下らないボクと壊れかけのマリ

ガイシユウ

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ハッピーエンドの条件

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 崩れ落ちる宗助を見た時、真理の心にあったのは、自分でも得体のしれない、正体不明の感情だった。
 倒れた宗助から赤い血が流れだして、彼の周りを朱に染めていく。
 宗助はうつぶせに倒れたまま、まったく動かなかった。
 彼の血で濡れた腕を軽く振りながら宗蓮がこちらを見やる。
 真理の中にあった感情が渦を巻いて、その体を駆け巡る。
 それは炎のように体を包み込んでいく。
 
 ――なるほど、これが怒りか。

 それの名を知った時には、真理は既に音を残して、その場から消えていた。

 人のソレでは到達しえぬ速度でもって、真理は宗蓮めがけて跳躍していた。
 右手を鋭い槍の形状に変形させて、振り下ろすようにそのまま穿つ。
 もはや槍となった真理の腕はしかし、宗蓮に辿り着くことは無かった。
 真理の跳躍を寸でのところで宗蓮が捉え、床を蹴り、槍の直撃から回避する。
 真理の槍は床を貫き、粉砕された床の破片が飛び散っていく。
 視界の端に、こちらに背を向けて走る宗蓮の姿が映る。

 ――逃がすものか。

 突き刺した腕を元の形状に戻す。
 床下に敷き詰められていたパイプやら何やらを掴んで、腕の長さを戻して着地する。
 
 遠距離から仕掛けても無駄だ。
 もっと近距離から攻撃しなければ。

 クラウチングスタートのような姿勢を取る。
 接近するためにはさっきよりもスピードが必要だ。
 両腕で地面を掴み、両足は床を踏み抜くほどに踏みしめて。
 真理の口から獣のような声が漏れ出る。
 両手両足、渾身の力を使って、真理は弾丸のように水平に宗蓮へと自身を発射した。

 逃げきれぬと悟ったのか、宗蓮がくるりとこちらを向いた。
 両腕を交差して、防御の姿勢をとる。
 拳を握り、腕を振り上げ、そして、狙いを定める。
 発射の勢いに乗せて、真理は交差させた宗蓮の腕めがけて、真理は殴り掛かった。
 
 本来なら、宗蓮の体はそのまま壁にぶつかって、大破するはずだった。
 しかし、そうはならなかった。

 大きく体をのけぞらせ、足元の床は粉砕されていたものの、宗蓮はその場で踏みとどまっていた。
 そして、宗蓮の腕がかすかに振るえ、次の瞬間――。

「――あ?」

 真理は宙を舞う自分の腕を見た。
 ひじから先の自分の腕が、回転しながら舞っている。
 斬られた。
 そう認識した時、とっさに真理は後退していた。
 見れば宗蓮の両腕からは鋭い刃が飛び出ていた。
 おそらくガードした時に、あれに交差される形で切断されたのだろう。
 慌てて切断された右腕を再生させる。

「なるほど、切断しても効果はないというわけか。それとも、その再生には限界があるのか?」
 この期に及んで観察を続ける宗蓮を前に、真理は思考する。
 ――間違いない。
 戦闘において、自分はこの男に勝つことは出来ないだろう。
 そもそも、自分たちは『戦う』という行為すら知らなかった存在だ。
 そこですでに大きく差がある。
 加えてこの男の身のこなしは、ある種の技術に基づいたものに見える。
 
 宗助が撃った銃は、確かに側頭部に当たっていた。
 だというのに、このように動き回っているということは、そこも機械だったということだろう。そして、そこが機械だったのなら、そうした技術をそれこそ自分たちのようにインプットすることも可能なのだろう。
 空手や中国拳法、剣技なども。それらを頭の箱の中に押し込めて、鉄の体を動かしているのだ。
 ――果たしてそれを人と呼ぶかは分からないが。

 とにかく。
 この男にゴリ押しは通用しない。
 夢女の時のような、化け物を相手にしているわけではない。目の前にいるこの敵は、少なくともあれよりは理性的な存在だ。
 ならば、勝つための手立ては一つしかない。
 
 真理が両手を合わせて、祈るように目を閉じた。
 そして、そのまま再び宗蓮へと飛ぶ。
 ――あちらが人を相手にした武術で対抗してくるのなら、こちらは化け物の流儀で向かうべきなのだ。
 拳ではなく、突き刺す槍のように手を伸ばし、それを宗蓮に向けて穿つ。
 空手の貫手に近いそれが、宗蓮に向けて放たれる。
 
 四つ。

 真理の背中から生えた四本の腕の貫手を、後ろに下がりつつ、自分の腕で防御した宗蓮が、じっと真理を見つめる。
 着ていたスーツは所々破れ、金属の体が覗かせており、そこに傷は一つもなかった。
 だがまたしても、真理の攻撃は宗蓮を傷つけるには届いていなかった。

 ――足りない。
 もっと相手の動きを正確にとらえる必要がある。もっと速度が必要だ。もっと強靭さが必要だ。
 
 合わせていた手を放して、顔を覆う。
 今のままでは足りない。

 ――もっと化け物が必要だ。

 真理が顔を覆う手を放す。その下にあったのは、もはや双眼ではなかった。
 赤黒く胎動する肌。無数に存在する大小の瞳。
 六本の腕も朱に染まり、爪は伸び、より獲物を刈る形となった。

◆◆◆

 変形を終えた真理が、先の攻撃を凌ぎ、態勢を立て直したばかりの宗蓮に追い打ちをかける。
 
 ――先ほどよりも深く、早く、激しく。
 真理の腕の一本が、宗蓮へと迫る。先ほどと同じように、宗蓮が腕でいなす。
 真理の腕がはじかれ、その爪が割れ、血が飛び散る。
 そして。

