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夢追い編
第54話、この力は守る為に
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「もし気になるのなら、彼女の後を追えば分かると思いますよ」
「な……」
そう笑みを浮かべながら話すマスターに颯紀が声を上げると、マスターは六本木と颯紀を交互に見ながら
「どうするかは、貴方達の判断に任せます」
「マスター、一体何を知って……」
「彼女は今ある決意をした。特に六本木さん、貴方にはそれが何なのか確かめる権利があります」
「決意……?」
彩音の元に情報が入ってからしばらく経ったからなのか、彩音が池袋に辿り着いた時、街中は静けさに満ち道路には車が並んだまま置き捨てられていた。
彩音にとってある意味それは好都合で、ここにいた多くの人間が地下に避難してるのだろうと視界に映った魔物を倒し近くにある置物へ視線を向ける。
(電車も止まってたけど、前に依頼者の手伝いで渋谷さんに同行した時教えて貰った)
池袋の待ち合わせ場所としても有名な像いけふくろう。
この広場も合わせて記憶に強く残っていたからフローラの魔法でここに来られた。
「まずは残ってる人を探して避難させないと……」
と入り組んだ路地を走り回っていると声が聞こえ思わず足を止める。
「神月ちゃん!?」
振り向いた先でその姿を見つけた瞬間、彩音は表情を変えると体の方向を変え彼女の方へ駆け寄ると
「どうしてここに……」
「朱里ちゃん! 大丈夫?」
「う、うん」
朱里は彩音の姿に驚きながらも問いに答える。
それから間もなく、次の言葉が発せられる前に別の場所から更なる声が聞こえてくる。
「神月さん、渋谷さん!」
「一くん!?」
再び朱里が驚きの声を上げ視線を向けると
「お兄ちゃん!」
「朱里、無事か!? 怪我とかは」
「私は平気だよ!」
それぞれが息を整え、感情を整理させると息を吐いた颯紀の声に朱里は目を丸くしながら彩音に視線を向ける。
それとほぼ同時に颯紀は深く息を吐きながら
「二人とも何事もなくて良かったが……一人で飛び出すなんて何考えてるんだよ。今この街には化け物がうじゃうじゃいるんだぞ」
「それは……」
そう颯紀から叱るように目を向けられた彩音は言葉を詰まらせ、呆れたように再び息を吐いた颯紀は後頭部に手を当てながら
「とにかく、見つかったんならあの部屋に戻るぞ。あの場所が一番安全だってのに、なんでカードを使って来なかったんだ」
「あ、それは色々焦っちゃって思いつかなかったって言うか……」
その時どこからか音が聞こえ、それぞれの会話が中断されると目の前の道路に置かれた車の行列の反対側からその音は聞こえてくる。
それぞれは咄嗟に目の前に停まっていたトラックの陰に隠れ、ここからでは何も見えず姿を確認できないが、継続的に聞こえる音に彩音は様子を見ようとトラックの陰から顔を覗かせようとする。
「危ねえぞ」
「多分、少し離れた所に魔物がいるんだと思います」
そう彩音の声に颯紀の声が止まると
「でも、別の音も聞こえて……まるで誰かが戦ってるみたいな……?」
やがて、彩音は朱里達に体ごと視線を向けると
「皆はここにいて」
声にならない驚く声が朱里から飛び出て
「確か、カードでの移動には扉ほどの空間が必要なんだよね。下手に動くより、こういう所に隠れてた方が多分安全で……」
「彩音、お前はどうするつもりなんだ?」
「もし誰かが襲われてたら大変だから様子を見に行きます」
「はっ、何言って……」
そう颯紀が正気を疑った時、六本木の声にその先は止められる。
「それなら、僕も行くよ」
その瞬間、彩音は目を丸くし
「なっ、危ないから駄目だよ」
「それはお互い様だよね」
「っ!」
動揺を見せた彩音に六本木は冷静な目を向けながら
「マスターは、神月さんなら平気だって言ってた。その理由が、君についていけば分かるんじゃないかと思って」
