9 / 9
安息の島の出会いと謎解き
しおりを挟む
――扉をくぐり抜けると、二人はふわりと浮遊し、そのまま緑に包まれた柔らかな大地へと静かに降り立った。
足元には深い苔がふかふかと敷き詰められ、しっとりとした湿気が頬を撫でる。眼前には、緑の木々に囲まれた安息の島が広がり、背後には白銀の雲海が揺れていた。
リゼットは鍵の紋章をそっと見返し、思わず息を呑む。
「ここが…安息の島?」
頬を染めた彼女の声に応えるように、カインは剣を納めながら周囲を鋭く見渡した。風のざわめきに混じって、遠くで小鳥の鳴き声が響く。
「油断はできないが、まずは様子を見よう」
二人はそっと歩みを進め、苔の香りが漂う森の小道へ入っていく。木漏れ日が差し込み、葉の隙間を通して緑の光がきらきらと揺れる。やがて小道を抜けると、視界がぱっと開け、石造りの小さな集落が姿を現した。
――生活の気配が伝わってくる。軒先からは炊事の煙がゆらめき、かすかな人声が遠くから聞こえる。建物の壁面には、これまで目にした鍵の紋章と似た模様が、浮き彫りで飾られていた。
リゼットがそっとつぶやく。
「鍵の紋章…この集落の人たちも、何か知っているかもしれない」
カインは頷きながら、先へ進む足取りを緩めた。
やがて二人の前に現れたのは、白髪の長老だった。杖を頼りにゆっくり歩くその姿は慈愛に満ちており、苔むした声で語りかける。
「あなたたちが鍵を持つ者か。かつて、この島にも鍵保持者が訪れしが、謙虚さを忘れ、鍵の力を乱用して島を傷つけし者あり。悲劇を繰り返さぬため、鍵を持つ者は試練を受けねばならぬ。真実を見ずに歩むことなかれ」
リゼットは一瞬迷いながらも、胸の鍵を軽く握った。
「はい。私たちは次の鍵を探しに来ました」
その言葉に長老はゆっくりと頷き、小道の先を指さした。
「まずは、この集落の中心にある石碑を訪れよ。そこに島の真実を映す手掛かりが刻まれておる」
――後方の丘の上には、島を見守るように大きな石像が立っていた。その胸部にも鍵紋章が刻まれ、石肌に朝陽がかすかに反射している。
リゼットは鍵を胸に押し当て、小さな声でつぶやいた。
「真実…緑の涙…」
カインは地図を広げ、集落の中央にある古びた石碑を指差した。
「行こう。この碑文を解けば、次の場所が分かるはずだ」
――木々に囲まれた小道を進むと、ほどなく広場にたどり着いた。そこに立つ石碑は高さ二メートルほどで、半分は苔に覆われ、古文は風化して読みづらい。夕暮れの光が斜めに差し込み、石碑の文言がかすかに浮かび上がる。
リゼットは鍵をかざしながら碑文を見つめた。すると文字の一部が淡く光り、「水を澄ませば真実映り、緑の涙が道を照らす──」という文言が浮かび上がった。
カインは眉を寄せ、地図と石碑を比較しながら考え込む。
「緑の涙…果実のしずくや木の樹液か? それとも泉の水面に映る緑か?」
リゼットは手を額に当て、目を閉じて考える。遠くから聞こえる子どもの笑い声と、風に揺れる木々のざわめきが、彼女の集中を覚醒させた。
「“水を澄ませば”と言っているのは、透明な泉に違いないわ。ここから少し離れたところに、小さな泉があったはず」
カインはうなずき、剣を軽く構えつつ二人は石碑を後にした。
――木漏れ日に照らされる小道を進むと、やがて小さな泉が姿を現した。泉の縁には苔むした石像が並び、水面はまるで鏡のように静かで透き通っている。
リゼットはそっと膝を折り、水面を覗き込む。底には錆びついた金属片の影がちらりと見え、その横には小さな亀裂が入った水底の岩が確認できた。彼女は息を呑み、手を水に差し入れようとした。
しかし、その瞬間、足元の石壁が軋んで小さな扉が開き、短い通路が現れた。通路を一歩踏み出すと、天井から毒性の微細胞子が噴き出す仕掛けが起動した。薄暗い通路に胞子が漂い、二人は咄嗟に身構える。
