復讐しようとして上手くいかなかった話

菫野

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「ウィリデ様、ここの街は賑やかでいいですね」
ミルトニア男爵が治めていたときは重税に苦しんでいた、という話を聞いていたせいで、もっと貧しいものだと思っていた。農村の方へ行くとまた印象が変わるのだろうか。

「そうだね。活気のあるいい街だと思う」
久しぶりの遠出だからかウィリデ様の様子が心なしか楽しそうだ。
「それでは、カルミアの家に向かう途中の市場を通り抜けてみようか」

見たいものを事前に考えておいて、と言われていたのでウィリデ様に市場や銀行、住居を見たいと伝えてあった。
住んでる人の暮らしが知りたかった。
住居は空き家を見せてもらえるのだと思っていたら、元男爵家で使用人をしていたカルミアという人が昼食に招待してくれることになり、お言葉に甘えることにした。彼女は5年前、出産を期に退職していて娘がいるという。旦那がウィリデ様が懇意にしている商会に所属しているらしい。
男爵家で働いていたなら僕に良い感情はないのでは、と聞くと信頼できる夫婦だから安心しなさいと言われた。


カルミアの住む家は町長の家から歩いて行ける距離で間に市場があり、徒歩で向かう。
昔はともかく今は治安も良いため、護衛は二人いれば十分とのことだった。

市場自体は屋敷から近い中心街へよく行くので珍しくはなかったが、売られている品物が違っていて興味を惹かれた。
元ミルトニア男爵領は農家が多いため、工芸品よりも野菜や果物の店が多い。またこの領地には大きな湖があり、そこで獲れる魚の店がある。他にもよその地域から仕入れた日用品や布を売る店がいくつかあり、肉や乳製品はあまりないようだった。
色々な商品が並ぶ市場は、色とりどりで見ていて楽しかった。市場にいる人々は生き生きとしていて、賑やかなことも僕をわくわくさせた。

魚屋の横を通って、自分は家で魚料理がよく出されていた理由も知らずに生きていたんだなと思った。

「扱う品物が全然違うんですね」
わくわくした気持ちを抑えきれず、弾んだ声色で横を歩くエンジュに話しかけた。彼もまた楽しげな様子だった。
「特産物が違うとこうも違うもんなんだな。滅多に領地から出ることがないから新鮮だ」
「大きな湖で獲れる魚はここ以外であんまり出回っていないと聴きました。屋敷から近い街も馴染みがあって好きですけど、初めて来た市場は見ていて楽しいです」

僕の前を歩くウィリデ様に目をやる。
この国ではあまり見かけない彼の黒髪は街にいると目立つな、と思った。

ウィリデ様の後頭部をじっと見ていると、視線を感じたのか彼が振り向いた。
「エリュは何か気になるものとかあった?」
「えっと、果物屋でまだ桃が売っていて驚きました」

まさかウィリデ様の髪を見ていたなんて言えないから少し慌てて、とっさに先ほど見かけた桃を話題にした。
夏も終わりに近づいている時期に桃を見るとは思っていなかった。アシダンセラ伯爵領ではとっくに盛りが終わっている。

「ここはアシダンセラ伯爵領よりも暖かいから、夏の果物が長い間獲れるのでしょうか」
「よくわかったね」
ウィリデ様は少し驚いたふうに目を瞬き、僕を褒めるように肩を叩いた。僕は嬉しくて照れた。

エンジュが隣でゴホン、と咳をした。

「ウィリデ様もご存知でしょうが。エリュはそれはもう勉強熱心で、休みの日も街の図書館に行って本を読んでいるんですよ」
「それは将来有望だね。屋敷の図書室も利用しているだろう?」
「はい、どちらも違った魅力があって、屋敷の図書室に不満があるわけじゃないんです。図書室はお勉強の本が多いから、休みの日は流行りの物語を読みに行ってるだけで休みの日までお勉強漬けってわけじゃありませんからね」


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