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夢追い編
第51話、証明
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(あの日から、私達の世界は酷く歪んだ)
生きているけど死んだような、まるで生きた屍になった感覚で何もかもを信じなくなった。
「信じるから裏切られる。勝手に仲良くなったんだと思い込むからもしもの時に辛くなる」
けれど、生きる上で誰とも一切関わずに生きていけるほど達者ではないし、何らかの形で誰かとは関わらなければならない。
「なら最初から信じなければいいじゃないか。そう思うようになって、そう思い込むことにした」
「…………」
「そうしたらあんなに悲しくて辛かった日々は元通りになっていった。辛くなくなって、色んな知恵を身につけて……心が凄く楽になった」
完全に人を信じなくなったら、そのつもりで色んなことを一人でやろうとすると案外出来た。
あんなに引っ込み思案で一人で買い物にも行けなかったはずなのに、国の外で旅しながら生活出来るようになっていた。
そこに至る為にある経験があったからだと彩音は語る。
「どうしてもそれを成さなければ生きていけないとなったら……案外出来るものだよ。やるしかなくなるんだから」
魔法を覚え、魔物を倒せるようになり身を守る方法を覚え、やがてそれは生きるために必要な物品を買うため、その為に必要な金銭を手に入れる為の手段として使えるようになった。
その幅を広げる為使える魔法の種類を増やして、魔物の対抗策を覚えていって……
「沢山の人を見てきた。見た目通り優しい人や見た目に反して優しい人。見た目通り悪い人も見た目に反して酷い事をする人も」
そこで知ったのは言葉通りの世界だけじゃない。
壮絶な過去を背負って生きる人や過去を背負いながら人々の為に行動する人、立場上望まぬ行動をせざるを得ない人。
色んな生き方をする人がいて、色んな過去がある。
「例え変わることの無い過去があったとしても……私は今を見て判断する」
「……またそいつが裏切る可能性があったとしてもか?」
やがて、話し終えた彩音はアクアは冷ややかな目で問いかけた。
「お前の判断は自由だが、もしまた裏切られたらどうするつもりだ?」
「それは……」
「こいつが二度と裏切らないという確証が持てるのか? 人間は卑怯で愚かな生き物……俺もお前も、実体験として外の世界でもそんな人間を見てきたはずだ」
そんなアクアに彩音は黙り込んだまま時だけが過ぎ、やがてアクアは手から剣を消滅させた。
そして翔太の方を向くと翔太も視線を返し
「……例え彩音が許したとしても俺は許さない。絶対にな」
「…………」
「俺は憎しみ、闇の心から生まれた存在。こいつの一部である以上、こいつのいる所には俺もいると覚えておくことだ」
そう言い残すとアクアはその場から姿を消していった。
体育館は嵐の後の静けさのように余韻を残しながらも静まり返る。にも拘わらず体育館に残った翔太と彩音の間には気まずい雰囲気が残ったまま時だけが過ぎて行く。
そんな中翔太は体育館中を見渡し
(あれだけの戦闘があったにも関わらず、どこかが壊れたって感じはない)
偶然なのか、アクアが意図してそう立ち回ったのかはわからない。
そして、アクアという存在について行きつくのは以前も感じた違和感。
その存在からは確かに自身や人間に対する恨みを持ちながら、あの女学生を助けたり今も最終的にトドメを刺さなかったり、完全な悪とも呼びきれない何かがあるような気がしてならなかった。
「…………」
その時静寂を破るように息を吐く音が聞こえ、振り向くと彩音は一難去ったと言わんばかりの表情で
「全く、まさか直接接触しようとするなんて」
「その、助かった」
そう返し向けられた視線に答えると
「お前が割り込んで来なかったら俺は……殺されていたんだろうな」
「アクアは殺すつもりは無かったと思うよ」
