下らないボクと壊れかけのマリ

ガイシユウ

文字の大きさ
17 / 26

手紙

しおりを挟む

 ――まぶしい。

 瞼の裏に光を感じて、もぞもぞと宗助は動き出す。
 視界に見慣れた天井が飛び込む。
 そこはベッドの上で、枕元に置いたスマートフォンで確認した時刻は、すでに十一時を少し回ったくらいだった。

 ――朝ご飯、作ってないな、そういえば。

 真理はどうしただろうか、作って食べただろうか。自分の分も作ってくれていると、いいな……。
 まだ眠っている頭で、そんなことを考えながら、宗助は体を起こす。
 ずきりと頭に痛みが走る。
 妙な寝方をしたのだろうか。
 昨日は確かに遅くまで、コードを書いていたか。
 一応出来上がって、それから寝て――。
 
 ――違う。
 
 脳裏に昨晩の夢と真理の姿が思い浮かぶ。
 白い空間に一人いた真理。
 真理以外の声。
 自分を殺すと言ったその声と、それを引き受けた真理に驚いて起きて、そして、暗い部屋の中で真理を見た。
 どんな顔をしていたのかは分からなかったが、その後から記憶が無い。
 ちらと周囲を見渡して、異変に気付く。

 ――ない。

 ハッキング用のプログラムを入れたデスクトップが、丸ごと無くなっていた。
 机の上に空虚なスペースが広がっている。
「……は?」
 宗助はその一言を、どうにか絞り出す。
 ベッドから降り、意味もなく机の下やベッドの下をのぞき込んだりして、消えたものを探すが、当然何も見つからない。
「真理……真理!」
 第一容疑者の名を叫んで、家中を探す。けれど、これも見つからない。
 深いため息をついて宗助は、リビングのソファに身を沈める。
 この広い家で、宗助はまた一人になった。
 しかも今度はパソコンも取られて。

◆◆◆

 昨日の夢を――いや、真理が言う彼岸での出来事を思い返すべきだ。
 目覚めの一杯として淹れたコーヒーを飲みつつ、宗助は記憶をたどる。
 
 あの声。
 真理に指示を出していた声は、自分を殺そうとしていた。
 山未宗助という人間が、自分たちの世界を脅かす敵の身内だと認識していた。
 そして真理は、それを知りつつ、自分と行動を共にしていた。

 思い返せば、それらしい所はあった。
 父親の事をどう思っているか。
 父親が何をやっているか。
 とかく彼女は、自分の父親についての質問をよくしていた気がする。
 
 彼女は――知ろうとしていたのだ。
 自分たちの敵がどういう存在で、どういう考え方をしていて、家族にどんな顔を見せていたのか、を。
 
 必要とされていると思っていた。
 父親に振り向いてほしくて身に着けた技術が、世の中の役に立つと思っていた。
 真理が自分を、山未宗助という人間を見ていると思っていた。
 
 でも違う。
 彼女が求めたのは、あの父親の子供だった。
 山未宗助という人間じゃない。山未宗助という人間の立場だったのだ。
 
 ――結局。自分はただ利用されただけだったのだ。
 
 瞳の奥が熱くなる。
 何かが頬を伝っていって、それに気づいて、何かをごまかすように息を吐いた。
 
 生まれて初めて自分を見てくれる人が現われたと思った。
 今まで独りぼっちで、世界から隔離されていたが、ようやく世界と関われる転機が訪れたと思った。
 自分を必要としてくれる人がいて、その人と一緒に世界を救うために戦えると思った。
 自分が誰かを救えると思った。
 ――誰かに愛されているとさえ思っていた。
 
 昨日の本屋巡りでの出来事を思い出して、額を小突く。
 馬鹿だ。
 あれもきっと彼女の演技だったのだろう。自分から有益な情報を盗み出すための。
 結果として目論見はうまくいった。
 アンシャル社に入るためのプログラムが入った場所を聞き出すことに成功したのだ。
 だから彼女はあのデスクトップを持って行ったのだろう。

 全て、自分一人が勝手に思い込んで舞い上がっていただけの、話。

 その結論に至り、宗助は今日何度目とも知れぬため息をついた。
 敵の人となりがこれ以上分からないと知り、組織の基地に潜入するための手筈も整ったとなれば、自分はもはや不要だろう。
 だからあの声は、自分を単なる危険因子と捉えなおして、殺害の命令を真理に出したのだ。そして自分は彼女に襲われた。
 
 ……ん?
 おかしい。
 なぜ、自分は生きているのだろう。
 あの声は、自分を殺せと言った。そして真理には、それを正確に遂行できるだけの力があるはずだ。

 しかし何故か自分は生きている……。
 まさか、真理は――。

 インターホンの音が鳴り響く。
 ――真理に鍵は渡していない。

 宗助は玄関まで走り、急いでチェーンを外して扉を開けた。
 扉の前で待っていた人物は、突然勢いよく開いた扉に驚いて声を上げる。

「――えっと……」
 扉の前に立つ少女が言った。
「尋ねといて何なんだけど……。どうしたの?」
 
 困惑した様子の風許が、そこにいた。

◆◆◆

「……なんか、久しぶりだね、家に上げてもらうの」
 どこか居心地が悪そうに、テーブルの椅子に座る雅がそう言った。
「……いつ以来だっけ」
 キッチンでコーヒーを淹れながら、宗助が言う。
 ポコポコという、コーヒーメーカーの作動音が部屋に響く。
「確か、山未君の――」
 そこまで言って、雅は慌てて口をつぐむ。

