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凛七星

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第十三章

間一髪

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 ほんの数百メートルしか離れていないにもかかわらず、飲食店などで賑わう場所とは対照的に山内が指定した工場跡地は、人影も灯りも少ない寂しい場所だった。レンガづくりのどこか異国情緒もなくはない倉庫群を抜け、ケイと徳山、そして後ろ手に縛られた劉たちは、ゆっくりとした足取りで進んでいった。
「あそこのようだな」
 ケイは窓からわずかな光が漏れる小さな造船工場だった場所を見て、徳山に警戒するように声をかけた。ふたりは銃を取り出すと、弾倉を外し確認して再びもとの位置に戻した。
「最初はオレだけが中に入る。一度に入ったら、まずい。まとめて撃たれっちまう」
「できるだけ時間を稼ぐんやぞ。チャンがオレたちを取るんか、山内と鈴木を取って見殺しにするんかは、まだわからんけどな」
「たぶん……来るさ。あいつも商売をしやすい相手がどっちか知ってるだろ」
 ケイはそう言いながら徳山の顔を見てうなずいた。そして扉をゆっくりと開け中へ入る。ぐるりと見渡すが、人影は見えない。ケイは二階の控え室とおもわれる場所に向かって叫んだ。
「おい、約束どおり劉を連れてきてやったぞ。顔を見せろ」
 その声が届いたのか金属製の扉が開くと、中から白姫を腕の中に置いた山内と鈴木が姿を現した。ケイを見た白姫が何か言おうとする、その口を山内が塞いだ。
「黒幕のご両人が登場ってわけだ」
「劉はどうした?」
 山内が銃口を白姫のこめかみに向けてケイを睨んだ。傍らには爬虫類のぬめりとした表皮を連想させる肌で、無表情を装った顔の鈴木が立つ。おそらく手下の連中はこの工場内のどこかの物陰に身を隠しているに違いない。
「のこのこと劉と二人でお前らの前に出たりすれば、啖呵のひとつも吐けないでオロクにされちまうだろうが」
ケイも腰からMKⅢを抜くと撃鉄を降ろし、いつでも撃てる状態で銃口を向け徐々に距離を縮めて近づいた。互いの射程距離にはまだ少しある。
「どのみち、ここまで来たらいっしょだろ。オレはオメェがこの女と一緒に死ぬつもりだとおもってたんだがな」
 山内がそう言うと、鈴木も光る銃口をケイに向けて、薄い唇を小さく動かした。
「まとめて死んでもらわないと、いろいろ厄介だしな」
 その言葉を合図にいままで隠れていた連中が銃を手に姿を暗がりの中に現した。
「衛藤の兄貴は……殺ったのか?」
 ケイの問いかけに鈴木は薄ら笑いを浮かべて、両者の間にあるクレーンの先を照らした。その先には頭と身体を無数に撃たれて、血みどろのになった衛藤が処理された肉のように吊られていた。それを見ながら鈴木が珍しく大声を張り上げた
「このくされオヤジにはついていけねぇんだよ。てめぇだけはいつも安全なところに身を置いて、下のもんには平気で泥を咬ませる。オレもいつ使い捨てにされるかわかったもんじゃない。それに、いまの時代は何でもかんでもイケイケじゃ通用しねぇからな」
「ふん、つうことは金山のオジキを消したのは山内の手ってことだな」
ケイと鈴木の話に割って入って、山内が口を挟んだ。