「…………」
「ふ、二人に危ない真似はさせられないよ!」
そこに朱里が口を挟み、事態は刻々と最も望まない形へと向けられていった。
彩音の聴覚を頼りに慎重に歩みを進めていくと、やがて激しい物音の正体が視界に現れる。
しかし、彩音の隣に並んだ六本木は目にした光景に唖然としながら
「あれは……上田君に、鈴木さん……?」
四人の視線の先には騒音の元凶と思わしき魔物と、それに対し刀を持って攻防を繰り広げる翔太と魔法で応戦する沙織の姿があった。
制服姿で戦う二人に朱里と颯紀はおそらく二人の名であろう声を上げた六本木に向け
「知り合い……なの?」
「あぁ、うん。僕たちのクラスメイトなんだけど……」
そう答えど六本木も朱里と同じ反応でいて、目の前の光景に驚愕しているとそれに朱里も視線を戻す。
「…………」
「どうかした?」
一方、魔物を相手にしていた沙織は翔太がどこかに視線を向けている事に気づき問いかけると同じ方向へ目を向けた。
がその瞬間、答えを得ずともその理由を知り表情を変えた。
そこには自分たちの姿を見ている四人の姿があり
「人……?」
しかし、瞬く間にそのうちの二人は見覚えがあると認識し、正体を認識すると
「彩音に、六本木?」
「あの人達、なんであんなものを持って……?」
そんな一方、光景に混乱したままそれを朱里が口にすれば六本木は自分自身を落ち着かせるように
「学校でも度々魔物が現れて、彼らがそういう力を持っていることは知っていたけれど……」
「まさか、異能者ってやつか……?」
彼らが困惑の声を重ねる間、静かに思考を繰り返していた彩音は最後の決意をし伏せていた目を開く。やがて口を開くと
「下手に動かない方がいい」
その声に呆然と翔太と沙織を見ていた三人の視線が動くと、彩音の視線は見据えるように魔物を捉えており
「ネルラ!」
そう彩音が発した直後、朱里達を囲むように青い透明な壁が張られ、その瞬間彼女らは目を丸くする。
「……っ!? な……」
「何、これ……?」
何が起きたのか分からず混乱する中、六本木もまた驚きながら隣から聞こえた声に視線を向ける。
「この中にいれば敵の攻撃が届くことはないから」
「……神月、さん……?」
そんなやりとりに朱里と颯紀も彩音へと視線を向け、彩音は手を伸ばしながら目を伏せた。
伸ばされた手には光が集い、意思と共鳴して形を成す。
やがて形が露わになった剣を彩音は握り
「……行くよっ!」
やがてそう叫ぶと彩音は魔物に向かって駆け出した。
青い透明な壁から身体が飛び出し、中にいた六本木達は何が起きたのか確かめる間もなく飛び出していく彩音に唖然とした。
そして視線を向けていれば徐々に魔物と彩音の距離が近づいていき、距離を詰めた時彩音は剣を魔物へと振り切った。
「お前……」
翔太の元に駆け込んだ彩音に翔太は唖然としながら投げかけるが、彩音の視線は別方向を向いたまま
「……よそ見してる暇はないよ?」
そう言われ辺りを見渡すと今だ自分たちを囲む魔物がおり、少し離れた場で戦う沙織を傍目で指しながら
「この数だと離れてるより固まった方がいい。さっさと倒して合流しよう」
「そうだな。こんなところで、負けていられないからな……っ!」
翔太と沙織に混じって戦い始める姿に六本木達が言葉を失う中、彩音と翔太は道をこじ開けながら沙織と合流する。
「良かったの? 六本木君に力を見せちゃって」
「こんな状況にもなったらしょうがないでしょうが」
そのまま続く言葉を耳にしながら沙織は笑みを浮かべ
「君達が戦ってるのに傍観者でいるとか気分悪いし」
間もなく、戦闘の末魔物を倒しきり、翔太は周囲を警戒しながら
「終わった……っぽいな」
そう手から刀を消滅させると沙織と共に彩音へと視線を向けた。
彼女は剣を握ったまま背を向けており、そんな背を見ながら
「なんであいつがここにいるのかは謎だが、俺がもっと早く倒せていれば……」
