Serendipity∞Horoscope

神月

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第17話、デンジャラス・ミッション(後編)

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 間もなく、納言麗奈が電話をかける中彩音もまた啓と連絡を取ろうとスマホの画面をつける。

「うわっ」

 履歴を見た瞬間声を上げ、そこには北条啓の名前が連なって並んでいた。
 意図して無視していたわけではないが、威圧的にも見える同名の羅列に深いため息を漏らした。

「あーあ、それどころじゃなかったもんなあ」

 とぶつぶつ呟きながら電話をかけると数コール鳴り、やがて聞こえた声に思わず耳を離す。

『お嬢様っ! ご無事ですか!? いまどちらに……!?』
「うるさっ!」

 と声を上げ表情を歪めるが、再び耳を当てると

「詳しい事は後で言うけど、納言さんに会って今一緒にいるんだよね。で、ちょっとめんどくさい事になってるんだよね」
『え、それは……?』

 事情を話すと彼女の執事と合流して欲しいと伝え、それを聞いていた啓は唖然とした表情をしていた。
 彩音の姿を見ながら納言麗奈も唖然と口を開いており、無意識に声が漏れると彩音は視線を向けて答える。

「どうして……」
「妙なことに巻き込まれてるって知った以上放っておけもしないでしょう。一度は関わった事のある仲だし、全くの他人でもなくなっちゃったし」
「……ですが、あちらの二人はともかく私と貴方で彼らと合流するのは危険なのでは? この場を教えて彼らを待った方が……」
「……とにかく、そういう訳だから合流したらまた連絡して」

 と彩音は反応を待たずに電話を切ると

「それは出来ない。ここは普通の人は入れない場所だから」
「…………」
「確かに危険だよ。だから極力危険性を抑える為にはあの二人のいる所に出る事が一番だけど、合流地点として確実なのは会場近く……」

 そこにマスターが横から口を挟み

「手紙を受け取った者が未解決の場合この部屋からは出られません。解決に関して必要な場合のみ、一時的に出られます」

 しかし、その場合どこにでも出られる訳ではなく、特に未解決の場合は手紙を受け取る起点となった関連する場所にしか出られない。
 彩音と麗奈がマスターに視線を向ける中、マスターは顎に手を当てると

「今回の場合、起点は黒スーツの誘拐犯に追いかけられている事とお父上にこの事が知られ、貴方と執事の立場が危ぶまれる事に関する貴方自身の不安」
「……」
「つまり、合流地点に関わらず、貴方が解決の為に出るであろう場所は貴方が始めに襲われた場所か、手紙を開いた駅構内になります」
「つまり、そこから合流場所までは自力で行かなきゃならない……」

 その時彩音の携帯が鳴り、啓からの電話に出ると二人が無事合流したと連絡が入る。

『由良さんとは無事合流出来たのですが……』

 電話の先、啓は歯切れ悪く彩音に告げ

『周囲に視線を感じます。おそらく話にあった者達でしょう』

 スピーカー越しに聞こえた声に麗奈が反応すると

『私達を襲う気配は見られませんが、おそらくお嬢様方と合流する事を見越して見張っていると思われます』
「合流する所を狙うつもりかね……?」
『おそらくそうでしょう』

 となるとやはり合流は警備の目のある、または最悪の事態に対応しやすい目的地近くがいいと思われる。
 しかし彼女らの事もある故慎重な行動が求められてもいると彩音は話を聞きながら考え込んでいた。

「合流すんのも一苦労しそうね?」

 と彩音が呟いた時隣から声が聞こえた。

「やはり、お父様に連絡致しますわ」

 その声に彩音は目を丸くして麗奈を見ると、彼女は携帯を握りながら

「ここまで大きくなっては、どの道お父様の耳にもこの事は伝えねばならないでしょう。巻き込む形で貴方まで危険に晒す訳には……」

 と彼女が電話をかけようとした時、その手は彩音に止められた。

「っ!」

 目を丸くし、視線を向けると彩音は目線で圧力をかけるように麗奈へ視線を向けていた。そして口を開くと、その声はスピーカー越しに啓の耳にも届いていた。

「私はただのお嬢様じゃないから」

 言葉を詰まらせたまま唖然とする麗奈に投げかけ続け、ぐっと携帯を握る腕を抑え込むと

「人一人守るくらいの力はあるつもり。いや、何としても無事合流地点まで送り届けてみせるよ」
「…………」
「……啓、話をよく聞けよ?」

 やがて、掴んでいた彼女の腕を離し携帯を耳に当てると

「パーティー会場の近くに公園があるんだけど、そこで合流。こっちはこっちで向かうから」
『え? それは……』
「私が納言さんを護衛するって言ってんの」
「……はあっ!? どういうことですの!?」