「金山のオッサンも最近は腰が引けてイモ引きっぱなしだしよぉ。まぁ、チョンでいまの地位まで伸し上がったのはてぇしたもんだが、それを守ることばかりに汲汲しちまって攻めることを忘れちゃ、ヤクザもお終めぇだよ」
「てめぇのオヤジをオッサン呼ばわりしたり、チョンだとバカにするようなヤツもヤクザとしてどうなんだろうねぇ」
 ケイは山内の口ぶりに怒りを抑えつつ皮肉たっぷりに言い放った。山内は銃口を白姫からケイに向けると唇とこめかみを震わせて鉄爪を絞った。乾いた銃声が一発、廃墟と化した工場内に響く。だがケイはまだ当たる距離にいない。弾丸は大きくそれて離れた地面を跳ねた。一瞬にして周囲は緊張感が張りめぐる。
「なめんじゃねぇぞ、コノヤロウ!チョンもチャンも、ほかの外人連中も日本じゃ地べたを這い回って、オレたち日本人のケツの穴なめて生きてりゃいいんでぇ、いやなら日本から出ていきやがれっ!」
 呆れて頭を横に何度も振りながらも、ケイの目は山内を睨みつけたままだ。
「おまえのようなバカになにも言うことはねぇな。それより、白姫を放してこっちへ渡せ。劉をそっちへ渡すのはそのあとだ」
 いきり立つ山内を横に鈴木が一歩前に出て、判決を言い渡すようにケイに告げた。「バカはおまえだ。劉が近くに運ばれてるなら、女もおまえもここで殺ってしまっても何も問題ないんだぜ。そのあとヤツを探せばいいだけだ……」 
「そう簡単にオレを殺れるかなぁ」
 山内は白姫から手を離してケイのところへ行けと突き飛ばした。
「そこまでだぁっ、そこで止まれぇっ!」
 ケイのもとへと急ごうとする白姫の背中に山内は命令すると、彼女の足元近くをめがけて威嚇の一発が放たれた。白姫が銃弾の音と、それに弾かれ地面から立ち上る埃と床の破片に怯え立ち止まる。その位置は山内たちの射程距離内だった。
「ケイサン……」
 泣き顔の白姫がケイに助けを求める。
「だいじょうぶだ。ゆっくりと、こっちへ来い」
「その女を助けてやるんだろ。ほら、早く近くに行ってやれよ。二人いっしょにあの世に送ってやるからよ。どうしたぁ、さっきの威勢は」
 ケイに引導を渡そうとする鈴木の言葉が終わらないうちに、工場の入り口付近で銃を構えながら徳山が姿を見せ吼えた。
「おいコラ、おんどれぇ。しっかり話は聞かせてもろたでぇ」
 その声に山内と鈴木の顔はひきつった。たとえ金山組の組内で冷や飯を喰ってるとはいえ徳山は畑上一家の直系幹部の子分だ。ケイとは立場が違って、本家の親分衆へも自分たちの仕業を直に伝えることだってできる。
「おめぇがなんでここに……まぁいい、まとめて始末してやる」
「おぅ、待ったらんかいっ!そこらへんでウロチョロしとんの、おまえら親殺しの片棒を担いだっちゅうことになったら、もう極道で生きていけへんぞぉ!それでも、そこの二人の命令を聞くっちゅうんかいっ!」
 徳山がそう言って手下の連中の動揺を誘った瞬間、ケイにアイコンタクトをして銃を連射した。ケイは白姫のところへダッシュして飛びつくと、すぐ近くの物陰に転がり込んだ。激しい銃撃の音が交錯する。ケイの耳元へヒュンという空気を切り裂く音がいくつも飛んできた。そして銃声の合間に身を隠しつつ、ケイもそれに応戦した。
「ジョンファン、伏せぇぇっ!」
 徳山が叫びながら走り寄ってくると、相手のエリアにあるFUELと書かれたドラム缶に向けて発砲した。激しい爆発音と火柱が立ち、爆風があたりに吹き荒れて火の手が広がった。山内と鈴木、そしてその手下たちは後方へと退く。
「いまや、こっちまで来いっ!」
ケイは白姫の盾になりつつ、徳山のいるところへ逃げこんだ。



