KoiLink ―さくら育成ログ― ポワンで始まる癒しアプリライフ

Yoiasagi 宵浅葱

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第1章

ミッション6:昼下がりの回復魔法

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 ――目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
 こんなこと、いつぶりだろう。

 カーテン越しの朝日を恨めしく思うどころか、いいことがありそうな予感さえする。

 棚の上に目をやると、さくらが尾を揺らしながらゆったり泳いでいた。

「……おはよう、さくら」

 声をかけると、こっちを向いて口をパクパクさせた。

 お、何か言いたげだな。
 スマホを取って、コイリンクのアイコンをタップする。

 “ポワン”と鳴った。

『ごはん、ごはん!』

 ……餌の催促だった。
 あいさつを返してくれるとか、別に期待してないし。

 付属のスプーンで瓶の中に餌を落とす。
 パラパラと沈む粒に合わせて、さくらが水面近くまで上がってくる。

 スマホの画面を見ると、ミニキャラさくらも落ちてくる餌の粒を追いかけていた。

 ててて、と駆けてはその場で口を開ける。
 餌が落ちてきてパク。
 もぐもぐ、ごっくん。

 なんだこの癒やし動画。

 休暇明け、出勤の朝はこんな感じで好スタートをきった。

 今日が良い一日でありますように――
 ガラにもなく、そんなことを願った。

 ⸻

「おはようございます」

 オフィスのドアを開けた瞬間、乾いた冷気が顔に当たる。
 いつもの朝のにおい――コーヒーと、プリンターのトナーかなんか。

 デスクに鞄を置いた途端、すかさず声が飛んできた。

「おっ、ゴンゾー君。来たか!」

 霧谷課長。声がでかい。あと目が怖い。
 朝からこの感じ、きっとろくなことがない。

(システムメッセージ:ボス戦突入予告)
(職場ダンジョン:出社フロア/BGM「地味に不穏」)
(ボス:霧谷課長 属性:気分屋・精神毒タイプ)

 反射的に姿勢を正し、背筋を伸ばす。
 これは戦闘開始前の自動モーションだ。

「えっと……おはようございます。なにか……?」

「いやぁ、夏休み中にちょっとしたトラブルがあってねぇ!」

 ちょっとした。
 この世でいちばん信用ならない言葉ランキング、堂々の一位。

「ど、どんな感じで……?」

「ログが飛んだんだよ、全部」

「ぜ、全部……?」

「うん、ほぼ。お客さん側で再現しないし、報告もまだ上げられてない。
 だからさ、バックアップの整理と報告書、なる早で頼むね」

 “なる早”。
 課長語で「今すぐやれ」って意味だ。

(ERROR:課長の口から“なる早”が検出されました。
 推奨アクション:深呼吸/心拍数安定化)

「りょ、了解です……」

「さすがゴンゾー君、助かるよ。頼りにしてるから!」

 はい出ました、“頼りにしてる”口撃。
 課長にとっては褒め言葉のつもり。
 こっちにとっては毒属性、継続ダメージ型。

 椅子に座り、PCを立ち上げる。
 思わず、ため息がもれた。

 あれ、俺、すでに疲れてんな。

 チャットツールの未読数が「72」。
 バグ報告チケットは「未対応:18」。
 メールも山。

 脳内HPバー、開始3分ですでにオレンジゾーン。

「ゴンゾーさん、これ見てもらっていいですか?」

 そこに背後から後輩の声。
 俺の中の“断れないスキル”が自動発動。

「あ、うん。すぐ行く」

 すぐ行く → 自分の仕事が詰む → でも行く。
 たぶん、これもバグだ。性格バグ。

 そっちを片付けて自分のデスクに戻ると、今度はまた課長の声が背後から飛んでくる。

「ゴンゾー君。やっぱさ、さっきのフォーマットじゃなくて旧版で。いや、えっと、どうしようかな。うん、旧版で。
 待て、やっぱり新しいほうでいこう!」

(ERROR:上司自身にバグが発生中)

 で、結局どっちなの?

 脳内のツールバーに「逃げる」コマンドが一瞬点滅して――消えた。

「……じゃあ、新しい方でいいんですね?」
「いや、旧版で頼む」

 どうしたらいいんだよ。

 ⸻

 15時を回って、ようやく昼休み。
 デスクの端でコンビニパスタのフタを剥がした。
 レンジで温めたはずなのに、なんか冷たい。
 でも、もっかい温めに行く気力はない。

 スマホを取り出す。
 朝からずっと見ていなかった。
 通知の山をスルーして、KoiLinkのアイコンをタップ。

 “ポワン”。

 この音を聞くだけで、HPが少し回復した気がする。

『ゴンゾー、だいじょぶ?』

 画面のミニさくらがこちらを覗き込んでくる。
 不覚にも、鼻の奥がツンとした。

「……平気だ」

 小声で返すと、ミニさくらは『そっか』と笑った。

 それから画面の中で、両手をぱたぱたさせている。
 くるくる回って、しっぽみたいな裾がひらひらと靡いている。

「何してんだ?」

 思わず聞くと、

『げんきでた?』

 小さな吹き出しがふわりと浮かんだ。
 たったそれだけのことなのに、胸の奥が一気にゆるむ。

 ……ああ、癒やしって、こういうことか。

 さくらがくるりと一回転した。
 光の粒をまき散らしながら、楽しそうに回っている。
 どうやら「励ましの舞」らしい。

「……ありがとな」

 ぽつりとつぶやく声が、意外と大きく響いた。
 慌てて咳払いして、パスタを口に運ぶ。
 さっきより美味しく感じるのは何でだろうな。

 回復魔法か?


 スマホの画面には、ミニさくらが両手を広げて笑っている。

『ゴンゾー、がんばれ!』

 ……ああ、ほんとに、アホみたいだ。
 でも、なんでだろうな。泣きそうになった。

「……おう」

 そう返して画面をそっと閉じた。

 午後の光が、デスクの書類をやわらかく照らしている。
 少しだけ、世界が優しく見えた。

 ⸻
【KoiLink:親密度+3(現在18/100)】
 ⸻

(to be continued)

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