 隣から納言麗奈の拍子抜けした声が聞こえるが、彩音は彼女に視線を向けることなく会話を続ける。

「執事は命令だって言ったら従うんでしょ。これは命令だ」
『ですが……』
「どれだけ危険な事かは分かってる。だけどそっちの警戒も必要ではあるでしょ。私が護衛する。この意味は分かるよね?」
『…………』

 間もなく、電話を切ると納言麗奈は唖然とした様子で彩音に投げかける。

「どういうつもりですの? 私を護衛だなんて、貴方にそんな事が出来るわけ」 
「……護衛されるよりこっちの方が性に合ってんだ」

 ぽつりと呟いた言葉に問い詰めかけていた納言麗奈の言葉が止まり、沈黙の様子をマスターは一歩引いた位置から興味深そうに見つめていた。



 やがてソファに座り、テーブルに鞄から取り出したノートパソコンを開くと電源を入れる姿に

「まさか、誰もが所用で遅れている中貴方自ら彼女の護衛に当たるなんて」

 まるで感心するような声に彩音は画面を見つめながら目を細めると

「どうするおつもりで?」
「合流地点までの道を割り出して、比較的安全性の高いルートを選ぶ。広くて人目も多い道をね」

 と操作するパソコンの画面上には地図が表示されており、やがて誰かと連絡を取ると聞こえてきたのは女性の声。
 通話を切ると目を丸くした麗奈と感心するような視線を向けたマスターへ振り向き

「探し回る人達には黒いスーツとサングラス姿っていう共通点がある。うちにいるロボットに頼んで、それらの情報をナビしてもらいながら向かう」

 やがて彩音はにやりと笑うと

「『この現象ミラクルレター』に関わっている間、刻限に間に合わない事はない。つまり、どれだけ慎重に行動しても構わないって事だよ」

 間もなく彩音はPCを畳み立ち上がると麗奈へ視線を向け告げる。

「さて……行こうか」

 唖然とした様子の中、ノートPCを脇に抱え鞄を肩にかけると扉へと向かおうとした時目の前の扉が開くと彩音は立ち止まった。

「っと、危ない」

 そう現れた人物と互いに目を丸くしていたものの、彩音に対して笑みを浮かべると

「マスターから連絡を聞いて、急いで戻って来たんだ」
「間に合いましたね」

 彩音の背後にいたマスターも六本木を見て笑みを浮かべながらそう答えると、間もなく彼女らの作戦が始まろうとしていた。

 彩音と麗奈が手紙を開いた駅から外に出た時、時刻は夕方に差し掛かっていた。
 彩音が周囲を見渡すと例の姿は見当たらず息を吐きなから

「ひとまずは大丈夫そうね」

 そこには六本木の姿もあり、不思議そうに麗奈が六本木を見ていると間もなく三人は移動を始めた。

「うん。うん……分かった」

 時折彩音はノートPCの画面に向けて声をかけ、片耳にはコードレスの耳を塞がないイヤホンがついている。
 通話の相手は家にいるサアラ───
通話を聞きながら麗奈は駅について間もなく、彼女がPCから小型の何かをいくつか飛ばした事を思い返していた。

「一体何をしていますの?」

 やがて、話しかける言葉が途切れたタイミングで問いかけると彩音は振り向き

「進行予定ルート上に例の黒スーツがいないか確認してるの。さっき飛ばしたあれで」
「あれは一体……ドローンよりも遥かに小型でしたが」
「あぁ似たようなものかな。あれは飛行型小型カメラで、現在地も分かる凄いやつなんだよ」

 と彩音は誇らしげに語り、PCの画面に視線を落とすと指を差し

「これが今飛ばしてる小型カメラの映像。サアラ……うちの高性能ロボットの元にも同じ映像が共有されていて、今はサアラが操作してるの」
「なるほど、その情報を元に進むつもりなんだね?」
「何人いるか知らないけど、ざっと見かけただけで二、三人。納言さんの執事が相手してた分を含めても四、五人くらいだと踏んでるけど」



 それからもサアラの報告と肉眼による警戒をしながら進むと目的地まで確実に近づいていた。そして六本木は入口で待機し、彩音達が辿り着くと見慣れた姿が目に入った。

「「お嬢様!」」
「由良!」

 二人の執事がそれぞれの姿に同時に叫ぶ中、納言麗奈もまた声を上げ彩音は安堵の息を吐く。

「任務完了ってや……」

 しかし、そう言いかけた時背後からただならぬ足音が聞こえ言葉が止まった。
 ジョギングやこの公園に遊びに来たような音ではなく、日も落ちオレンジ色に染まる中表情を険しくさせた彩音が振り返ればそこには黒いスーツをサングラスを身につけていた数人が立っていた。