「な……? だってお前もあいつも俺を恨んでいて、あいつは殺す勢いで俺を……復讐、しようとして……」
「言ってたでしょ。ただ殺すだけなんて生ぬるいって」
そう話す声に翔太は目を丸くしたまま
「もし、私の考えていた事と同じなんだとしたら……ただ殺すだけを復讐とは思わないな」
そして彩音は告げ、おそらくアクアは幻覚を見せるつもりだったのでは無いかと告げた。
「『性格達』の中でもアクアは闇を属性とする性格で何度も言うように憎しみの心をより強く持っている。そんなアクアが最も得意なのは……相手に幻覚を見せること」
「幻覚……まさか、さっきのあれは」
「そう。体育館から場所が変わったように見えて何も変わってない。アクアの幻術にはめられて、あんたがそう思い込んでただけ」
「確かに私はあの時、毎日のようにあの人達を恨んで、出来る事なら同じ目に合わせたいって思ってた」
生まれた場所を恨んで、年を恨んで……もし違う時に生まれていれば違う人生だったのだろうかと思った時も何度もあったと話していく。
けどそうそう同じ目に遭うことも、革命が起きて不幸になることもなければ生まれや過去を変えることも出来ない。
それは翔太にとって、あの日唐突に姿を消した目の前の人間があの後何を思ったか、何を得たのかその真実が明らかになった瞬間だった。
「なら諦めるしかないじゃない。何もかもを」
「…………」
「これが私の運命だって。そんな中、唯一見出された生きる意味が……この力だった」
やがて彩音はそっぽを向きながら
「謝れば許されるって訳でもないけど、それなりに行動でも示してる以上考察の余地なく判断を下すわけにもいかない」
やがて、背を向けた彩音は視線だけ振り返りながら
「だから、私達を認めさせたいのなら形だけの言葉じゃなくて……行動で示して。それが疑いようのない真意だって証明して」
「行動で、示す……」
「私はともかく、アクアは中途半端な行動じゃ絶対許してくれないよ。私達の中でも最難関でもあるアクアを認めさせるなんて……宝くじを当てるより難しいと思うけど」
やがて、彩音は黙り込む翔太を見て視線を戻すと自身もまた目を伏せた。
(アクアと私の違いは、その決意に対して自分の中にある感情の数)
アクアは闇一色に染められた存在であるが故その心情は誰よりも固く、本人である私よりも頑ななものだろう。
(けど私には、アクアの言った通り過去は消えないから信じられない気持ちと、過ぎた事をいつまでも引きずる事に対する疑問がある)
それは壮絶な過去や苦境の中望みを果たした者達を知り、苦しみや恨みを乗り越え手を取った人達を見てしまったから。
都合よく描かれた物語ではなく現実のものとして。
そして、と彩音もまた胸の前で手を握り俯くと
(奇跡のような再会をして、真実を知って、あの時みたいに戻りたいと思う感情は私にだってある)
だって恨むべき存在と、ヒーローのようで尊敬すべき存在は例え同一人物であったとしても違うから。
何が正解なのか分からない。
どうすれば傷つかずに、後悔せずに済むのか分からない。ただ一つ言える事は
(このままいがみ合っていても何も変わらない)
(あの事件がこいつを変えちまったのは間違いなくて)
やがて、俯いていた翔太は悔し気に顔を歪め、自分にしか聞こえないような声で呟く。
「けど、そう変化させたのはやっぱり……」
本来であれば目の前に現れることさえも許されないような関係性。
だからもし逆の立場であれば、アクアのように問答無用で拒絶するものなんだろう。
「色んな国を旅してきたって言ったよな」
そう投げかけ彼女が振り返ると
「それは、やっぱり『あの場所』も入ってるんだよな?」
「…………」
青空と同じく翔太もまた思わぬ形で組織ユニコネにいる彩音と再会する。
そこで翔太と青空が彼らと過ごした時間は僅かなれど、世界を守るという活動内容からするとその中で遭遇した経験は想像の非ではないのだろうと思った。
「あいつらは……」
「あの組織は解散した。また再結成するまでね」