リゼットは震える声で「光を…!」と鍵を胸に押し当てるが、鍵はほとんど反応せず、ただわずかに震えるだけだった。
カインは咳き込みながらもマントを大きく広げ、胞子を遮るとリゼットをしっかりと抱きかかえた。
「島の魔力で鍵は封じられているのかもしれない。俺たちの力で突破するぞ!」
彼の声は低く熱を帯びていた。
カインはリゼットを抱え、壁の隙間から流れ込む清らかな空気をマントで誘導した。胞子は次第に外へと流れ去り、二人は通路の突き当たりまで駆け抜けた。
リゼットは胸を押さえながら息を整え、安堵の笑みを浮かべた。
「鍵は…無事みたい」
カインは笑みを返し、そっとリゼットの額に手を添えた。
「よかった。さあ、次の手掛かりが祭壇にあるはずだ」
通路の先にある小ぶりの石造祭壇には、半分崩れた地図と古文の断片が置かれていた。リゼットがそっと地図を拾い上げると、そこには小さく吊り橋の絵柄が描かれ、その隣には詩文が刻まれている。
――「天空を渡りし橋を越え、揺らめく光を求めし者にのみ、星の花は咲き誇る」
リゼットは地図に描かれた吊り橋を指差し、目を輝かせた。
「揺らめく光…空中に浮かぶクリスタルかもしれないわ」
カインも地図をじっと見つめ、北東方向を示して頷いた。
「この地図だと、霧の谷を越えた先に吊り橋の遺構があるはずだ。そこに進めば次の鍵が待っている」
祭壇の奥からは、かすかに聖歌を思わせる低い歌声が響いていた。リゼットはその神秘的な音色に目を細め、改めて鍵を握りしめた。
「行きましょう。次の試練が待っている」
カインも真剣な眼差しで頷き、二人は祭壇を後にした。
深い緑の小道を進む背中には、霧に包まれた谷と、空に架かる橋の幻影が映し出されているかのようだった。
足元には深い苔がふかふかと敷き詰められ、しっとりとした湿気が頬を撫でる。眼前には、緑の木々に囲まれた安息の島が広がり、背後には白銀の雲海が揺れていた。
リゼットは鍵の紋章をそっと見返し、思わず息を呑む。
「ここが…安息の島?」
頬を染めた彼女の声に応えるように、カインは剣を納めながら周囲を鋭く見渡した。風のざわめきに混じって、遠くで小鳥の鳴き声が響く。
「油断はできないが、まずは様子を見よう」
二人はそっと歩みを進め、苔の香りが漂う森の小道へ入っていく。木漏れ日が差し込み、葉の隙間を通して緑の光がきらきらと揺れる。やがて小道を抜けると、視界がぱっと開け、石造りの小さな集落が姿を現した。
――生活の気配が伝わってくる。軒先からは炊事の煙がゆらめき、かすかな人声が遠くから聞こえる。建物の壁面には、これまで目にした鍵の紋章と似た模様が、浮き彫りで飾られていた。
リゼットがそっとつぶやく。
「鍵の紋章…この集落の人たちも、何か知っているかもしれない」
カインは頷きながら、先へ進む足取りを緩めた。
やがて二人の前に現れたのは、白髪の長老だった。杖を頼りにゆっくり歩くその姿は慈愛に満ちており、苔むした声で語りかける。
「あなたたちが鍵を持つ者か。かつて、この島にも鍵保持者が訪れしが、謙虚さを忘れ、鍵の力を乱用して島を傷つけし者あり。悲劇を繰り返さぬため、鍵を持つ者は試練を受けねばならぬ。真実を見ずに歩むことなかれ」
リゼットは一瞬迷いながらも、胸の鍵を軽く握った。
「はい。私たちは次の鍵を探しに来ました」
その言葉に長老はゆっくりと頷き、小道の先を指さした。
「まずは、この集落の中心にある石碑を訪れよ。そこに島の真実を映す手掛かりが刻まれておる」
――後方の丘の上には、島を見守るように大きな石像が立っていた。その胸部にも鍵紋章が刻まれ、石肌に朝陽がかすかに反射している。
リゼットは鍵を胸に押し当て、小さな声でつぶやいた。
「真実…緑の涙…」