「そこの女の身柄を引き渡して貰おう」 
「……!」

 立ち並ぶ中の一人から発せられた声に納言麗奈の表情が変わり

「お嬢様、お下がり下さい!」

 納言麗奈を守るよう遮り前に出る由良に対して、黒スーツの人達は彩音の姿を見るなり表情を微動だにせず言葉を交わす。

「そっちの女も令嬢か?」
「パーティーの参加者やもしれんが、いささか調べていたデータにはなかった。服装からするに……ただの学校友達と言った所だろう」
「……痛い目に合いたくなければ大人しくしていることだ」

 と彩音や納言麗奈の元へ歩み寄ろうとした時、ふと彩音は目の前に遮る影が現れたことに気づいた。
 彩音を背に隠すように険しい表情を向ける啓に男達は立ち止まると

「お引き取り願います。さもなくば通報しますよ」
「常にお付の従者は一人だと思っていたが……まあいい。身のために……と言いたい所だが、まあ不可能だろう?」
「っ!?」

 と男は懐からあるものを取り出すと、まるで啓や由良に見せびらかすように手に持ったものに電流を流した。

「スタンガン……!?」

 納言麗奈が声に出し、スーツ姿の者達はニヤリと笑うと啓目掛けて駆け出した。
 間もなく、啓と由良はスーツ姿の者達と戦い始めるのだが相手は数人。

「っ! お嬢様!」

 一人の相手をしているうちに横をすり抜け、麗奈に向かう姿に振り向くと由良は声を上げるが行かせまいと行く手を遮る姿に苦い表情を浮かべた。
 そして彩音と麗奈の前にすり抜けた二人の男が迫り、飛びかかろうとした時麗奈は彩音が身を庇うよう前に出た事に目を丸くした。

 そして次の瞬間……掴みかかろうとした男の腕に触れた瞬間男の体に電流が流れ出す。

「あばばばばばば」

 電流が流れ、突然上げた片方の声にもう一人の男も動きを止めて感電している男へ唖然とした視線を向けた。
 やがて電流が収まると倒れ込み、残った一人は未だに微かに電流を走らせる彩音の手を見て声を上げた。

「なっ、なんだこれは……!?」
「まさか、異能者……!?」

 唖然とするスーツ姿の男達に加えて納言麗奈もまた言葉を失っていた。
 彩音は怯える様子もなく二人の男に冷ややかな目を向け、やがて魔法を撃つ為に手を伸ばしかけた時

「あそこです!」

 更に声が聞こえ、男が焦った様子で振り向くとどこからか警官姿の人達が現れ目を丸くした。
 その瞬間、目を丸くしていた彩音は六本木の姿が頭に浮かび辺りを見渡せば少し離れた場に立つ姿が目に入り呟く。

「まさか……」



 それから間もなく、誘拐犯は逃走し息を吐いた納言麗奈は彩音に視線を向けた。

「貴方は一体……何故隠していましたの?」

 そこに啓と由良が合流すると

「異能持ちで、貴方こそが彼の仕える主だなんて」
「隠してた訳じゃないんだ」

 麗奈の言葉に由良が驚いた表情で彩音を見る中、彩音は麗奈の視線から逸らすと困ったような表情を浮かべながら話す。

「私は……未だに自分がお嬢様だっていう感覚が持てないから」
「どういう事ですの?」
「ほんの少し前まで、私はごくごく普通の庶民のような生活をしてた。田舎とも呼べない町の外れのような場所に住んでいて……」

 その言葉に麗奈の表情は変わり、彩音も表情を歪めながら

「ケーキだって誕生日とクリスマスくらいにしか食べられないし、買って貰えなかったし……。そんな私が令嬢だって言われても困るでしょ」

 ちょっと値の張る果物やゲーム。
 買ってと頼んでも買って貰えなかった。
 きっとお金持ちはそんなことなくて、欲しいものはなんでも買って貰えるんだろうなあってずっと貴族やお金持ちが羨ましくて嫌いだった。
 やがて沈黙が流れ、納言麗奈の吐く息の音が聞こえ彩音は顔を上げるとその先には困惑しつつも呆れた様子の彼女がいて

「とにかく、貴方には助かりましたわ」

 彩音が驚いたように目を丸くすると

「あらゆる手を尽くして調べても貴方の事が出なかったのは、貴方が元はごく一般的な生活をしていたから……そう聞いて納得しましたわ」
「……」
「そんな話、今まで聞いてきた事もありませんが……私が知らなかっただけなのでしょうね」