「そんな不可能なことを言っても仕方ないと思うけど? けど、彩音が六本木君といたなんて意外というか……不思議だね」
そう沙織も彩音を見ていた視線を六本木達に移すと
「学校なら百歩譲ってありえるにしても、その外でなんて。それに……あの人達は誰だろう?」
そう六本木の隣にいる二人を見ながら声にすれば翔太も視線を向け
「見たところ桜丘の制服じゃないけど……」
やがて六本木達を守っていた壁が消滅し、真っ先に六本木が彩音達の元へ歩み寄ると
「神月さん、それは……」
そう彩音の元に近づきながら視線を落とすと彼女の手には銀色に輝く刃。
「…………」
六本木は驚きと動揺を感じながら翔太と沙織に視線を動かし
「……まさか、神月さんも彼らと同じ……?」
「少し違うけど、似たようなものかな」
沈黙の後、そう帰ってきた声に六本木が目を丸くすると彩音は手から剣を消滅させ振り返りながら
「私、普通の人じゃないんだ」
彼女らの元へ駆け寄ろうとした翔太はその足を途中で止めた。
理由も分からず、本能のようなものが割り込むべきじゃないと告げたように感じ何も発さず二人へと視線を向ける。
そして、彩音の返答を得た六本木は唖然としたままぐっと口を結ぶと
(マスターは、彼女が特別な力を持ってることを知ってたから止めなかったんだ)
今目にした全てが答えだと受け止め
「……そうなんだ」
「…………」
そのまま黙り込んだ六本木に彩音も口を閉じ、奇妙な間が流れると彩音は視線を背けるように伏せる。
それから更に僅かに経った時、意を決した六本木の声に彩音は視線を上げると目を丸くした。
「助けてくれて、ありがとう」
「!」
目を丸くした彩音は六本木を見ながら
「な……」
「わ、私もありがとう!」
さらに声が聞こえ視線を向ければ六本木の横に朱里が現れ
「私もビックリしたけど、神月ちゃんが来てくれなかったらずっと心細かった! だから……」
「…………」
「す、凄くかっこよかったよ!」
そう二人からかけられた言葉は彩音にとって想定外なもので、彩音が唖然としたまま再びこの場に沈黙が訪れる。
「だから私の言った通りでしょ?」
しかし、それを破る声に彩音が振り返ると近くまで沙織が来ており、彼女は笑みを浮べながら彩音に向け
「魔法とか特別な力があったとしても、誰もがそれだけで人を判断するとは限らない。ちゃんと『人』を見てくれる人だっているんだよ」
「……まあ、少なくとも……」
と沙織に続くように翔太も息を吐きながらそう呟くと
「六本木は偏見で決めるようなやつじゃないだろ」
そう翔太から視線を向けられた六本木は困惑したまま笑いながら
「ええと、驚いたのは事実だけど……君達がいなかったら大変なことになってたのも事実だし……」
正直な所、六本木の中では理解が追いついておらず、それは六本木の様子から見て取れた。
いつも穏やかでにこやかでいる六本木のそんな姿に彩音は、それほどまでに驚かせる事態ではあったと自覚していると更に沙織の声が聞こえ
「現にこの国に『異変』が起きてるわけだし? 悪用する人間はともかく、人の為に使うものをどうこう言われる筋合いはないでしょ」
間もなく数秒後、沙織は思い出したように
「あ、霧島さんたちを迎えに行かないと」
そう彩音へと視線を向けると説明するように
「私達、霧島さんと文化祭に必要な物を買う為にここに来てたんだよねー」
「伊藤も一緒に来てて、二人は地下に逃げてもらってるんだ」
「あぁ、だから二人は一緒にいて……」
そう六本木が返した時、翔太の視線が六本木と彩音に向けられ
「で、お前らこそなんで一緒にいたんだよ?」
「えっ」
「そうそう。こんな街中で何してたの~?」
そう沙織も彩音に意味深な笑みを向けながら問いかけると彩音は沙織の意図を察し
「違うっ! ここにはニュース速報を見て来たの!」
そう二人に向け弁明するように
「朱里ちゃんがここにいるって聞いて助けに来ただけだし、この人もいるのは朱里ちゃんの知り合いだから!」