「――母さんが死ぬちょっと前くらい以来か」
 そして宗助が雅の言葉を継いで言う。
 コーヒーメーカーの音が止まる。
 食器棚から取り出していたマグカップにコーヒーを注いで、角砂糖とフレッシュと一緒にカウンターに置く。
「ごめん」
「いいさ」
 はい、と宗助がコーヒーを雅の前に運んで置く。
 ありがとう、と雅がコーヒーを一口飲む。
 雅の向かいに座って、宗助もコーヒーに口をつける。
 
 ――さて、何をしに来たのだろうか。
 宗助は、コーヒーに視線を落として何か考え事をしている雅に探るような視線を送りながら、思案していた。
 彼女の言う通り、雅をこの家に上げたのは二年以上前の話だ。
 上げたのは、というより、彼女がこの家に来たのは、という方が正しいかもしれないが。
 なぜ今になって、ここにやって来たのか。
「あのさ」
 不意に視線を上げて、雅が宗助を正面から見つめる。
「山未君のお母さんが入院してた頃、わたしもお母さんと一緒にお見舞いに行ってたの、覚えてる?」
「うん」
「その時にね、山未君のお母さんが、わたしのお母さんに頼み事をしてたみたいでね」
 ごそごそと、雅は持ってきていた紙袋を漁り、一枚の封筒を取り出した。
 それがテーブルの上に置かれて、そっと自分の方へと差し出される。
 どこにでもあるような茶封筒だった、自分の名前が書かれていること以外は。
「山未君が十五歳になったら、これを渡してほしいって言ってたみたい。山未君、もうすぐ誕生日だよね」
「――あぁ」
「本当は、誕生日に渡した方が良かったのかもしれないけど、わたしのお祖母ちゃんが事故で怪我しちゃって……。命に別状は無いみたいなんだけど、明日からお見舞いに行かなきゃいけなくなっちゃって……」
「――そっか」
「中身は見てないけど……たぶん、手紙だと思う。触ってみた感じ、そんな風だったから」
「わかった、ありがとう」
 テーブルの上の封筒を取ろうとして、自分の手が震えていることに気づいた。
 
 ――なぜだ。

 自分でも理解しがたい感情が、胸の中に渦巻いている。
 母からの手紙を喜んでいるか。中に何が書かれているのか分からないから、おびえているのか。
 深く息を吐いて、気持ちを静めてから封筒を自分のほうへと寄せた。
「……わたしの用事は、それだけ、だったんだけど……」
「ん?」
「そういえばさ、山未君って人魚姫の小説って持ってる?」
「あったと思うけど……どうして?」
「ほら、文化祭で人魚姫の劇やるって言ってたでしょ。だから、読んどこうと思って」
「原作も知らないのにやるつもりだったの……?」
「そんな事無いけど……。ただ、わたしが持ってるのって、絵本だから……」
「わかった」
 確か最後に読んでいたのは真理だったか。
 真理に貸していた部屋に向かう。
 彼女には両親の寝室を、そのまま貸していた。
 あるとすれば、二つ並んだベッドに真ん中のボードの上くらいか。
 
 見ればそこに人魚姫の小説が――無かった。
 ひとまず、部屋の中を一通り探してみるも、小説は見つからなかった。

「……失くしたっぽい」
 リビングに戻り、雅にそう告げながら席に座る。
「そっか……」
「そっちが帰ってくるまでに、もう一度探しとく」
「ごめん、よろしく」
 ぺこりと雅が頭を下げる。
 それと同時に、机の上に置かれた彼女のスマホが、メールを着信する。
 届いたメールを確認して雅は、
「ごめん、お母さんからだった。そろそろ帰るね」
 と立ち上がった。

「えと、じゃあ、帰ってきたら、また来る、ね」
 玄関で雅が、しどろもどろにそんなことを言った。
「わかった」
 宗助が答える。

 あとは雅が背にしている扉を開いて帰宅するだけだったが、雅は、しかしそこで動きを止めていた。
 やがて目を閉じて深呼吸をして、意を決したように口を開いた。
「――あのさ。次に会った時からで良いんだけど、さ」
 すぅっと、雅の目が宗助をまっすぐに捉える。
「また、そーちゃん、って呼んでも、良い……?」

 思いがけない要求に、宗助は、思わず息をのんでいた。
 そして、しばらくしてから、自分でも驚くほど穏やかな口調で、
「学校じゃ、ちょっと恥ずかしい」
 と返していた。
 
 それを聞いて雅は、少しきょとんとしてから、吹き出していた。
 つられて宗助も笑って、ひとしきり笑った雅が口を開く。
「じゃあ今度、人魚姫を借りに来る時は……?」
「その時は、良いよ」
「わかった」
「約束だからね」
「――わかった」
 それじゃあ、と来た時よりも、いくばくかスッキリした顔になった雅が、そう言って帰っていった。
 
 鍵を閉めてリビングに戻った宗助は、テーブルの上の茶封筒に視線を向けた。
 さっきまであった困惑のような感情は、今は少し鳴りを潜めていた。
 今は自分が独りではないと思えたからだろうか。
 
 だから。
 そっと、その封筒を開けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】 私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。 そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。 けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、 死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。 「でも、子供たちの心だけは、 必ず取り戻す」 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。 それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。 これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

処理中です...