 宗蓮の金属の肌が削れ、その下にあった導線の血管が姿を現した。
 それを二人が見る。
 刹那。

 真理は吠え、一歩踏み込みさらに攻撃を繰り出した。
 宗蓮の手が赤く光り、熱を持つ。
 そして、その熱でもって、迫りくる真理の腕を溶かすように手刀で切断した。
 
 ちぎれ飛ぶ自身の腕に構わず、真理はただひたすらに、腕を振るった。
 腕が尽きれば腕を生やした。
 痛みに呑まれかければ、獣のように吠えてそれをしまい込んだ。
 今はただ、目の前の敵を倒すために。
 共にここに来た、彼のために。
 
◆◆◆

「それが限界か」
 宗蓮のその声には、焦りも疲れも無かった。
 機械の体には所々傷が出来ていたが、どれも致命傷ではなかった。
 対して真理は、膝をつき、頭を垂れて、肩で息をしていた。
 背中の腕は全て斬られて血にまみれ、増やした瞳はもはや何も映してはいなかった。
 
 宗蓮の手が、再び赤く光る。
「生け捕りは難しそうだな」
 すぐ側の宗蓮の声が遠く聞こえる。
 真理はぼんやりとした頭の中で、ふとそんなことを思っていた。
 疲れる、という経験も初めてだし、痛いという体験も初めての事だった。
 
 ――人間というものは、こんなことを抱えて生きているのか。
 不意に何だかおかしくなって、小さな笑いが口元から漏れた。
 ――そりゃあ、強いわけだ。

「では、死体で回収するとしよう」
 宗蓮の手が迫る。
 しかし、その手は、届かない。

「……あ」
 宗蓮の体の中から、破裂音が鳴り響く。
 宗蓮の体がのけぞり、痙攣する。
「な、にをした」
「お前の体内に潜らせたワタシを爆発させている」
「あ……?」
「ワタシは、自分の体を自由に変化させることが出来る。腕を増やしたり、目を増やしたり。それは分離している自分の体でも同じだ」
 宗蓮が何かを言おうとするが言葉にはならない。喉が爆発したからだ。
 どうにか真理を殺そうと、宗蓮がぎこちない足取りで、真理に迫る。
 傷口からは煙が立ち上り、左腕は既に機能を停止したのか、だらりと下がったまま、ピクリともしていない。
「でも、お前を倒すのは、ワタシじゃない。宗助だ」
 トントンと自分の頭を叩く。

 直後。
 宗蓮の頭から破裂音が聞こえ、足が止まる。
 瞳から色が失われ、そのまま前のめりに倒れ込む。
 宗蓮の頭から煙が立ち上る。

 そこは、宗助が真理の体で出来た銃弾を撃ち込んだ箇所だった。

◆◆◆

 その部屋は再び静かになった。
 倒れて動かなくなった宗蓮を前に、座り込んだまま呼吸を整えていた真理は、どうにか立ち上がり、宗助のもとへと向かう。

 悪は滅び、姫は助け出されるのを待つだけだ。
 なら、姫を助ける勇者が必要だ。
主人公は生きていなければならない。それがハッピーエンドの条件だからだ。
 動かなくなった宗助を抱き起し、両手でその頬に触れる。

 これで最期だ。
 寂しいし、辛いし、しんどいし、悔しいし、悲しいけれど。
 それでも、それよりも。
 ワタシは彼を望む。
 
 自分の額を彼の額と合わせる。
 自分の体が溶け出していくのが分かる。
 
◆◆◆

 何度目だろうか。
 山未宗助は、あの映画館に居た。
 上映されているのは、これも何度も見たヒーローの映画。
 炎を操るヒーローが、サイボーグの敵と戦う映画。
 けれど、今日はいつもと違う所が一つあった。

「――この映画、実はワタシも見たんだよ」

 右の席に真理がいた。
「僕に話を合わせるために?」
「……まぁ、それはそうなんだけど」
「っていうか、僕、どうなったんだっけ」
「宗蓮に腕を貫かれて――」
「死んだ」
「まぁ、ね」
「じゃあ、ここは死後の世界?」
「いいや。キミの精神世界、みたいな感じだね」
「――死んだんじゃないのか、僕は」
「生き返ったんだよ」
「――じゃあ、ここが僕の精神世界として、お前は僕が作り出した、お前ってこと?」
「いいや、ワタシはワタシだよ」
「は……?」
 
 横の真理を見やる。
 彼女はただぼんやりと映画を観ていた。
「これはキミの話だ。だから、キミがこれを終わらせるべきなんだ。変な人間もどきが〆る話じゃない」
「それで、その変な人間もどきはどうなるんだ」
「さぁ? 自分の世界に帰るんじゃないのかな?」
 映画はもうすぐ終わろうとしていた。
 悪いサイボーグは倒されて、ヒーローがヒロインを助けていた。

「嘘つくなよ」
 口から漏れ出た声は震えていた。
「お前死ぬんだろ。帰れないって言ってたじゃないか!」

「――どうしてキミが怒るのさ」
 真理はまだ映画を観ていた。
 死がそこに来ているというのに、真理の口調は穏やかで。
 宗助はそれが無性に腹立たしかった。
 
「好きだからだよ」
 真理の自分に対する態度の理由が、打算的なものだった。
 けれども、彼女との日々は確かに刺激的で、楽しく、心満たされるものだった。 停滞していた日々から抜け出すことが出来た。
「そっか」
 そこで真理がこちらを向いた。
 
「一緒か」
 右目からは涙が流れていた。
 頬をやさしく触れられる。
「さぁ、映画はもう終わる。キミは、キミの話を終わらせに行くんだ」
 その手に力がこめられる。

「ありがとう」

 そう言って、真理に頬をつねられた。
 夢はそれで醒めた。
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