「ふうん?」
「つーか、お前鈴木達以外に友達いたのかよ。しかも学校外の友達が……」
翔太と沙織が去った後、三人はカードキーを使って拠点へと戻って来た。
間もなく交通機関が回復し出し、各場所の警戒が解かれたことをニュースで知り
「魔物に壊されたのは渋谷の建物のごく一部。怪我人はそこそこいたらしいけど、死亡者はいないんだって?」
「現時点の報告ではな。魔物が現れたのも渋谷内の限られた箇所で、警察や自衛隊が到着したときには魔物の姿は確認されなかったという」
ニュースを見ながらそう会話する新宿と都庁に六本木と渋谷兄妹は黙り込んでおり
「とは言え、年々異能者も増え対異能者組織に属する者もおり、大企業や学校には海外から戦いの術を持つ者も留まっている。故にその誰かがやった、と考えるのが自然だ」
「なるほど。もし異能を持つ組織外の人間だった場合、いちいち特定するのは難しいかな」
「…………」
都庁達の会話を聞いていた彩音はマスターの元に向かうと問いかけた。
「マスター、私を試しましたね?」
「試した? 何の話でしょうか」
次の瞬間彩音は目を細めるとトーンを低くし
「私にそんな嘘は通じませんよ」
「…………」
「とはいえ、大体想像はつきますが」
「おや、是非お聞きしたいものですね」
やがて、彩音は納得いかない様子で息を吐くと腕を組みながら
「……不本意ですが、ここに来て私の心境は変化しています。私自身、以前と考え方が変わったと思うことも多々ありますが……」
「…………」
「『変わった』と自覚させる為にあんな試すようなことを……」
見上げた彩音の視線の先では、尚もマスターの表情は変わらぬまま、カップの隣に小皿へ盛り付けたアイスを置き
「ふふ、なかなか鋭いですね」
「…………」
「ひとまずはお疲れさまでした。疲れた時は甘いものです。どうぞ」
「それで? マスター」
間もなく、聞こえた声にマスターと彩音が視線を動かすと腕を組んだ朱里がおり
「ちゃんと説明してもらうわよ」
「説明、ですか? はて……何のことでしょうか」
「とぼけないでよ」
「なんだなんだ?」
朱里の声に会話していた一同も振り向くと、朱里はマスターに怒りを向けるように
「あんな情報聞いてないんだけど?」
「情報?」
「神月ちゃんが戦えるってこと!」
「「えっ……?」」
朱里の一言にゆかりと月島が声を揃え、都庁と新宿も視線を向けるとマスターは黙り込んだままおり
「なんで黙ってたわけ? 異能持ちだなんて、予めの情報として隠すような事でもないじゃない。何か理由があるんでしょ!」
室内が一度静まり返り、朱里の前でマスターは息を吐くと
「……正直な所を申し上げると、私もよくは存じていなかったのですよ」
「えっ……?」
問い詰めた矢先、返って来た言葉に朱里や六本木は唖然とし、六本木もマスターに向け問いかけると
「じゃあ、なんであんなことを……」
「彼女の持つ術は、いわゆるこの世界で認知されつつある『異能者』とは異なるものなのです」
「な……?」
「私が事前に受けていた情報として、彼女が異能とは異なる術を持ち、魔物のような怪異に対抗出来るということは存じていました」
しかし異能でないその特別な力が何なのか、詳しいことまではマスターですら知らなかったと明かしそれに誰もが言葉を失う。
「マスターでさえ知らないことがあるのか?」
「知らなかった、というより知ることが出来なかったというべきでしょうか」
マスターという存在は、チームとして活動する土地達の管理者であり統括者でもある。
素質を持った人間から招くべき人間を選び、その人間に関して知ろうと思った事は大抵知ることが出来る。
「そこから貴方達に事前情報として伝えておくべき情報を選び、貴方達に伝えているというわけです」
基本何でも知る事が出来たマスターでさえ得られない情報があるとすれば、それは未来に関わることくらい。
