぱり産みたい。この子を諦めたくない」
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「わたしって、殺してばっかだったからさ。だから、一つくらいは残したいんだ。ごめん」
「――それが大人になるまでは生きられない」
「なら手紙でも残すよ。それで伝える――何もかも」
「……」
「それに、わたしの能力も、この子が受け継ぐかもしれない」
「――これが、お前のやりたかった事なのか」
「……そうかも。なんか、結果にも納得してるし……」
「……………………名前は、決めてあるのか」
「うん。女の子なら優奈。男の子なら
――宗助」
――回収した形式不明の波形データを音声化したデータログより
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