復讐しようとして上手くいかなかった話

菫野

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「それに、僕にも奥様からお話があって、ウィリデ様と関わらなくていいように新しく先生を呼んだほうがいいかと聞かれました。ウィリデ様に会える日が減るのが嫌で、断っちゃいましたけど。早く従者になれるように頑張りたいです」

これは本心だった。
あれから自分の気持ちを夜な夜な考えていた。本当はどうなりたいのだろう。もしもウィリデ様や奥様を刺したとして、その先はどうなりたいのだろう。彼らがいなくなれば満足できるのだろうか。そもそも彼らを憎んでいるのだろうか。

褒めてもらえると嬉しいし、優しくしてもらえても嬉しい。
僕に良くしてくれている伯爵家に恩を返したい気持ちはある。もしかして、この場所でこの人たちに認められてずっと生きていくのも悪いことでもないんじゃないかと少し思った。

そして、復讐心だと思っているこの気持ちが本当にこの一家に対するものなのか。仮に多少憎しみがあったとしても、他に憎しみに隠れた気持ちがあるのではないか。向き合って折り合いをつけていくのが正しいのではと思うようになった。


「エリュにそう言ってもらえて嬉しい。でもわたしは君にきちんと言葉にして伝えたいことがいろいろあるんだ」

ウィリデ様は僕の手を撫でた。
昨日言われたことが頭をよぎったが、全然嫌じゃないからまあいいかと思った。

以前から、ウィリデ様に見つめられると落ち着かない気分になってしまう。しかもなぜか彼の側から離れるのはどうしても嫌で、奥様から従者にならなくてもここにいていいのよ、と言われたときは思わずウィリデ様の従者になりたいと言った。
奥様は変わらず心配そうにしており、その心遣いは嬉しかった。


◇◇◇
休みを挟んで数日経ち、ウィリデ様から視察に行く名目で元ミルトニア男爵領に行くことになったと聞いた。
僕は身の回りの世話をする使用人としてついていけるそうだ。初めての遠出を心配してくれたエンジュも一緒について来てくれるから安心だった。
侍従も護衛も同行するから大所帯だなと思った。

僕はエンジュとウィリデ様と同じ馬車を使った。
侍従でもないのにと、恐れ多かったがウィリデ様の希望だった。将来従者になるのならこういう経験も必要だろうと言っていた。

「そろそろ遠くに街が見えてきただろう」
「はい。あれが元ミルトニア男爵領なんですね…」
遠目で見た元ミルトニア男爵領の街は思っていたよりも活気のある街だった。
家から街に自分で出かけることはなかったし、捕らえられて馬車に乗せられたときは景色を眺める余裕もなく、これが初めて見た男爵領の街といってもいい。

アシダンセラ伯爵領の街中に比べると劣るけど、貧しい様子もなかった。

普通は他の領地の視察をする場合、領主の屋敷に挨拶へ行くらしいが、ここは今王家の領地になっているので、そういうことは事前に旦那様が王家と調整していたようだった。

今日はいちばん大きい街の町長の家にお世話になることが決まっていて、まずそちらへ向かう予定だった。

「エリュ、腰は大丈夫?」
「……なんとか」
馬車を降りると足元がふらついた。
乗り慣れていないので振動が地味に尻と腰につらくて、それが足にも影響しているようだった。
エンジュも僕の後ろで気合を入れて立っている。

「歩けるようならこのままお世話になる町長に挨拶して、荷物を置かせてもらって、それから街に出ようか」
ウィリデ様はいつも通りの綺麗な姿勢で立ち、爽やかにおっしゃった。

◇◇◇
借りる部屋は全部で5室で僕はエンジュと二人でひと部屋を使うことになった。同室者が知っている人で良かったと思った。
ウィリデ様の荷物の整理を済ませて、支度を整えると僕、ウィリデ様、エンジュ、二人の護衛で街へ向かった。
旦那様は町長と話があるようだった。

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