「ですが、一つ可能性があるとすれば……。土地神に等しい私達の力を欺くことが出来る、つまり私達以上の格を持つ存在が関わっていたならば」
「っ!」
「……なんて、冗談ですよ」
「な……」
そう笑みを浮かべながら話すマスターに颯紀が声を上げると、マスターは六本木と颯紀を交互に見ながら
「どうするかは、貴方達の判断に任せます」
「マスター、一体何を知って……」
「彼女は今ある決意をした。特に六本木さん、貴方にはそれが何なのか確かめる権利があります」
「決意……?」
彩音の元に情報が入ってからしばらく経ったからなのか、彩音が池袋に辿り着いた時、街中は静けさに満ち道路には車が並んだまま置き捨てられていた。
彩音にとってある意味それは好都合で、ここにいた多くの人間が地下に避難してるのだろうと視界に映った魔物を倒し近くにある置物へ視線を向ける。
(電車も止まってたけど、前に依頼者の手伝いで渋谷さんに同行した時教えて貰った)
池袋の待ち合わせ場所としても有名な像いけふくろう。
この広場も合わせて記憶に強く残っていたからフローラの魔法でここに来られた。
「まずは残ってる人を探して避難させないと……」
と入り組んだ路地を走り回っていると声が聞こえ思わず足を止める。
「神月ちゃん!?」
振り向いた先でその姿を見つけた瞬間、彩音は表情を変えると体の方向を変え彼女の方へ駆け寄ると
「どうしてここに……」
「朱里ちゃん! 大丈夫?」
「う、うん」
朱里は彩音の姿に驚きながらも問いに答える。
それから間もなく、次の言葉が発せられる前に別の場所から更なる声が聞こえてくる。
「神月さん、渋谷さん!」
「一くん!?」
再び朱里が驚きの声を上げ視線を向けると
「お兄ちゃん!」
「朱里、無事か!? 怪我とかは」
「私は平気だよ!」
それぞれが息を整え、感情を整理させると息を吐いた颯紀の声に朱里は目を丸くしながら彩音に視線を向ける。
それとほぼ同時に颯紀は深く息を吐きながら
「二人とも何事もなくて良かったが……一人で飛び出すなんて何考えてるんだよ。今この街には化け物がうじゃうじゃいるんだぞ」
「それは……」
そう颯紀から叱るように目を向けられた彩音は言葉を詰まらせ、呆れたように再び息を吐いた颯紀は後頭部に手を当てながら
「とにかく、見つかったんならあの部屋に戻るぞ。あの場所が一番安全だってのに、なんでカードを使って来なかったんだ」
「あ、それは色々焦っちゃって思いつかなかったって言うか……」
その時どこからか音が聞こえ、それぞれの会話が中断されると目の前の道路に置かれた車の行列の反対側からその音は聞こえてくる。
それぞれは咄嗟に目の前に停まっていたトラックの陰に隠れ、ここからでは何も見えず姿を確認できないが、継続的に聞こえる音に彩音は様子を見ようとトラックの陰から顔を覗かせようとする。
「危ねえぞ」
「多分、少し離れた所に魔物がいるんだと思います」
そう彩音の声に颯紀の声が止まると
「でも、別の音も聞こえて……まるで誰かが戦ってるみたいな……?」
やがて、彩音は朱里達に体ごと視線を向けると
「皆はここにいて」
声にならない驚く声が朱里から飛び出て
「確か、カードでの移動には扉ほどの空間が必要なんだよね。下手に動くより、こういう所に隠れてた方が多分安全で……」
「彩音、お前はどうするつもりなんだ?」
「もし誰かが襲われてたら大変だから様子を見に行きます」
「はっ、何言って……」
そう颯紀が正気を疑った時、六本木の声にその先は止められる。
「それなら、僕も行くよ」
その瞬間、彩音は目を丸くし
「なっ、危ないから駄目だよ」
「それはお互い様だよね」
「っ!」
動揺を見せた彩音に六本木は冷静な目を向けながら
「マスターは、神月さんなら平気だって言ってた。その理由が、君についていけば分かるんじゃないかと思って」
「…………」
「ふ、二人に危ない真似はさせられないよ!」
そこに朱里が口を挟み、事態は刻々と最も望まない形へと向けられていった。
