【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり

文字の大きさ
44 / 65
第三章 愛した人

十三

しおりを挟む
午前中に副院長が診察したカルテの確認を拓海はしていると、診察室の扉をノックする音がした。拓海は返事をすると穏やかな笑みを眼鏡越しに浮かべた院長が部屋に入ってきた。
慌てて椅子から立ち上がろうとする拓海を院長が制止する。座っている拓海の前にある患者用の椅子に院長は座った。優しい雰囲気を壊さない落ち着いた声色で院長は言った。
「新条君、仕事に慣れてきましたか?」
「はい! 不安もありますが、なんとか」
「そうですか、不安はどういった事ですか?」
「その、技術の面でまだ不安が」

拓海がそう言うと、いつの間にか裏から診察室に移動してきた看護師の三人。裏といっても、四つの診察室は薄い壁で仕切られているだけで、診察室の扉の反対側は従業員が患者のいる扉から入らずとも、移動できるように通路となっている。看護師たちはそこで医療器具や機械などを必要になった診察室にすぐ持っていけるように、待機していた。

 なるほど、院長がわざわざが診察室の扉から入ってきたのは、彼女たちが通路で世間話に夢中になっていたからか。

彼女たちは拓海の話を遮り、勝手に話し始めた。

「なーに言ってんの! 看護師の私達より採血が丁寧で、患者さんの不安も取り除くのも上手じゃない」
「それに、看護師の私たちの仕事もほとんど一人でやっちゃうから、手伝いたいのにすることないのよ」
「老若男女の患者さんを虜にしている、若手先生って患者さんの間で有名よ~」
「まだまだ研修中の身ですから」
拓海は最後の方の看護師が言っているのは褒め言葉として受け取っていいモノか分からず、愛想笑いをした。

「ハハハ、流石だね新条君」
院長が彼女たちの言葉を聞いて、嬉しそうに頷く。

「五十嵐先生のファンの多くは、新條先生に乗り換えてるとか」
看護師がその話をした時、南が「にぎやかだから何してるかと思ったら」と言いながら裏から姿を現した。患者と医者と看護師の多くても三、四人が入れるのを想定して作られているのだろう診察室が狭くなった。
「皆さん患者の事ファン呼ばわりして、それだけなら耳を塞ぎますけど、拓海に変な事吹き込まないでくださいよ~」
看護師の一人が「あら、新條先生のお兄さんが登場ね」と言った。

「新条先生、皆さんに仕事以外の話を振られても、適当に返事するだけで良いですからね」

拓海も南も普段から、ここまでかしこまった会話をしたことが、それこそ初対面の時以来で、拓海は未だにこの環境で慣れていないのは南との会話だけだなと感じていた。他の人がいない時でも、このような話し方をされるもんだから、拓海は学生気分から早く抜けることが出来たが、いち医者として立場上の責任を強く持つようになった。拓海は南を医者として尊敬しており、それは、あの日の”運命の番”としても本能より、純粋で受け入れやすい感情だと思った。

「もう、五十嵐先生ったら冗談が通じないんだから!」そう言う看護師たちの反応は決して快く思わぬものでなく、南の仕事に真面目な一面を良く思っている様だ。

「そろそろ、お昼にしようか」と言った院長の声で看護師たちは目を輝かせた。南は看護師たちに、今日は別のお店でお弁当を頼んでたんですよねと言って診察室から連れ出した。
「今日の診察が終わったら、相談がありますから、後で院長室に来てくださいね」
拓海が返事をすると院長が「私たちも行きましょう」と言った。
なんの相談だろう、と疑問に思いつつも残りの副院長との仕事もミスなく終わることが出来た。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。 幼い日、高校、そして大学。 高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。 運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

【BL】声にできない恋

のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ> オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

手の届かない元恋人

深夜
BL
昔、付き合っていた大好きな彼氏に振られた。 元彼は人気若手俳優になっていた。 諦めきれないこの恋がやっと終わると思ってた和弥だったが、仕事上の理由で元彼と会わないといけなくなり....

どうか溺れる恋をして

ユナタカ
BL
失って、後悔して。 何度1人きりの部屋で泣いていても、もう君は帰らない。

処理中です...