そう返ってくる言葉に顔を上げると
「だから、その節目と私が高校生になる節目が重なって私は日本に戻ってきた。けど……」
「……?」
一度歯切れ悪く言葉が途切れ、再び開くと
「……真面目な話をすると、それに加えて私は……過去に向き合う為にここに来た」
人目を避けるように遠ざかり、知り合いもいないであろう外の国に出てしばらく。見るものが増え知るものが増える度にその心境に変化は訪れる。
「色んな人に会って、どんな辛い状況でも、辛い過去を背負ってる人も目指すものの為、望むものの為に頑張ってるのを見ると私の抱える感情が大したものじゃあないように思えて」
そんな転機が何度もあって、節目と状況と重なりある意識を持つようになった。
「私より辛い状況に置かれた人が頑張ってるんなら私も逃げてばかりいられないって思って。誰に対してもすぐに疑って、運命だからって簡単に諦めちゃう自分を変える為に……」
「東京の学校に来た……って言うのか」
「ここはお父さんが候補として選んだの。小学校も中学校もまともに学校に行ってなかった私に受験とか出来るわけもなく……成績もあるはずはないでしょ?」
ここは留学生を多く引き入れるが故偏差値も高くなく、おまけに学校のお偉いさんが父の知り合い。
「だから面接と、一応試験も受けたけど……まあほとんど面接試験とコネで入れてもらったようなものだね」
「……名門校でもないここなら、そうそう地元の連中が選ぶこともないだろうしな」
と翔太は渋い表情を浮かべ
「まあ、実際には俺とか伊藤とか二人もいた訳だが……」
(俺が知らない場所で一体どんなことがあったのだろう)
翔太もあの聖精祭に参加していた以上地元から離れていたとは言え、県内のいくつかの町は旅をしてきた。
しかし県の外、しかも海の外の国ともあれば想像出来るものが違ってくる。
(魔法はその旅の中で覚えたんだろうか、あの組織の中にいる魔法使いに教わったのだろうか。旅の中でどんな経験をしてきたのか)
「全く、あれから約一時間も経ってるのに全然進んでないじゃん!」
そうこれまでと違うトーンの嘆き声が聞こえふと顔を上げると、その先にあるのは確認の為に並べられた備品の数々。それを見た翔太も彩音がここにいる理由を思い出し
「あー……」
「あんたのせいだからね」
「何かすまんって」
そして彩音は怒るように腕を組みながら
「もー。体育祭とか文化祭があるから備品の確認をしなきゃいけないのに」
「……と、言うと?」
「運動場の倉庫にあるコーンとか旗は体育祭で使うでしょ。ここにある横断幕なんかは文化祭で貸し出しを申し込む生徒もいるし……数とか状態を把握しとかなきゃいけないってわけ」
「それは何となく理解出来たが……」
と翔太が天井へ視線を向けながら呟いた時、ふと耳に入った声に視線は無意識に戻された。
「本当なら二階にある道場のも今日チェックする予定だったのに……罰として暇なら手伝って」
「え……?」
そう目を丸くしながら彩音を見ると、これまでと変わらず冷ややかな視線ながらも、心無しかこれまでも角が削れたような雰囲気にも見える中彩音はバインダーを叩きながら
「備品の点検」
間もなく、翔太にとっては見慣れたバスケットボールから点数板など第二体育館にある備品を点検していくと、その報告を受けた彩音がチェックリストにチェックを入れていく作業が始まった。
パイプ椅子、マット、ゼッケン、二倍となった効率で次々と数と状態を確認していくと数は減っていき、しかし報告の会話しか無い為二人の間には淡々とした空気が流れていた。
「……お前は、変わるためにここに来ることを決めたって言ってたが……」
そんな堅苦しい空気に耐えかね翔太が口を開き、彩音が視線を向けると
「俺からすれば、十分変わったと思うんだよなあ」
微かに歪めながら疑問符を浮かべる彩音に話を続け
「鈴木とあれこれつるんでるのをよく見るし、自ら輪に入ろうともしなかったお前からすると驚いたというか」
「それは……」