彩音の聴覚を頼りに慎重に歩みを進めていくと、やがて激しい物音の正体が視界に現れる。
しかし、彩音の隣に並んだ六本木は目にした光景に唖然としながら
「あれは……上田君に、鈴木さん……?」
四人の視線の先には騒音の元凶と思わしき魔物と、それに対し刀を持って攻防を繰り広げる翔太と魔法で応戦する沙織の姿があった。
制服姿で戦う二人に朱里と颯紀はおそらく二人の名であろう声を上げた六本木に向け
「知り合い……なの?」
「あぁ、うん。僕たちのクラスメイトなんだけど……」
そう答えど六本木も朱里と同じ反応でいて、目の前の光景に驚愕しているとそれに朱里も視線を戻す。
「…………」
「どうかした?」
一方、魔物を相手にしていた沙織は翔太がどこかに視線を向けている事に気づき問いかけると同じ方向へ目を向けた。
がその瞬間、答えを得ずともその理由を知り表情を変えた。
そこには自分たちの姿を見ている四人の姿があり
「人……?」
しかし、瞬く間にそのうちの二人は見覚えがあると認識し、正体を認識すると
「彩音に、六本木?」
「あの人達、なんであんなものを持って……?」
そんな一方、光景に混乱したままそれを朱里が口にすれば六本木は自分自身を落ち着かせるように
「学校でも度々魔物が現れて、彼らがそういう力を持っていることは知っていたけれど……」
「まさか、異能者ってやつか……?」
彼らが困惑の声を重ねる間、静かに思考を繰り返していた彩音は最後の決意をし伏せていた目を開く。やがて口を開くと
「下手に動かない方がいい」
その声に呆然と翔太と沙織を見ていた三人の視線が動くと、彩音の視線は見据えるように魔物を捉えており
「ネルラ!」
そう彩音が発した直後、朱里達を囲むように青い透明な壁が張られ、その瞬間彼女らは目を丸くする。
「……っ!? な……」
「何、これ……?」
何が起きたのか分からず混乱する中、六本木もまた驚きながら隣から聞こえた声に視線を向ける。
「この中にいれば敵の攻撃が届くことはないから」
「……神月、さん……?」
そんなやりとりに朱里と颯紀も彩音へと視線を向け、彩音は手を伸ばしながら目を伏せた。
伸ばされた手には光が集い、意思と共鳴して形を成す。
やがて形が露わになった剣を彩音は握り
「……行くよっ!」
やがてそう叫ぶと彩音は魔物に向かって駆け出した。
青い透明な壁から身体が飛び出し、中にいた六本木達は何が起きたのか確かめる間もなく飛び出していく彩音に唖然とした。
そして視線を向けていれば徐々に魔物と彩音の距離が近づいていき、距離を詰めた時彩音は剣を魔物へと振り切った。
「お前……」
翔太の元に駆け込んだ彩音に翔太は唖然としながら投げかけるが、彩音の視線は別方向を向いたまま
「……よそ見してる暇はないよ?」
そう言われ辺りを見渡すと今だ自分たちを囲む魔物がおり、少し離れた場で戦う沙織を傍目で指しながら
「この数だと離れてるより固まった方がいい。さっさと倒して合流しよう」
「そうだな。こんなところで、負けていられないからな……っ!」
翔太と沙織に混じって戦い始める姿に六本木達が言葉を失う中、彩音と翔太は道をこじ開けながら沙織と合流する。
「良かったの? 六本木君に力を見せちゃって」
「こんな状況にもなったらしょうがないでしょうが」
そのまま続く言葉を耳にしながら沙織は笑みを浮かべ
「君達が戦ってるのに傍観者でいるとか気分悪いし」
間もなく、戦闘の末魔物を倒しきり、翔太は周囲を警戒しながら
「終わった……っぽいな」
そう手から刀を消滅させると沙織と共に彩音へと視線を向けた。
彼女は剣を握ったまま背を向けており、そんな背を見ながら
「なんであいつがここにいるのかは謎だが、俺がもっと早く倒せていれば……」
「そんな不可能なことを言っても仕方ないと思うけど? けど、彩音が六本木君といたなんて意外というか……不思議だね」
そう沙織も彩音を見ていた視線を六本木達に移すと