カインは地図を広げ、集落の中央にある古びた石碑を指差した。
「行こう。この碑文を解けば、次の場所が分かるはずだ」
――木々に囲まれた小道を進むと、ほどなく広場にたどり着いた。そこに立つ石碑は高さ二メートルほどで、半分は苔に覆われ、古文は風化して読みづらい。夕暮れの光が斜めに差し込み、石碑の文言がかすかに浮かび上がる。
リゼットは鍵をかざしながら碑文を見つめた。すると文字の一部が淡く光り、「水を澄ませば真実映り、緑の涙が道を照らす──」という文言が浮かび上がった。
カインは眉を寄せ、地図と石碑を比較しながら考え込む。
「緑の涙…果実のしずくや木の樹液か? それとも泉の水面に映る緑か?」
リゼットは手を額に当て、目を閉じて考える。遠くから聞こえる子どもの笑い声と、風に揺れる木々のざわめきが、彼女の集中を覚醒させた。
「“水を澄ませば”と言っているのは、透明な泉に違いないわ。ここから少し離れたところに、小さな泉があったはず」
カインはうなずき、剣を軽く構えつつ二人は石碑を後にした。
――木漏れ日に照らされる小道を進むと、やがて小さな泉が姿を現した。泉の縁には苔むした石像が並び、水面はまるで鏡のように静かで透き通っている。
リゼットはそっと膝を折り、水面を覗き込む。底には錆びついた金属片の影がちらりと見え、その横には小さな亀裂が入った水底の岩が確認できた。彼女は息を呑み、手を水に差し入れようとした。
しかし、その瞬間、足元の石壁が軋んで小さな扉が開き、短い通路が現れた。通路を一歩踏み出すと、天井から毒性の微細胞子が噴き出す仕掛けが起動した。薄暗い通路に胞子が漂い、二人は咄嗟に身構える。
リゼットは震える声で「光を…!」と鍵を胸に押し当てるが、鍵はほとんど反応せず、ただわずかに震えるだけだった。
カインは咳き込みながらもマントを大きく広げ、胞子を遮るとリゼットをしっかりと抱きかかえた。
「島の魔力で鍵は封じられているのかもしれない。俺たちの力で突破するぞ!」
彼の声は低く熱を帯びていた。
カインはリゼットを抱え、壁の隙間から流れ込む清らかな空気をマントで誘導した。胞子は次第に外へと流れ去り、二人は通路の突き当たりまで駆け抜けた。
リゼットは胸を押さえながら息を整え、安堵の笑みを浮かべた。
「鍵は…無事みたい」
カインは笑みを返し、そっとリゼットの額に手を添えた。
「よかった。さあ、次の手掛かりが祭壇にあるはずだ」
通路の先にある小ぶりの石造祭壇には、半分崩れた地図と古文の断片が置かれていた。リゼットがそっと地図を拾い上げると、そこには小さく吊り橋の絵柄が描かれ、その隣には詩文が刻まれている。
――「天空を渡りし橋を越え、揺らめく光を求めし者にのみ、星の花は咲き誇る」
リゼットは地図に描かれた吊り橋を指差し、目を輝かせた。
「揺らめく光…空中に浮かぶクリスタルかもしれないわ」
カインも地図をじっと見つめ、北東方向を示して頷いた。
「この地図だと、霧の谷を越えた先に吊り橋の遺構があるはずだ。そこに進めば次の鍵が待っている」
祭壇の奥からは、かすかに聖歌を思わせる低い歌声が響いていた。リゼットはその神秘的な音色に目を細め、改めて鍵を握りしめた。
「行きましょう。次の試練が待っている」
カインも真剣な眼差しで頷き、二人は祭壇を後にした。
深い緑の小道を進む背中には、霧に包まれた谷と、空に架かる橋の幻影が映し出されているかのようだった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身
にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。
姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる