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◇◇◇
今日は雨が降っていた。
牢獄で過ごしていた日々のせいで僕は雨の日が苦手になっていた。暗い空模様に同調するように、憂鬱とした気分に襲われる。
そんな日はいつも考えないようなことが頭に浮かんで邪魔だった。エンジュもウィリデ様も先生もそんな僕に気がついているようで、気遣わしげだ。
思い浮かぶことはいつも同じことだった。
僕だって父様と母様と兄様と幸せに暮らし続けたかった、ということだった。
確かにひどい人たちだったのだろう。
ここでたくさんの人に関わってから前よりもミルトニア男爵の行いを客観的に評価できるようになった。
でも僕はあの家であの人たちと過ごした日々が愛しくて懐かしかった。
家族がいて、使用人がいて、地位もお金も権力も持っているウィリデ様とそういう日にお話しするのは心がつらかった。彼が何も悪くないことは理解していたのに。
ここのアシダンセラ伯爵一家は善良な人たちだ。
それは身をもって理解した。
そして、僕と僕の家族は裁判にかけられるくらい人間を虐げて生きてきた。僕たちは領民に屋敷を襲われたとしても、当然のことをしていた。
領民が疲弊しきっていてそれどころじゃなかったのは幸いといって良いものなのか。
でも、と心の奥底で囁く声がある。
僕に甘やかして育ててくれた家族は「僕にとっては良い人たち」だった。両親はいつも僕に優しかったし、兄様も可愛がってくれていた。言いつけさえ守れば僕のやりたいようにやらせてもらえることも多く、欲しいものはだいたい手に入れることができた。
今思えば家族からの愛情は歪んだところもあったのだろうが、毎日が幸せで恵まれた生活をしていた。
その幸せな生活を奪われた、という意識はいつまで経っても消えなかった。
領民を犠牲に贅沢していた生活が懐かしいと誰かに話すわけにもいかないこともわかっていた。
時間が経って今の環境に馴染むにつれてずいぶんと薄まっていた復讐への気持ちに火が点る。これは誰にも知られてはいけない感情だった。
父様と母様と兄様は裁判で辱めを受けたあげく監獄へ送られて死んでしまった。もちろん法律に基づいて正しく裁かれて、僕たち家族は人道的な判決を下された。
それでも僕は両親と兄に死んでほしくなかったし、家族で幸せに生きていたかった。どうしても頭ではわかっていることに気持ちがついて来なくてつらかったから、目を背け、何も考えないようにここ数ヶ月を過ごしてきた。
雨の日はそんな気持ちを頑張らないと抑えられないことが多く、この日もそうだった。
午前にウィリデ様の明日以降の予定を確認して、これからの季節に着ないであろう衣類を整理する。そのあとに食堂で昼食を取り、午後になってウィリデ様の元へと向かった。
父親の調子が悪くて最近あまり来られてなかった先生はついに不幸があって、しばらく休暇を取ることになっていた。
そのため、最近の授業はウィリデ様の部屋で行われていた。
僕に教えてばかりだとウィリデ様の時間をいたずらに使うだけで良くないのでは、と思ったが「エリュに教えることでわたしもおさらいができるんだ」と押し通されたし、伯爵も反対しなかった。
「ウィリデ様、今日もよろしくお願いします」
ウィリデ様は僕に座るよう促した。
彼の指が本を開く。
「今日は領地の経営について、さわりを勉強しよう」
ミルトニア男爵領は国に没収されたと聞いた。
僕が過ごしたあの屋敷も、もう僕が行っていい場所ではない。
憎しみの炎をいつもの表情で押さえ込んだ。
今日は雨が降っていた。
牢獄で過ごしていた日々のせいで僕は雨の日が苦手になっていた。暗い空模様に同調するように、憂鬱とした気分に襲われる。
そんな日はいつも考えないようなことが頭に浮かんで邪魔だった。エンジュもウィリデ様も先生もそんな僕に気がついているようで、気遣わしげだ。
思い浮かぶことはいつも同じことだった。
僕だって父様と母様と兄様と幸せに暮らし続けたかった、ということだった。
確かにひどい人たちだったのだろう。
ここでたくさんの人に関わってから前よりもミルトニア男爵の行いを客観的に評価できるようになった。
でも僕はあの家であの人たちと過ごした日々が愛しくて懐かしかった。
家族がいて、使用人がいて、地位もお金も権力も持っているウィリデ様とそういう日にお話しするのは心がつらかった。彼が何も悪くないことは理解していたのに。
ここのアシダンセラ伯爵一家は善良な人たちだ。
それは身をもって理解した。
そして、僕と僕の家族は裁判にかけられるくらい人間を虐げて生きてきた。僕たちは領民に屋敷を襲われたとしても、当然のことをしていた。
領民が疲弊しきっていてそれどころじゃなかったのは幸いといって良いものなのか。
でも、と心の奥底で囁く声がある。
僕に甘やかして育ててくれた家族は「僕にとっては良い人たち」だった。両親はいつも僕に優しかったし、兄様も可愛がってくれていた。言いつけさえ守れば僕のやりたいようにやらせてもらえることも多く、欲しいものはだいたい手に入れることができた。
今思えば家族からの愛情は歪んだところもあったのだろうが、毎日が幸せで恵まれた生活をしていた。
その幸せな生活を奪われた、という意識はいつまで経っても消えなかった。
領民を犠牲に贅沢していた生活が懐かしいと誰かに話すわけにもいかないこともわかっていた。
時間が経って今の環境に馴染むにつれてずいぶんと薄まっていた復讐への気持ちに火が点る。これは誰にも知られてはいけない感情だった。
父様と母様と兄様は裁判で辱めを受けたあげく監獄へ送られて死んでしまった。もちろん法律に基づいて正しく裁かれて、僕たち家族は人道的な判決を下された。
それでも僕は両親と兄に死んでほしくなかったし、家族で幸せに生きていたかった。どうしても頭ではわかっていることに気持ちがついて来なくてつらかったから、目を背け、何も考えないようにここ数ヶ月を過ごしてきた。
雨の日はそんな気持ちを頑張らないと抑えられないことが多く、この日もそうだった。
午前にウィリデ様の明日以降の予定を確認して、これからの季節に着ないであろう衣類を整理する。そのあとに食堂で昼食を取り、午後になってウィリデ様の元へと向かった。
父親の調子が悪くて最近あまり来られてなかった先生はついに不幸があって、しばらく休暇を取ることになっていた。
そのため、最近の授業はウィリデ様の部屋で行われていた。
僕に教えてばかりだとウィリデ様の時間をいたずらに使うだけで良くないのでは、と思ったが「エリュに教えることでわたしもおさらいができるんだ」と押し通されたし、伯爵も反対しなかった。
「ウィリデ様、今日もよろしくお願いします」
ウィリデ様は僕に座るよう促した。
彼の指が本を開く。
「今日は領地の経営について、さわりを勉強しよう」
ミルトニア男爵領は国に没収されたと聞いた。
僕が過ごしたあの屋敷も、もう僕が行っていい場所ではない。
憎しみの炎をいつもの表情で押さえ込んだ。
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