「学校なら百歩譲ってありえるにしても、その外でなんて。それに……あの人達は誰だろう?」
そう六本木の隣にいる二人を見ながら声にすれば翔太も視線を向け
「見たところ桜丘の制服じゃないけど……」
やがて六本木達を守っていた壁が消滅し、真っ先に六本木が彩音達の元へ歩み寄ると
「神月さん、それは……」
そう彩音の元に近づきながら視線を落とすと彼女の手には銀色に輝く刃。
「…………」
六本木は驚きと動揺を感じながら翔太と沙織に視線を動かし
「……まさか、神月さんも彼らと同じ……?」
「少し違うけど、似たようなものかな」
沈黙の後、そう帰ってきた声に六本木が目を丸くすると彩音は手から剣を消滅させ振り返りながら
「私、普通の人じゃないんだ」
彼女らの元へ駆け寄ろうとした翔太はその足を途中で止めた。
理由も分からず、本能のようなものが割り込むべきじゃないと告げたように感じ何も発さず二人へと視線を向ける。
そして、彩音の返答を得た六本木は唖然としたままぐっと口を結ぶと
(マスターは、彼女が特別な力を持ってることを知ってたから止めなかったんだ)
今目にした全てが答えだと受け止め
「……そうなんだ」
「…………」
そのまま黙り込んだ六本木に彩音も口を閉じ、奇妙な間が流れると彩音は視線を背けるように伏せる。
それから更に僅かに経った時、意を決した六本木の声に彩音は視線を上げると目を丸くした。
「助けてくれて、ありがとう」
「!」
目を丸くした彩音は六本木を見ながら
「な……」
「わ、私もありがとう!」
さらに声が聞こえ視線を向ければ六本木の横に朱里が現れ
「私もビックリしたけど、神月ちゃんが来てくれなかったらずっと心細かった! だから……」
「…………」
「す、凄くかっこよかったよ!」
そう二人からかけられた言葉は彩音にとって想定外なもので、彩音が唖然としたまま再びこの場に沈黙が訪れる。
「だから私の言った通りでしょ?」
しかし、それを破る声に彩音が振り返ると近くまで沙織が来ており、彼女は笑みを浮べながら彩音に向け
「魔法とか特別な力があったとしても、誰もがそれだけで人を判断するとは限らない。ちゃんと『人』を見てくれる人だっているんだよ」
「……まあ、少なくとも……」
と沙織に続くように翔太も息を吐きながらそう呟くと
「六本木は偏見で決めるようなやつじゃないだろ」
そう翔太から視線を向けられた六本木は困惑したまま笑いながら
「ええと、驚いたのは事実だけど……君達がいなかったら大変なことになってたのも事実だし……」
正直な所、六本木の中では理解が追いついておらず、それは六本木の様子から見て取れた。
いつも穏やかでにこやかでいる六本木のそんな姿に彩音は、それほどまでに驚かせる事態ではあったと自覚していると更に沙織の声が聞こえ
「現にこの国に『異変』が起きてるわけだし? 悪用する人間はともかく、人の為に使うものをどうこう言われる筋合いはないでしょ」
間もなく数秒後、沙織は思い出したように
「あ、霧島さんたちを迎えに行かないと」
そう彩音へと視線を向けると説明するように
「私達、霧島さんと文化祭に必要な物を買う為にここに来てたんだよねー」
「伊藤も一緒に来てて、二人は地下に逃げてもらってるんだ」
「あぁ、だから二人は一緒にいて……」
そう六本木が返した時、翔太の視線が六本木と彩音に向けられ
「で、お前らこそなんで一緒にいたんだよ?」
「えっ」
「そうそう。こんな街中で何してたの~?」
そう沙織も彩音に意味深な笑みを向けながら問いかけると彩音は沙織の意図を察し
「違うっ! ここにはニュース速報を見て来たの!」
そう二人に向け弁明するように
「朱里ちゃんがここにいるって聞いて助けに来ただけだし、この人もいるのは朱里ちゃんの知り合いだから!」
「ふうん?」
「つーか、お前鈴木達以外に友達いたのかよ。しかも学校外の友達が……」
翔太と沙織が去った後、三人はカードキーを使って拠点へと戻って来た。