「鈴木もクロスもここに来る前に事情で会ったんだろ。鈴木は偶然、クロスは同じ守護者として」
「…………」
「それに、これだってわざわざ首を突っ込むようなやつでもなかっただろ」
確認作業も終わりに近づき、出したものを倉庫の中に片付ける作業をしていた手が止まり黙り込む彩音を見ていると、翔太は止まっていた作業を再開させながら
「まさか生徒会に入るなんてな」
「……はっ!?」
瞬間、翔太へ体ごと視線を向けた彩音に対し
「悪いな。鈴木から聞いた」
「……あんっのバカ……!」
と彩音は小刻みに手を震わせ怒りを見せるが、やがて聞こえた声に視線を向けると
「俺も最初聞いた時はなんでお前がそんな一番嫌煙しそうなことを? とも思ったがさっきの話を聞いてちょっと納得出来たような」
「わ、私だって目立つことはしたくないし面倒事もごめんだけど!」
と腕を組みそっぽを向きながら
「でも、この国に本来有り得ないはずの魔物が現れて、危険に瀕してるって言うんなら……力を持ってる以上、生徒会はともかく無視するわけにもいかないでしょ」
「…………」
「色々と好きでそうなってるわけじゃないこともあるけど……ここに戻ると決めた上で乗り越えるべき目的の為には……避けても通れないかなって」
(……全て変わってしまったんだと思っていた)
臆病な目から恨みと殺意、憎しみの目に。
優しさは消え、ただ課せられた使命と唯一見出した己の存在価値の為に先走る人間に。そう彩音に背を向け微かに笑みを浮かべながら
(けど、わざわざ生徒会なんて目立ちそうな組織に入ってまで守ろうとするなんて、ただ恨み復讐だけを望む悪党だったらそんなことしねえよ)
まだ、あの時と変わらぬ優しさは存在している。
(今はまだ、それが知れただけで十分だ)
作業を終えたその時、彩音を呼ぶ声が聞こえて来た。
「神月ちゃーん、調子はどうー?」
声がした方を振り返ると顔を覗かせる第一生徒会長、城島夏目の姿が目に入り、扉を閉め中に入る夏目は彩音の隣にいる翔太の姿に気づくと
「おやおや? 君は……」
そう二人の元へと歩みを進めながら
「なんで君がここに?」
「暇そうにしてたんで手伝わせてたんですよ」
そう彩音が答え、夏目へ視線を動かすと
「というより……こいつのこと知ってるんですか」
「まあ、色々あってな」
そう問いかける彩音に対して翔太が答えると
「ほら、魔物が来た時とか俺も鈴木達も隠す気なく戦ってるから覚えられたというか、生徒会として目をつけられたというか……」
「異能者じゃあないって言うし、色々と不思議なことはあるけどまあ一応うちの生徒だし? 保護者間との問題上色々把握しとかなきゃいけないしね?」
「何ですかそれ」
と彩音が聞くと夏目は冗談交じりに笑いながら
「能力を持った生徒が問題を起こしたら大変でしょ? だから一応学校も異能持ちの生徒は把握しておきたいわけ」
「なるほど……」
その頃、とあるアパートの一室。
突如乾いた音が鳴り響き漫画を読んでいた緋香琉が漫画から目を離し声を上げる。
「びっくりしたあ。何々、何の音?」
突然の音にその音がした方向、シンクへ視線を向けると床に食器が割れ落ちており
「あーあ」
「手が滑ってつい……」
そう緋香琉の声に対してクロスが告げると割れた皿へ視線を戻し、そのまま黙り込んだクロスに緋香琉は違和感を感じ投げかける。
「なんだ? 皿が割れるくらい割とあることだろ」
そう緋香琉は気にせぬ様子で呆れ笑いながら
「どうせ私が家から持ってきた皿だし、余ってるから経費削減の為に持ってけって持ってきたものだし」
「何事も無ければいいんだけど」
「……?」
ぽつりと呟かれた声に緋香琉は一度首を傾げるが、やがてある事を思い浮かべると
「まさか、皿が割れると不吉な前触れ、とか思ってるわけ? そんなの無い無い」
と手を振りながら語り
「小さい時に落として割った事なんてそれなりにあるし、そんなのただの迷信だよ」
「でも……」
「何? 教会育ちの人間としてそういうの信じてるの?」
