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エンジュが僕を揶揄うように言うのは、以前エンジュの誘いを断って図書館に行ったことがあるからだ。そもそも、僕が図書館に行く予定を立てた方が先だったし、エンジュの誘いは突然だったから僕は何も悪くない。本当にただ揶揄っているだけ。
親しい人とするような会話は楽しくて、先輩がエンジュで良かったなと思う。
◇◇◇
「よくお越しくださいました」
僕たちを歓迎するカルミアは若くて落ち着いた雰囲気の女性だった。彼女の旦那は中肉中背の男で見るからに明るくて陽気な様子だった。
娘は今日が楽しみで、すでに食卓についているという。
待たせては悪いからと、挨拶もそこそこに食事室へ案内してもらった。
外観からして一般的な平民の住む家はこんな感じなのだろうと思わせる雰囲気だった。
もの珍しくて視線をうろうろさせてしまいそうになる。
質素ながらも家に合わせて置かれている家具や調度品は趣味がいいなと思った。
食事室へ入ると、正面に飾られている大きめの絵が目を引いた。水路のある街が描かれていて、小ぶりな船が何隻も浮かんでいた。どこか遠くの地域だろう。
「素敵な絵ですね」
「ありがとうございます!これは南西の方にある水路が有名な地域で、移動手段は小舟だそうです。一度でいいから行ってみたいですね!」
ウィリデ様も絵が気になったようで、近寄って鑑賞していた。旦那の名前はセドラスというらしい。
「セドラスなら商品の仕入れなどで行ける日が来ると思いますよ」
「将来的にはそのつもりです!娘が大きくなったらツテを探すのもありですね!」
和気あいあいとしていると、あどけない声が聞こえてきた。
「お母さん、この人たちが言っていたお客さま?」
カルミアの娘だろう。栗毛の女の子がいつの間にか母親の足元に立ち、母親に尋ねていた。
彼女に気がついたウィリデ様が娘と視線を合わせるように膝を折った。
「こんにちは、わたしはウィリデ・アシダンセラ。挨拶が遅くなり申し訳ございません」
「あたしはミーア。お兄さんってとってもかっこよくて素敵ね」
幼くてもウィリデ様の美貌はわかるのだろう。頬を紅潮させている。
「こんにちは。俺はエンジュで、ウィリデ様の付き人だ」
「僕はエリュといいます」
ウィリデ様の後ろに立って、ミーアに名乗った。
彼女はエンジュと僕を観察するように眺めて、僕の髪に目を留めた。
「エリュさんの髪色って銀色なのね。エリュさんはいじめられてない?」
「ミーア、初対面人に失礼なことを言うもんじゃない」
セドラスが窘めるとミーアは不満げに父親を見上げた。
「だって、銀色の髪ってだけでクレヤラは前の男爵家の息子と一緒だって理由でいじめらていたんだもの」
その言葉に息を呑んだ。動揺が顔に出ないようにしないと、と思ったが心臓がばくばくと音を立ててどうしようもなかった。
カルミアは申し訳なさそうな様子で言った。
「クレヤラとは近所に住む娘の友人です」
「クレヤラがいじめられていたから、あたしがあじめていたやつを叩いてやったの!」
銀髪はこの国では珍しくはないけど、多くもない髪色だった。
「ミーアは勇敢だね」
ウィリデ様が感心したように言った。
「そうよ、あたしは勇敢なの。髪の色でいじめるなんて良くないわ」
ミーアが僕の目を見つめて、心配そうに眉を寄せた。
「エリュさんがもしいじめられていたらあたしが助けるから!エリュさんって顔が可愛くて弱そうだから、男の子たちにいじめられそう……」
「ミーア!」
ついに母親がミーアの頭を下げさせた。
「エリュ様、娘が申し訳ございません」
親しい人とするような会話は楽しくて、先輩がエンジュで良かったなと思う。
◇◇◇
「よくお越しくださいました」
僕たちを歓迎するカルミアは若くて落ち着いた雰囲気の女性だった。彼女の旦那は中肉中背の男で見るからに明るくて陽気な様子だった。
娘は今日が楽しみで、すでに食卓についているという。
待たせては悪いからと、挨拶もそこそこに食事室へ案内してもらった。
外観からして一般的な平民の住む家はこんな感じなのだろうと思わせる雰囲気だった。
もの珍しくて視線をうろうろさせてしまいそうになる。
質素ながらも家に合わせて置かれている家具や調度品は趣味がいいなと思った。
食事室へ入ると、正面に飾られている大きめの絵が目を引いた。水路のある街が描かれていて、小ぶりな船が何隻も浮かんでいた。どこか遠くの地域だろう。
「素敵な絵ですね」
「ありがとうございます!これは南西の方にある水路が有名な地域で、移動手段は小舟だそうです。一度でいいから行ってみたいですね!」
ウィリデ様も絵が気になったようで、近寄って鑑賞していた。旦那の名前はセドラスというらしい。
「セドラスなら商品の仕入れなどで行ける日が来ると思いますよ」
「将来的にはそのつもりです!娘が大きくなったらツテを探すのもありですね!」
和気あいあいとしていると、あどけない声が聞こえてきた。
「お母さん、この人たちが言っていたお客さま?」
カルミアの娘だろう。栗毛の女の子がいつの間にか母親の足元に立ち、母親に尋ねていた。
彼女に気がついたウィリデ様が娘と視線を合わせるように膝を折った。
「こんにちは、わたしはウィリデ・アシダンセラ。挨拶が遅くなり申し訳ございません」
「あたしはミーア。お兄さんってとってもかっこよくて素敵ね」
幼くてもウィリデ様の美貌はわかるのだろう。頬を紅潮させている。
「こんにちは。俺はエンジュで、ウィリデ様の付き人だ」
「僕はエリュといいます」
ウィリデ様の後ろに立って、ミーアに名乗った。
彼女はエンジュと僕を観察するように眺めて、僕の髪に目を留めた。
「エリュさんの髪色って銀色なのね。エリュさんはいじめられてない?」
「ミーア、初対面人に失礼なことを言うもんじゃない」
セドラスが窘めるとミーアは不満げに父親を見上げた。
「だって、銀色の髪ってだけでクレヤラは前の男爵家の息子と一緒だって理由でいじめらていたんだもの」
その言葉に息を呑んだ。動揺が顔に出ないようにしないと、と思ったが心臓がばくばくと音を立ててどうしようもなかった。
カルミアは申し訳なさそうな様子で言った。
「クレヤラとは近所に住む娘の友人です」
「クレヤラがいじめられていたから、あたしがあじめていたやつを叩いてやったの!」
銀髪はこの国では珍しくはないけど、多くもない髪色だった。
「ミーアは勇敢だね」
ウィリデ様が感心したように言った。
「そうよ、あたしは勇敢なの。髪の色でいじめるなんて良くないわ」
ミーアが僕の目を見つめて、心配そうに眉を寄せた。
「エリュさんがもしいじめられていたらあたしが助けるから!エリュさんって顔が可愛くて弱そうだから、男の子たちにいじめられそう……」
「ミーア!」
ついに母親がミーアの頭を下げさせた。
「エリュ様、娘が申し訳ございません」
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