 初めて会った時の彼女から、この事を知れば鼻で笑ったりするような気がしていた。
 更にあの時彼女は啓の実力を確かに認めていて……
 それでも、恩を受けた事には変わりないと彼女は鋭いながらも、本心が見て取れるような様子で重ねてお礼を告げた。



 翌日、マスターから偶然にも多くが留守にしていた間に起きた事を話すと一同が声を上げた。

「ええっそんな事が!?」
「でも、誘拐犯は取り逃しちゃったんだよね? そのお嬢様、また襲われないといいけど……」
「それには心配及びません」

 朱里の言葉にマスターが答えるように口を開き、都庁へ視線を向けながら

「あの件については、警察が本格的に調査するんですよね?」
「あぁ。正式な届出もあったようだしな」
「……」

 淡々と語る都庁の言葉に彩音が目を丸くすると

「えっ、あの事は隠さないとまずいって納言さんも言ってたはずだけど……」
「心配には及ばない。納言家の令嬢とその執事については特に責任もお咎めなしと聞いている」

 そこから話す都庁の話では、新作パーティーの情報が漏れ誘拐を企てたと言われておりそれは彼女らの伝達から発覚したものだ。
 それらを含めて警察は調査するつもりで、むしろ重要な手がかりを目撃しているとして褒められているとか。

「私は調査を始めると警察から聞いているが……やはり既にマスターも耳に入れていたか」
「いつも思うけど、マスターってそういう情報どこから手に入れてるんだろうねえ」

 とソファから話を聞いていた新宿が振り返りマスターに視線を向けると、彼はにっこり笑いながら

「新宿さんが女性以外に興味を持たれるなんて、珍しい事もあるものですね」
「流石にそれは俺も傷つくな……」

 と息を吐きながら答える新宿に対して周りは笑い、賑やかさが輝く中それを微笑ましそうに見ていた彩音は聞こえた声に振り向いた。

「でも、どうして神月さんは彼女を助けようと思ったのかな」

 振り向いた先にはマグカップを両手に持った六本木がおり、一つを彩音に差し出しながら問いかける。

「あの手紙がある限り彼女の中の、現実世界の時間は動かない。皆が揃うまで待たずに行こうとしてたのは……」
「……」
「別にどうって訳じゃないよ。ただ始めは誰かと関わることを渋っていた君が自ら誰かの悩みに向き合おうとするなんて、と思っただけで」

 マグカップを受け取り、彩音は黙り込むと

「貴族は……偉そうで、金持ちで、苦労もなく生きてると思ってた」
「……」
「だけど、そんな貴族でさえ人なんだって知ってるから」

 彼女もまた、悩みを持って手紙が現れた。

「例えそれが貴族特有の問題だったとしても……助けられる方法があるのなら見捨てられない。それだけだよ」

 話し終えた彩音を見ていた六本木は壁に背をつけ

「そう。優しいんだね」
「……私と違って……きっと彼女は才ある人だから」



「お嬢様、申し訳ございません」

 一悶着も収まり、麗奈と由良を見送って間もなく啓から発せられた言葉に彩音は振り向いた。

「私がいながらこのような危険に晒してしまい……」
「別に。あんだけ馬鹿みたいに人がいたらはぐれるのも別に普通だし、お陰で偶然だけど納言さんが誘拐されずに済んだし」

 とそっぽ向きながら話す彩音を見つめていると、ふと彩音は笑みを浮かべて語る。

「それに、少し楽しかったしね」
「楽しかった……ですか?」
「お嬢様の護衛とか、ボディーガード的なやつ。この国でそんな誘拐事件とか滅多に遭遇するものでもないと思ってたけど」
「……こっちはヒヤヒヤしたのですから」

 消え入りそうな声が聞こえ、彩音が視線を向けると啓は今もまだ思い詰めたような表情でいた。

「そういうのは私達従者の仕事です。貴方の仕事ではありません」
「……言いたい事は分かるけど、納言さんにも言った通りまだ私はお嬢様って感覚はない。ここに来る前は外国を旅していて……」

 と向けられていた視線に視線を返すと

「依頼をこなしながら生活費を稼いでいたこともある。それこそ護衛とか、討伐とか……命懸けの事も何度もしてきたし」
「……少しだけ、存じております」

 やがて、彼の表情が僅かに曇り

「貴方が外国で何をされてきたのか、どんな事をされてきたのかその全ては知りませんが現代において……貴方が周りよりも戦闘に長けている事だけは存じております」
「なら」
「それでも、今の貴方は守られるべき存在で……そんな貴方を守るべき存在が私なのです」
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