「……災厄を見極める際、そういう教えもあるの。大体ただの思い過ごしなんだけど……」
生きているけど死んだような、まるで生きた屍になった感覚で何もかもを信じなくなった。
「信じるから裏切られる。勝手に仲良くなったんだと思い込むからもしもの時に辛くなる」
けれど、生きる上で誰とも一切関わずに生きていけるほど達者ではないし、何らかの形で誰かとは関わらなければならない。
「なら最初から信じなければいいじゃないか。そう思うようになって、そう思い込むことにした」
「…………」
「そうしたらあんなに悲しくて辛かった日々は元通りになっていった。辛くなくなって、色んな知恵を身につけて……心が凄く楽になった」
完全に人を信じなくなったら、そのつもりで色んなことを一人でやろうとすると案外出来た。
あんなに引っ込み思案で一人で買い物にも行けなかったはずなのに、国の外で旅しながら生活出来るようになっていた。
そこに至る為にある経験があったからだと彩音は語る。
「どうしてもそれを成さなければ生きていけないとなったら……案外出来るものだよ。やるしかなくなるんだから」
魔法を覚え、魔物を倒せるようになり身を守る方法を覚え、やがてそれは生きるために必要な物品を買うため、その為に必要な金銭を手に入れる為の手段として使えるようになった。
その幅を広げる為使える魔法の種類を増やして、魔物の対抗策を覚えていって……
「沢山の人を見てきた。見た目通り優しい人や見た目に反して優しい人。見た目通り悪い人も見た目に反して酷い事をする人も」
そこで知ったのは言葉通りの世界だけじゃない。
壮絶な過去を背負って生きる人や過去を背負いながら人々の為に行動する人、立場上望まぬ行動をせざるを得ない人。
色んな生き方をする人がいて、色んな過去がある。
「例え変わることの無い過去があったとしても……私は今を見て判断する」
「……またそいつが裏切る可能性があったとしてもか?」
やがて、話し終えた彩音はアクアは冷ややかな目で問いかけた。
「お前の判断は自由だが、もしまた裏切られたらどうするつもりだ?」
「それは……」
「こいつが二度と裏切らないという確証が持てるのか? 人間は卑怯で愚かな生き物……俺もお前も、実体験として外の世界でもそんな人間を見てきたはずだ」
そんなアクアに彩音は黙り込んだまま時だけが過ぎ、やがてアクアは手から剣を消滅させた。
そして翔太の方を向くと翔太も視線を返し
「……例え彩音が許したとしても俺は許さない。絶対にな」
「…………」
「俺は憎しみ、闇の心から生まれた存在。こいつの一部である以上、こいつのいる所には俺もいると覚えておくことだ」
そう言い残すとアクアはその場から姿を消していった。
体育館は嵐の後の静けさのように余韻を残しながらも静まり返る。にも拘わらず体育館に残った翔太と彩音の間には気まずい雰囲気が残ったまま時だけが過ぎて行く。
そんな中翔太は体育館中を見渡し
(あれだけの戦闘があったにも関わらず、どこかが壊れたって感じはない)
偶然なのか、アクアが意図してそう立ち回ったのかはわからない。
そして、アクアという存在について行きつくのは以前も感じた違和感。
その存在からは確かに自身や人間に対する恨みを持ちながら、あの女学生を助けたり今も最終的にトドメを刺さなかったり、完全な悪とも呼びきれない何かがあるような気がしてならなかった。
「…………」
その時静寂を破るように息を吐く音が聞こえ、振り向くと彩音は一難去ったと言わんばかりの表情で
「全く、まさか直接接触しようとするなんて」
「その、助かった」
そう返し向けられた視線に答えると
「お前が割り込んで来なかったら俺は……殺されていたんだろうな」
「アクアは殺すつもりは無かったと思うよ」
「な……? だってお前もあいつも俺を恨んでいて、あいつは殺す勢いで俺を……復讐、しようとして……」
「言ってたでしょ。ただ殺すだけなんて生ぬるいって」
そう話す声に翔太は目を丸くしたまま