間もなく交通機関が回復し出し、各場所の警戒が解かれたことをニュースで知り
「魔物に壊されたのは渋谷の建物のごく一部。怪我人はそこそこいたらしいけど、死亡者はいないんだって?」
「現時点の報告ではな。魔物が現れたのも渋谷内の限られた箇所で、警察や自衛隊が到着したときには魔物の姿は確認されなかったという」
ニュースを見ながらそう会話する新宿と都庁に六本木と渋谷兄妹は黙り込んでおり
「とは言え、年々異能者も増え対異能者組織に属する者もおり、大企業や学校には海外から戦いの術を持つ者も留まっている。故にその誰かがやった、と考えるのが自然だ」
「なるほど。もし異能を持つ組織外の人間だった場合、いちいち特定するのは難しいかな」
「…………」
都庁達の会話を聞いていた彩音はマスターの元に向かうと問いかけた。
「マスター、私を試しましたね?」
「試した? 何の話でしょうか」
次の瞬間彩音は目を細めるとトーンを低くし
「私にそんな嘘は通じませんよ」
「…………」
「とはいえ、大体想像はつきますが」
「おや、是非お聞きしたいものですね」
やがて、彩音は納得いかない様子で息を吐くと腕を組みながら
「……不本意ですが、ここに来て私の心境は変化しています。私自身、以前と考え方が変わったと思うことも多々ありますが……」
「…………」
「『変わった』と自覚させる為にあんな試すようなことを……」
見上げた彩音の視線の先では、尚もマスターの表情は変わらぬまま、カップの隣に小皿へ盛り付けたアイスを置き
「ふふ、なかなか鋭いですね」
「…………」
「ひとまずはお疲れさまでした。疲れた時は甘いものです。どうぞ」
「それで? マスター」
間もなく、聞こえた声にマスターと彩音が視線を動かすと腕を組んだ朱里がおり
「ちゃんと説明してもらうわよ」
「説明、ですか? はて……何のことでしょうか」
「とぼけないでよ」
「なんだなんだ?」
朱里の声に会話していた一同も振り向くと、朱里はマスターに怒りを向けるように
「あんな情報聞いてないんだけど?」
「情報?」
「神月ちゃんが戦えるってこと!」
「「えっ……?」」
朱里の一言にゆかりと月島が声を揃え、都庁と新宿も視線を向けるとマスターは黙り込んだままおり
「なんで黙ってたわけ? 異能持ちだなんて、予めの情報として隠すような事でもないじゃない。何か理由があるんでしょ!」
室内が一度静まり返り、朱里の前でマスターは息を吐くと
「……正直な所を申し上げると、私もよくは存じていなかったのですよ」
「えっ……?」
問い詰めた矢先、返って来た言葉に朱里や六本木は唖然とし、六本木もマスターに向け問いかけると
「じゃあ、なんであんなことを……」
「彼女の持つ術は、いわゆるこの世界で認知されつつある『異能者』とは異なるものなのです」
「な……?」
「私が事前に受けていた情報として、彼女が異能とは異なる術を持ち、魔物のような怪異に対抗出来るということは存じていました」
しかし異能でないその特別な力が何なのか、詳しいことまではマスターですら知らなかったと明かしそれに誰もが言葉を失う。
「マスターでさえ知らないことがあるのか?」
「知らなかった、というより知ることが出来なかったというべきでしょうか」
マスターという存在は、チームとして活動する土地達の管理者であり統括者でもある。
素質を持った人間から招くべき人間を選び、その人間に関して知ろうと思った事は大抵知ることが出来る。
「そこから貴方達に事前情報として伝えておくべき情報を選び、貴方達に伝えているというわけです」
基本何でも知る事が出来たマスターでさえ得られない情報があるとすれば、それは未来に関わることくらい。
「ですが、一つ可能性があるとすれば……。土地神に等しい私達の力を欺くことが出来る、つまり私達以上の格を持つ存在が関わっていたならば」
「っ!」
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