KoiLink ―さくら育成ログ― ポワンで始まる癒しアプリライフ

Yoiasagi 宵浅葱

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第1章

ミッション3:ラスボス戦と護送任務

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「あんた、ほんとにそれ持って帰るの? 金魚よ? 金魚!」

 ――はい、出ました。今日はいよいよラスボス戦。
 タイトル:母親(FINAL BOSS:おかんLv.MAX)。

 朝の台所。味噌汁の湯気と、焦げかけのトーストの匂い。
 出発前の時間は、毎度ながら修羅場である。

「ちゃんと瓶に入ってるし、蓋もした。ほら、酸素の出る石も完備してる」
「そういう問題じゃないの! あんた昔、瓶にセミ詰めて部屋の中にぶちまけたでしょう!
 ギャーギャー泣き叫んで……カエルだって、ほら、急に飼いたいとか言って結局そのまま放置して……ねえ!」

 おおっと、のっけからいきなりの大技が!
 ラスボスの必殺技“黒歴史召喚”。
 ――精神ダメージ、すでに警告値。

「大丈夫だって。それにこいつは希少個体だし」
「なにそれ、どうせ三日で飽きるくせに!」

 被ダメージ:大。
 回復アイテム、実家には存在しません。

「あー、もういいって、もう出るから! 駅、かなり混むだろうし!」
「ちょっと! あっ、これ、お弁当忘れないで!」

 リュックを抱えて玄関へ走ると、母親の声が背中を追ってくる。
 振り返って、とりあえず紙袋を受け取った。

「その瓶、割らないようにね! 途中で水でもこぼしたらどうすんのよ、まったく……」
「……了解、ラスボス。じゃ、また」
「ちょっと、ラスボスって何なの!」

 ――回避行動:靴を履いて玄関脱出、成功。
 BGM:勝利のテーマ(脳内再生中)。

 ありがとう、とは今回も素直に言えなかった。

 でもきっと、俺は悪くない。


 ⸻

 駅に向かうバスの中、朝の光がやけに眩しい。
 東京まで持って帰ると言ったら、「そんなもん抱えて恥ずかしくないの?」と母親に言われた。
 別に恥ずかしくはない。なぜなら、誰もリュックの中に金魚がいるとは思うまい。

 チャックを開けて、リュックの中の瓶を覗き見る。
 さくらは静かに泳いでいた。
 振動で水が揺れるたび、瓶から“ポワン”と音が鳴る。

「……のんきだな、おまえは」

 そう言って、なんか笑ってしまった。
 顔を上げると、前に立っていた女子高生がさっと目を逸らした。

 ――見られていた?
 不意打ちの視線攻撃、ダメージ大。HP-20。


 ⸻

 新幹線の車内。
 出発のアナウンスが流れ、車両がゆっくりと動き出す。
 指定席の背もたれに体を沈めた瞬間、どっと疲れが出た。

「ふう……HP、残りわずかで勝利って感じだな」

 窓の外、流れる景色。山、トンネル、山。
 帰省イベントも無事に終了だ。
 ――いや、待て。クエストは、家に帰るまでがミッションだって、昔から言われてるからな。

 足元のリュックをそっと持ち上げ、瓶の中を確かめる。
 さくらがひらひらと手びれを揺らしていた。

「……元気そうで何より」

 安心して目を閉じると、脳裏に浮かぶのは昨夜の出来事。
 夏祭りで突如発生したミッション。
 ゲームみたいなあのUIも、今日は一度も出てこない。

 ――全部、俺の妄想か?

 何気なくポケットからスマホを取り出す。
 しかしロックを解除した瞬間、ホーム画面に“見慣れないアイコン”が居座っていることに気づいた。

 波紋のような模様。そこに浮かぶ文字は――KoiLink。

「はあ!?」

 思わず声が出た。
 車内の数人がこちらを見る。
 「すみません」と小声で謝りながら、前にも横にも頭を下げた。

 心臓がドクドク鳴っている。
 見間違いじゃない。昨夜見た名前だ。

 いつ入った? どうやって?
 俺はアプリなんて入れた覚えはない。

 待て待て待て、落ち着け俺。
 ……イヤホン装着、よし。

 はやる気持ちを抑えつつ、アイコンをそっとタップした。

 “ポワン”――昨日と同じ効果音。
 画面いっぱいに波紋が広がり、淡い桃色の光が滲む。

 ⸻
【KoiLink   ロード中……30%……50%……】
 ⸻

 数値がみるみる上がっていく。
 やがてパァッと光が弾けた。


 ⸻

 琴の音色と水音が重なり、画面の底に波紋が広がる。
 その中心から、一匹の錦鯉がゆっくりと浮かび上がった。
 やがて池が広がり、赤・白・黒の色を纏った鯉たちが空へ舞い上がっていく。

 赤と白と黒。たった三色のはずなのに、模様の違いで世界がこんなにも変わる。
 流れるような曲線、かすかな光の揺らめき、ひとつひとつの鱗が、波紋を映してきらりと色を変える。

 一瞬、音が止んだかと思うと、水面に人の影が現れる。
 艶やかな和装の女性が、ひとり、またひとりと舞い降りてきた。

 白銀の髪に紅を差した女性。
 結い上げた髪が揺れ、白と赤の着物が光を映す。
 手びれのような袖、尾のように流れる裾――
 その微笑みは、まるで水面に咲く花のようだった。

 続いて、黒地に白と赤の紋様を散らした女が現れる。
 華やかで、どこか妖艶。
 花魁のような色香を纏い、金のかんざしが水の光を弾く。

 そして最後に、柔らかな白を基調とした慎ましやかな女性。
 先ほどの華やかさとは対照的に、静かな凛をまとっている。
 目が合うと、ほんのわずかに微笑んだ。

 その三人が並び立つ水面に、桃色の光が浮かぶ。

『KoiLink ―鯉・鱗・久』

 ⸻


 なんか、期待値上がるんだけど。
 コイリンクって、鯉なの?
 と見せかけてからの、恋……とか?

 次の瞬間、画面に新しい文字が現れた。

 ⸻
【同期中……25%……32%……】
 ⸻


「同期って、何と……」

 小さくつぶやいたとき、車両がトンネルに入った。

 膝に抱えたリュックからポワン――確かに動いた気がした。

「……まさか、な」


 ⸻
【KoiLink 同期中……78%】
 ⸻


(to be continued)
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