「もし、私の考えていた事と同じなんだとしたら……ただ殺すだけを復讐とは思わないな」
そして彩音は告げ、おそらくアクアは幻覚を見せるつもりだったのでは無いかと告げた。
「『性格達』の中でもアクアは闇を属性とする性格で何度も言うように憎しみの心をより強く持っている。そんなアクアが最も得意なのは……相手に幻覚を見せること」
「幻覚……まさか、さっきのあれは」
「そう。体育館から場所が変わったように見えて何も変わってない。アクアの幻術にはめられて、あんたがそう思い込んでただけ」
「確かに私はあの時、毎日のようにあの人達を恨んで、出来る事なら同じ目に合わせたいって思ってた」
生まれた場所を恨んで、年を恨んで……もし違う時に生まれていれば違う人生だったのだろうかと思った時も何度もあったと話していく。
けどそうそう同じ目に遭うことも、革命が起きて不幸になることもなければ生まれや過去を変えることも出来ない。
それは翔太にとって、あの日唐突に姿を消した目の前の人間があの後何を思ったか、何を得たのかその真実が明らかになった瞬間だった。
「なら諦めるしかないじゃない。何もかもを」
「…………」
「これが私の運命だって。そんな中、唯一見出された生きる意味が……この力だった」
やがて彩音はそっぽを向きながら
「謝れば許されるって訳でもないけど、それなりに行動でも示してる以上考察の余地なく判断を下すわけにもいかない」
やがて、背を向けた彩音は視線だけ振り返りながら
「だから、私達を認めさせたいのなら形だけの言葉じゃなくて……行動で示して。それが疑いようのない真意だって証明して」
「行動で、示す……」
「私はともかく、アクアは中途半端な行動じゃ絶対許してくれないよ。私達の中でも最難関でもあるアクアを認めさせるなんて……宝くじを当てるより難しいと思うけど」
やがて、彩音は黙り込む翔太を見て視線を戻すと自身もまた目を伏せた。
(アクアと私の違いは、その決意に対して自分の中にある感情の数)
アクアは闇一色に染められた存在であるが故その心情は誰よりも固く、本人である私よりも頑ななものだろう。
(けど私には、アクアの言った通り過去は消えないから信じられない気持ちと、過ぎた事をいつまでも引きずる事に対する疑問がある)
それは壮絶な過去や苦境の中望みを果たした者達を知り、苦しみや恨みを乗り越え手を取った人達を見てしまったから。
都合よく描かれた物語ではなく現実のものとして。
そして、と彩音もまた胸の前で手を握り俯くと
(奇跡のような再会をして、真実を知って、あの時みたいに戻りたいと思う感情は私にだってある)
だって恨むべき存在と、ヒーローのようで尊敬すべき存在は例え同一人物であったとしても違うから。
何が正解なのか分からない。
どうすれば傷つかずに、後悔せずに済むのか分からない。ただ一つ言える事は
(このままいがみ合っていても何も変わらない)
(あの事件がこいつを変えちまったのは間違いなくて)
やがて、俯いていた翔太は悔し気に顔を歪め、自分にしか聞こえないような声で呟く。
「けど、そう変化させたのはやっぱり……」
本来であれば目の前に現れることさえも許されないような関係性。
だからもし逆の立場であれば、アクアのように問答無用で拒絶するものなんだろう。
「色んな国を旅してきたって言ったよな」
そう投げかけ彼女が振り返ると
「それは、やっぱり『あの場所』も入ってるんだよな?」
「…………」
青空と同じく翔太もまた思わぬ形で組織ユニコネにいる彩音と再会する。
そこで翔太と青空が彼らと過ごした時間は僅かなれど、世界を守るという活動内容からするとその中で遭遇した経験は想像の非ではないのだろうと思った。
「あいつらは……」
「あの組織は解散した。また再結成するまでね」
そう返ってくる言葉に顔を上げると
「だから、その節目と私が高校生になる節目が重なって私は日本に戻ってきた。けど……」
「……?」
一度歯切れ悪く言葉が途切れ、再び開くと