 銃撃戦は小休止した。
「まだチャンたちは来ないか?」
「あかんなぁ。あいつのこっちゃ、共倒れになってくれたらなんて、こすいこと考えてもおかしないぞ」
 一瞬、爆発にひるんでいた山内と鈴木たちの銃口が再び火を噴いて、ケイたち三人へと襲いかかった。
「このままじゃ、殺られるのを待つだけだ。ヒョンス、オレがヤツらをひきつけている間に白姫を連れて逃げろ」
「ダメ、ケイサンモ、イッショ。ミンナイッショニ、ニゲル」
 ケイの言葉に白姫が激しく首を振って拒んだ。
「そうしたいのは山々だけど、これじゃムリだ。こいつはオレの親友だ。信用していい。先に逃げろ」
「ねぇちゃん、ここはジョンファン……あ、こいつの本名はジョンファンっちゅうねんけどな」
「おまえ、こんなときに何の話をしてんだよ」
 ケイと徳山は顔を見合って、おもわず互いに小さく笑った。
「ここはジョンファンの言うとおりにしたりぃ。あんたの命を救うために、こいつムチャしとるんやから」
 徳山が引っぱって行こうとするのを白姫は涙を流して、まだ幼い子どものようなイヤイヤをする。それがまずかった。山内らの銃撃からは死角になる場所だった徳山と白姫の身体が、物陰からこぼれて相手の的になってしまって二人は弾かれたように床に倒れる。
「ヒョンス!白姫っ!だいじょうぶかぁっ!」
 徳山は身体を起こすと白姫の様子を確認した。顔をしかめる白姫の脇から血が滲んでいる。徳山はどうやら肩をやられたようだ。
「イタイ……」
「そやから素直に言うことを聞けっちゅうんじゃ、アホぉ。だいじょうぶや心配あらへん。白姫の傷はかすった程度や。オレの肩も、たいしたことないわ」
 白姫の傷は確かに深くはなさそうだが、徳山の方はかなり強がっているようだった。
「くそっ、これじゃ仕留められるのを待つだけになっちまうぞ」
 ケイはときおり反撃をしながら吐き捨てた。ここぞとばかりに相手の攻めは強まってくる。そのとき、自分たちの背後から激しい射撃音が炸裂した。チャンが数人の仲間を引きつれて、やたらめったらに撃ちまくっている。
「ヒーロー登場ってか、もうちょっと早く来れなかったのかよ」
 そう皮肉るケイの声がするところへチャンが走り寄る。
「共倒れを期待したけどね。でも、どう考えても戦力に差がありすぎるだろ。この先この街で、あいつらと商売するのはおもしろくないとおもってな」
「オレたちとなら、おもしろいのかよ」
「少なくともヤツらにオレの名前を呼ばれるのと、おまえたちに呼ばれるのとでは意味は違ってくるだろ」
 ケイはチャンの話に苦笑した。
「名前って、大事だもんなぁ」
「どうでもええから、早よここから連れ出してくれんかなぁ。けっこう痛いねんけ」
 ケイとチャンの話に徳山が割って入った。肩からはかなりの出血がある。
「そろそろサツも来るだろ。このニ人はオレたちにまかせろ。おまえは指名手配されてるんだろ、早く逃げた方がいいんじゃないのか?」
 ケイは白姫を見た。そして抱きしめると、涙を流す彼女に唇が触れるだけのキスをした。
「なんとか約束は守れたかな」
「ケイサン、マタアエル?ゼッタイ、アエル?」
「あぁ、会えるさ。それまでに傷を治して元気になっててくれよ」
 二人の様子にチャンがやれやれといった表情をしてケイにウインクした。
「かぁっ、メロドラマはそのへんにして早よ行けよ。それから、もし西の方へ行くことがあったらなぁ、オレの姉貴が『鳳仙花』って名前のボロい喫茶店をやっとるから、そこへ顔出せ。なんなり助けてくれるわ」
「ヒョンス、おまえとチングでよかったよ」
 ちゃかすような物言いで先を促がす徳山にそう言うと、ケイはチャンの援護射撃に守られて工場から飛び出していった。



つづく
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