「……真面目な話をすると、それに加えて私は……過去に向き合う為にここに来た」
人目を避けるように遠ざかり、知り合いもいないであろう外の国に出てしばらく。見るものが増え知るものが増える度にその心境に変化は訪れる。
「色んな人に会って、どんな辛い状況でも、辛い過去を背負ってる人も目指すものの為、望むものの為に頑張ってるのを見ると私の抱える感情が大したものじゃあないように思えて」
そんな転機が何度もあって、節目と状況と重なりある意識を持つようになった。
「私より辛い状況に置かれた人が頑張ってるんなら私も逃げてばかりいられないって思って。誰に対してもすぐに疑って、運命だからって簡単に諦めちゃう自分を変える為に……」
「東京の学校に来た……って言うのか」
「ここはお父さんが候補として選んだの。小学校も中学校もまともに学校に行ってなかった私に受験とか出来るわけもなく……成績もあるはずはないでしょ?」
ここは留学生を多く引き入れるが故偏差値も高くなく、おまけに学校のお偉いさんが父の知り合い。
「だから面接と、一応試験も受けたけど……まあほとんど面接試験とコネで入れてもらったようなものだね」
「……名門校でもないここなら、そうそう地元の連中が選ぶこともないだろうしな」
と翔太は渋い表情を浮かべ
「まあ、実際には俺とか伊藤とか二人もいた訳だが……」
(俺が知らない場所で一体どんなことがあったのだろう)
翔太もあの聖精祭に参加していた以上地元から離れていたとは言え、県内のいくつかの町は旅をしてきた。
しかし県の外、しかも海の外の国ともあれば想像出来るものが違ってくる。
(魔法はその旅の中で覚えたんだろうか、あの組織の中にいる魔法使いに教わったのだろうか。旅の中でどんな経験をしてきたのか)
「全く、あれから約一時間も経ってるのに全然進んでないじゃん!」
そうこれまでと違うトーンの嘆き声が聞こえふと顔を上げると、その先にあるのは確認の為に並べられた備品の数々。それを見た翔太も彩音がここにいる理由を思い出し
「あー……」
「あんたのせいだからね」
「何かすまんって」
そして彩音は怒るように腕を組みながら
「もー。体育祭とか文化祭があるから備品の確認をしなきゃいけないのに」
「……と、言うと?」
「運動場の倉庫にあるコーンとか旗は体育祭で使うでしょ。ここにある横断幕なんかは文化祭で貸し出しを申し込む生徒もいるし……数とか状態を把握しとかなきゃいけないってわけ」
「それは何となく理解出来たが……」
と翔太が天井へ視線を向けながら呟いた時、ふと耳に入った声に視線は無意識に戻された。
「本当なら二階にある道場のも今日チェックする予定だったのに……罰として暇なら手伝って」
「え……?」
そう目を丸くしながら彩音を見ると、これまでと変わらず冷ややかな視線ながらも、心無しかこれまでも角が削れたような雰囲気にも見える中彩音はバインダーを叩きながら
「備品の点検」
間もなく、翔太にとっては見慣れたバスケットボールから点数板など第二体育館にある備品を点検していくと、その報告を受けた彩音がチェックリストにチェックを入れていく作業が始まった。
パイプ椅子、マット、ゼッケン、二倍となった効率で次々と数と状態を確認していくと数は減っていき、しかし報告の会話しか無い為二人の間には淡々とした空気が流れていた。
「……お前は、変わるためにここに来ることを決めたって言ってたが……」
そんな堅苦しい空気に耐えかね翔太が口を開き、彩音が視線を向けると
「俺からすれば、十分変わったと思うんだよなあ」
微かに歪めながら疑問符を浮かべる彩音に話を続け
「鈴木とあれこれつるんでるのをよく見るし、自ら輪に入ろうともしなかったお前からすると驚いたというか」
「それは……」
「鈴木もクロスもここに来る前に事情で会ったんだろ。鈴木は偶然、クロスは同じ守護者として」
「…………」
「それに、これだってわざわざ首を突っ込むようなやつでもなかっただろ」
確認作業も終わりに近づき、出したものを倉庫の中に片付ける作業をしていた手が止まり黙り込む彩音を見ていると、翔太は止まっていた作業を再開させながら
「まさか生徒会に入るなんてな」
「……はっ!?」
瞬間、翔太へ体ごと視線を向けた彩音に対し
「悪いな。鈴木から聞いた」
「……あんっのバカ……!」
と彩音は小刻みに手を震わせ怒りを見せるが、やがて聞こえた声に視線を向けると
「俺も最初聞いた時はなんでお前がそんな一番嫌煙しそうなことを? とも思ったがさっきの話を聞いてちょっと納得出来たような」
「わ、私だって目立つことはしたくないし面倒事もごめんだけど!」
と腕を組みそっぽを向きながら
「でも、この国に本来有り得ないはずの魔物が現れて、危険に瀕してるって言うんなら……力を持ってる以上、生徒会はともかく無視するわけにもいかないでしょ」
「…………」
「色々と好きでそうなってるわけじゃないこともあるけど……ここに戻ると決めた上で乗り越えるべき目的の為には……避けても通れないかなって」
(……全て変わってしまったんだと思っていた)
臆病な目から恨みと殺意、憎しみの目に。
優しさは消え、ただ課せられた使命と唯一見出した己の存在価値の為に先走る人間に。そう彩音に背を向け微かに笑みを浮かべながら
(けど、わざわざ生徒会なんて目立ちそうな組織に入ってまで守ろうとするなんて、ただ恨み復讐だけを望む悪党だったらそんなことしねえよ)
まだ、あの時と変わらぬ優しさは存在している。
(今はまだ、それが知れただけで十分だ)
作業を終えたその時、彩音を呼ぶ声が聞こえて来た。
「神月ちゃーん、調子はどうー?」
声がした方を振り返ると顔を覗かせる第一生徒会長、城島夏目の姿が目に入り、扉を閉め中に入る夏目は彩音の隣にいる翔太の姿に気づくと
「おやおや? 君は……」
そう二人の元へと歩みを進めながら
「なんで君がここに?」
「暇そうにしてたんで手伝わせてたんですよ」
そう彩音が答え、夏目へ視線を動かすと
「というより……こいつのこと知ってるんですか」
「まあ、色々あってな」
そう問いかける彩音に対して翔太が答えると
「ほら、魔物が来た時とか俺も鈴木達も隠す気なく戦ってるから覚えられたというか、生徒会として目をつけられたというか……」
「異能者じゃあないって言うし、色々と不思議なことはあるけどまあ一応うちの生徒だし? 保護者間との問題上色々把握しとかなきゃいけないしね?」
「何ですかそれ」
と彩音が聞くと夏目は冗談交じりに笑いながら
「能力を持った生徒が問題を起こしたら大変でしょ? だから一応学校も異能持ちの生徒は把握しておきたいわけ」
「なるほど……」
その頃、とあるアパートの一室。
突如乾いた音が鳴り響き漫画を読んでいた緋香琉が漫画から目を離し声を上げる。
「びっくりしたあ。何々、何の音?」
突然の音にその音がした方向、シンクへ視線を向けると床に食器が割れ落ちており
「あーあ」
「手が滑ってつい……」
そう緋香琉の声に対してクロスが告げると割れた皿へ視線を戻し、そのまま黙り込んだクロスに緋香琉は違和感を感じ投げかける。
「なんだ? 皿が割れるくらい割とあることだろ」
そう緋香琉は気にせぬ様子で呆れ笑いながら
「どうせ私が家から持ってきた皿だし、余ってるから経費削減の為に持ってけって持ってきたものだし」
「何事も無ければいいんだけど」
「……?」
ぽつりと呟かれた声に緋香琉は一度首を傾げるが、やがてある事を思い浮かべると
「まさか、皿が割れると不吉な前触れ、とか思ってるわけ? そんなの無い無い」
と手を振りながら語り
「小さい時に落として割った事なんてそれなりにあるし、そんなのただの迷信だよ」
「でも……」
「何? 教会育ちの人間としてそういうの信じてるの?」
「……災厄を見極める際、そういう教えもあるの。大体ただの思い過ごしなんだけど……」
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